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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
291/385

VS 鶴臣 シングルス2 新倉燐 対 春前紫雨 1 "相容れない"

「ごめんなさいお姉さま・・・。はるか、力及ばず負けてしまいました」


 目の前で肩を萎ませて小さくなる妹。

 やめてはるか。貴女にそんな表情をされると、どうしたらいいのか分からなくなってしまうわ。


「いいのよはるか。後はワタクシに任せて、ゆっくり休んで」

「でも、お姉さまっ」

「チームのことなら、なんとか1勝して首の皮一枚繋がった・・・。この試合でワタクシがあの彼女を倒せば、たちまち五分に戻る」


 そう。

 ワタクシ達には、勝機がある。


「そうすれば、勝負の行方はシングルス1に持ち越されるわ。そう、白桜は久我選手の居ないシングルス1に、全てを託すことになる」


 敵は所詮1年生―――

 久我選手に比べれば、実力的に劣るというのは隠せない事実だ。


「この試合に勝てば・・・ね」


 はるかの頭を撫でてあげる手を止め、彼女とすれ違うようにコート内へと向かう。


(新倉燐・・・!)


 許せない人。

 受け入れがたい女。

 彼女を倒せば、我らが鶴臣の下に勝利は転がり込んでくる。


 コートの中に入り、ネットの前まで歩いてくると。

 新倉燐の姿はそこにあった。

 まだ試合前だというのに、どんな準備運動(ウォーミングアップ)をしたらそうなるのか、顔には汗が滲んで、その悲壮とも言える表情に口を真一文字に結び、キッとこちらを睨む。


「先ほどは失礼致しました」


 だからワタクシは、それをかわすことにした。


「どうしてもと思って口が滑ってしまいましたの。許してくださいね」


 その決意、何が何でも勝ってやると言う意思、負けん気―――受け取る必要は無い。流して、新倉燐には空回りをしてもらおう。それで無駄に体力が消費されるのならば、それに越したことは無い。


(無尽蔵のスタミナを持つと言われる貴女ですもの・・・)


 それが8割でも、7割でも、少ない状態から始まってくれるのなら。

 少しでも、ワタクシに有利な状態から始められるのなら。

 そんな事を、考えていた最中。


「春前さん」


 彼女に、呼び止められる。


「・・・何かしら」


 少しだけ、お腹に力が入った。

 何を言われるか、検討もつかなかったからだ。


「貴女との間には何も無い。お互い、良いプレーをして良い試合にしましょう」


 出てきたのは、歯が浮くような台詞。


「・・・」


 良い子ちゃんを通り越して、鈍感までいくレベルの、的外れな言葉。


「シングルス2、新倉燐 対 春前紫雨の試合を始めます。礼」

「よろしくお願いします」

「よろしく、お願いします・・・」


 その彼女の発言に、まさに肩すかしを食らった気分になって、握手した手をすぐに引っ込める。


(何よ)


 これじゃあ―――


(まるで、ワタクシが悪者みたいじゃない)


 厭味(いやみ)を言って、それなのに悪びれる様子も無くすまして。

 ワタクシだって、そんなつもりで声をかけたんじゃない。

 ただ、腹が立ったのは事実だった。


 新倉燐。

 彼女の噂は、今や公然の秘密のような状態。

 直接、ウチの他の生徒からも聞こえてきたし、ネットはそんな話で溢れている。


 新倉姉妹の軋轢―――

 白桜エリートと言われる新倉家から、妹2人が外部の学校に流れたのにはそれなりに訳がある。その大きな理由の1つが、姉との不仲だと言うのだ。

 勿論、こんなもの噂に過ぎない。

 だが、火の無いところに煙は立たないとはよく言ったものだ。

 ワタクシもまさかと思って、さっき彼女に言葉をぶつけたところ、どうやらそれが外れてもいないといった様子だった。あそこで疑惑が確信に変わった。


(妹を―――自分と最も近しい存在と、いがみ合って不仲になる?)


 信じられない。

 少なくとも、ワタクシの人生からは考えられないことだった。

 ワタクシにとって、はるかは何よりも優先される。最愛の存在。無くてはならないもの。生まれてこの方、喧嘩もしたことのない、愛しくて愛しくてたまらない人。その妹と、道を違うほどまでに憎しみ合うなど―――許せなかったのだ。

 妹という存在を、冒涜された気がして。


「鶴臣の1勝2敗、よってサーブ権はワタクシから・・・」


 左手でボールを、右手でラケットを握りしめ、サーブの構えに入る。

 視界の中には新倉燐と、左手のボール。

 そのボールの向こう側に彼女の姿を見る―――負けるわけにはいかない。


(あのような啖呵を切ったのだもの。負けられるはずが無い)


 ここで負けたら格好悪すぎる。

 それ以前に、新倉燐を肯定してしまうような気がして・・・絶対に負けられなかった。

 ワタクシの想いが正しいと証明する為には、彼女を倒して、否定しなければ。

 その思いで、ワタクシは今ここに立っている。


(貴女が間違っていると証明するため―――)


 スッとトスを上げ、


(貴女には負けてもらいます!!)


 そのトスを思い切り叩く。

 ただ、真っ直ぐ。

 力の限り。


 突き進んだボールは加速し、そのままサービスコートに突き刺さり。


「ふぃ、」


 あっという間に彼女の足下から姿を消す。


「15-0・・・」


 審判のコールが上ずっていた。


「は、はや・・・」

「見えなかったっ・・・」

「すげー! さすが部長の鬼高速サーブ!!」


 ワタクシははるかのように、観衆に味方してもらう必要は無いと思っている。

 テニスは自らの内で完結するもの。

 自分と敵との1対1のやりとり。そこに不純物は必要ない。

 勿論、はるかのやり方を否定するわけではないけれど―――ワタクシのコートに、ワタクシ以外の存在は必要ない。


(このサーブを極めるのに、ここまでに到達するまでに、どれだけの時間を要したか・・・)


 ワタクシ以上の、このサーブ以上のサーブを打てるプレイヤーが全国に何人居る?

 これ以上のスピードを持つ者が。

 そこだけは誰にも負けないようにと鍛えてきた。磨き上げ、洗練し、そして手に入れた。


 これほどまでのスピードを!


「ッ!!」


 ガシャン。

 またもや、サーブがその勢いを持ったまま奥のフェンスに激突する音が聞こえる。


「30-0」


 そう、簡単に打たれてなるものか。

 たとえ相手が新倉燐だろうと、誰だろうと。


「燐先輩が2球連続で手が出せなかった・・・」

「あのレシーブの鬼の燐先輩が!」


 ワタクシの誇り(プライド)、テニス人生の全て。

 このサーブはそういうものだ。

 確かに貴女のレシーブ技術に関しては聞き及んでいる。だけれど、かと言ってそう簡単に対応できるものでもないでしょう。


「!」


 新倉さんがラケットを振り、サーブにそれを当てると。

 わずかにタイミングが狂ったのか、打ち所が悪かったのか―――打球は真後ろに飛んでいき、再びフェンスに当たる。先ほどまでと違っていたのは、ラケットに当てられたということ。


(そう何本も見逃しは取れないか)


 だけど、貴女は前に飛ばすことすらままならない様子。


(あと1本)


 あと1つで、とりあえずこのゲームは取れる。

 サービスエースのみで1ゲーム取れたなら、良い方だ。相手は新倉燐―――決して油断は許されない相手。


(噂に聞く調子の悪さがどれほどのものか、分からない)


 ならば。


(全力でねじ伏せるのみ!!)


 良いサーブが打てた。

 その感覚が右腕から全身に伝わってくる。

 それほどまでの感触。良いサーブが打てた時の、全身がぞくりとなで上げられるような感覚に包まれ。


 しかし―――


「!」


 そのサーブを、彼女は返してきた。


「ゲーム、春前紫雨。1-0」


 軌道は大きくコートから逸れ、ラインを割って明後日の方向へ飛んでいったが、それでも。


(この2年生―――!)


 しっかりとボールをラケットで捉え―――それも芯に近い場所で―――速さにも惑わされず、前に打ち返してきたのだ。ワタクシの超高速サーブを、この女は。


(力量を見誤っていなくて良かった。やはり、この新倉燐というプレイヤー)


 間違いなく、関東の2年生の中でも最強クラスだ。

 一条汐莉に並ぶと評されるだけのことはあるし、確かにその通りだと感じた。

 例の不調の噂も、今日ここに関しては信用しない方が良いようだ。


「紫雨~。良いじゃん今日もサーブ切れてる切れてる!」

「どうも」


 監督の熱い言葉に頭を下げながら、ふぅとベンチに座って一呼吸。


「新倉燐が絶不調なんて、どこから入った情報なのでしょう」

「? どうして?」

「とてもそうは見えませんわ」


 向こう側のベンチを、目を細めながらしっかりと見やる。

 新倉燐がペットボトルを受け取りながら、向こうの監督と何かを話し合っているようだ。しっかりとした口調で、あの監督に向かって目を逸らさず―――


「ま、まさか勝てそうに無いとか・・・!?」

「冗談はよしてください。そういうことではございませんわ。ただ」

「ただ?」

「敵の不調だとかスランプだとかに頼ったテニスをすれば負ける・・・」


 そう。

 必要なのは実力でねじ伏せること。

 "揺さぶり"でなんとかしようなどと、そんなことは考えてはいけないようだ。


「新倉燐・・・。全国へ行くための『最後の関門』となりそうですわね」

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