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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
290/385

わたしの信じる貴女だから

 そこには、1年生対決を見守った観衆の暖かい拍手があった。

 ぱちぱち、ぱちぱち。

 良いものを見せてくれてありがとう。お互いよく頑張った。

 そんな声がどこからか聞こえてくるようで。


「藍原有紀・・・、か」


 藍原ちゃんとはるはる、2人が握手をしているところをパシャリと写真に収め、ファインダーから目を離す。


 出会ってまだ数か月しか経っていない彼女。

 だが、その数か月でここまで印象が変わったプレイヤーも他にいないだろう。


 サーブコントロールにすら四苦八苦して、スタミナもなく、ただのイロモノプレイヤーだった彼女の姿はもうここにはない。

 都大会の頃の、先輩の後についていけば何とかしてくれるといったようなメンタル的弱さも、かなり図太くなってきた感がある。


(JCは成長期のど真ん中だ。凄まじい伸び方をする選手も少なくはない)


 だが―――


(この娘の成長曲線は、ちょっと異常かもしれないな)


 ここまで全く折れることなく成長し続けている。

 なんなんだ、この尋常じゃない成長スピードは。何をしたらこんなに伸びる?

 大人の尺度じゃ図れない、彼女たちにしかわからない―――そんなものが、目の前でめきめきと頭角を現し、今全国に羽ばたこうとしている。


「まったく。中学生は最高だぜ・・・」


 この言葉を、藍原有紀。

 私から君に贈ろう。





「6-4で、白桜女子の勝利。礼」

「「ありがとうございました」」


 お互いに礼をして、すっと頭を上げると。


「完敗ですわ。お見事でした、藍原さん」

「はるはるこそ! あのスピンサーブすごかったよ! 今度わたしにもスピンサーブの打ち方教えて! わたし、全然ボールに回転かけられなくて」

「ボールを揺らすことはできるのに、回転はかけられないんですの?」

「えへへ・・・」


 ズバリ核心を突かれたその言葉に、恥ずかしくなって後頭部を抑える。


「貴女のような変わったプレイヤーと出会ったのは初めてですわ」

「イヤだった?」

「敵には回したくないタイプです、と言っておきましょうか」


 はるはるは照れくさそうに視線を泳がせ、それでもすぐにまた目を合わせてくれると。


「でも、貴女と出会えて、戦えてよかった。そう素直に思わせてくれる、素晴らしい試合でしたわ。・・・負けたことは、悔しいですけれど」


 はるはるのニコッとした笑顔に、わたしも笑顔で返す。

 試合後に、こうして笑いあえてよかった。それが、この試合がいい試合だってことを、何よりも証明してくれているようで。 


「ワタクシは負けましたが、この試合に勝つのは我々鶴臣ですわ。そのこと、お忘れなきよう」

「うん。白桜(わたしたち)だって、負けないよ」


 最後にそう言い合うと、互いに踵を返す。

 これからコートを出て行って、他の試合がどうなってるのか確認しないと―――そんなことをぼんやりと考えていた時のこと。


「藍原!」


 監督に呼び止められ、


「は、はい!」


 ダッシュで彼女のところへ向かう。


(なんだろう)


 このタイミングで監督に呼び止められるなんて、珍しい。

 何を言われるのだろうか。ドキドキしながら、言葉を待っていると。


「ナイスゲーム」


 彼女にかけられた言葉は。


「藍原の良いところが随所に出ていた試合だった。サーブはもちろん、ショットにもパワーが乗って、敵プレイヤーに本来の仕事をさせていなかったな」


 思っていたものよりずっと、暖かく、柔らかい。

 そして。


「お前をシングルス3にして良かったよ」


 その言葉が、身体の芯を突き抜ける―――


「・・・っ」


 嬉しい。

 嬉しい嬉しい嬉しい。

 この人に認められたんだと、そう思えたことが、何よりも嬉しい。


 言葉の重みはまだわからないけれど、今の気持ちは最高の最高だった。


「『次』も、良い試合を期待する」

「はいっ」


 その嬉しさに抱かれながら、わたしはコートを去った。

 他のコートの試合がどうなったかは分からないけれど、今は、今だけは。

 この暖かさに、この感動に、身体を浸していたかたのだ。


「姉御、ナイスゲーム!」

「お前の良いところが全部出た、良い試合でしたよ」


 万理の抱擁、そしてこのみ先輩の言葉が頭を熱くさせてくれる。


「あれ?」


 そこで気になったのが。


「海老名先輩は居ないんですか?」


 こういう時、いつも万理の隣に居て、出迎えてくれるのに。

 今日は先輩の姿が見えない。


「ああ、ダブルス2の試合結果を聞きに行ったんスよ」


 万理の言葉と重なるように。


「試合結果聞いてきたなの~~~」


 先輩の声が聞こえ、手を振りながらその姿がゆっくりと近づいてくる。

 ゆっさゆっさと、大きな胸を揺らしながら、それでもさすが白桜の1軍選手だというスピードで。


「どうだったんです?」


 はぁ、はぁ。息の荒い先輩は、一瞬ごくっと何かを飲み込んだように喉を鳴らし。


「3-6で、落としたって」


 その言葉を待っていたわたし達は一様に肩を落とし、思わずため息を()いた。

 だが。


「そっか」


 ―――仕方ない


 このチームの中には。

 一瞬で、その切り替えが出来ている選手も居た。


「はい、落ち込み終わり! ダブルス1は咲来と河内ちゃんが勝ってくれたんだ。試合はまだまだこれからだよ!」


 まりか部長だ。


(試合に出場してないのに)


 さすが、だと言わざるを得ない。


「シングルス2、1の勝負になるなら、監督の読み通り試合が進んでるってこと! つまり、白桜(ウチ)のペースだってことだよ。ここから応援も1つ気合いを入れ直して、声出して行こう」


 逆に、試合に出ていないから。

 何も出来ないって分かっているから、こうやって選手の士気を落とさないように努めたり、次の選手がやりやすいような雰囲気を作って―――


 大鷲台戦でも思ったこと。

 そして、また今、強く思ったこと。


(まりか部長がエースなのはコートの中だけじゃない)


 コートの外でも、この人はエースなんだ。

 チームを背負っている、その自負と責任がある。


 そのおかげで―――


「そうですね。気持ちを切り替えて応援しましょう」

「2-1で、勝ってるわけだし!」

「1つ落としただけだよ。新倉ちゃんと水鳥ちゃんに期待しよう!」


 ムードが、戻った。

 わたしの試合直後の、良かった状態に。


(ここまでやってこそ、だな・・・)


 よく、わたしの試合は観客を盛り上げるのが上手いっていってもらえるけれど。


(わたしはただ、コートの中で好き勝手やってるだけだし)


 それで盛り上がってもらえるのは勿論うれしい。

 だけど、その状態を維持するってところまで、頭が回らなかった。


 雰囲気やムードなんて言うのは一瞬で変わる。それを変えさせない、維持する―――それってきっと、思ってるよりずっと大変なことで。


 エースとしての立ち振る舞い。

 それをまざまざと見せつけられた気がした。


(そんで、それで良いんだ)


 もっと見せつけられればいい。

 そして、それを見て、学んで、取り入れる。


 いつか、自分がエースになるために―――


「すみません、遅れました」


 場の空気が変わったところで、彼女はやってきた。


「燐先輩!」


 わたしはその人の下に駆け寄って。

 コートへ向かうその歩幅に、自分の歩幅を合わせ、燐先輩の顔をのぞき込むようにじっと見つめると。


「わたし、燐先輩のこと、好きですっ」

「え、」


 瞬間、先輩の足が止まる。


「藍原さん・・・?」

「これだけは言っておかなきゃって思ったので・・・言いました」


 そして、先輩の目を下から見上げるように、キッとその視線を掴んで。


「誰になんと言われようと、わたしの知ってる先輩はわたしの中に居るんです! その先輩を、わたしは大好きだし、憧れなんです!!」


 先輩は一瞬、顔を曇らせたが。

 わたしの視線から逃げられないのを悟ったのか、ふうっと一息、息を吐き出すと。

 大きく開いていた目を、瞑る。


「信じて、いいのね・・・?」

「はい」

「一つだけ聞かせて」


 そして瞑っていた目をもう一度開くと。


「貴女の中の私って・・・、貴女にとっての私って、一体なに?」


 わたしの方を見つめながら、その問いを投げかけてきた。


「貴女は私に、"何をくれる"の・・・!?」


 すぐに悟る。

 この問いにだけは、嘘をついてはいけないと―――間違えては、いけないと。


「燐先輩。憧れの人。大好きな先輩。優しくて綺麗な年上のお姉さん。天使。・・・色々な言い方は出来ます。でも、ううん、だから・・・かな」


 自分の首を数回、横に振って。


「『わたしにとっての燐先輩』って言葉で、先輩を括りたくない。先輩は自分で自分を決めることの出来る人だって、わたしはそう思うから」

「私が私を決める・・・?」

「すみません、少しだけ生意気言いますね」


 すうっと息を吸い込むと。


「わたしに甘えないでくださいっ!」


 ぶつける。


「好きだって言ったの、そんな風に受け取ってもらいたくなかった・・・!」


 何にも包んでいない、生の気持ちを。


「・・・っ!」


 それを聞いた、燐先輩は押し黙るようにぐっと唇を噛み締め。


 ―――。

 数秒間、その場に何も無い時間が流れた。

 そして、それが明けると。


「藍原さん」

「はい」

「・・・ありがとう。私は貴女には頼らない。自分の力でこの試合、勝ちにいくわ」

「頑張ってください」


 そう言い切った燐先輩の顔はどこか晴れ晴れとしていて。

 黒い長髪を翻し踵を返したその姿が、まるで絵のようにサマになっていたのが―――彼女が一つ、何かを吹っ切った、そのしるしだったんじゃないかって。

 わたしには、そう見えたのだ。

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