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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
29/385

白桜での3年間

 ある日の夜。

 寮の玄関から少し外れた、中の灯りが零れてくる窓の真ん前。

 夜風に吹かれながら、私はぼんやりと空を見上げていた。


「なんも見えんですね・・・」


 東京へ来た日に見上げた夜空と同じだ。

 建物やらなんやらの光で、空は明るくぼけていて星を見ることは出来ない。


「このみ」


 その時、玄関の方から柔らかな声が聞こえてきた。

 この優しさが溢れだしている声は。


「咲来・・・ですか」

「最近どう? 1軍に戻って来られそう?」


 咲来。同級生の中でも1番の心配屋。

 彼女は後ろで手を組んで、小さな私に視線を合わせるように屈んでいる。


「1人とは珍しいですね。河内がいつもべったり張り付いてるのに」

「瑞稀には先に部屋へ戻ってもらったの」

「あいつが咲来から離れるのを了承するなんて、明日は槍の雨ですかね」

「そう? 瑞稀は何でも言う事聞いてくれる良い子だよ?」

「練習以外で、あのリボンが咲来以外の言う事を聞いてるところ・・・見た事無いですよ」


 少なくとも私が何か言っても絶対に黙って"はい"なんて言わないだろう。

 その意思の強さが、あのリボンを名門白桜のレギュラーにまで成長させたのだけれど。


「今になって咲来の凄さをひしひしと感じますよ。下級生に物事を教えるのって、難しいですね」

「藍原さん? あの子、最近目の色を変えて練習するようになったよね」

「分かるんですか?」

「こう見えてもこのチームの副部長ですから」


 咲来は空を見上げながら、どこか誇らしげに胸を張る。


「彼女があそこまで本気になったのは、このみのお陰だと思うよ」

「私の? 冗談でしょう。あいつはああいう奴ですよ」

「そんな事ない。前の彼女、少し夢見がちというか・・・正直、無謀な夢に夢見る少女って感じだったの。勿論それを否定するわけじゃないけど・・・。今の藍原さんはようやくしっかりとした目標を見つけて、それを本気で為そうとしてる」


 "このチームのエースになる"。

 藍原が言っていたあの事について言っているのだろう。


「あまりに腹が立って、ムチャクチャに負かしちゃったことがありましたよ」

「ほら」


 咲来はふふっ、と笑う。


「このみも立派な先輩になったんだね。安心した」

「・・・正直、まりかや咲来に比べれば全然足りないかもしれないですけど」


 だから、私もつられて笑っていた。


「今・・・入部してから1番充実してるかも、です」


 あのバカを相手にしていると、なんだか細かいことで悩んでいるのがバカらしく思えた。


 ―――私が藍原に現実を見ることを教えたのなら、藍原は私に夢を見ることを思い出させてくれた。


 気づくと私は、そんな気持ちを咲来に吐露していた。


「このみに足りなかったのは、思いっきり感情をぶつけられる相手だったのかもしれないね」

「そうかもしれないですね。咲来と河内みたいな理想のパートナー像とは程遠いですけど」

「私も最初から瑞稀と上手くいってたわけじゃないから」


 同じだよ、と咲来は微笑む。

 その時。


「さーくらー、このみー。2人でイチャイチャしてけしからんぞー」


 私の左肩と咲来の右肩を後ろから思いっきり、がしっと掴まれて2人同時に抱き寄せられる。

 ・・・こんな奇想天外な事をするのは1人しかいない。


「まりか!?」

「3年生の座談会でしょ? 私もまーぜてー」

「もう、まりかったら」


 部長(まりか)だ。

 彼女は咲来をパッと開放すると、私の頭の上に顎を乗せ。

 その場で落ち着く。


「がー! 私をチビ扱いするなー!」

「なんかこの感覚久々だねえ。このみは1年生で背が止ま」

「あああぁ~!! それ禁句って言ったよな、です!?」


 なんだろう。こんな風にこの2人とガヤガヤやるのはすごく久しぶりの感覚。


「あ、まりちゃんと咲来とこのみ!」

「咲来ー、瑞稀ちゃん探してたよー?」

「なに? 同窓会?」


 騒ぎに気付いた3年生が次から次へと玄関から表へ出てくる。


「いやあ。この2人が抜け駆けするからさ」

「このみ、瑞稀ちゃんに殺されるよ・・・」

「いや、瑞稀ちゃんの場合咲来を殺りそう」

「なにその物騒な話!?」


 そんなこんなで、もう9時を過ぎようとしているのに3年生が勢ぞろいしてしまった。


「お前らの顔見たの、久々ですよ」


 同級生たちの顔を見ていたら、不思議と笑いがこみ上げてくる。


「このみが2軍に落ちたからでしょー」

「逆にうちらがアンタの顔見たの久々っていうか」

「何をー? その足元すくってやるから今に見てろです!」


 結局、収拾がつかなくなりそうになったのを、最後は咲来がまとめてくれて。

 一同は、とりあえず寮の中へ帰ることになった。


「このみ」

「ん? なんですか?」


 まりかが、ふと声をかけてくる。


「待ってるよ。最後の夏、一緒に戦えるって信じてる」


 その一言だけで。

 ―――どれだけ、励みになっただろう。


「ヒーローは遅れてやってくる、ですよ」


 藍原だけじゃない。

 私だってやることは山ほどある。最後の夏・・・そのギリギリまで、足掻いてやろう。





「・・・」


 わたしはその光景を見て、しばらく言葉が出てこなかった。


「すごいでしょ、先輩たち。あれが3年間、苦楽を共にしてきた人たちの結束だよ」

「さすがの瑞稀先輩も、あそこには入れないですか?」

「正妻の余裕と言いたまえよ」


 瑞稀先輩はドヤ顔で言った。


(あ、これは本当に余裕持ってる・・・)


 2階の窓から見ていただけで、聞いていただけで分かる。

 あれは本当に信頼し合っている人達の会話だ。

 きっと、わたしには想像できないほどの山を越えてきたんだ。そうじゃなきゃ、あんな雰囲気には絶対にならない。


(わたし達も・・・あんな風になれるかな)


 文香、万理、他のみんな。まだ名前も怪しい子が居るのに。


「藍原、アンタあの人たちと1年生を比べてる?」

「・・・はい」


 きっと、瑞稀先輩も同じことを思っていたのだろう。

 考えていたことをズバリと言い当てられても、今は驚きもしなかった。


「バーカ、百年早いっつーの」


 瑞稀先輩はこちらを見ずに、そんな悪態をついた。


「・・・百年、早いですよね」


 そして今はそれを全て肯定することしか出来ない。


 あれほど結束した先輩たちが、この部を引っ張っていっているんだ。こんなに頼もしいことは無い。

 80人を超える大所帯が、一つの目標に対して同じ方を向いている。

 きっとそれは、わたしが考えてるよりずっとずっと難しくて、すごいことなんだろう。


「わたし、練習します。1年生のわたしに出来ることって、それくらいですから」


 居てもたってもいられなくて、屋内練習場に向かおうとした時。


「待ちな」

「止めても無駄ですよっ」

「違うよ。あたしも行くって言ってんの」


 きっとこの時。

 自分にやれることをやろうと言う気持ちは、瑞稀先輩も一緒だったんだ。





 薄暗いリクレーションルームの中、ウチは窓際のテーブルで新倉先輩と向かい合わせになっていた。


「詰みッスね」


 盤の上、王将の横に龍王を置いて勝利を宣言する。


「また負けた・・・」


 ずーん、と。分かりやすく新倉先輩が落ち込む。

 今日はこれで5戦やってウチの全勝。


(ってかこの人)


 単純に弱いな。

 詰将棋とかやってたからそこそこ強いのかと思いきや、全然弱い。

 今まで数十局と指してきて、負けたことが1度たりとも無いのだ。


「もう1局、指してもらえないかしら?」

「え、ええー。まだやるんスかぁ?」


 ウチも暇じゃないんで・・・と断ろうとしたが。


「お願い、万理さん。もう1回、1回だけで良いから・・・」


 なんて上目遣いでお願いされてしまったら。

 断る事なんて出来るわけが無かった。


(うわすげー。なにこの可愛さ・・・)


 思わず自分の顔が熱くなるのを止められないくらいに、魅力的な表情だった。

 相手の意志関係なく、有無を言わせないその力は一種の催眠に近い効果があるのでは、と錯覚するほど。


("天使"とは真逆の、"悪魔"を見た気がするッス)


 悪魔の中には人間を誘惑し堕落させる、蠱惑的な能力を持つとされるものがいくつもある。

 小悪魔・・・なんて言葉があるくらいだ。


 先輩のこの懇願に名前を付けるのなら。


(さしずめ、悪魔のささやきってとこッスかね)


 ウチはふう、とため息を一つついて。


「もう1局だけッスよ」


 その"悪魔のささやき"に屈服してしまっていた。

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