分かり合えてる? / 分かり合えてる
相手が位置を上げて、一気呵成に勝負しに来ている。
(ここは、私たちも応戦すべきですわ!)
藍原さんがシングルス3にいったことにより、回ってきたチャンス。
白桜のダブルス2を任されているのだ。ここで下手な試合はできない。
監督やコーチに―――何よりこのみ先輩や、藍原さんに申し訳が立たない。
いきなりの指名でびっくりしたけれど、いつでも試合に出られるよう、準備はしてきたつもりだ。
とにかく・・・攻める!
(いけっ!)
敵ダブルス2人の間を縫うショットを放つ。
しかし、位置を上げているとはいえ、後衛にショットを止められる。
浮いた打球・・・だが、絶妙に陣形が崩れた位置―――味方コートの誰も居ないところにボールが落ちる。
「0-30」
それを少しだけ呆けながら見送って、すぐに頭を切り替える。
「杏。強引に攻めすぎだよ。もっとじっくりいこう」
「それではいたずらに体力を消費するだけですわ。ここはもっと一気に攻めなくては!」
「う、うん・・・」
熊原先輩は納得したのかしないのか、おずおずと首を縦に振って、とりあえずは下がってくれる。
(そうですわ、ここで下がったら何の意味も無い)
私のサーブから、ここはリズムを作って―――
「フォルト」
いけない。
ハッと、頭に何かが駆け抜ける。
ボールを握り直して、もう一度。
だけど、攻める姿勢は崩さず―――
「ダブルフォルト。0-40」
この辺りで、応援団がざわざわと騒ぎ始める。
「仁科せんぱーい、力みすぎです!」
「もうちょっと肩の力を抜いて、杏ちゃん!」
そんな事、他人に言われなくても分かっている。
今はたまたま上手くいかなかったけれど、このまま攻め続ければいつかは―――
「杏! バック!!」
熊原先輩の声が、やけに大きく聞こえた。
敵が討ってきたのは、前衛の頭をふわりと越すような中ロブ。
焦って思い切り上に手を伸ばし、なんとか当てようとするが当たらない。
「ゲーム、黒瀬・多田ペア。4-2」
しまった―――
ここまで上手いことゲームメイクしてきたのに、勝負のサービスゲームを落としてしまった。
「杏・・・」
心配そうに熊原先輩が私の顔をのぞき込む。
「焦らないで。気持ちが強く入るのは分かるけど、このままじゃ・・・」
「分かっています!」
そして、意図せず大きな声を出してしまった。
「っ!」
ビクッ。
気弱な熊原先輩は、顔を背けてそれに反応する。
「・・・ですが、ここで守りに転じれば点差は埋まりませんっ。もっと、もっと強く攻めなくては・・・!」
「杏、あのね」
「先輩も、もう少し私について来てください! ペアの呼吸が乱れたままでは、勝てませんわ」
「・・・っ」
少し、強く言い過ぎた。
言った直後くらいに、そう思った。
けれど―――その言葉を取り消すことも、できなくて。
先輩は押し黙るように顔を俯くと。
「今の杏には、ついて行けない・・・」
ぽつり。
「私、ここからは自分の思うように動くね」
先輩の声が、胸に突き刺さる。
考え方の違い―――テニスの技術的、作戦的問題ではなく。
私たち2人の、人間としての価値観の『差』。
どうしてだろう、こんなにも。先輩を遠くに感じられたのは。
あのときと同じだ。
春先、私が先輩を怒った時と―――
でも、あの時とは何かが決定的に違う。そう、"何か"が。
「・・・、ふんっ」
その何かが、分からないまま。
「0-0」
試合は再開される。
◆
「40-30」
マッチポイント。
今日の試合は終始こっちが主導権を握って展開できたけど、このラスト1ゲーム・・・敵ダブルスペアの最後の意地みたいなものを感じる。
1ポイント1ポイント取る時間が長くなってるし、敵の食らいつき方も今までの比ではない。
どうする―――そう、頭でふと考えようとしたが。
「・・・」
すっ。
首に着けたチョーカーへ、手元を持っていく。
咲来先輩への合図。
作戦の切り替えを行うため、試合前に確認したあたし達ペアの『サイン』。
先輩も同じことを考えていたのだろう。
視線はハッキリとこちらへ、コクリと小さくうなずく。
そして―――
先輩も、人差し指で小さくチョーカーを指す。
「―――っ」
それがなんか、わかりやすく"以心伝心"してるんだって事を表しているようで、たまらない。
あたし達は何も言わなくても通じ合っている。
普通のサインとは違う、特別なサインだから、それがより大きく感じられたのだ。
「・・・」
先輩のサーブから。
「えいっ!」
それが敵コートで跳ねると。
あたしと先輩の位置が入れ替わるように―――あたしは後衛へ背面バック。先輩はそれと入れ違うように前人へ位置を上げる。
その隙を、敵が見逃すわけもなく、2人の間を的確についてくる。
だが、わずかにその打球が浮いた。
敵もここを狙ってやろうという気持ちが強く出過ぎてしまったのだろう。
チャンス過ぎて、功を焦ったというべきか。ボールが弱くなったので、前陣へ上がった咲来先輩がそれに対応する。
敵前衛の居ない、正面へ。
バックハンドで切るように打球を打ち返すと、敵後衛は今度、あたしに向かって長めのストロークのショットを打ってきた。
(来た!!)
願ってもない、絶好の打球。
"あたしは"、逃すもんか。
ここで確実に決めて、試合を終わらせる。
両手でしっかりとラケットを握り、ボールのバウンドを確認し、そこに狙いを定めると。
「いけえええ!!」
思わず声が出てしまった。
それを思い切り引っぱたく―――全体重とラケットのスイング、運動パワーを乗せたそのショットは、敵前衛では手が出せない。
後衛との一本勝負―――だが、
(返せるもんなら、返してみろ!)
あたしには絶対の自信があった。
先輩との作戦―――それはあたしがベースライン上からこのパワーショットを放ち、一気に試合を終わらせるというものだった。こういう重要な作戦を行う前には、チョーカーを指して確認するということを、試合前に打ち合わせていたから。
それほどまでに重要な作戦じゃなきゃ―――わざわざチョーカーを指すまでもない。
(あたしと先輩は、)
何でもわかり合っている仲!
変な誤魔化しは必要ない。
だから、こうしてプレーに集中できる。
プレーに没入して、思い切りのショットを放つことができる。今のショットに乗ったパワーは、その信頼の分、威力が強くなっているんだ。
このショットの強さは、あたし達2人の絆の強さ。
―――敵後衛の放った打球が、力なく沈んでいくのを見て
それを実感した。
「ゲームアンドマッチ、山雲・河内ペア。6-3!」
堅牢。堅守。
あたし達は負けない。
もう1回戦みたいな無様な試合は出来ない。
この試合にこうして勝てたことも、当たり前だと思えるようにならなきゃ。
チームから絶対の信頼を置いてもらっているんだ。
それに応えて―――しっかり、結果を残せるようなペアでありたい。もう、ガッカリされるのは嫌だ。
「先輩っ」
「うん」
お互い手を挙げて、ぱちんとハイタッチ。
「ナイスゲーム、です」
「チームがこういう状況だから・・・私たちが、ダブルスからチームを支えないとね」
「・・・、はい!」
先輩は責任感がすごく強い人だ。
だからこその今の言葉。誰よりもチームのことを考えているから、自分がやらなきゃと思っているから。
そしてあたしは、そんな先輩の力になりたいと思っている。
先輩と一緒に―――このチームを全国の舞台に押し上げたいって。
全国の景色を、2人で一緒に見るために。
「あたし、先輩の為なら何だって出来ます」
こういうことを口にすることだって。
「どんなに辛い練習でも、試合でどれだけ厳しい状況に追いやられても、先輩と一緒なら、どんな状況でも乗り越える自信があります」
必要なこと。
あたしと先輩の間には、一切なにも無い状態にしておきたいから。
何でも分かりあえるような関係に、なりたいから。
「先輩の力になりたい。今のあたしは、その一心です!」
「瑞稀・・・」
先輩は一瞬、どうしたらいいのか分からないような声を漏らしたけれど。
「私も一緒だよ、瑞稀」
すぐに、言葉を選び直して。
「こんなもんじゃない―――私たち、もっともっと上へいける」
ぐっと、あたしの手を掴み。
「2人でなら・・・!」
まっすぐにあたしの目を見つめ、そう言ってくれた。
(これが、あたしの先輩)
日本一・・・ううん、世界一の、あたしのパートナーなんだ。




