VS 鶴臣 シングルス3 春前はるか 3 ”もっと高みを”
試合はサーブ合戦の様相を呈してきた。
はるか選手が曲がり幅を自由に変えられるスピンサーブで有紀にタイミングを掴ませなければ、有紀の方も3種類のサーブで狙いを定めさせず、時にはフラットサーブで純粋な力を見せ押して、時にはブレ球サーブで敵の芯を外させてまっすぐレシーブを飛ばさせない。
(サーブに自信のある選手同士がぶつかった時、稀に起きる・・・!)
サーブの攻略合戦―――レシーブ出来るかどうかに試合の行方が大きく左右される展開。
今、目の前で起きているのは、そういう試合だ。
「ゲーム、春前。4-3」
おおお、と試合会場が大きく沸く。
「また決まった、はるはるのスピンサーブ!」
「白桜の1年生、全然打ち返せてないよ!」
「でも向こうのサーブを春前妹も打ち返せてない・・・!」
「シンプルなサーブの打ち合い!!」
こうなってくると、どちらが先に敵のサーブを見切るかということにすべてがかかってくる。
(有紀は、)
スピンサーブ自体には対応出来ているようだが、やはりあの曲がり幅の調整にだいぶ苦労しているようだ。
そこを見極めることが出来れば、もう攻略はしたようなものなのだが―――さすが関東レベルのシングルスプレイヤーだ。そこをなかなかさせてくれない。
―――だけど、
有紀のサーブ押しもかなり大したものだ。
その関東レベルのプレイヤーが、未だ攻略に時間がかかっているのだから。
(やっぱり、3種類、個性の違ったサーブをぶつけられるとあのレベルのプレイヤーでも攻略するのは容易なことじゃない・・・)
都大会準決勝、新倉雛選手。
都大会決勝、黒永のレギュラーを張る2年生選手。
関東大会1回戦、勢いを持った大鷲台の2,3年生。
サーブをぶつけてきた相手は、決して楽な相手じゃなかった。
その選手たちですら苦労したボール―――それだけじゃない。
(前の試合より、確実に進化している・・・!)
フラットサーブのスピードとパワー。
クイックサーブの打ちづらさ、タイミングのずらし方。
ブレ球サーブの"ブレ方"・・・揺れ方とも言えるボールの微動。
それらが確実に、1つ前の試合より進化している。強く、大きく、鋭く―――より凶暴になっているのだ。
(元々サウスポーであの特異な打ち方、天性のパワーはあった。だけどもう、今、有紀を支えているのはそれだけじゃない)
今まで練習してきた、学んできた、研鑽を積んできた―――それら全ての経験が、1つ1つの形を成して、彼女の大きな力になっている。
「40-0」
また、有紀のサーブが決まる。
今度はブレ球サーブで、またもや敵に的を絞らせなかった。
(いけ・・・!)
そうでなきゃ、私のライバルとは呼べない。
そうでなきゃ、競い甲斐がない・・・!
貴女が私の隣をピッタリと併走してくれているから・・・私も、どんどん加速してその高みに近づくことが出来ている。
(いけ、有紀・・・!)
決めろ。
そのままどんどん押して―――
『わああああ』
その1球に、また歓声が上がる。
「ゲーム、藍原。4-4!」
―――ねじ伏せろ
向かってくる敵を、貴女の道に立ちはだかる者を・・・その武器で。
(屠ってみせなさい)
貴女には、もうその力があるはずでしょう?
◆
どこかで攻め込まなきゃならない。
現在、4-4。はるはるのサービスゲーム。
ここでまたサービスエースをとられ続けたら、11ゲーム目以降が確定する。
7ゲーム目を獲らないと試合に勝てなくなるのだ。
サーブ合戦ということもあって体力はまだ大丈夫だけど、なるべくなら6ゲーム目までで試合を終わらせたい。
なぜなら。
(この試合で勝ったとしても、まだ関東大会は続く・・・!)
準決勝、そして決勝と。
関東大会は上に行くにつれて加熱してくるだろう。消耗しきった状態で臨みたくない。
何より―――どこかではるはるのサービスゲームをブレイクしなきゃ、いつまでたっても試合は終わらない。
攻めなきゃ。
攻めて攻めて、わたしの攻撃をはるはるの喉元まで通さなければならない。
だから。
(いつまでもサービスエースを獲られ続けるわけには、いかないんだ!)
どこかじゃない。
"このゲームを"ブレイクして、サービスエース合戦を終わりにする。
そのための準備はしてきたはずだ。
相手に打たされたのだとしても、段々コート内にサーブを打ち返せ始めている。
あとはコントロールと順応性の問題。
ううん、わたしの場合―――
はるはるが右手に握ったラケットでサーブを打ち出す。
それがネットの上でくっと曲がり、サービスコート上で跳ねた。
(コントロールを補うだけの・・・)
そうだ。
わたしの最大の武器と言えば、これしかない。
(パワー!!)
微調整の部分は、それで押し切る。
変化したサーブも、わずかに芯を外していることも、打たされていることも。
関係ないって思えるほどの、ショットの威力。
わたしはそれで勝負できる。
―――サーブは勿論、お前のショット、特に強打は関東大会でも十分通用するレベルのものです
このみ先輩の言葉が脳裏を過ぎった。
そうだ、わたしは。
「出来るッ!」
曲がったスピンサーブを、バックハンドで引き込むように思い切り引っ張る。
敵コートのクロス、その1番奥を狙うような強引な打ち方。
だけど―――
「入った!」
コート内に、レシーブが入ってくれた。
「藍原が、春前のスピンサーブを攻略したぞ!」
観客のその言葉だけが、やけに大きく頭の中に入ってきた。
それでいい。
そうやって良い言葉だけを拾えるってことは、良い精神状態なんだってことだから。
「やりますわねっ!」
はるはるがレシーブを打ち返してくるが、わずかに動揺しているのか、ボールに力がない。
(これなら!)
帰ってきたショットを、今度はフォアハンドで力の限り引っ張る。
それが―――
「0-15」
思った以上に簡単に、そして上手く決まったことに。
「―――っ」
心臓が高鳴った。
頭の中から熱いものがあふれ出してきて、全身に巡っていく感覚。
気持ちいい・・・!
その感覚の、一端に触れた気がした。
でも、
(まだだ)
こんなもんじゃない。
わたしはもっと、気持ちよくなれる。
もっと、ドキドキ出来る。上にいける。
そう、上。
ここよりもっと先の場所。
―――エース達が待つ、本当の高み
(そこへ行くには・・・!)
ぐぐっと曲がるスピンサーブ。
しかし、もう打ち方は身体が覚えている。
それを今度は打球の力に少し自信がなかった分、フォアハンドで、流し打つようにクロスへ。
(こんなところで躓いてる場合じゃない!)
わたしははるはるを―――この強い敵を倒して、その上を目指す。
だからこそ、目の前のプレーに全力に、思いっきり。
「向き合う!!」
打ったショットが、わたしからでも分かるくらいブレている。
いや、これはもう"揺れている"と言ったほうがいいのではないだろうか。
黒永戦の最後に掴んだこのショットの感覚。
だいぶ、身体にもプレーにも馴染んできたようだった。
「0-30!」
はるはるが打ち返せず、その打球を見送ったことからも、それは十分伝わってきた。
―――このショットは使える、と
押せ。
行け。
ここで一気に攻勢に出れば、完全に試合の主導権を握ることが出来る。
「姉御ー、ここッスよ!!」
「勝負の分かれ目なのーーー!」
暖かく、頼もしい声援がわたしを後押ししてくれる。
「藍原、お前の全てをぶつけてやれです!」
仲間達、尊敬する先輩達の声が―――力をくれる。
スピンサーブが曲がり、サービスコートで跳ねる。
それを完璧に、タイミングを合わせることが出来た。まずは正面にレシーブ。
勿論これは拾われてしまうが、はるはるは勝負をつけようと角度のあるショットを打ってくる。
狙うのは―――わたしから見て右方向の隅を狙うショット。
打ちづらい場所だが、関係ない。
しっかりと回り込んで体勢を整え、小さくテイクバックをして。
(通れ、)
腰の高さにバウンドしたボールに、狙いをつけ、両手で握ったラケットで。
「わたしの想い、通れッ!!」
思い切り強打―――
速さと威力を持ったそのボールは、まっすぐ敵コートの奥深くへと向かっていった。




