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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
283/385

今は哀しみとともに

 会場中が大きな拍手に包まれる。

 先ほどまでの熱戦の余韻を残しつつも、勝者と敗者に分かれた選手たちに労いをかけるような拍手。

 温かくも、どこか哀愁が込められたそれが、私の頭の上を通過していく。


 パシャリ。

 1枚、写真を何の気なしい撮ってみる。

 この拍手を可視化出来たらどんなに良いだろう、と思いながら。


「7-5で美南くんの勝ち、か・・・」


 由夢ちゃんは5ゲーム目を獲った後、まるで電池が切れたかのように動かなくなってしまった。

 5-5からの2ゲームはほぼ一方的なもの。

 ほとんど動かない由夢ちゃんの左右を打球が通過してくだけだった。


(5ゲーム目を獲ることに、全てを懸けたんだろうな)


 確かにあのゲームの由夢ちゃんの粘りは通常のそれとは異なっていたのだ。

 何が何でも獲ってやるという執念、執着を感じた。

 だが―――あと一歩、足りなかった。5-5になったと言う事は11ゲーム目以降が存在するという事。そこまで、彼女の体力は持たなかったのだろう。


(怪我がちで底力となるスタミナがどうしても足りなくなってしまう由夢ちゃん・・・。初瀬田の最終兵器は強力ながらも、やっぱり弱点があったか)


 その弱点を埋めない限り―――彼女たちに全国は無理だ。

 負けた初瀬田は全国枠決定戦(サドンデス)に臨むことになる。対戦相手はまだどこか分からないが、全国大会へ出場する最後のチャンスだ。


「どうする、初瀬田中学・・・」


 君たちとは都大会からの付き合いだ。

 全国で君たちの試合を見たい気持ちもあるが、それはまず目の前の敵を倒してからの話。


 黒永に続いて、青稜―――いずれも全国でトップレベルのチームに負けた君たちなら、ここから再び起き上がる方法も、きっと分かっているんじゃないのかな。


(この敗戦は財産になるぞ)


 黒永戦の敗戦を無駄にしなかった初瀬田なら、再び勝ち上がって来てくれると信じている。

 そう思いながら、視線を初瀬田選手団の方へと向けた―――





「ピぃ・・・ピぃ・・・」


 由夢ちゃんは部員のみんなが木陰で全身を冷やしながら、定期的に水を与えている。

 とにかく、全ての体力を放出してしまったようなのだ。

 起き上がれるようになるまでしばらく時間がかかるのは仕方が無かった。


「あんなになるまで・・・由夢・・・」


 響希ちゃんが心配そうに彼女の方を見つめ、小さく呟く。


「私に繋ごう繋ごうって、その一心で無茶させてしまったのかも・・・」


 私も頬に手のひらを当てながら、響希ちゃんにしか聞こえないような声で。


 由夢ちゃんの体力が足りていないなんて、そんな事は分かっていた。

 彼女はこの一か月弱、リハビリに手いっぱいで、基礎練習はほぼできていないに等しい。冬に鍛えた分で大分底上げされているとはいえ、やはり関東大会レベルまで来ると貧弱なのは目に見えていた。


「それでも、由夢の気持ちは伝わってきたよ。絶対に負けたくない、先輩たちとテニスを続けたいって・・・」

「ええ。それは、私も」


 なんだろう。

 由夢ちゃんが心配でたまらない。


 これが、『親』ってコトなのかな。

 自分の子供が心配って、こんな気持ちなのかな―――彼女と過ごしてきた半年、私たち2人は由夢ちゃんとそういう風に接してきたんだ。

 ここに来て、そんな事を改めて感じる。


「サドンデス、どこと当たるかな」

「どこと当たることになっても、やることは変わらないわ」

「うん・・・。でもね、風花」


 響希ちゃんの肩が、こつんと私の肩にぶつかる。

 私に体重を預けるように、頭が肩の上に乗っかってきて。


「あたし・・・、ちょっと心配なんだ」


 珍しい。


「負ければ終わり・・・。今までもずっとそういう戦いを勝ってきたはずなのに。『勝てば全国』っていう重圧が、こんなに強いものなんて思わなかった」


 響希ちゃんが、泣き言なんて。


(これは、今日の試合のこと? 次の試合のこと?)


 ううん、多分、両方だな。

 1年間響希ちゃんと付き合ってきて、なんとなくだけど分かるようになってきた。


(響希ちゃんの気持ち、とか・・・。多分、こう考えてるんだなって・・・)


 不思議だ。それが分かるんだから。

 心が通い合って、私たち、とうとう一つになりかけてるのかな―――そんな事を微かに思う。


「大丈夫。すぐに普段のあたしに、部長の姿に戻るから」


 彼女の言葉が、胸に刺さる。


「だから、今だけ。今だけは・・・こうさせて、風花」


 弱り切った響希ちゃんの姿、声、表情。

 それを見た私が、少しだけ心臓を高鳴らせてしまったのは、きっとすごく良くない事なのだろう。


「響希ちゃん・・・」


 私にだけ見せてくれたその姿。


「大丈夫だよ」


 その姿さえ、愛おしい。


「"私が居る"」


 私は響希ちゃんの小さな肩を、小さくなってしまっている肩を、ぎゅっと抱く。

 全身を包み込むように、優しく。

 今だけは。

 このまま、お互いに傷をなめ合うように―――そのままに、そっとしていて欲しかった。





「手強い敵でしたよぉ。実際、スタミナ切れ起こさず戦ってたらどうなってたか」


 記者さん達の質問に、後頭部を押さえながら答える。

 勝利者インタビューだけあって、メチャクチャ褒めてくれるんだもん。照れちゃうよ。


「美南くんが関東で最強の1年生なんじゃないですかね?」

「もう。"くん"はやめてくださいよ~。本当は言われるとむず痒くなるんですから」


 黒ぶちメガネにボサボサの長髪、たれ目の記者さん?カメラマンさん?の質問に勘弁してくださいと言わんばかりのテンションで返す。


「なんて呼ばれたいか、ですか? うーん。普通に美南ちゃん・・・かなぁ」

「"みなみちゃん"って宮嶋選手っぽくないですよ。やっぱり美南くんっしょ」

「もうーっ。ボクで遊ばないでくれますかあ!?」


 最後の方は記者の人達も悪乗りしてきて、ぷくーと頬を膨らませて怒ったふりをする。

 監督に日ごろから言われているのだ。マスコミ対応はしっかり、ちゃんと、丁寧に。

 全国大会を勝ち上がっていくには、マスコミを味方につけないと厳しい・・・という事らしい。


(しおりん先輩って、マスコミ対応とかどうしてるんだろ)


 あの人レベルになれば、


『言葉はいらない。試合をご覧のとおりですが、何か?』


 くらい言いそうな気がする・・・。


(後で聞いてみよう)


 うんうん、と自分で勝手に納得して、その場を切り上げた。


「ミミ、お疲れだったね」

「しおりん先輩~~~」


 先輩の胸の中にぼふっと顔を埋める。

 人並みくらいのサイズはあるんだよなぁ、しおりん先輩。

 カッコいい感じだし、クールでイケメンな雰囲気あるからちょっと意外だったりするんだけれど。


「今日のボク、どうでしたかぁ? しおりん先輩の為に頑張ったんですよぉ」

「直接試合を見られてないから、それは試合映像を見た後にしないかい?」

「はいぃ。先輩がそうおっしゃるならボクはそれでぜんっぜん構いませーん」


 しおりん先輩に抱き付いている間は、いろんなこと忘れられる。

 先輩とちゅっちゅすることだけに頭を持っていかれて―――辛い練習とか、勝負のこととか―――今だけは、頭の片隅に追いやることが出来るのだ。

 寮の部屋に帰ってからもそうだけど、こうしてすべてを忘れられる時間っていうのは意外と大切だったりする。切り替えの大切さというか・・・。


「敵プレイヤーが、お姫様がどうのこうの言ってきたんですよ」

「へえ」

「ボクにとっての姫はしおりん先輩だけ! べー!って言い返しておきましたよ!」

「ふふ。ミミらしいね」


 言って、しおりん先輩はボクの頭を撫でてくれる。

 ゆっくり、そして広く。髪を梳かすように、撫でて―――気持ち良すぎて、意識が飛びそうだった。目がとろんとしてくる。


「でも、ちょっとだけ―――鏡藤選手と戦いたい気持ちもあったんだよね」

「そうなんですか?」

「関東三強に並ぶ実力・・・、この身体で感じてみたいというところもあった。勿論、負ける気なんて一切なくね」

「カッコいいーーー! しおりん先輩のそういう自信家なところも、ボクが好きなとこの1つですよ!」

「君のそう言う素直なところも、ワタシはかわいいと思ってるよ」


 しおりん先輩の胸に頭を押し付けるようにごしごし、ぎゅーっと動かす。

 それに負けないように力強く、頭を撫でて。頬から顎に手を回して、顎の下を撫でられると、まるで猫みたいに顎を上げて先輩の手を歓迎する。


(気持ちいい・・・)


 今が世界で一番、幸せ。

 ボクのしおりん先輩が、ボクだけを見てくれる。

 控えめに言って最高だ。


 そして、ボクも―――しおりん先輩を見ていられる。他の誰にも邪魔されない、この時間。試合後のこのイチャつきこそが、ボクの原動力。動力源。ん?どっちだっけ?


(まぁいいや)


 甘い時間が流れ、そしていずれは終わる。

 それは次の試合(ゲーム)が始まる、前奏曲のようで―――

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