表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
282/385

青稜 vs 初瀬田 シングルス2 宮嶋 対 鵜飼 2 "個性の戦い"

「わっはっは。やるな、向こうのプレイヤー」


 早いうちにギアが上がりきって最高の状態でプレーできている。

 それゆえにガス欠を起こす可能性はあるが、未だその兆しを見せていない。


 ―――だが、美南もそれに呼応するようについて行っている


 それは素直に賞賛すべき事だろう。

 まったく、底が知れない1年生だ。


(そうでなくては、青稜(ウチ)で1年生がレギュラーを獲るなどあり得んからな)


 しかも一つ、気になることがある。

 美南はまだ『切り札』を使っていない。

 使えないのか、使わないのか・・・分からないが、まだこの試合で一度たりとも使ったところは見ていない。


 敵に使えないように抑えつけられているのなら危惧するところではあるが、もし意図的に使っていないのなら―――


(ゲームカウント3-4、そろそろじゃないか)


 そろそろ、こちらに主導権が回って来ても良い頃だ。

 敵のパフォーマンスが一向に落ちてこない以上、今のうちに仕掛けておかないと致命傷になりかねない。


 リストバンドで頬の汗をぬぐう美南。

 その視線は真っ直ぐに敵を捉えている。


 そして。

 何かを思いついたようにニヤリとその口角が上がったのを、私は見逃さなかった。


(来るか)


 サーブを打ち込み、すぐに中央へ走り込む。

 あくまでベースラインから離れない。位置を上げることなく、敵のレシーブを待つ。


 敵プレイヤーがレシーブを返してくると―――


「―――ッ!!」


 ラケットを縦にして、まるでボールを上から下へ救い上げるように。


「出たーっ!」


 "そのショット"を放つ。

 ラケットの向きとは裏腹に、救い上げられたショットの弾道は上がらない。なぜなら、その跳ね返り(バウンド)際を叩いた打球―――ライジングショットだからだ。


「美南のライジング!!」


 敵プレイヤーはそれに追いつき、対角線(クロス)へ長いストロークでショットを返す。

 だが、美南は既にそこへ回り込んでいた。

 ライジングにより生まれた時間的余裕―――それを最大限活かした読み。


 再び美南はラケットを縦にして、救い上げる要領でライジングショットを放つ。ショットを打った後のフォロースルーが、まるでラケットを掲げるようになるのも、あの独特な打ち方の特異性を表現しているようだった。


(通常、当たり前だがテニスのスイングは地面と平行するような形―――"横"に振るものだ。だが、美南のライジングは違う。"縦"のスイングをすることで、限りなく地面に近い位置からショットを放つことが出来る)


 だが、それゆえ成功率も低くなる。

 本当に調子の良い時に、僅かな間だけ使えるショット―――それが美南のライジング。恒常的な武器にはならなくても、敵にインパクトを与える、もしくは気勢を削ぐ為の必殺技的使い方が出来るショット。


「40-0」


 ほうら見ろ。


(敵のダンスのリズムが止まった)


 違う。

 正しくはリズムを狂わされた、だ。


 打球返球までのテンポを強制的に速くされたことによって、今まで踏んでいたステップが狂った。文字通り、敵の(ダンス)を"崩す"ことに成功したのだ。


「こうなれば、こっちのものね」

「ああ」


 隣で試合を見守る茜音の声に頷く。


「ゲーム、宮嶋美南。4-4」


 このゲームを獲ったのは大きい。

 何よりここまでテンポよく刻んでいた敵のリズムを崩した、止めたのが大きい。


(―――だが)


 無策でやられてくれるとも思えない。

 ライジングの成功率がこのゲームでは良かったが、次のゲームも同じように決まってくれるという保証がない以上、ライジングのみに頼るのは危険だ。それは美南本人が1番分かっている。


「ならばここから先は、本当に力のぶつけ合いになるな」


 残る体力の削り合い、つばぜり合いになる。

 本当に地力の強い方が勝つ・・・、そういう試合展開に。


 美南には信頼を置いているが、彼女は1年生―――それがどう作用するか。


(敵が序盤の展開で消耗してくれているのを願うばかりだな・・・)


 この試合、"可能な限り"絶対に落としたくはない。

 汐莉と鏡藤、2人の実力がどの程度で、どういう結果をもたらすかはやってみなければ分からない。

 つまり、確実に勝てるという確証などどこにもない戦いに身を投じることになる―――それだけは避けなくては。


(汐莉をエースとして信頼していないわけではないが)


 鏡藤が油断ならない敵であることは間違いない。


(美南。君が鵜飼由夢を崩すことの方が、鏡藤と戦うよりは確実なはずだ)


 これはギリギリの勝負。

 だが、ギリギリ青稜(ウチ)が有利な勝負だ。


 ―――意地でも、ここで試合を終わらせる


 美南のライジング解禁には、その決意が滲んでいるようにも思える。


(残り2ゲーム・・・。獲ってこい、きかん坊のルーキー)





「はぁ・・・、はぁ・・・、」


 足が重い。


「っんく」


 思わず息が詰まる。

 何度吸い込んでも身体のだるさが解消されることはなく、大きく大きく肩で呼吸しては、なんとか頭と身体をまわす作業。


(思うように動かない・・・、全部ッ・・・)


 元々、怪我と歩んできたような人生だ。

 リハビリや回復に使う時間を体力トレーニングに回せたらとどれだけ思ったろう。

 線が細く、この冬に先輩たちの下でどれだけ自分の身体を苛め抜いても、やはり普通にトレーニングを重ねてきた人たちとの差はなかなか埋まらなかった。


 そのツケが、今、まわってきた。


「40-15」


 ああ、マッチポイント。

 敵のライジングからリズムを乱され、ステップが上手く踏めない。舞踏会の演奏に乗れなくなり、身体が付いていかず地団駄を踏むような、不格好なダンスしか出来なくなってしまった。

 そこにスタミナ切れが襲ってくる二重苦。


(このままじゃ、負けちゃう・・・!)


 ワタシは先輩たちに、まだ何も返せてない。

 こうしてコートにまで連れ戻して、上げてもらって・・・。お礼も、お返しも、この気持ちを伝えることさえ・・・。


 帰る場所を守り続けてきた先輩たちに、ワタシを信頼してくれた先輩たちに、一緒に全国を目指す仲間たちに―――


「ワタシは、」


 サーブをトスする指先に、力が入った。


「まだ、」


 右腕を思い切り引っ張って、その勢いをぶつけるように、打球を叩く。

 サーブには自信がある。


「何も為せてないんだぁぁぁ!!」


 ―――先輩たちと一緒に練習した、このサーブレシーブには!


 サービスコートギリギリに跳ねた打球を、敵は苦々しい顔をしながらも返してきた。


(舞踏会のお姫様は、)


 ステップ。切り返して、クロスへ思い切りダッシュ。


(俯かない!)


 打球に追いつき、もう一度反対側の脚に全体重を乗っける。

 そして踏ん張り、スイング。芯を捉えた打球が、真っ直ぐクロスへ向かって突き進んでいった。


初瀬田(ワタシたち)の前に立ちはだかる敵―――膝を折りなさい!)


 ショットが決まるのを見ると、抱え込むようにガッツポーズをしてすぐに次の動作へ入る。


「はぁ・・・ぁ・・・、ッん」


 もう少し―――あと1ポイントで、追いつく。


(このサーブでッ・・・!)


 追いつくことが出来るんだ。

 だから、絶対、諦めない。

 相手が名門青稜だろうと、誰だろうと・・・!


「フォルト」


 サーブが、ネットに引っかかる。


「・・・!」


 瞬間、"恐怖心"が頭を突き抜けた。

 次、もしフォルトを叩いたら―――


敗北(まけ)・・・)


 手が震える。

 頭の中に、何かが語り掛けてきた。


 ―――ワタシなんかが、決められるわけがない


(うるさい)


 そう、これは"いつものワタシ"だ。

 コートの外でのワタシ。

 魔法が解けてしまった後のシンデレラ。何者にもなれない灰被りの少女―――


(ここはコートの中よ。ワタシに話しかけないで・・・!)


 ―――無理だよ。もうやめよう


(うるさい)


 震えが止まらない。

 もし、失敗したら。もし、入らなかったら。もし、負けたら。

 最悪なことばかりが頭の中に雪崩れ込んでくる。


(・・・怖い)


 どうしよう、ワタシ―――

 サーブの構えを崩そうとした、その瞬間。


「由夢!!」


 響希先輩が、ベンチから立ち上がって、コートに入ってくるように一歩、前へと出て。


「由夢が戦ってる相手は怪我でも、自分でもない! 相手をちゃんと見て!!」


 彼女の叫び声が、コートの上を突き抜けた。


「しぇんぱい・・・」


 ふと、先輩の方を呆然と見ていた目が。首が―――敵の方へと、向き直る。

 視界にターゲットを捉え、ロックオン。


「そうだ、ワタシ・・・」


 敵コートに居る、1年生に照準を定める。

 ピンクの長い髪にすらっとした体形。凸凹が無い感じなんかはワタシと少し似ている。


 ―――また、先輩に助けられた


(ワタシは、あの子と戦っているんだ)


 そのことを、思い出させてくれた。

 気づけば手の震えは消え、あの声も聞こえなくなっていたのだ。


(・・・やれる)


 ワタシは、まだやれる。

 終わらせてなるものか。この試合は、まだまだ続く。続かせてみせる。


(そして、繋ぐんだ)


 ―――風花先輩に、この道を託すんだ


 迷いは消え、憂いは飛んだ。


 ワタシは大きくトスを上げ、ゆったりと構えたフォームから、敵コートへ―――

 サーブを、打ち込んで見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ