青稜 vs 初瀬田 シングルス2 宮嶋 対 鵜飼 1 "名門・青稜大附属"
「由夢!いいよー、青稜相手に押してる押してる!」
「ありがとうございます」
響希ちゃんの熱烈な歓迎に、ひらりと身体を翻してぴょこっとお辞儀をする由夢ちゃん。
「水? スポドリ!? ・・・あ、そっか由夢は」
何かを察した響希ちゃんはベンチの片隅にあった"とあるもの"を掴むと、バッと広げ。
「日傘だよね~」
「日中の日差しはワタシにとって毒なのです」
あはは、何それーと笑いながら、由夢ちゃんに日傘をさしてあげる響希ちゃんはいつも以上に上機嫌だった。
「輝いてるねー。いいよーその笑顔。素敵だよー」
選手じゃなくても、JCの笑顔というのはそれだけで画になる。
パシャッと一枚、彼女を写真に収めると、私はファインダーから目を離してコート全体を見渡した。
(2-1・・・、由夢ちゃんのリードながらゲームはまだどちらにも傾いていない・・・)
美南くんもじっくりと腰を据えて試合を始められた感がある。
今日のこのカラッと乾いた晴天、それほど暑さは感じないものの風が吹いていないから、じわじわ来るタイプの天候と見た。
(持久戦になれば試合慣れしている美南くん有利に働く可能性が高い)
逆に由夢ちゃんは、その前に試合の主導権を握れるかどうかが鍵となってくるだろう。
つまり、早い段階でゲーム数を多くとっておく必要がある。
(由夢ちゃんのプレースタイルはカウンターパンチャー。『親』と慕う風花ちゃんのプレースタイルの雛型とも言えるテニス・・・、早めに攻勢に出るタイプじゃないけど)
ここは大胆に行くべきだと私は予想する。
美南くんの調子が出始める前に、押し押しでいけているうちにもっと攻め続けるべきだと。
(そこを、響希ちゃんはどう思っているのか)
ベンチでは2人が何やら話し込んでいるのを見ることが出来るが、内容まではうかがい知ることが出来ない。
一体どのような戦略プランを立てているのか、外野からでは知ることが出来ないのだ。
『わあああぁ』
ベンチから由夢ちゃんと美南くんが出てきた。
エンドチェンジが終わって、試合が再開される。
(さぁ、魅せてくれよ)
君たちの青春のその1ページ、強く刻まれるその続きを。
私たちはそれに熱狂し、それに夢を見る。それを多くの人に届けることが私の役目。
(奇しくも、強く尊敬する先輩を持つ者同士の戦い・・・)
その先輩たちが、君たちの後ろには控えている。
娘が親に試合を繋ぎ、望みを託すのか。それとも騎士が露払いをして『姫』を玉座から動かさないのか・・・。
「中断終了。再開だ・・・!」
ファインダーに目を覗かせる。
逃さないぞ。ここからの一瞬一秒を―――
◆
「キャハ★ 1年がんばってんじゃん」
シングルス3があまりにも呆気なく終わってしまったから、休む必要もない。
(面白そうだから、宮嶋の試合、アリーナで見てやんよ)
春まではあたし達と同じ2年生が務めていた青稜シングルスの1枠を奪い取った1年生。
黄金世代の一角を崩したイレギュラー。なかなか可愛げのある奴だけど、そこはちょっと気に食わない。
状況を見る限り、宮嶋は押されている。
向こうの2年生は初瀬田が都大会最後の試合で投入してきた秘密兵器。情報はほとんどない。
(その中で戦わされんのはキツイだろうけど)
青稜のレギュラーはそんな事言ってられる立場じゃないってこと。
(分かってるよねぇ~? 美南くぅ~ん?)
このまま押され続けるようなアンタじゃないでしょ?
「まあこのまま負けても? それはそれでちょっと面白いかもだけど。キャハ★」
ふふふ・・・、と変な笑いが出てくるのを抑えられなかった。
「わっはっは。滅多なことは言うもんじゃないぞ、千夏」
「そうよ。貴女、応援する気あるの?」
「キャハ★ 怒んないでよ先輩たち。ちょっとしたジョークじゃん」
あたしは口元に広げた手の指先をちょこんと着けて、にこっと笑って見せる。
「あいつが簡単に負けない事くらい分かってるよ」
そう。
何せあいつが守るのはシングルス2。
あたしより上に居るんだ。
宮嶋の強さを1番分かっているのは他の誰でもない、汐莉でもない、あたし。
「わっはっは。千夏が甲斐甲斐しくがんばれー、負けるなーと応援していたら、逆に心配になってくるしな」
「さっすがー。部長わかってるー」
「わっはっは。どうだ凄いだろう!」
確かにアンタは凄いよ。
普通、1つ下の世代にこんな生意気な後輩が揃ってたら、ムカつくか・・・悪くて突き放しちゃいそうなもんなのに。
こんな風に軽く流して笑ってくれる。
"アンタだから"着いていく気になるんだよ。他の奴じゃダメなんだ。
「デュース!」
おおお、という歓声が応援団から沸き起こる。
「美南、調子が出てきたみたいね」
「目が覚めたたか、天才」
動きにもキレが出てきた。
さっきは止められなかった敵のサーブを、今は軽々返して見せたのだ。
(キャハ★ やっちゃえよ宮嶋)
あんなお高く澄ましてるお人形、べきっとへし折って使えないようにしちゃえばいいんだよ。
鏡藤に回すまでもない、汐莉が出てくるまでもない。
初瀬田というチームはそこまでの力を持っている学校じゃないからだ。あたし達、青稜が本気を出すべきチームは他にある。
(遠慮なんていらない、目の前の敵をただ倒す)
アンタにはそれが出来るはずでしょ? ねぇ宮嶋―――
◆
―――強い
確かに強い敵だ。
強力なサーブ。ベースラインからでも力負けしないショット。
打球のさばき方にも天性の才を感じる、間違いなく強敵と呼ぶべき存在。
(だけどっ!)
ボクは負けない。"ボクの敵"、ひいては"一条汐莉の敵"であるのなら、容赦はしない。
(君には無いんだろう!?)
鏡藤風花が鏡藤風花たるべき必殺の技。
(『鏡』が―――)
それがどれほどのものか、直接戦ったことのないボクでは知りえることはできない。
だけど、それが普通じゃないってことは分かっている。
あの綾野五十鈴と互角の試合を行えたのも、その鏡のおかげ。
都大会3位決定戦、関東大会1回戦での圧倒的な試合もそれがあってこそのもの。
いくら手塩にかけた後輩とはいえ、それを体得させるまでには磨き上げられなかったようだね。
だから・・・!
「ボクは勝つ!!」
1つのショットに力を込め、ベースラインから敵コートのライン際へ向け思い切り放つ。
手加減は要らない。
アウトになるかという心配も、今は必要ない。
確実に決められるという自信がある『今』は―――
「ッ!!」
鵜飼選手の足元にそれが決まった。
反応されていない。反応できていないのだろう。
「アドバンテージ、宮嶋」
審判のコールを聞いて、気持ちよくなる。
ゾクゾクっと身体の芯が震えて、それが全身を突き抜ける。
(この感覚だよ!)
テニスをやってて楽しいのは、この瞬間。
最高のショットが決められた。これに勝る感覚は無い。
(しおりん先輩、どこかで見ててくれてるよね。ボクの晴れ姿!)
今は準備運動中だから、直接は見れてないかもしれないけれど。
この応援団の声を、熱を、どこかで感じてくれているのならボクは嬉しい。
しおりん先輩の中に"ボクがある"のなら、今はそれで十分だ。
「へへっ、君、強いね」
「・・・!」
スッと、ラケットを敵プレイヤー、鵜飼選手に向けて笑う。
「ボク、楽しいよ。君とこんな試合が出来て。君もそうじゃないの?」
そんな風に話しかけてみたけれど。
「あら。何かしらこの娘。このワタシに向かって、随分な口の利き方ね?」
敵プレイヤーには逆効果のようだった。
「ワタシは庭園のお姫様よ」
こちらを見下げるように顎を上げると、明らかに機嫌を損ねた彼女は黒い感情を露わにする。
「へへっ、お高く止まっちゃってさ。それで楽しいの?」
「そこに直りなさい、無礼者」
―――思わぬところで、火が付いた
敵プレイヤーを本気にさせたのは、まずかったかな。
いや、逆に周りが見えなくなっていそうなのは助かったと考えるべきか。
どちらにしろ。
(そうこなくっちゃあね)
お姫様とダンスをするつもりなんて、ボクにはない。
何故なら、ボクのお姫様は君じゃないからだ。
ボクのお姫様は1人だけ―――後ろに控える先輩だけ。
だからさ、そうやってやられるの、
(ちょっと許せないんだよね)




