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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
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ワタシの憧れ、庭園のお姫様

「・・・うん、スイッチ入ったね」


 由夢がコート上でひらりと身体を回転させたことで、それを認識する。


(ラケット握ってコートに入ると、きっかり『あのモード』になるんだもんなぁ)


 それは本当に、スイッチが切り替わるように鮮やかなものだ。

 コート外では人見知りでいつも何かに怯えているような、『ピぃ』が口癖の由夢が、ああなるともうほぼ別人。


 ―――まるで、夢の世界から出てきたお姫様のような立ち振る舞い


(あの辺は、"由夢から見た風花の姿"が投影されてるのかな)


 この数か月あまりの特訓を思い出してみる。

 由夢の前には、常に風花の姿があった。逆に言えば、風花を追い続けた結果が、今の由夢を形作っていると言っても過言ではない。


 でも。


「風花はあんなんじゃないけどね・・・」


 あはは。

 乾いた笑いを浮かべる。


 由夢から見える風花はアレなんだ、と逆に感心するところでもあるのだが。


「さぁ、由夢。いつも通り見せてよ。由夢の(コート)で紡がれる(ダンス)を・・・」


 これも、彼女本人が日ごろから言っていること。

 ちょっと恥ずかしくなってくるような言葉だけど、本人がそう言うんだから周りのあたし達も合わせてあげなきゃいけない。


 そう、あの子のテニスは風花のテニスによく似ている。

 それが由夢が部員たちから"娘"と形容される理由の1つ。


(風花のテニスをただ一途に追い続けてきた由夢なら、たとえ相手が青稜の1年生レギュラーでも、関係ないよね)


 あたしと風花と、そしてそれを追い続けてきた由夢のお話。

 それを話すには、どこまで話を遡れば良いのだろうか・・・ちょっと、あたしには分かんない。


 由夢なら。

 彼女本人なら、それもちゃんと分かるんだろうな。


 そんな事を思いながら、あたしはサーブの構えに入る由夢に視線を遣った。





 昔から、よく怪我ばかりしてるような子だった。


 階段から落ちた、自転車で転んだ、普通に走ってたらこむら返りを打った、理由は色々。

 病院に通っては治って、治った頃にまた怪我をして。それの繰り返し。


 やせっぽちでひ弱で、いつも腕や脚を包帯で巻いて、ギプスで固定して、杖を使って歩いて・・・。

 口数も少なく、人の輪へ積極的に入っていくような子でもなかったワタシは、半ば気味悪がられるような感覚で同級生から敬遠されていた。

 まるで『死神』だ、と―――


 小学校の高学年からテニスを始めた時には、"自殺行為"と揶揄されたこともあったっけ。

 ただでさえ怪我ばっかりしてるワタシが、スポーツをする姿が想像できなかったのだろう。

 ワタシだってそうだ。

 自分がスポーツする姿なんて、包帯巻いてクラスの椅子に座っている時には想像もできなかった。


 だから。


 ―――そんな自分を、変えたかった


 幸運なことに、ワタシはテニスが苦手では無かった。

 スポーツの才能があるなんて、それこそ信じられなかったけれど、初めて上級生を負かした時、ワタシは一瞬、夢を見た。


 これは本物なんじゃないか、と。


 だけど。

 怪我をしやすい体質だけは、治らなかった。


 小学校6年生の夏、最後の思い出に都のジュニア大会に出場しようとしたけれど、1ヶ月前にこっぴどい転び方をして腕と足を怪我。全治2か月で、とても大会に出られるような状態には治らなかった。


 地元でそこそこ有名な初瀬田中学へ進学した後。

 最初のうちは3年生の先輩を倒して部でちやほやしてもらえたけれど、中学で初めて怪我をして、治った矢先に今度は骨折―――そこで、ワタシは見捨てられた。

 どんなに強くても、怪我で試合に出られないんじゃ、何の意味も無い。


 『無事これ名馬』


 スポーツ界にはこんな格言もある。

 怪我をしない事こそが1つの大きな才能であるという意味の言葉だ。


 ワタシはまた、テニスを始める前の自分に戻っていた。

 3年生が引退になっても、練習中の怪我や試合中の怪我で満足に実力を出せず、腐っていたのだ。

 白い包帯をぐるぐるに巻いて、練習を見学する日々。

 痛いのか痛くないのかよく分からない右手の固定されたギプスをぎゅっと掴んで、下唇を噛みしめながら、他の部員たちがプレーするのをただ見ているだけ。


 ―――そんな時、


「由夢!」


 ―――声をかけてくれたのが、


「ただ見学してるだけじゃ暇でしょ?」

「あ、はい」

「じゃあこれ。あげるから」

「・・・?」


 それは脚や腕に巻く(おもり)

 身体に負荷をかけるためのバンドだった。


「腕は骨折してても、下半身は鍛えられるでしょ? 勿論、やり過ぎはダメだと思うけど・・・。そこでぼーっと立ってるよりは、練習になると思うよ」


 ―――響希先輩だった


「身体の弱さって食事から来てると思うんだ。ちゃんと食べてる?」

「あまり・・・。ワタシ、食が細くて」

「だから怪我するんだよ! 今度、一緒に図書館行こう。強い身体を作るメニュー、調べようよ」


 初めてだった。

 こんなに色々言ってくれる人は。

 今まで、怪我をしても、うわべの心配をしてくれる人は居ても、こんなに踏み込んでどうにかしようとしてくれる人は―――誰も居なかったんだ。


「・・・」


 人の、善意に。


「由夢?」


 心がじわっと、暖かくなる。

 温かさが広がって、()みてくる。


「ひびぎしぇんぱいっ・・・」

「ええっ? な、なんで泣くの!?」

「ピいぃぃぃぃ~~~っ」


 思わず涙が溢れるのを、我慢できなかった。

 この人は、本当にワタシの事を思ってくれている―――それが何より、嬉しくて。


 だから。


「鏡藤風花です」


 この人を見た時。


「風花ちゃんは見学だけだけど、このテニス部に興味があるんだ。みんな、仲良くしてあげてね」


 ―――なんて綺麗な人なんだろうと思ったのと同時に、


(あれ、響希先輩・・・)


 なんか、凄く嬉しそう。

 顔赤くして、どこか逆上せた感じで・・・。風花先輩を見る時、色っぽくなるというか。


(あ、そっか)


 ―――響希先輩の"大切な人"なんだという事が、ワタシにはすぐ分かった


 風花先輩。

 気品があって、どこかのお嬢様か何かなんだという事がにじみ出ている人。

 普段の言動や落ち着いた表情を見ていると、憧れに似た何かを感じずにはいられない。

 同じ、テニス部を見学している中にも、ワタシと風花先輩の間には圧倒的な差があった。少なくとも、ワタシ自身はそう思っていた。


(ワタシも、あんな人になりたい・・・っ!)


 その気持ちが、明確な憧れから『尊敬』『敬愛』に変わるまで、時間はかからなかった。


 こんな風に熱を上げて、人に憧れたことは初めてだった。

 風花先輩みたいになりたい。なりたくて、行動の1つ1つをマネしてみたりした。

 まるで先輩のコピーみたいに、仕草を真似て、それを自分風にアレンジしてみたりもして。


 だけど、ワタシは極度の恥ずかしがり屋だったから。


「由夢、それ鏡藤先輩の真似?」

「ピ、ピぃ!?」


 そんな風に言われると。


「そんなんじゃないもん・・・」


 遠慮して、真似もできなくなっていった。


 ああ、やっぱりワタシはワタシに過ぎないんだなって。

 そのたびに嫌になって、どうして風花先輩みたいになれないんだろうって、悩んで頭を抱えることが多くなったりもした。


 風花先輩は、舞踏会のお姫様だ。

 みんなから注目されて、注目されるだけの理由もあって、綺麗で、堂々としてて。


 いっつも怪我してる貧弱なワタシなんかとは、別世界の人。

 それは人間としての器の大きさの違いなのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。


 あんな風になりたくて。でも、そんなの叶うわけがなくて―――

 まただ。

 また、自分に嫌になる。


 そんな、鬱屈した気持ちが嫌になった、冬の日のこと。


「―――ッ」


 ワタシは、見る。

 舞を踊るように軽やかにコートの中で駆ける、風花先輩の姿を。

 風花先輩が、実はものすごい実力を持ったプレイヤーだということを。


 そのプレーを一目見て―――ワタシの中の"何か"が目覚めた気がした。


 ワタシの中の何かは、何もできないワタシに向かって囁くのだ。

 『貴女も、彼女みたいになりたくはないの?』

 と。


 それがすごく鮮明に頭の中に響いてきて。

 そんなわけがないって少し気持ち悪くなって、ふらふらとたじろぐと、バシャン。水たまりを踏んでしまったことに気が付く。

 足元に目を落とすと―――


 水たまりに反射したワタシが、いつものワタシとは全然違う表情をして、もう一度囁くのだ。


 『コートの中でなら、ワタシは貴女と代わってあげられる』

 『貴女に代わって、なってあげられる』

 『舞踏会のお姫様に・・・ね』

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