関東大会 2回戦 第1試合 『青稜大学附属中学 対 初瀬田中学』
「2試合連続で金星を上げたと言っていたなぁ」
試合終了の瞬間、肇は上を向いていた。
そして、天に向かって人差し指を突き上げ。
「マグレは3度も続かん! それを証明してやったぞ、わっはっは!」
応援団に向かって、叫ぶ。
『きゃー、肇せんぱーい!』
『部長素敵ー』
『ナイスゲームでしたー』
すると、案の定部員たちからは称賛の声が返ってくる。
いや、この場合もはや称賛と言うよりは黄色い歓声に近い。
―――部内でも、ファンが多い肇
さすがに汐莉派には負けるけれど、3年生の中ではやっぱり肇だ。
そして1年生なら多分、美南なのだろう。
青稜の代々の系譜・・・どうしてそんなものが出来上がったのかは分からないけれど、こうして在るものはしょうがない。
だから。
「・・・」
あたしは、肇の腕をぎゅーっと抱き寄せる。
「茜音?」
「あんまり他の子に目移りしてると、あたし、どこかに行っちゃうかもよ?」
肇の目をしっかりと見て、言う。
あたしの方を見て―――と。
「わっはっは、何を言ってるんだ。私にとってナンバー1でオンリー1は茜音だよ」
「本当かしら?」
「本当だとも!」
「じゃあ、何か証明して見せて」
今日のあたしは譲らない。
他の子にアピールするような悪い肇には、徹底的にあたしの気持ちを伝えておかないと。
「こ、ここでか?」
すると、肇は困ったように語気を弱める。
「ここじゃなきゃ、良いの?」
「む・・・、そうだな。後で、こっそりとな」
人差し指で頬をかきながら、すっと自然と目を外して、明後日の方を見るのだ。
「じゃあ、それでいいよ」
だから、あたしも今日はそこで許してあげる。
「まったく。君は本当に嫉妬深いな」
「あら、愛が重いと言って欲しいわね」
「否定はしないんだな・・・」
「そうね」
それ自体は多分、そうだと思うし。
「だが、これで1勝! 残りは2年生たちが務めるダブルス2、シングルス3次第だ!」
肇が、改めて宣言すると。
「ダブルス2もシングルス3も、善戦してるそうですよ、部長ーっ」
「特にシングルス3の方はもう試合が終わるようです!」
コート外から聞こえる、部員たちの声に。
「何っ」
肇の表情が、少しだけ緩んだ。
「さすが青稜の"黄金世代"だな」
レギュラー7人中、4人を占める2年生―――彼女たちが順当な試合運びをしているという報。
何より部長の肇としては、嬉しさを隠せない様子だった。
「鏡藤風花に怯えるまでもない」
そして、キッと視線を上へ向け。
「この試合、3連勝で青稜が勝てる!」
また先ほどのように、拳を天へ掲げるのだ。
「はいはい。あんまり油断フラグ立てないようにね」
「わっはっは、油断ではない。適切に状況を判断した上での話だ」
「そーゆーのをフラグって言うの」
この子は、調子に乗るとすぐこうなんだから。
部長で、自信家で、カリスマ性あって、自分が1番で。
だから、隣で支えてあげる必要がある。
この子を放っておいたら、独裁者の出来上がりだ。だから、あたしが横から茶々入れて、手綱掴んで、上手いこと乗りこなす必要があるのだ。
―――だって貴女が目指すのは、関東の1番なんかじゃない
黒永も、白桜も、その上も。
全部薙ぎ倒して、全国の頂点を獲る。
(それしか、眼中にないんでしょう?)
その拳を突き上げる『天』。
一緒に・・・行きたいなって、ずっと思ってるよ。
◆
―――まずいッ
まずいまずいまずい。
もう既に、ダブルス1とシングルス3の試合は終わっている。
初瀬田の負けだ。
ここを落としたら―――由夢や風花に回る前に、試合が終わる!
(させるもんか・・・!)
それだけは、絶対にしちゃだめだ。
(あの2人なら、青稜のレギュラー相手でも絶対に通用するんだッ)
ここで、私たちなんかが足引っ張っちゃダメなんだ。
絶対にここを死守して・・・回さないと。
「ぐっ!」
だけど、来る打球の強さは相変わらず。
敵ダブルス2の強さは、今まで戦ってきた学校のダブルス2とは比べものにならないほどレベルが高い。
(青稜の2年生―――"黄金世代ペア"!)
そう呼ばれてることだって、知っている。
だけど、私たちなんかが倒せない敵だとは思わない。
私たちはいつだってギリギリの勝負を勝って、ここまで進んできた。
いつだって風花が何とかしてくれてきたんだ。
だから、今は!
「私たちが責任を持って、風花に出番を回す!!」
あの子なら、一条汐莉だろうが誰だろうが、確実に倒してくれるんだ。
―――粘りに粘り、ようやくチャンスボールが上がる
しかし、若干遠い。
前衛の私からでは、スマッシュが打てそうになかった。
ここは。
「ざーちゃん! お願い! 決めて!!」
後衛の金澤ちゃんに、全てを託す。
このポイントを獲れば、試合は一気に私たちに傾くんだ。
(頼む・・・!)
お願いだから、
―――ざーちゃんの遠い位置からのスマッシュが、敵コートの後方に刺さる
決まってくれ!
「ッ!!」
それを、拾われた―――
「しまっ・・・!」
完全に抜かれたのだ。
私の右を、打球が通過していく。
これで、終わ―――
「アウト!」
ら、無かった。
「あ、アウト・・・?」
その打球は外側に逸れ、ラインの僅か外に落ちていた。
線からほんのわずかに外れ、打球の痕もラインにかかっていない。
「デュース!」
助かった―――
「危なかった・・・」
「死んだと思ったね」
敵マッチポイント、ほんの数ミリの世界が勝負を再びイーブンに戻してくれた。
「貰った命だ」
「うん。怖い物は無いの精神でいこう」
「私たちで終わらせない」
「部長と風花に、試合を委ねるためにも・・・!」
この試合、負けてなるものか。
絶対に切り崩して、突破口を開いてやる・・・!!
◆
「3連勝ならず、か」
肇部長が名残惜しそうに首を捻った。
「あの2人には後でお説教ね」
茜音さんはいつものようにほっぺたに手をくっつけて、ふふふと黒い笑いを浮かべている。
「マッチポイントまで追い込んでおきながら・・・。最後の最後で詰めが甘かったのかもしれんな」
「いや、違うよ」
そこで―――しおりん先輩が、部長と茜音さんの会話へ、割って入る。
「初瀬田の粘り勝ちだ。"何が何でも次に回すんだ"と言う執念が、彼女たちをあそこまで必死に、ボールに食らいつかせたんだろうね」
語るしおりん先輩の表情は真剣で、それでもいつもの冷静で自信満々な姿勢は崩さず。腕を組みながら、目を瞑って淡々と話す―――
(か、)
か、
(かっこいいいぃぃ~~!!)
さすがしおりん先輩!
クール!ビューティ!カッコいい!最高!最高の女性!ボクの理想の先輩ぃ!
「美南!」
「ひゃいっ」
思わず、声が上ずる。
「君はそこまで心配せず、いつも通り試合に臨めば良い。最悪君が負けても、ワタシが鏡藤選手を倒せばいいだけのこと。プレッシャーなんて感じなくていいんだからね」
しおりん先輩はそう言って、ボクの頭をぽんぽんと撫でると、ほっぺに手を回してくすぐるようにそっと撫でてくれる。
「ありがとう、しおりん先輩」
貴女の気持ちは本当に嬉しい。
「でも、」
ボクにだって、意地がある。
「ボク、この試合に負けるつもりはぜんっぜんないから!」
青稜のシングルス2を任されている者としての誇りもある。
「敵が誰だろうと、ぶっとばして、しおりん先輩の出番なんて無いうちに、試合を終わらせてやるんだから! それこそが、ボクのしおりん先輩への"忠誠"だよ!」
プレッシャーなんて感じなくていいって、ボクのことを想って言ってくれたんだ。
こんなにボクを想ってくれる先輩に、恩返しがしたい。
この試合、ゆっくり休んでくれていいんだよ・・・って!
「初瀬田とのこの試合、ボクがここで終わらせてやる!」
勝負だ、初瀬田のシングルス2!!
『きゃー、美南くーん』
『今日も元気いっぱいな試合で圧倒して見せてーっ』
「あはは、どうもどうも」
コート内に入ると、いろんなところから声援が飛んでくる。
それ自体は嬉しいんだけど、反応に困っちゃうところもあるんだよね。
「・・・!」
その時。
―――敵コートから、ただならぬ雰囲気を感じた
(なんだ・・・?)
殺気にも似た、『気迫』。
どんな選手がこんなものを放っているんだと、敵コートを見ると。
「ようこそ、ワタクシの庭へ」
白銀の髪。
真っ白な肌。
その彼女の真後ろに、庭園が見えるかのような優雅さ。
「この鵜飼由夢が、お見せしましょう。圧倒的なテニス―――風花先輩へ繋ぐ、」
しかし、彼女のキラリと光る眼の色は、"真っ赤"なものだった。
「"活路"というものを」




