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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
277/385

もっと、一緒に

 ―――大会5日目、第1試合

 ―――山梨県内テニスコート場、


 ―――黒永学院VS藤愛大甲府



 やはり、藤愛大甲府は3試合で勝負を決めにきた。

 本来のシングルス3、2の選手でダブルスを組み、ダブルス2に。そして、中田さんをシングルス3に起用し、3連勝で勝ちに来たのだ。


(でも、残念)


 今の黒永(ウチ)は、その程度では揺るがない。


 ダブルス2は三ノ宮さん、吉岡さんペアが息ピッタリのダブルスを展開出来て堅い。

 ダブルス1は都大会の不調が嘘のように復調した那木さん、微風さんのペアが向こうのダブルス1を跳ね返してくれるだろう。


 そして、シングルス3―――現在、目の前で展開されている試合。


(3-2・・・そろそろね)


 そろそろ、綾野さんのギアが上がり始める頃合い。

 ここまで中田さんも自慢のサーブで自分のサービスゲームを何とかキープしてきたけれど、綾野さんの強さは試合中盤以降・・・まさにここから、だ。


(これ以上粘る力が、中田さんにまだあるのかどうか)


 お手並み拝見といこうじゃないか。


(そう、)


 この試合は3つとも、獲れる自信がある試合だ。

 3-0で勝つことが出来る試合。

 今日はシングルス2に入れておいた、『あの子』を使うまでも無い―――綾野さん(かのじょ)が、やってくれる。


(貴女なら、出来るでしょう?)


 2年生相手に後れを取るようなことは絶対にない、貴女になら。





 ゆらゆら。


 私のテニスは力押しだのパワー馬鹿だの言われるけれど、自分ではそんなつもりはない。


(こうやって、力を抜いて構えて・・・)


 身体を揺らしながら、ゆらゆらステップ。

 このやり方が、私には1番合っているのだと、1年生の頃に気づいた。

 無理に自分を型にはめようとしなくて良いんだって。


 ―――先輩がそう、教えてくれたから


(まだ、終われないなぁ)


 先輩と、もっとテニスしたい。

 もっと長く、一緒にいたい。離れたくない。


 だから、私は勝つんだ。

 相手が誰だろうと、どんなテニスをしてこようとも―――負ける、わけには。


「いかないッ!」


 ステップを切って、ボールに向かって走り出す。

 立ち止まって、身体の芯を真っ直ぐ立てて。思い切りスイング。


 ボールが(スイートスポット)に当たる感覚が気持ちいい。この感覚が味わえるってことは、今日は調子が良いんだ。


 ―――普段なら、確実に抜けるこのショットが


(抜けない!)


 相手プレイヤーは拾って、それを低い弾道のショットで返してくる。


(ずるいなぁ)


 コレ、そんな簡単に返せるのはずるいよ。

 関東最強だか何だか知らないけれど、ダメなもんはダメだ。


(サーブにも徐々に対応してきてるし、)


 やっぱテレビの有名人は違うなぁ。

 返ってきたショットを思い切り右へ引っ張って、突破を試みる。でも、彼女は。


(そこも!?)


 走って、回り込んで。

 後陣からでも強いショットを、反対側(クロス)に打ち返してくる。


 ―――ホント、


(どんなショット打てば、この人を抜けるのさ!)


 何とか拾って、弱いショットを正面へ。

 しかし、次の瞬間に彼女はもう前陣に上がってきている。

 弱いショットをジャンプしながらまた反対側(クロス)に打ち返されて、もうおしまい。


「ゲーム、綾野五十鈴。4-2」


 とうとう、サービスゲームをブレイクされた。

 まずい。私の中の勘がそう告げる。

 この試合、次のゲームで踏ん張らないと―――()ける。


「大したサーブとショットの強さだよ。天性の勘から来る試合運びや読みも悪くない。しかも恵まれた身長(タッパ)もある・・・。山梨最強、世代最強の看板は伊達じゃないね。来年どうなってるのか、凄く楽しみだよ」


 その人は、ハハッと笑いながら話す。


「でも」


 そして、ぼさぼさの前髪をかき上げるようにガッと上げながら。


「所詮2年生」


 顎を上げて、目の視点を高くし、こちらを見下すように。


「今の君じゃ、私には勝てない」


 言い放つと、くるりと踵を返す。


「『次』で待ってるから」


 今度は、向こうのサービスゲーム・・・。

 ここを、死守しなきゃ。


 この人には―――絶対に、負けちゃダメだ。


「テニス、辞めないでよね」


 私の中にある何かが、頭の中でうるさいくらいに警笛とサイレンを流しながら、そう告げていた。





 ―――同日、東京都内テニスコート場


「とにかく! 青稜は2年生が中心のチーム!」


 部長(ひびき)の一言が、辺りがまだしんとしている試合会場で、一際大きく聞こえた。


「つまり、」


 相手は青稜大附属。

 神奈川県最強のチームにして、去年の関東大会準優勝チーム。

 チーム力や選手層と言う面では、到底かなわない相手。だが―――


「私たちの方が1年多くテニスをやってる! 絆やチームワークでは、一枚も二枚も上手!」


 響希は、自信満々に胸を張る。

 一歩も引かない。

 強豪だろうが名門だろうが、関係ない。目の前に居る相手を、ただ倒すだけ。


 そんな言葉が、聞こえてくるようだった。


「風花。一条さんを抑える役目、頼んだよ」

「ええ響希ちゃん。私、頑張るからね」


 この2人の夫婦っぷりは相変わらずだ。2人で話していると、それだけで2人の空間が出来上がっていくよう。それだけ、他人が入る隙間が無いというか。

 だが―――


「由夢!」

「ピ、ピぃ!」


 響希に急に名前を呼ばれ、変な声を出して全身を震わせる彼女。


(この子くらいかな。2人に割って入れるのは)


 ううん、ちょっと違うな。

 響希と風花が、この由夢を挟むイメージ。


 そうしておかないと、この子、どこかに逃げて行ってしまいどうだから。


「シングルス2には、青稜は1年生を投入してくるはず。由夢がしっかり倒して、風花に繋いでね」

「わ、私・・・なんかに、出来るのかなぁ。しぇんぱい、代わりに試合出て・・・」

「あたしなんかが試合出たら相手にならないって! 由夢、強いんだからもっと自信持てばいいんだよ!」

「そうよ由夢ちゃん。響希ちゃんの言うことは絶対に間違ってないから、貴女は自信を持って試合に臨めば良いのよ?」

「ピぃ・・・。風花しぇんぱいも、そう言うなら・・・」


 初瀬田中学2年生、鵜飼由夢。

 1年生の時から当時の3年生に負けないほどの実力を持っていたが、彼女には大きな欠点があった。


 それは―――


「そうそう、怪我にだけは気を付けるのよ」

「ひゃい・・・」

「入念な準備運動! 試合では大分周りが見えるようになってきたから心配してないけど、転倒だけは絶対に気を付けること、だよ」

「ワタシ、そんなにドジじゃないもん・・・」

「あら。この間まで試合に出られなかったのにどの口が言うのかしら~?」


 風花がうふふと笑いを浮かべながら、どす黒いオーラを放っている。


 そう。

 彼女の最大の弱点―――それは、すぐ怪我をすること。

 しかもその怪我は往々にして大きな怪我になりやすく、かすり傷程度では済まなくなるのだ。


 まだ身体も出来上がっていない頃から、ムチャなプレーをブレーキなしでやってしまうのが祟って、彼女は中学に入学した1年間、怪我との戦いを強いられていた。

 試合に出ては入院、退院しては入院の繰り返し―――公式戦にも、出られたり出られなかったり。

 そんな彼女を変えたのは。


(響希と風花との出会い)


 響希は部長になって以降、何かと由夢に気を遣っていたが、それが大きく変化したのは風花が試合に出られるようになってからだ。

 2人して、『風花の次』を任せられるほどの逸材である由夢を付きっきりで指導することが多くなっていった。


 その姿は、まるで夫婦2人とその娘だ。

 しっかりした準備運動の方法、怪我に至るまでの問題の解決、怪我をしない為のフォームや戦い方など、ありとあらゆる面から由夢の戦い方を変える指導を行った。


(その結果、あのコミュ障の由夢が、響希と風花にだけは心を開くようになったんだよね)


 都大会前にも1つ、中くらいレベルの怪我をした由夢は、案の定大会でロクに試合に出ることもできなかった。

 しかし、響希はあえて由夢を大会登録メンバーに残したのだ。

 大会を勝ち進めば由夢の怪我が治って、いつか絶対に出番が来る―――それを信じて。


 そして、それは現実のものとなった。


 緑ヶ原との3位決定戦、ギリギリのタイミングで由夢の怪我は完治し、彼女はシングルス2として試合に出場したのだ。

 結果―――緑ヶ原の1年生エース、新倉雛を倒す快挙を成し遂げ、チームの勝利に大きく貢献。


(正直、今の初瀬田で風花の次に強いのは、由夢で間違いない)


 怪我を克服したガラスのエースが、このチームを関東で戦えるレベルに押し上げてくれた。


「響希しぇんぱい、風花しぇんぱい・・・」

「「うん?」」


 2人の声が、寸分たがわぬタイミングで重なる。


「ワタシ、しぇ・・・先輩たちと、もっと・・・一緒にテニスしてたい」


 信じられない。

 由夢が、自分から自分の気持ちを他人に打ち明けるなんて。


「そのためには、全国・・・行かなきゃ、ですよね」

「うん、そうだよ」

「そのために私たちは戦ってる」


 私も、部員の1人として、頷く。


「だから・・・」


 由夢は、ぎゅーっと目を瞑って。


「この試合、勝ちましゅっ!!」


 お腹の奥から必死に絞り出したような短い言葉を、甲高い声に乗せて大きく放った。


「おお~! 由夢、言うようになったねっ! あたし、嬉しいよ~!」


 それを聞いた響希が、風花と由夢をそれぞれ両手でがしっと掴んで、ぎゅーっと抱きしめる。


「ひ、響希ちゃ・・・」

「ピぃっ・・・」


 そして、同時にフリーズする抱き付かれた側。


「さぁ行こう! 勝てば全国! 正念場だよ!!」

「「っしゃあ!!」」


 響希の言葉に、部員全員で呼応する。

 そうだ。

 この試合に勝てば、『全国』―――あの初瀬田(わたしたち)が、ここまで来たんだ。


 今更こんなところで負けるなんて、そんな道理が通るわけがなかった。

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