指し示された道
「さて、」
このみ塾のお時間ですが。
「・・・なんだか段々、藍原軍団の会合みたいになってきたッスね」
「あはは」
「なのー」
今日から新たに海老名先輩が塾生として加わることになりました。
「まぁ、別に何人増えようが私としては構わんですけど」
このみ先輩はきょろきょろと周囲を見渡し。
「ちょっと狭くなってきましたです」
元々、2人部屋のところに4人。更にこのみ先輩と相部屋の先輩がベッドで寝ているから、計5人が同じ部屋で固まっていることになる。
『私も先輩の講義、受けたいの!』
と、海老名先輩が志願してきた時は、少し驚いたけれど。
「2人に教えるのも3人に教えるのも一緒ですから、いいですよ」
このみ先輩は全く意に介さない様子だった。
そして今日も懇切丁寧にダブルスの基礎と、システム、基本陣形のレッスンが続く。
「だから前衛がこっちに動いた場合、下手にすぐ動かず待つパターンと、すぐに逆側に走って守りを固めるパターンがあってですね・・・」
「当然、動いた方が疲れるッスよね」
「わたしだったらちょっと様子見ちゃうかも」
こんな事から。
「基本的に前衛のプレイヤーしかサインは出せません。後ろを振り向くことがほとんどないですからね。だから作戦を考えるのは自分が前衛になった時・・・、後衛にまわったら、作戦に従うか、前のエンドチェンジの時に立てたプラン通りに動くかの二択ですね」
「先輩、この間の試合、たまぁにわたしの指示に従ってくれなかった時ありましたよね」
「この場合、後者の判断をしたわけッスね」
「それって、良いことなのー? 喧嘩しちゃわないー?」
海老名先輩が首を捻るが。
「そこはペアの信頼度が試されるところですね。上手くいけば結果オーライ、逆にそれで失敗したら揉め事の発端になるかも・・・」
「わたしと先輩は大丈夫ですけどねーっ」
「こいつは単純ですから、簡単に言いくるめられますし」
「ひどいっ!」
こんな普段通りのやり取りまで、みっちり1時間。
「あ、もうこんな時間なの」
「そろそろ消灯ですね。さぁ帰った帰った。3年は私だけですから、私の責任になっちゃいます」
「もっとお話聞きたかったッスけど・・・」
「今日はここまでだね」
名残惜しそうな万理を他所に、立ち上がって部屋に帰る準備を始める。
だが。
「藍原」
「?」
ドアノブに手をかけたところで、このみ先輩に呼び止められる。
「次の試合、私や真緒に遠慮してシングルスの席を譲るなんて事だけは、絶対にするなよ、です」
「え、そんなことっ。考えてないですよ」
思ってもみない言葉に、少し驚いたが。
「真緒は2回戦のシングルスに賭けてます。でも、いいや、だからこそ。全力でお前がシングルスの席を奪うんですよ」
このみ先輩の語気は、いつも以上に強くて。
「エースになるんでしょう」
その言葉が今日、眠るまで。頭から、消えなかった―――
―――関東大会3日目の夜は更けていく
◆
早朝練習も終わり、朝食も粗方食べ終わった後。
お茶でも飲んで一服していると、隣の万理がスマホを弄っているのが目に入ってきた。
「何見てるの?」
わたしがそうやって隣からひょこっと顔を出すと。
「ああ、どうせなんで関東大会関連の記事を読んでたんスよ」
万理はそう言って笑いながら、スマホを傾ける。
「これとか興味深いッス」
そして指でいくつかの操作をした後、その記事を見せてくれた。
「なになに・・・」
よくよく読んでみる。
「『関東三強特集』」
「『関東大会には三強とも呼ぶべき圧倒的な実力を持つシングルスプレイヤーが存在する。黒永学院の綾野五十鈴、白桜女子の久我まりか、灰ヶ峰の龍崎麻里亜である。彼女たちはエースの中のエースとでもいうべき存在で、その実力は他の選手と比べ、飛び抜けたものを持っている。このレベルのプレイヤーは全国でも指折り数えられるほどしかおらず、全国的に見ても"最強"と呼ばれる集団の中に居ることは間違いない。しかし、当編集部が注目するのはこの3人だけではない』
画面をスクロールし、読み進める。
「初瀬田の鏡藤風花。彼女もこの『三強』に並ぶ実力者だ。実績こそ乏しいものの、2年生までは九州の名門・鴻巣でダブルエースを張っていた過去を持つ。その時から将来を嘱望されていたが、初瀬田に転校し必殺ショットを開発した今、彼女の実力は全国的にも無視できないレベルに到達しつつある。『三強』の一角、綾野五十鈴選手と東京都大会でぶつかった際には5-7で惜しくも敗れたものの、試合内容はほぼ互角であり、実力的にそん色は無かった。『三強』に鏡藤風花を加えた『四強』が、関東大会を如何に動かすのか―――非常に楽しみだ」
記事はここで終わっている。
「どうッスか?」
万理が目を輝かせて感想を待っている。
「やっぱり、カッコいいね。トップエースって感じがする」
「そうッスよね! やっぱりここまで取り上げられてこそエースって感じッス! そしてやっぱ、久我部長すげえ!」
「関東三強の一角、かぁ・・・」
なんか、凄すぎて想像が出来ない。
わたしがそう呼ばれるようになるのに、どれだけの努力と時間が必要だろう。
「でも、ここに書かれてる4人のうち、3人が東京の選手なんだね」
「そーなんスよ! 東京、ヤバくないッスか選手層!?」
「わたしなんか田舎出身だから、さすが東京って感じがするよ・・・」
それくらい、人材が集まる場所。それが東京。
「逆に、東京じゃないのに『三強』って呼ばれてる龍崎選手、どういう人かすごく気になる」
わたしが、彼女の名前を出した途端。
「あ~・・・あはは」
急に、今までノリノリだった万理がトーンダウンし始めた。
「た、多分凄い選手なんでしょうねぇ~」
「万理、顔にヤバイって書いてあるけど」
「うぅ~、この人に関してはノーコメントを貫きたいッス」
彼女がこんなになっちゃうほど、この人との間に何かあったのだろうか。
確か、万理は埼玉出身。直接面識があるとも言っていた。
(うーん・・・)
アヤしい。
非常に何か、モヤッとしたものを感じる。
(でも)
本人が本当に困ってるみたいだし、これ以上突っ込んでも仕方ないか。
そのうち、話してくれる時もくるだろうし。
だって―――
(灰ヶ峰とは次の次、準決勝で当たるんだから)
もし、わたし達が2回戦を勝ち上がれたら。
『三強』、まりか部長vs龍崎選手のマッチアップが、見られるのだろうか。
(それはちょっと楽しみかも)
あの都大会決勝戦のようなエースとエースのぶつかり合いが見られると思うと、ワクワクする。
「朝食、食べ終わりましたかー。そろそろ練習始まりますよー」
「おっと」
一服してたら、もうこんな時間になっちゃってた。
結局、お茶一杯飲みきれなかったな。
「ええい」
勿体ない。
少し冷えたお茶をグイッと煽って、ごくごくと飲み干す。
「ぷはぁ」
うん。良い水分補強が出来た。
「いこっか、万理」
「うス」
そして、2人して食堂を後にする。
他の1年生はもうほとんど外に出て行っている中で、わたし達だけが少し出遅れた格好だ。
(あれ)
そこで―――見つけてしまった。
(燐先輩)
浮かない顔をして、食器を乗せたお盆を食堂の返却口にまで持っていき、その場でぼうっとしている燐先輩の姿を。
「どうしたんですか」
ぽん、と背中を叩くと、先輩は少しだけ背中をびくんと動かし。
「藍原さん・・・」
わたしの方を見下ろして、何かに安堵したように胸をなで下ろす。
「ぼうっとしてる場合じゃないですよ!」
「え」
「もう練習始まるんですから! 気合い入れていきましょう!!」
顔の前で握り拳を作って、先輩に笑いかける。
「貴女は―――」
燐先輩は、少し驚いたように目を丸くし。
「変わらない、わね」
そう言って、首を少し傾けた。
「それしかできませんから!」
わたしが、ちょっと力を込めてそう言うと。
「・・・ありがとう。少し、吹っ切れた気がするわ」
と、お礼を言われてしまったので。
「どういたしまして! そうだ先輩、シングルスの練習、付き合ってもらえますか? わたし、絶対シングルス奪取令が出てるんですよ」
「ええ。先に練習場で待ってて」
「ありがとうございますっ!」
先輩と練習か・・・しばらくぶりだ。
練習相手に燐先輩を指名するなんて、今まで恐れ多くてできなかったけれど、今日はなんか会話の流れでスッとお願いすることが出来た。
(―――よし)
今日も1日、頑張ろう。
目標は2回戦のシングルス3の席奪取。まずはシングルスで試合に出て、監督にわたしはシングルスでもいけるんだってアピールする!
トップエースだとか、そういう話はその後。
今のわたしには、それが分かっているから。
目指す道を定めて、歩き続ける。
それだけだ。




