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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
273/385

与えられたチャンス

「試合までの練習や生活の様子、そして当日の調子を重視して決める。万全の準備をしておけ」


 監督の言葉が、胸に突き刺さる。


「・・・」


 顎を引いて、ぐっと拳に力を込めた。


 ―――ライバルは、同級生でもまりかに次ぐシングルスの実力を持つ智景

 ―――そして、今ノリにノっている1年生


 手ごわすぎるほど手ごわい相手だ。

 だが、しかし。


(負けるわけに、いくもんか・・・!)


 しばらくその場で硬直したように立ち尽くしていると。


「真緒」


 話しかけてくれたのは、咲来だった。


「気持ち、入ってるみたいだね」


 少しでも、私の気持ちをほぐしてくれようとしたのだろう。

 柔らかい表情で、肩に手を乗せて。微笑んでくれる。


 ―――咲来はいつもそうだった


 率先して、良い思いだけじゃない仕事だろうに、1人1人に気を使って、時には間に入ったりして、チームが上手く動くように点検(メンテナンス)してくれる。

 誰にでも出来ることじゃない。

 特に私みたいに、天才気取って1人で居ることが多い人間には、到底真似できないことをやってくれている。


(その上で、ダブルスやればあの実力だもんな・・・)


 うん。

 やっぱ、すごい。


「当たり前だよ」


 だから、私は。


「だってこれが、」


 少しでも、みんなに追いつきたい。

 チーム(みんな)の足手まといには、なりたくない。


「分かりやすく訪れた」


 こんな私でも、力になりたい!


「私に与えられたラストチャンス―――」


 少しでも、チームが上に行くために貢献したい。

 その思いが萎えたことは、一度もない。


「真緒・・・」

「ありがとう咲来。今日も試合あったのに、こんな風に気を遣ってくれて」

「大丈夫?」

「うん。今は、やることをやるだけ」


 咲来の横を、すれ違うように歩き始める。


「智景にも藍原にも、この席は譲れない・・・!」


 少しでも身体を動かしていないと、今はどうにかなってしまいそうだ。


「絶対に!」


 今日、試合に出てない私が今練習しなくて、どうする。

 すぐにでも屋内練習場に向かって、練習を始めたい。誰か付き合ってくれる子に練習相手を頼んで、シングルスの練習を、思いっきりしたい。


(藍原も智景も、ダブルスで確固たる地位を持ってる選手)


 それに比べて、私は・・・何もない。

 メンバー登録はされてるけど、実質的に戦力として計算されてないんだ。

 私が戦力として試合に出られるチャンスは、もうこれを逃したらない。


 割り切れ。覚悟を決めろ。

 ここで負けたら、『終わり』だと―――





 今日はこのみ塾はお休み。

 代わりに、わたし達ダブルスペアの反省会を、いつものようにこのみ先輩の部屋で開いていた。


「ここですね」


 先輩が手元のタブレット端末をぽんと叩いて、流れていた映像を止める。


「マッチポイントの時、チャンスボール気味のボールが前衛と後衛の中間地点に上がった」

「はい」

「ここで私は、藍原の強打で無理矢理にでも攻撃に出て、そこでできることなら試合を終わらせようとしたんです」


 だが、事実としてそうはならなかった。

 わたしが、それより先に先輩に「任せる」と声をかけたからだ。


「わたしなりにこのみ塾で習ったことを考えて、無理に攻撃に出るより確実に先輩に打ってもらった方が良いかなと思って譲ったんですけど・・・」


 頬を人差し指でかきながら。


「間違っちゃいましたよね」


 苦笑いを浮かべる。


「いや、結果的にこのポイントは取れたんだから間違いとは言えないです。ただ、私の考えではあそこは攻撃的に攻めてもよかったんじゃないかってだけで。もしかしたらそっちの道を選んでいたら、あそこで追いつかれてデュースに持ち込まれてたかもしれないです。だから、どっちが正解だったとかそういう話じゃないんですよ」

「難しいですね・・・」


 まずい。

 頭がぷすぷすとショート気味の音を立てている。


「単に考え方が違っただけです。藍原に自分でも"考えて"ダブルスをやってみるかと言ったのは私なんですから、お前が気に病むことは何もないですよ」

「いえ」


 ダメだ。

 ここで先輩に甘えてちゃ。


「だからこそ、もっとちゃんと考えられるようになりたいです」


 わたしはいつまでも、『現在(いま)』のままだ―――


 その言葉を聞いた先輩は、ふうと息を一つ漏らして。


「私が攻撃を選んだ理由が、試合を早く終わらせたかったからなんです」

「早く?」

「テニスは時間制のスポーツではありませんから、当たり前ですけどゲーム数が少なければ早く試合が終わるんです。無駄な体力を使わず勝てるならそれに越したことは無い。連戦が続くトーナメント戦では特に、選手の疲労が大きなキーになってきますからね」


 先輩の人差し指が、そこでピンと立つ。


「藍原。お前、次の2回戦ではシングルスを言い渡されてますよね」

「はい。熊原先輩、野木先輩との競争ですけど・・・。特に野木先輩はここにすごい懸けてる雰囲気が伝わってきて、わたしが割って入れるのかなって」

「そこです」


 半ば、わたしの言葉を遮るように先輩が言う。


「まあ、入ってきたばかりのお前にクソ生意気だから謙虚になれと言った私がこれを言うのも何なんですが・・・お前は、もう少し自信を持っても良いと思うんです」

「自信を?」

「さっきの攻撃の件もそう。自分に完璧な自信が無かったから、私にボールを渡したんでしょう?」


 そうだ。

 100%決められるという自信があったなら、わたしが自分で決めにいったはず。


「藍原。ハッキリ言いますよ」


 だから。


「サーブは勿論、お前のショット、特に強打は関東大会でも十分通用するレベルのものです」


 そう言われた時。


「その自負は、きっとお前を強くする。自信を持て!」


 それを言葉にされた時。


「本当ですか・・・!?」


 カタチにしてくれることの大きさを、改めて思い知った。


「そうです。だから次の2回戦、シングルスを任された時も、臆さずお前のショットを敵にガツンとぶつけてやれば、絶対にいけますよ」

「―――ッ」


 なんだろう。

 嬉しくて、興奮して、言葉にならない。


「まりかなんか、たまに世界で自分が1番強いくらいの意気込みで試合に入る時がありますから。あそこまでの強靭なメンタルを持てるようになれとは、まだ言いませんが」


 先輩は続ける。


「謙虚過ぎて自分を過小評価するのは勿論良くない。ただ、自信を持ちすぎてそれが驕りになっても、それはそれでダメなんです。自分の実力を客観的に評価して、"正しく相手を恐れ"、且つ自信を持ち続ける―――」


 そこまで言ったところで。


「まあ、これは私もまだまだできてない所で、お前に説教する権利もないんですけどね」


 先輩の語気が、いつものトーンに弱まった。


「い、いえ! やっぱり先輩のお話聞くの、わたし好きですっ」


 えへへー、と自然と笑顔になりながら、そんな先輩をカバー。


「この不肖藍原、2回戦は全力でシングルスを任せられるよう、頑張ります! 先輩たちが競争相手でも負けません!」

「おお、そのちょーしそのちょーし」


 拳をグーにし、それを天に突き上げるように掲げた。


 ・・・これは、わたしがシングルスで試合に出られるようになるために決して手放してはいけないチャンスだ。


(シングルスでもやれるってことを監督にアピールして、勝ち取ってみせる!)


 そう。

 エースになるための分岐点になる試合になるような―――そんな気がするのだ。



 ―――それぞれの想いを胸に、関東大会2日目の夜は更けていく

 ―――白桜の関東大会2回戦は、大会6日目

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