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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
270/385

VS 大鷲台 シングルス1 久我まりか 対 網島伊吹 5 その上(さき)へ

 ―――マジか


 この土壇場に来て、プレーが変わりやがった。

 自慢の瞬発力でボールに追いつき、それを対角線で反対側(クロス)へ返しても―――その先に、久我(あいつ)が居やがる。


 ステップから、右足で思い切り踏ん張って、左方向へ全力ダッシュ。

 ボールを放った後も、再び右側へ切り返し、止まる時に右足で思い切り踏ん張って、ショットを返してくる。


(怪我の再発が怖くねぇのか!?)


 今まではそれがお前のストッパーになっていたはずだ。

 頭から下にぐりぐりと押さえ付けられて、それ以上先にはいけなかったはずだ。


 それが・・・今は。


(まったくお構いなしかよッ!)


 あたしの全力プレーに、全力で返してきやがる。

 まだ体力は残っていたんだ。気力も十分にある―――こいつ、


(どんなメンタルしてやがる!?)


 ここまで全力プレーが出来ずに来たら、ずるずると試合展開に流されてもおかしくないような状況。

 しかもプレー環境は最悪。この暑さだ。

 とっくにこと切れてても、おかしくない。


 それをこの女―――


(モチベーションが下がってねえどころか、ここに来て上げてきやがった!)


 "全力"。

 それを手に入れたんだと、久我が右腕で掲げているようだった。

 あたしにも分かるように大きく掲げて、こちらの戦意を削るように。


(そうかよ)


 ようやく、本気のテメェとやれるってわけだ!


(おもしれえ)


 さすが関東のてっぺんだ。


(おもしれえよ、アンタ!!)


 ステップから、切り替えし。そして全力ダッシュ。

 もうこのゲームで切れても良い。全力の久我を、全力でねじ伏せてやる。

 そうすりゃ次はあたしのサービスゲームだ。アンタだってこのパフォーマンスをしてんだ。疲れてねえわけがねえよな。


 だったら、ここで勝った方が―――


「この試合の勝者だッ!」


 かこん・・・。

 弱い感覚がラケットを通じて伝わってくる。

 上げてしまった。

 チャンスボールがふらふらと敵コートへ―――


(まだだ!)


 ここで来るスマッシュを、アンタのコートへ突き返せば、まだチャンスはある。


(来いよ)


 来い―――


「てめぇの全力をぶつけてこいよ! 久我ァ!!」


 ―――一閃


 あたしの身体の横を凄まじい速さのボールが通過して行って、ライン際ギリギリに落ちる。

 ジャンピングサーブを彷彿させるような、上から振り下ろすジャンピングスマッシュ。それが、物の見事に決まった。

 見極められなかった。

 目で追うことも出来なかった。


「ハハッ」


 やる、じゃねえか。


「ゲーム、久我まりか。6-5」


 驚いたよ。

 正直言って、想像の上だった。

 あたしは今この瞬間、3年間でもっとも追い詰められているのだろう。


「諦めねぇ」


 大鷲台中学テニス部の部長として、エースとして。

 ここで試合を放り出すわけにはいかなかった。


「あたしはこの試合、まだ捨ててねぇぞ・・・!」


 まだ、終わらない。

 終わらせない。

 あたし達の夏は、こんなところで終わるようなもんじゃねぇんだ。


 最後まで、上を向いて―――どんな時でも、どこでもそうやってあたしらはここまで勝ってきた。

 だから、それを通す。やり通すんだ。


 たとえ可能性がほとんど無かったとしても、あたしらは最後まで―――大鷲台中学テニス部としての意地を、覚悟を、誇りを、棄てない。


0-0(ラブ・オール)


 その最後のゲームが、始まろうとしていた―――





 ぱちぱちぱちぱち。


 試合後の、少しだけ重たい雰囲気が持ち上がったような試合会場。

 選手をたたえる大きな拍手が立ち込める会場内で。


「ぐずっ・・・ぐう・・・っ」

「ひっく・・・!」


 嗚咽を漏らすのは、


「なに泣いてんだ、前向け胸張れ! 力の限りやった結果だろうが!」

「でもっ・・・イブ、」

「デモもストもあるかよ!」


 大鷲台の選手たち―――


「やっぱ強ぇ奴らはいくらでも居るんだ」


 向こうの部長の言葉に、一瞬、選手たちが静まり返る。


「そん中で3年間、ここまでやれたこのテニス部を、あたしは誇りに思う」

「伊吹・・・」

「嘉音。今日まで着いてきてくれて、ありがとうな」


 網島部長が、フッと力を抜くと。


「3勝2敗で、白桜女子中等部の勝利。礼!」

「「ありがとうございました」」


 両チームの声が、重なった。

 大鷲台の選手には泣いている子も居る。

 それでも―――


(胸を張って、前を向こうとしてる)


 その"姿勢"こそが、このチームがここまでやってきたという証なんだろうな―――と。

 爽やかな気持ちがすっと突き抜けたと思えば。


 まだ、正午を少し回ったところ。

 太陽は1番高いところで、燦々と輝いている。それでも。


「涼しい・・・」


 試合会場に一陣の、涼風が走り抜けた。

 が、


(涼しい・・・?)


 次の瞬間にはまた、灼熱の日光と照り返しが、場を支配し出したのだ。


「網島さん」

「あぁ?」

「良い試合でした」


 部長が差し出した手に、向こうの部長である網島選手は少しだけ躊躇したが。


「けっ、てめぇの顔なんざ、もう当分は見たくねぇぜ」


 それに応じるように右手を差し出し、手のひらをぎゅっと掴み。左手の指で鼻の下を擦りながら、そっぽを向く。


「ナイスゲームとは言わねえよ。あたしは負けたんだ」

「うん」

「だからよ、久我ぁ」


 彼女が最後に言ったのは、清々しいほどの恨み節。


「あたしらに勝ったんだ。全国・・・獲れよ」


 そして、要求だった。


「もちろん。最初からそのつもりさ」

「あーそーかい! あーあー、こっちは悔しさ押し殺して言ってやったのに、かわいくねーなー!」

「もう、伊吹。子供じゃないんだから」


 部長の言葉に、網島選手はいじけると、隣に居たシングルス2の選手―――清楚で凛とした印象を受ける女の子が、彼女の背中をさするように支える。


「ごめんなさいね、ウチの伊吹が」

「いえ。こちらこそ」

「頑張ってね、2回戦。相手は栃木の強豪・鶴臣(かくしん)よ」

「敵が誰だろうと、どこだろうと負ける気はないよ」

「嘉音! テメェなに敵と馴れ合ってんだ! 帰るぞ! あたしは帰る!!」

「もう、待ってよ」


 彼女は一瞬、網島選手を一目散に追いかけようとしたが。


「それじゃあね」


 と、久我部長に一礼して、それから駆けて行った。


「礼儀正しい人、でしたね」


 気づくと私は、普段なら絶対に話しかけない部長に、気軽に声をかけていた。


「ああ。あれくらいの子じゃないと、網島伊吹(あのこ)を支えることは出来ないだろうさ」


 それに部長は、一切違和感なく返してくれる。

 まるで山雲副部長に話しかける時のように、優しく―――


「ねぇ、水鳥ちゃん」

「なんですか?」

「私って、ちょっと声かけづらい?」

「え゛」


 今、考えていたことをズバリ言い当てられて、口ごもる。


「ソ、ソンナコト、ナイデスヨ」


 自分でもびっくりするようなカタコトが、口から出てきてやはり驚く。


「はあ~~~。やっぱりそうなんだあ。なんでかなぁ? 部長って肩書が声かけづらくしてる? それとも、私自身に何かそういうオーラみたいなものがあるの?」

「え、え~・・・、ど、どうなんでしょうかね」

「後輩、誰も名前で呼んでくれないんだよぉ、私のこと。同級生はみんな『まりか』なのに」

「部長・・・?」


 えと、何の話でしょうか?


「まりかって呼びやすい名前だと思うけどなぁ。ダメなのかなぁ?」


 部長は口に手を当てて何かを思案するようにつぶやくと、そのままコートから出ていく流れの中に入っていてしまった。


「いったい、何・・・?」


 訳が分からず、その場にぽつんと立ち尽くしていると。


「文香ぁ? 帰るよー?」


 有紀にそう呼ばれ、私も。


「うん。今行く」


 この激戦の戦場から、引き上げることにした。

 たくさんの収穫と、そしてたくさんの課題が見つかった、1回戦だったな―――





 辺りをぐるりと囲んだ黒の軍団が、大きな歓声を上げた。


「ゲーム、」


 その名を審判がコールすると同時に会場中がわぁっと沸き立つ。


「6-0」


 快勝。圧勝。完勝。

 そのような言葉でしか形容が出来ないような、実力差を見せつけての勝利―――


「ウソ・・・、いくら黒永とはいえ、あの柏大海浜に・・・」

「3試合とも6-0の3連勝・・・!?」


 圧勝劇を象徴するように、コート上のシングルス3では、とあるプレイヤーが笑っていた。

 それはまさに"黒い笑顔"。

 その声が、永く―――コート上に、響き続けていたのだ。






『関東大会1回戦 2日目 第1試合・結果』


ダブルス2 ○菊池(3年)・藍原(1年)ペア 6 - 2 田村(3年)・由川(2年)ペア●

ダブルス1 ●山雲(3年)・河内(2年)ペア 6 - 7 平野(3年)・三隅(2年)ペア○

シングルス3 ○水鳥文香(1年) 6 - 0 榎田愛美(2年)●

シングルス2 ●新倉燐(2年) 2 - 6 奥澤嘉音(3年)○

シングルス1 ○久我まりか(3年) 7 - 5 網島伊吹(3年)●


○白桜女子中等部 3 - 2 大鷲台中学●

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