VS 大鷲台 シングルス1 久我まりか 対 網島伊吹 5 その上(さき)へ
―――マジか
この土壇場に来て、プレーが変わりやがった。
自慢の瞬発力でボールに追いつき、それを対角線で反対側へ返しても―――その先に、久我が居やがる。
ステップから、右足で思い切り踏ん張って、左方向へ全力ダッシュ。
ボールを放った後も、再び右側へ切り返し、止まる時に右足で思い切り踏ん張って、ショットを返してくる。
(怪我の再発が怖くねぇのか!?)
今まではそれがお前のストッパーになっていたはずだ。
頭から下にぐりぐりと押さえ付けられて、それ以上先にはいけなかったはずだ。
それが・・・今は。
(まったくお構いなしかよッ!)
あたしの全力プレーに、全力で返してきやがる。
まだ体力は残っていたんだ。気力も十分にある―――こいつ、
(どんなメンタルしてやがる!?)
ここまで全力プレーが出来ずに来たら、ずるずると試合展開に流されてもおかしくないような状況。
しかもプレー環境は最悪。この暑さだ。
とっくにこと切れてても、おかしくない。
それをこの女―――
(モチベーションが下がってねえどころか、ここに来て上げてきやがった!)
"全力"。
それを手に入れたんだと、久我が右腕で掲げているようだった。
あたしにも分かるように大きく掲げて、こちらの戦意を削るように。
(そうかよ)
ようやく、本気のテメェとやれるってわけだ!
(おもしれえ)
さすが関東のてっぺんだ。
(おもしれえよ、アンタ!!)
ステップから、切り替えし。そして全力ダッシュ。
もうこのゲームで切れても良い。全力の久我を、全力でねじ伏せてやる。
そうすりゃ次はあたしのサービスゲームだ。アンタだってこのパフォーマンスをしてんだ。疲れてねえわけがねえよな。
だったら、ここで勝った方が―――
「この試合の勝者だッ!」
かこん・・・。
弱い感覚がラケットを通じて伝わってくる。
上げてしまった。
チャンスボールがふらふらと敵コートへ―――
(まだだ!)
ここで来るスマッシュを、アンタのコートへ突き返せば、まだチャンスはある。
(来いよ)
来い―――
「てめぇの全力をぶつけてこいよ! 久我ァ!!」
―――一閃
あたしの身体の横を凄まじい速さのボールが通過して行って、ライン際ギリギリに落ちる。
ジャンピングサーブを彷彿させるような、上から振り下ろすジャンピングスマッシュ。それが、物の見事に決まった。
見極められなかった。
目で追うことも出来なかった。
「ハハッ」
やる、じゃねえか。
「ゲーム、久我まりか。6-5」
驚いたよ。
正直言って、想像の上だった。
あたしは今この瞬間、3年間でもっとも追い詰められているのだろう。
「諦めねぇ」
大鷲台中学テニス部の部長として、エースとして。
ここで試合を放り出すわけにはいかなかった。
「あたしはこの試合、まだ捨ててねぇぞ・・・!」
まだ、終わらない。
終わらせない。
あたし達の夏は、こんなところで終わるようなもんじゃねぇんだ。
最後まで、上を向いて―――どんな時でも、どこでもそうやってあたしらはここまで勝ってきた。
だから、それを通す。やり通すんだ。
たとえ可能性がほとんど無かったとしても、あたしらは最後まで―――大鷲台中学テニス部としての意地を、覚悟を、誇りを、棄てない。
「0-0」
その最後のゲームが、始まろうとしていた―――
◆
ぱちぱちぱちぱち。
試合後の、少しだけ重たい雰囲気が持ち上がったような試合会場。
選手をたたえる大きな拍手が立ち込める会場内で。
「ぐずっ・・・ぐう・・・っ」
「ひっく・・・!」
嗚咽を漏らすのは、
「なに泣いてんだ、前向け胸張れ! 力の限りやった結果だろうが!」
「でもっ・・・イブ、」
「デモもストもあるかよ!」
大鷲台の選手たち―――
「やっぱ強ぇ奴らはいくらでも居るんだ」
向こうの部長の言葉に、一瞬、選手たちが静まり返る。
「そん中で3年間、ここまでやれたこのテニス部を、あたしは誇りに思う」
「伊吹・・・」
「嘉音。今日まで着いてきてくれて、ありがとうな」
網島部長が、フッと力を抜くと。
「3勝2敗で、白桜女子中等部の勝利。礼!」
「「ありがとうございました」」
両チームの声が、重なった。
大鷲台の選手には泣いている子も居る。
それでも―――
(胸を張って、前を向こうとしてる)
その"姿勢"こそが、このチームがここまでやってきたという証なんだろうな―――と。
爽やかな気持ちがすっと突き抜けたと思えば。
まだ、正午を少し回ったところ。
太陽は1番高いところで、燦々と輝いている。それでも。
「涼しい・・・」
試合会場に一陣の、涼風が走り抜けた。
が、
(涼しい・・・?)
次の瞬間にはまた、灼熱の日光と照り返しが、場を支配し出したのだ。
「網島さん」
「あぁ?」
「良い試合でした」
部長が差し出した手に、向こうの部長である網島選手は少しだけ躊躇したが。
「けっ、てめぇの顔なんざ、もう当分は見たくねぇぜ」
それに応じるように右手を差し出し、手のひらをぎゅっと掴み。左手の指で鼻の下を擦りながら、そっぽを向く。
「ナイスゲームとは言わねえよ。あたしは負けたんだ」
「うん」
「だからよ、久我ぁ」
彼女が最後に言ったのは、清々しいほどの恨み節。
「あたしらに勝ったんだ。全国・・・獲れよ」
そして、要求だった。
「もちろん。最初からそのつもりさ」
「あーそーかい! あーあー、こっちは悔しさ押し殺して言ってやったのに、かわいくねーなー!」
「もう、伊吹。子供じゃないんだから」
部長の言葉に、網島選手はいじけると、隣に居たシングルス2の選手―――清楚で凛とした印象を受ける女の子が、彼女の背中をさするように支える。
「ごめんなさいね、ウチの伊吹が」
「いえ。こちらこそ」
「頑張ってね、2回戦。相手は栃木の強豪・鶴臣よ」
「敵が誰だろうと、どこだろうと負ける気はないよ」
「嘉音! テメェなに敵と馴れ合ってんだ! 帰るぞ! あたしは帰る!!」
「もう、待ってよ」
彼女は一瞬、網島選手を一目散に追いかけようとしたが。
「それじゃあね」
と、久我部長に一礼して、それから駆けて行った。
「礼儀正しい人、でしたね」
気づくと私は、普段なら絶対に話しかけない部長に、気軽に声をかけていた。
「ああ。あれくらいの子じゃないと、網島伊吹を支えることは出来ないだろうさ」
それに部長は、一切違和感なく返してくれる。
まるで山雲副部長に話しかける時のように、優しく―――
「ねぇ、水鳥ちゃん」
「なんですか?」
「私って、ちょっと声かけづらい?」
「え゛」
今、考えていたことをズバリ言い当てられて、口ごもる。
「ソ、ソンナコト、ナイデスヨ」
自分でもびっくりするようなカタコトが、口から出てきてやはり驚く。
「はあ~~~。やっぱりそうなんだあ。なんでかなぁ? 部長って肩書が声かけづらくしてる? それとも、私自身に何かそういうオーラみたいなものがあるの?」
「え、え~・・・、ど、どうなんでしょうかね」
「後輩、誰も名前で呼んでくれないんだよぉ、私のこと。同級生はみんな『まりか』なのに」
「部長・・・?」
えと、何の話でしょうか?
「まりかって呼びやすい名前だと思うけどなぁ。ダメなのかなぁ?」
部長は口に手を当てて何かを思案するようにつぶやくと、そのままコートから出ていく流れの中に入っていてしまった。
「いったい、何・・・?」
訳が分からず、その場にぽつんと立ち尽くしていると。
「文香ぁ? 帰るよー?」
有紀にそう呼ばれ、私も。
「うん。今行く」
この激戦の戦場から、引き上げることにした。
たくさんの収穫と、そしてたくさんの課題が見つかった、1回戦だったな―――
◆
辺りをぐるりと囲んだ黒の軍団が、大きな歓声を上げた。
「ゲーム、」
その名を審判がコールすると同時に会場中がわぁっと沸き立つ。
「6-0」
快勝。圧勝。完勝。
そのような言葉でしか形容が出来ないような、実力差を見せつけての勝利―――
「ウソ・・・、いくら黒永とはいえ、あの柏大海浜に・・・」
「3試合とも6-0の3連勝・・・!?」
圧勝劇を象徴するように、コート上のシングルス3では、とあるプレイヤーが笑っていた。
それはまさに"黒い笑顔"。
その声が、永く―――コート上に、響き続けていたのだ。
『関東大会1回戦 2日目 第1試合・結果』
ダブルス2 ○菊池(3年)・藍原(1年)ペア 6 - 2 田村(3年)・由川(2年)ペア●
ダブルス1 ●山雲(3年)・河内(2年)ペア 6 - 7 平野(3年)・三隅(2年)ペア○
シングルス3 ○水鳥文香(1年) 6 - 0 榎田愛美(2年)●
シングルス2 ●新倉燐(2年) 2 - 6 奥澤嘉音(3年)○
シングルス1 ○久我まりか(3年) 7 - 5 網島伊吹(3年)●
○白桜女子中等部 3 - 2 大鷲台中学●




