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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
27/385

わたしのたった一つの武器!

「と言うわけで!」


 食後の食堂。

 部屋に帰らず残っている部員で閑散としているそこで、わたしは。

 ビシッと手のひらを前に突き出す。


「わたしはこのみ先輩の女になりました~」


 えへへー、とはにかみながら後頭部に手をまわす。


「勘違いされるような言い方をするな、です!」

「ち、違うんですか・・・!? あんなに情熱的な告白をしたのに」

「それも言い方のさじ加減でしょうが!」


 先輩が遠慮なく突っ込んできてくれる。

 嬉しいなあ。なんだか互いの間にあった壁が取っ払われたような気がして。


「姉御がダブルスッスかー。こりゃまた意外ッスねえ」

「・・・でも」


 万理の言葉を。


「今のチームに足りないのはダブルスペア」


 文香がピシャリと遮った。


「有紀がチームの為にそれを為そうって言うのなら、私たち外野がどうこう言う筋合いはないわ」

「文香・・・」


 初めてじゃないだろうか。

 彼女がここまでわたしの事を肯定してくれたのは。


「私も今日の練習試合で、自分のすべきことを見つけた気がするの」


 文香は自分の手元をじっと見てそういうと。


「貴女もそうなんでしょう、有紀?」


 視線をわたしの方へ移した。


「・・・うん。やるよ、わたしは」


 文香の視線はこれ以上なく真剣で。

 それに答えるわたしの言葉も。


「このみ先輩と2人で、このチーム最高のペアになってみせる!」


 それに負けないくらい真剣なものだった。





「このみ、ダブルス始めるんだ。元々ダブルス向きの選手だったし、良いかも」

「でも、相手があの藍原ですよ。あいつに協調性があるとは思えませんけど」


 瑞稀の言葉に。


「・・・瑞稀がそれを言う?」


 思わず笑いが溢れてしまう。


「あたしは! 先輩とだからやっていけてるんです。他の誰かとなんてありえません」

「あの2人も、そういう赤い糸に導かれたペアかもね」


 2人の様子を見ていれば分かる。

 きっと、強く結びつくような何かがあったんだ。


(―――私と、瑞稀みたいに)


 大きな壁を乗り越えた雰囲気が、藍原さんとこのみの間にはある。


「でも、たとえあの2人がどれだけ強くなっても」

「うん?」


 ぽつりとつぶやく、隣に座る大きなリボンの女の子は。


「あたしと先輩は誰にも絶対負けません。ダブルス1の席だけは、譲る気ないですから」


 誕生したばかりの新米ダブルスペアに、闘争心をむき出しにしていた。


(瑞稀のこういうところ、本当にすごいな)


 この子の誰にも負けないというプライドと意志、抗う気持ちと負けん気の強さは半端じゃない。

 そういうものは鍛えて手に入るものじゃないのは一緒に居る私が1番よく知っている。

 ある意味では、天性の才能みたいなもの。


「瑞稀、後でちょっと話したいことがあるの」

「なんですか? 別に今でも」

「ここでは・・・ね。部屋に戻ってゆっくりしたい話だから」


 そこで瑞稀は慌てて口を手で塞ぎ。

 赤くなりながら、ゆっくりと頷いた。





「まずは普通にスイングしてみろです」

「そ、そこからですか?」

「ちょっと気になる事があるんですよ」


 あくる日。

 わたしはこのみ先輩と2人、付きっきりで練習を始めていた。

 久々に触るラケットの感触に懐かしさを覚えてたけど、そんな感傷に浸る暇も無くて。


 言われるがまま、ラケットを振る。


「・・・あの」


 先輩は腕を組んで顎に手を当て、何か難しい顔をしていた。


「もう1回、今度はバックハンドで」

「はい」


 バックハンド・・・身体の反対側、サウスポーのわたしで言う、右側に来たボールを打つスイングをする。


「やっぱり、ですね」

「やっぱり・・・?」


 先輩は納得したように組んでいた腕を解いた。


「お前のフォームは一言で言うとおかしいんですよ」

「お、おかしい・・・?」

「ちょっとゆっくり振ってみろです」


 言われるがまま、今度はゆっくりとラケットを振る。


「そこ」


 先輩に声をかけられたところで、ぴたりと止める。


「この妙なテイクバック。大きい上に、手首が120度くらい反ってる。たぶん、尋常じゃないくらい手首が柔らかいんでしょうね」

「あ、はい。昔から手首が柔らかいのが自慢で。ほら」


 ぐにゃり。

 手のひらを上にして手首を反ると、手の甲が腕に引っ付く。

 何の自慢にもならない特技の1つだった。


「そのせいか知らんですけど、お前の打球は変なんですよ」

「変・・・?」

「インパクトの瞬間、無意識のうちに手首を動かす手癖が付いているから、お前の打球は綺麗な回転がかからず、不規則に揺れてるんです」


 そんな事、初めて知った。


「スライスしてるって事ですか?」

「スライスみたいに綺麗な変化球なら良いんですがね。球が動いているからコントロールが定まらない。更に相手の手元で変化するから打球が異常に伸びてアウトになる・・・。そんな経験はありませんか?」

「あっ・・・」


 あの時も、あの時も、あの時も。

 思い当たる節がいくつもある。


「じゃ、じゃあ!」


 血の気がさーっと引いていったけど。


「わたしはゼロからやり直さないと話にならないって事ですか・・・!?」


 意を決して、そう言った。


「本当ならそうしたいんですが、私たち2人はそんな悠長な事言ってられないんですよ」


 先輩からの無慈悲な宣告。


「あと1ヵ月ないし、1ヵ月半で、ベンチ入りできるだけの実力と結果を出さないといけない。残念ながらお前のフォームをゼロから矯正するなんて事は不可能です」

「そんな・・・」


 それじゃあ、手詰まり・・・。

 そう思った時。


「だから、この弱点とも言えるブレ球を武器にしましょう」


 先輩から、意外な一言が宣言された。


「武器に?」

「お前はサウスポーという時点でかなり稀有な存在。それに加えて変則フォームから繰り出されるボールは不規則な変化をする。相手にとってこんなやりづらい相手は無いですよ。あまりにトリッキーすぎる」

「そう、でしょうか・・・」

「現に、お前は1年生相手に無双したそうじゃないですか。あのフォームとボールの動きが加わった、圧倒的な打ちづらさ・・・、恐らく他の1年生はそれにやられたんですよ」


 先輩は人差し指を立て、話を続ける。


「ならば、その道を究めましょう」

「その道というと・・・?」

「お前は元々馬力のある選手です。球に重さと力がある。そこに変則フォームと変則ボールを加えて、変則的な力のあるボールで相手を球際で差し込む・・・これを主眼においたプレースタイルを確立すれば」


 彼女はそこで、一拍ためて。


「ダブルス前衛として、十分なパワープレイヤーになるはずです」

「ほんとですか!?」


 ここで初めて、光明が差した気がする。


「お前が体力面で2,3年生に劣るのは分かってます。運動量をこなさなきゃならない後衛は、私がやる。お前はガンガンポイントを決めていけばいい・・・それが、私の考えたプランですが」


 このみ先輩は話し疲れたのか、息を吐いた。


「どうですか?」


 その時の彼女の表情はどこか晴れやかで。

 この間までのダウナーな雰囲気なんて、どこかに消し飛んでしまったかのよう。


 どうですか、と言われても。


「勿論! それでいきましょう!」


 先輩の案を断る道なんて、最初から無かった。


「ナイスプランです! ちっこいのに頭の中はキレッキレですね!」


 そう言って、先輩の頭を上からぽふぽふと撫でる。


「誰が脳みそも小さいってぇ?」


 そしたら、ぶん殴られました!


「まあ、成功するかどうかはかなり綱渡りな作戦ですが」


 先輩はそこで、手を差し出す。


「一度は死んだ身。ダメで元々、それでも1%でも可能性があるのなら、それに賭けてみましょう」


 笑顔で言う先輩。

 ああ、この人・・・こういう風に笑ってた方が、全然かわいいな。

 そんな事を思いながら。


「はいっ! よろしくお願いします!!」


 その手を、両手で包み込むように握りしめた。


 握手―――。

 わたしと先輩のダブルスペアが誕生した、その瞬間だった。

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