わたしのたった一つの武器!
「と言うわけで!」
食後の食堂。
部屋に帰らず残っている部員で閑散としているそこで、わたしは。
ビシッと手のひらを前に突き出す。
「わたしはこのみ先輩の女になりました~」
えへへー、とはにかみながら後頭部に手をまわす。
「勘違いされるような言い方をするな、です!」
「ち、違うんですか・・・!? あんなに情熱的な告白をしたのに」
「それも言い方のさじ加減でしょうが!」
先輩が遠慮なく突っ込んできてくれる。
嬉しいなあ。なんだか互いの間にあった壁が取っ払われたような気がして。
「姉御がダブルスッスかー。こりゃまた意外ッスねえ」
「・・・でも」
万理の言葉を。
「今のチームに足りないのはダブルスペア」
文香がピシャリと遮った。
「有紀がチームの為にそれを為そうって言うのなら、私たち外野がどうこう言う筋合いはないわ」
「文香・・・」
初めてじゃないだろうか。
彼女がここまでわたしの事を肯定してくれたのは。
「私も今日の練習試合で、自分のすべきことを見つけた気がするの」
文香は自分の手元をじっと見てそういうと。
「貴女もそうなんでしょう、有紀?」
視線をわたしの方へ移した。
「・・・うん。やるよ、わたしは」
文香の視線はこれ以上なく真剣で。
それに答えるわたしの言葉も。
「このみ先輩と2人で、このチーム最高のペアになってみせる!」
それに負けないくらい真剣なものだった。
◆
「このみ、ダブルス始めるんだ。元々ダブルス向きの選手だったし、良いかも」
「でも、相手があの藍原ですよ。あいつに協調性があるとは思えませんけど」
瑞稀の言葉に。
「・・・瑞稀がそれを言う?」
思わず笑いが溢れてしまう。
「あたしは! 先輩とだからやっていけてるんです。他の誰かとなんてありえません」
「あの2人も、そういう赤い糸に導かれたペアかもね」
2人の様子を見ていれば分かる。
きっと、強く結びつくような何かがあったんだ。
(―――私と、瑞稀みたいに)
大きな壁を乗り越えた雰囲気が、藍原さんとこのみの間にはある。
「でも、たとえあの2人がどれだけ強くなっても」
「うん?」
ぽつりとつぶやく、隣に座る大きなリボンの女の子は。
「あたしと先輩は誰にも絶対負けません。ダブルス1の席だけは、譲る気ないですから」
誕生したばかりの新米ダブルスペアに、闘争心をむき出しにしていた。
(瑞稀のこういうところ、本当にすごいな)
この子の誰にも負けないというプライドと意志、抗う気持ちと負けん気の強さは半端じゃない。
そういうものは鍛えて手に入るものじゃないのは一緒に居る私が1番よく知っている。
ある意味では、天性の才能みたいなもの。
「瑞稀、後でちょっと話したいことがあるの」
「なんですか? 別に今でも」
「ここでは・・・ね。部屋に戻ってゆっくりしたい話だから」
そこで瑞稀は慌てて口を手で塞ぎ。
赤くなりながら、ゆっくりと頷いた。
◆
「まずは普通にスイングしてみろです」
「そ、そこからですか?」
「ちょっと気になる事があるんですよ」
あくる日。
わたしはこのみ先輩と2人、付きっきりで練習を始めていた。
久々に触るラケットの感触に懐かしさを覚えてたけど、そんな感傷に浸る暇も無くて。
言われるがまま、ラケットを振る。
「・・・あの」
先輩は腕を組んで顎に手を当て、何か難しい顔をしていた。
「もう1回、今度はバックハンドで」
「はい」
バックハンド・・・身体の反対側、サウスポーのわたしで言う、右側に来たボールを打つスイングをする。
「やっぱり、ですね」
「やっぱり・・・?」
先輩は納得したように組んでいた腕を解いた。
「お前のフォームは一言で言うとおかしいんですよ」
「お、おかしい・・・?」
「ちょっとゆっくり振ってみろです」
言われるがまま、今度はゆっくりとラケットを振る。
「そこ」
先輩に声をかけられたところで、ぴたりと止める。
「この妙なテイクバック。大きい上に、手首が120度くらい反ってる。たぶん、尋常じゃないくらい手首が柔らかいんでしょうね」
「あ、はい。昔から手首が柔らかいのが自慢で。ほら」
ぐにゃり。
手のひらを上にして手首を反ると、手の甲が腕に引っ付く。
何の自慢にもならない特技の1つだった。
「そのせいか知らんですけど、お前の打球は変なんですよ」
「変・・・?」
「インパクトの瞬間、無意識のうちに手首を動かす手癖が付いているから、お前の打球は綺麗な回転がかからず、不規則に揺れてるんです」
そんな事、初めて知った。
「スライスしてるって事ですか?」
「スライスみたいに綺麗な変化球なら良いんですがね。球が動いているからコントロールが定まらない。更に相手の手元で変化するから打球が異常に伸びてアウトになる・・・。そんな経験はありませんか?」
「あっ・・・」
あの時も、あの時も、あの時も。
思い当たる節がいくつもある。
「じゃ、じゃあ!」
血の気がさーっと引いていったけど。
「わたしはゼロからやり直さないと話にならないって事ですか・・・!?」
意を決して、そう言った。
「本当ならそうしたいんですが、私たち2人はそんな悠長な事言ってられないんですよ」
先輩からの無慈悲な宣告。
「あと1ヵ月ないし、1ヵ月半で、ベンチ入りできるだけの実力と結果を出さないといけない。残念ながらお前のフォームをゼロから矯正するなんて事は不可能です」
「そんな・・・」
それじゃあ、手詰まり・・・。
そう思った時。
「だから、この弱点とも言えるブレ球を武器にしましょう」
先輩から、意外な一言が宣言された。
「武器に?」
「お前はサウスポーという時点でかなり稀有な存在。それに加えて変則フォームから繰り出されるボールは不規則な変化をする。相手にとってこんなやりづらい相手は無いですよ。あまりにトリッキーすぎる」
「そう、でしょうか・・・」
「現に、お前は1年生相手に無双したそうじゃないですか。あのフォームとボールの動きが加わった、圧倒的な打ちづらさ・・・、恐らく他の1年生はそれにやられたんですよ」
先輩は人差し指を立て、話を続ける。
「ならば、その道を究めましょう」
「その道というと・・・?」
「お前は元々馬力のある選手です。球に重さと力がある。そこに変則フォームと変則ボールを加えて、変則的な力のあるボールで相手を球際で差し込む・・・これを主眼においたプレースタイルを確立すれば」
彼女はそこで、一拍ためて。
「ダブルス前衛として、十分なパワープレイヤーになるはずです」
「ほんとですか!?」
ここで初めて、光明が差した気がする。
「お前が体力面で2,3年生に劣るのは分かってます。運動量をこなさなきゃならない後衛は、私がやる。お前はガンガンポイントを決めていけばいい・・・それが、私の考えたプランですが」
このみ先輩は話し疲れたのか、息を吐いた。
「どうですか?」
その時の彼女の表情はどこか晴れやかで。
この間までのダウナーな雰囲気なんて、どこかに消し飛んでしまったかのよう。
どうですか、と言われても。
「勿論! それでいきましょう!」
先輩の案を断る道なんて、最初から無かった。
「ナイスプランです! ちっこいのに頭の中はキレッキレですね!」
そう言って、先輩の頭を上からぽふぽふと撫でる。
「誰が脳みそも小さいってぇ?」
そしたら、ぶん殴られました!
「まあ、成功するかどうかはかなり綱渡りな作戦ですが」
先輩はそこで、手を差し出す。
「一度は死んだ身。ダメで元々、それでも1%でも可能性があるのなら、それに賭けてみましょう」
笑顔で言う先輩。
ああ、この人・・・こういう風に笑ってた方が、全然かわいいな。
そんな事を思いながら。
「はいっ! よろしくお願いします!!」
その手を、両手で包み込むように握りしめた。
握手―――。
わたしと先輩のダブルスペアが誕生した、その瞬間だった。




