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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
268/385

VS 大鷲台 シングルス1 久我まりか 対 網島伊吹 3 "みんなで" / ブレイク・ポイント



 あたしの我が儘で始めたテニス部だ。

 責任を持って、この部を『全国』の舞台に押し上げる事が、あたしの"通すべき筋"だった。


 この大鷲台テニス部のみんなで、全国へ―――

 何もなかった部が全国大会なんて、ロマンじゃないか。夢じゃないか。そんな事が達成されたら、さぞ痛快なことだろう。

 それを夢で終わらせないのがあたしの使命。

 そのために指導者も頼み込んで用意した。毎日倒れるまで練習して、練習場所や練習時間も出来る限り確保して、効率のいい練習方法をネットで調べて、良さそうなものは片っ端からやっていった。


 "本気"になったあたし達は、千葉県内ではそこそこ知られるようになっていった。

 『廃部だったテニス部を再建して、チームをゼロから作り直した学校がある』、と。

 この調子なら、千葉のてっぺん―――柏大海浜にだって手が届く、それが見えてきた、ある日。


 突然の出来事だった。

 幼馴染で1番仲の良かった嘉音とマトが、仲たがい。組んでいたダブルスを解散させたと言う。


 ―――今までマトの方を向いていた嘉音を、振り向かせる最後のチャンスだ


 そんな卑しい気持ちが全く無かったかと言えば、嘘になる。

 だけど、それ以上に。


(あの嘉音とマトが、喧嘩・・・!? 解散・・・!?)


 その現実を、あたしは受け入れられないで居た。


 昔から―――7,8年も前から、あの2人が喧嘩をしたなんて聞いたことが無かった。

 高嶺の花の嘉音に寄り添うように隣に居るマト。気が合わないことなんて無かったあの2人が、喧嘩して、それもダブルス解散だなんて・・・。


 ―――"あたし達の幼馴染"が、どす黒くなっていって、全く知らないものに変わっていく


 ゾッとして、『恐怖』があたしの身体を突き抜けたのを明確に感じた。


「なんでだよ・・・!」


 なんで、こんな事になるんだよ・・・!


 あたしら、あとちょっとで―――学校にも認められて、ようやく全国への道が拓けてきたところじゃねえのかよ。

 その瞬間には、嘉音を振り向かせようなどという下心はどこかへ吹き飛んでいた。


「イブ」


 あたしの頭ん中が真っ白になっていた、その時。

 声をかけてくれたのは―――


「マリ・・・」


 幼馴染の中でも全体を見渡して、あたしらを繋げていてくれていた、マリだった。


「カノのこと、慰めてあげて」

「違うだろ・・・! 今すべきなのは、マトを説得する事だ。あいつ、どこ行った?」


 するとマリは数度、首を横に振ると。


「そっちはいいの」

「いいわけあるかよ! あいつの身勝手であたしら、このままじゃ」

「それでマトを追及して、無理矢理戻させて、何が解決するの?」

「なっ!」

「何も解決しない。イブのそう言う真っ直ぐなところ、強いし私の憧れだけど、今はその真っ直ぐさだけじゃ救えないものもあるんだよ」


 こんなに真正面からマリに否定されたのは、初めてだった。


「今、あの子(マト)に必要なのはイブじゃない。イブを必要としてるのは、カノだよ」


 そしてそこで何故、嘉音の名前が出てきたのかも、あたしには分からなかった。


(嘉音に、あたしが必要・・・!?)


 分からねえ。

 分からないけど、自分の中でその言葉を肯定したいという、薄暗い気持ちがあることが、何よりもイヤだった。


 今の弱っている嘉音の気持ちに付け込むような、そんな真似をしなきゃ壊れちまうチームなら、いっそこのまま―――


「イブ。1年前、地区予選でボロボロに負けた時、言ったよね。あたしの我が儘(あまさ)にみんなを付き合わせちまったって」

「・・・っ」

「あの時言えなかったことを、今、言うね」


 マリはすうっと息を吸い込み。


「勘違いしないで! 私たちはイブに無理矢理付き合わされてテニスしてるんじゃないんだよ!」


 精一杯の大きな声で、叫ぶ。


「みんな、それぞれに考えがあって、悩んで、どうしようって最善の道を探して、それでも分かんなくて・・・! それをイブ1人で解決しようなんて、無理な話なんだよ!」


 今まで見たこともない表情で、今まで聞いたこともない語気で。


「イブの行動力は凄いよ。でも、たまには私たちの事も頼ってよ。全部1人で背負い込まないで。あたし達、幼馴染・・・ううん、"テニス部の仲間"でしょ!?」


 その言葉に心臓を掴まれて。


(そっか)


 ぎゅうっと力強く握りしめられたようだった。


(あたし、全部を1人でやろうとしてたんだ・・・)


 マリは言ってくれた。

 そんな必要はないんだ、と。

 仲間を頼っても良いんだ、と。


「・・・マリ」

「うん」

「嘉音のとこ、行ってくるわ」

「うん」


 だから。

 今のマリになら、言える。


「あたし、嘉音(あいつ)のこと好きなんだ」


 この気持ちを、卑しいものだなんて、そんな風に封じ込めたくない。

 それを、マリにだけは分かっていて欲しかった。


「応援するよ」

「・・・ありがとな、マリ。お前が居てくれるから、あたしらが好き勝手できるんだよな」

「私のことはいいから、早く行ってあげて」

「ああ」


 小さく頷いて、あたしは一歩、踏み出す。

 今まで歩いていた1人の道じゃない、これから歩むのは大鷲台テニス部としての一歩だ。

 その部の、部長としての一歩。


 あたしは自分の気持ちを肯定できた。これはきっと、ものすごく幸せなことなんだと思う―――





 久我の放ったショットに、狙いを定め。


「ハハッ!! 行くぜッ!」


 ステップから一転、ダッシュ。一気に打球との距離を詰め、伸ばしたラケットの先をちょこんとボールに当てる。


「「「「緩い!!」」」


 観衆(ギャラリー)には一瞬でバレちまったが、コートの中に居る久我はどうかな。

 ただでさえ足に負担のかかる急なダッシュは避けたいところ。特に真正面前陣への駆け上がりは単純に下半身への負荷が大きい。それでも久我は何とか打球に追いつくが―――


「もらったぜ!!」


 両手で握ったラケットで、その弱い打球をはじき返す。

 前陣から放たれたショットは久我の横を抜けていき、コートの左四隅で跳ね上がった。


「ゲーム、網島伊吹。5-5!」


 このサービスゲームも、キープ。

 ここまで互いにキープ合戦が続き、一歩も譲らない。


 だが―――


「暑ィ! あーもうあちぃわ!!」


 真夏の直射日光と茹だるような暑さ、コートの照り返しの熱さが身体から容赦なく体力と気力と水分を、吸い上げていく。

 エンドチェンジではないが、ベンチに駆け戻って水を口から身体の中に流し込んだ。


(正直、気ぃ抜いたら倒れそうだぜ、この暑さはよ)


 汗のべとつく感じ、不快度指数もMAXだ。

 晴れているし、雲一つないのに湿度だけは異常に高い。

 慣れてない人間がこんな事をしていたら、熱中症にかかるのは時間の問題とも言える劣悪な環境。


(さすがに、体力ももう尽きかけてやがる)


 あたしのプレースタイルは、スピードに任せコートを飛び回ること。

 スタミナが物凄い勢いで削られていくスタイルなのは、百も承知だった。そのためにこの2年間、下半身を苛め抜いて強靭なメンタルを作った・・・だが、それにも限界がある。

 普通の状況ならまだしも、今日のこの環境で無尽蔵のスタミナを謳うのは無理があった。


 だが、こっちがこの状態ということは。


(怪我を庇ってる久我(てめえ)の体力は、どうなんだろうな?)


 まだ潤沢に残っているとは考えづらい。

 切れる寸前だったとしてもおかしくない。

 ゲームカウントも5-5、次が11ゲーム目だ。敵の体力切れを待つというのも情けない戦術ではあるが、相手があの久我まりかならば仕方がない。

 あと少し―――敵の忍耐・我慢が終わるその時まで、あと今少しだという手応えはある。


 ―――次は、久我まりかのサービスゲーム


(ハハッ、ここだな)


 仕掛けてみる価値はある。

 ここで崩せなければ、あたしに勝利は無い。逆に、ここを崩せさえすれば、あとは押し込むだけだ。

 最後の体力を全部使って、勝負に出るのは悪い選択肢ではないだろう。


(狙うは敵の足元―――! スタミナは惜しまねえ。全力でコートを駆けまわって、久我まりかの牙城を崩す!)


 ここを(ブレイク)して、白桜よりもっと上へ・・・行かせてもらうぜ!


「覚悟しな、久我ぁ」


 あたしが関東最強のエースを座を奪う瞬間は、もう目の前まで来てるんだ。

 ラストスパート。

 最後の"気力と気力のぶつけ合い"と行こうじゃねえか。

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