VS 大鷲台 シングルス1 久我まりか 対 網島伊吹 2 "攻めあぐねる"
(互いにサービスゲームをキープしあって3-3・・・)
久我部長にしては静かすぎる試合展開だ。
もっと攻めても良い。
もっとアクティブになって、攻撃を仕掛けても良い。
敵がそれをさせないのか、それとも"出来ない"のか―――
ちらりと、隣の咲来先輩の方へ目を遣る。
「・・・」
ずっと言葉少なに両手を胸の前で組んでいる。
(先輩)
まるで、何かを祈るかのような仕草―――
(もうみんな、分かってるんだ)
部長が何を背負っているのか。
今、何と戦っているのか。
そして何故、無理に攻撃に転ずることが出来ないのか。
咲来先輩が何を祈っているのか―――
ここまで来て、分からない奴なんてウチの部には居ないだろう。
(確かに敵の手強さもある)
あの瞬発力と野性的な勘は目を見張るものがあるし、敵が強いなんて言うのは当然の話だ。
だが、あの人はこのレベルの敵に対して、こんな守りのテニスをしなければならないほど、弱くない。
中盤のこの辺りから、スタミナを使って無理にでも攻めに転ずる。
疲れてきた敵とすれ違うように、グンと伸びて、その攻撃で敵を圧倒するようなテニスが出来る人なんだ。
それをしないのは。
(不安がある)
"右足"に、まだ。
(だから強く出られない)
100%の確信が無いから、いつも通りに試合をすることが出来ない。
次、また同じ個所を怪我したら。
今度は本当の本当に、終わってしまうのではないか―――そのことが頭のどこかにあるから。それにブレーキをかけられる。どうしても、本気が出せない。ギアが上がらない。
(綾野五十鈴との試合でのあの人は、本当に凄かった)
あたしが生で観たプレイヤーで、恐らくナンバー1。
それくらいの試合が出来ていた。あの圧倒的なプレー、そしてそれを見せつけて綾野に勝つと言う結果。すべてが1ランク上の試合だった。
それに比べれば―――
(全然だ)
今日の試合は。
(全然だよ)
アンタらしくもない。
だけど―――こうなった責任の半分以上は、あたし達にある。
(部長に頼りっきりのチーム状態・・・!)
大鷲台レベルの相手になら、切り札を使わず勝たなきゃならなかった。
そうだ。
あたし達が、負けてなかったら―――
とっくに試合は終わって、今頃バスの中でわいわいとみんなで今日の試合の感想を言ってたりした頃だっただろう。
それが、この灼熱の坩堝の中、燦々と照る太陽を浴びて、今こうして部長が苦戦する試合を見ている。
(情けない)
今日の試合、本当に勝てない相手だったか?
驕りは無かったか?
"あたしの方こそ"、100%本気のプレーが出来ていたか?
雰囲気に呑まれて、気圧されて。
それで負けてちゃ世話が無いよ。
もし、この試合が咲来先輩との"最後"だったら―――それを思うと、背筋が凍る。
その可能性を常に頭に置いて、プレーできていたか?
(あたし達が、1番なのに・・・!)
ミスしたこと。
失敗したこと。
最後まで咲来先輩に頼り切りだったこと。
そんなことばかりが頭の中になだれ込んできて、後悔だけが吐き出されていく。
(最高のペアなのに!!)
いつまで経ってもそれを証明できないのは、本当に悔しい―――だから部長。
(勝ってよ)
こんな事を言うのは我が儘かもしれない。
どのツラ下げて、と思われるのを承知で、あたしは願う。
(あたし達にもう一度、チャンスを頂戴・・・!)
次は、次こそは絶対に負けない。
アンタに試合をまわすことなく、勝ってみせる。だから、頼むよ。
エースなんだろ。
あたし達をまた、あのコートの上に立たせてくれ―――
◆
ここまで、なんとか久我のペースに着いていけている。
もっと攻撃的なテニスをしてくるかと思っていたが、攻めはそれほど苦しくなく、凌げているのが現状だ。
(これを、どう解釈するのか―――)
あたしの攻撃が成功している?
久我が怪我を庇って強い攻撃に出られないでいる?
それともその両方か?
ここで判断を誤れば、一気に形勢を崩される可能性もある。
だが。
正しい判断をできれば―――この試合の主導権を掴むことも可能だろう。
(どっちだ・・・)
久我がサーブ前、コート上でボールを二度、バウンドさせる。
(どっちの判断に身を委ねればいい・・・!?)
有利なのは、あたしか、向こうか―――どっちだ。
その瞬間。
久我がその場で跳躍し、振り下ろすように地上から離れた空中でサーブをインパクトする。
(ジャンピングサーブ!!)
奴の伝家の宝刀だ―――ここで抜いてきたか!
だが、ここで勝負を仕掛けてきたって事は、あたしの読みはそう大きく外れちゃいないってことだ。
久我だって決定打が欲しい―――そういうことだろ!
「ぐっ!?」
だが、久我のジャンピングサーブの威力は想像以上のものだった。
弱弱しいレシーブが敵コートに返っていき、それをコート隅に決められ、あっけなく、
「15-0」
1ポイント―――失ってしまう。
(角度と威力が普通のサーブとはダンチだぜ)
あれをポンポンと決められたら、さすがにしんどいかもしんねえ。
レシーブ位置を、気持ち後ろへ。次の動きを、"後ろに下がってレシーブすること"に切り替える。
(だが、バウンドが頭の上を超えられたら意味がねえ)
そこのさじ加減は、サーブが飛んできてバウンドするまでの数秒間で調整するしかない。
(来い・・・)
肌がピリピリする。
痺れにも似た、全身に緊張が走る感覚。
(来い・・・!)
久我が大きくトスを上げる。
ジャンピングサーブの合図だ。その場で地面を蹴り、跳躍する。
(来い!!)
高い打点から振り下ろすようなサーブ。
それがサービスコートで跳ねる。バウンドはそれほど高くない。これなら下がっても十分対応できる。咄嗟の判断でそこまで見極め、あたしは一歩後ろに下がった位置から、今度はパワーを持ったレシーブを久我の反対面へと返す。
「15-15」
「っしゃあ!」
ガッツポーズ。
あのジャンピングサーブは諸刃の剣。
大きくジャンプする分、着地してからの反応がどうしても遅れてしまう。
だからこうしてクロスのキツい位置にしっかりコントロールして返せば、久我はそのレシーブに追いつくことが出来ない―――ほとんど何も出来ず見送るしかないのだ。
だが、
「30-15」
元々のジャンピングサーブの威力は、そう簡単に殺せるものじゃない。
「40-15」
あの強力なサーブに押されることの方が、やはり圧倒的に多い。
あっという間に追い込まれてしまう。
「ちっ」
やっぱ天才だわ、こいつ。
全然サーブコントロールにブレがねえ。かといって威力を殺すわけでもなく、あのジャンピングサーブを決めてきやがる。自分のサービスゲームはぜってーキープするっつー腹だ。
(だが、どっかでブレイクしねえとこいつとの勝負に勝ちはねえ)
その『どこか』を見極める必要がある。
ジャンピングサーブを今度は何とか正面に返す。久我のショットがまたもや厳しいコースへ―――
(こっちもだ!)
お前がその気なら、あたしだって無策で負けてやる気はまったくねえ。
狙うは―――
―――久我の右足に、焦点を合わせる
(右足の足元!!)
嫌でもカバーせざるを得ない場所。
嫌でも気にせざるを得ない場所。そこがお前の『弱点』なんだろ・・・!
しかし。
「ゲーム、久我まりか。4-3」
そんな事は百も承知だと言わんばかりに、足元のショットをバックハンドの短いストロークで返され、ネット際にボールが落ちる。
読まれていた。
完全にこちらの考えが読まれていなければ有り得ない反応のショットだ。
―――だが
(作戦としては間違ってねえ)
今の1回を返されたとしても、2回、3回と続けていけば―――必ず、結果は出る。
その手応えが今の1ポイントにはあった。
『久我まりかが右足を庇っている』
という、その事実を知ることが出来ただけでも、価値はあったと言えよう。
(悪ぃな。アンタに明確な弱点がある限り、そこを重点的に攻めるのが『戦術』だぜ)
罵りたければ罵れ。
あたしは万難を排してでも、チームを勝利に導く使命がある。その責任があるんだ。
アンタに譲れないものがあるように―――あたしにも、1回戦で終われない、事情ってやつがあるのさ。




