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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
265/385

VS 大鷲台 シングルス1 久我まりか 対 網島伊吹 1 "胸の中に残った言葉"

 コートに入るとすぐ、燐とすれ違った。

 浮かない表情をしている。下を俯いて、口を結んで―――


「燐」


 すれ違う瞬間、声をかける。


「なんだい、その表情(かお)は」


 ―――だけど、


 一度、その場に立ち止って。

 燐の方を振り向きながら。


「君は今、何と戦ってる?」


 ―――"それだけ"だ


 今の燐からは、強い『想い』がまったく感じられない。

 ただ、負けて、どうしたらいいのか分からないといったような、ある種の"甘え"にも近いようなものが、私の目からは見て取れたから。


「少し、考えてみることだよ」


 ぽつりと言い残して、コートへ再び駆け出す。


 もっと強い言葉で言おうかとも思った。

 だけど、彼女は・・・少なくとも1年半一緒に過ごしてきた新倉燐は、こんなところで終わるような選手じゃない。

 そう思えたことが、私に最後のブレーキをかけさせてくれた。


 だが、しかし。

 もし、次、彼女がこんな試合をするようなら、その時は―――


(・・・今は、それを考える時じゃないな)


 戦う時だ。


「よぉ」


 今は目の前のその事だけに、集中しなくてはならない。


「アンタ、"五十鈴ちゃん"倒したんだってな」

「まあね」

「ハハッ! じゃあアンタを倒しゃあ、あたしが最強(ナンバーワン)ってことだよな!」


 彼女は自らが放つ闘争心、対抗心を隠そうともしない。

 逆にそれらでこちらを威圧し、武器にし、呑みこもうという気概すら感じる。


「おもしれえ! 勝つのは大鷲台(あたしら)だ。アンタを倒して、あたしはもっと上へ行くぜ!」


 彼女は敵がどんなに強大であろうとも、まったく怯む様子が無い―――まさしく、狩人。ギラギラに光るその瞳が、それを表していた。


網島(あみしま)伊吹・・・)


 関東大会に出場する他校のエースと比べても、彼女の持つ雰囲気は異質なものだった。

 何故か。

 それは彼女たちが歩んできた道のりを考えれば、よく分かることだ。


(何もない状態で、ゼロからテニス部を作って、関東大会出場まで押し上げてきた―――いわば"雑草魂")


 名門の選手に、部の設立申請をした選手は居ないだろう。

 部員集めをした選手も居ない。練習場所やグラウンドに困ったことも、名門(わたしたち)はない。


(下から這い上がってきた彼女たちだから、あの目は出来るんだ)


 逆に、その学校の中心(エース)がこの網島伊吹だという事実には、妙な納得感すらある。

 『彼女にしか出来ないこと』だったのだろうと。

 それほどのバイタリティ、意欲を持つ選手だと言うのは見て取れた。


(だけど、名門には名門の意地(プライド)がある)


 テニスに懸ける情熱は、まったく負けていないという自信がある。


(だから君達を、)


 ―――大きくトスを上げ、ラケットを強く振る


(ここで止めて見せる!!)


 これ以上先へは―――進ませない!


 強く打ち出したサーブが、サービスコートに突き刺さり跳ねる(バウンド)

 そのサーブを、球足の速い、球威のあるレシーブで返してきた。


(さすがに通らないか!)


 結構、自信のあるサーブだったんだけどな。

 強いレシーブを、逆方向へ打ち出すと―――


「ハッハァ!!」


 そこには既に、


(ノロ)いぜ、久我さんよぉ!」


 伊吹選手(かのじょ)の姿があった。


「てりゃあ!」


 ネット手前から放たれた勢いのあるボールが、私のラケットの向こうを抜けていく。


「0-15」


 審判のコールが聞こえると同時に。


「は、はやっ! 速い!!」

「何あのスピード!」


 会場が、どよめきに包まれた。


「ボールより速いんじゃないの!?」

「部長が打ったと同時に、クロスに回り込んで・・・」

「しかもネット前まで斜めにッスよ!」


 確かに、驚くべきスピードだ。

 よほど恵まれた運動神経とバネの強さ、瞬発力があるのだろう。


(一歩目から、既にトップスピードに近い速度だった。これは厄介だな)


 スピードだけなら間違いなく全国レベルだ。

 恐らく関東大会を見渡しても、彼女のスピードに追従するレベルの選手は居ないと言っていいだろう。


「0-30」


 またもや、レシーブからの3つ目を狙い打たれてしまう。


「っしゃあ!!」


 周りの目を気にしない、お腹の奥底から出す叫び声で自らを鼓舞する網島選手。

 抱え込むようにする大きなガッツポーズからも、抑えられないんだろう(もしくは抑える気がないのだろう)ということが散見できる。


(だけど―――)


 負けるわけにはいかない。

 チームを任されている身なのは同じだ。


 ―――そして退路が無いのも、互いに同じなのだから


(ここだッ!!)


 跳ぼうかとも思ったが、今は押さえつけて地に足を付けたまま。


「15-30」


 放った渾身のサーブが彼女の脇を抜けていく。


 にやり。

 網島選手の口角が上がったかと思うと。


「良いサーブ持ってんじゃねぇか!」


 また、彼女が叫んだ。


「もっと打ってこいよ、久我ァ!!」


 そのあまりに強い、強すぎる対抗心に、面を食らいそうになるが。


(そっちがその気なら・・・)


 ―――負ける気は無いよ!!


 連続で、また良いサーブが打てた。

 今のは振り切った瞬間に決まったと思えるほどの渾身の当たり。


「30-30」


 再び、サーブが彼女の横を抜けていく。

 今度は外ではなく、中のギリギリを狙って打ったサーブ。上手いこと1番良いところに飛んでくれた。


(今日のサーブコントロールは、まあまあだな)


 五十鈴との試合ほどではないけれど、調子としては悪くない。

 ここから上げていければ、十分通用するサーブを打ち続けることができるはずだ。


「おお、両者一歩も退かない!!」

「これぞエース同士のぶつかりあいだ!」


 観衆(ギャラリー)も、良い感じに沸き立ってきたし。


戦い甲斐(やりがい)があるよ・・・!)


 こういう試合はね。

 部長とかエースとか、その枠を超えて戦いたくなるような、血が煮える熱い試合。

 灼熱地獄の気候も関係ない。内側から熱くなるこの感覚―――本当の強者(エース)と戦う時にだけ揺れ動かされるこの気持ちは。


 ―――退いて堪るか


 私は、五十鈴を倒して今ここに居る。


 ―――退けるものか


 彼女に誓った。

 どんな敵が来ても、受けて立つと。


 ―――まりちゃんは本当に私たちを倒せたんだ


 うるさいくらいに、五十鈴の残した言葉が頭に響く。


 ―――だからどんな奴にだって、負けないよ


 彼女の言葉を、嘘にしたくない。

 あの試合を、自分の手で汚したくない。だから、どんな奴にも負けない。


(負けられないんだ!!)


 ネットの近くに返ってきたボールを、叩き返す。


「ゲーム、」


 そのショットが、網島選手の頭上を越えていくと。


「久我まりか。1-0」


 ようやく、1ゲーム。

 長い1ゲームだった。2度のデュースの末に手に(キープ)した、サービスゲーム。


「きゃー」

「さすが部長!」

「もっとやっちゃってください!!」


 やあやあ、と観衆に手を振りながらベンチへ戻っていく。


「ハハッ」


 その時、彼女は。


「すげえ、すげえよ。こいつぁマジもんの化け物じゃねえか!」


 また、笑っていた。


「久我まりか! アンタは『本物のエース』だよ!!」


 それを大声で叫んだ後、前髪をぐしゃぐしゃとかき乱しながら下がっていく。

 網島伊吹の後ろ姿を見つめながら。


(今のゲーム、サービスゲームじゃなかったらキツかったな)


 ―――感じるのは、確かな実力と強さ


 敵の調子も相当良い。

 何か1つでもバランスを崩せば、敵に傾いてもおかしくないゲームだった。


(初手の、サービスゲームなのに・・・)


 私からも返させてもらうよ、網島さん。

 貴女も"本物のエース"だ、と―――


「随分、苦労して取ったゲームだったな」


 そしてベンチに帰れば、顔色1つ変えずに炎天下の中、ベンチに座る強面の女性と対峙しなければならない。


「敵のレベルは相当高いです。都内なら最上選手に匹敵する実力者と見ていいかと」

「ああ。あの爆発力と初速スピードは相当なものだ。これは想像以上の相手だと考えねばならんな」


 そこで、監督は1つ、間を開けると。

 視線を少し、下に向け。


「足の調子はどうだ」


 ゆっくりと、重々しく―――そのことを、口にした。

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