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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
263/385

VS 大鷲台 シングルス2 新倉燐 対 奥澤嘉音 1 "メチャクチャ"

 試合会場は騒然とした雰囲気に包まれていた。

 まるで目の前の状況を飲み込めていない様子で。


「どうしたの、新倉さん」

「明らかに動きが悪い」


 そう。

 燐先輩のプレーに、観衆が眉を潜めはじめたのだ。


「『氷』に封じ込める燐先輩の基本戦術が、全然出来てないッス」


 燐先輩と言えば、試合序盤にラリーを続けて敵の体力を削ることが得意戦法の1つ、それが彼女の代表的な戦い方だと言える。敵はその『氷』に閉じ込められ、体力を浪費して試合中盤以降の"攻め"に耐えられなくなることを、何よりも恐れている。


 それが―――


「アウト。40-15」


 ああ~、という悲鳴にも似た悲嘆が観衆から漏れる。


 ―――燐先輩の打球コントロールが、まったく定まらない


「・・・っ」


 先輩は奥歯を噛み締めるように口を真一文字に結んで、ぐっと何かを堪えるように再びサーブ位置へと戻っていく。


「燐先輩・・・」


 力みなのか、調子が極限までに悪いのか。

 とにかくこの日の燐先輩はコントロールが悪く、まったくショットが思ったところへ飛んでくれないようだった。1ゲーム目からずっと、打球がラインを超えてアウトになることが多い。多すぎる。


「練習の時から、敵をパワー任せに圧倒するような場面を何度か見ましたけれど・・・。あの時はただ単に、気合が入っていてさすが新倉さんだと思ってましたのに」

「それが、こんな形になっちゃうなんて」


 隣の仁科先輩と熊原先輩の表情も曇る。


「こんな新倉さん、初めて見た・・・」


 どこからか聞こえてきたその言葉が、今の燐先輩の状態を的確に表現していた。


「ゲーム、奥澤。4-2」


 またもや打球がラインの中に入らない。

 ショットを放った構えのまま、しばらく呆然としていた燐先輩は。


「・・・」


 何も言わず、無言で体勢を戻し、その場で小さく息を()いた。


「新倉さん、心配なの」

「この内容の悪さはこの試合で終わるだけとは思えんッス・・・」

「この試合で終わるだけ、って?」


 万理の言葉に、返事を投げかけてみる。

 嫌な予感がするのは、わたしも一緒だったから。


「・・・2回戦以降、関東大会全体において、新倉先輩の不調を計算して戦わなきゃならなくなるってことッスよ」


 大体、察しはついていた。

 だけどそんな話、聞きたくなかったというのが本音だ。

 試合内容を見ていれば、分かる。


(この不調が長引きそうなことくらい―――)


 だけど。


「燐先輩は強い人だもん」


 毎朝、早朝ランニングに付き合ってくれる先輩。

 良い時は褒めてくれて、悪ければちゃんと叱ってくれる先輩。

 コートで見せる、圧倒的な先輩の力に、わたしは魅せられた。いつか、あの人みたいなテニスが出来るようになりたいと―――


「こんなことで、転んだりしないよ」


 憧れ、目標。

 大好きな、燐先輩は。


「きっと、後半立て直す。その方法も、思いついているはず」


 冷静沈着、頭も良くて、綺麗で、わたしの―――


(そうですよね、先輩)


 だから絶対、こんな簡単に負けたりしない。こんな、何も出来ないまま負けるような人じゃないんだ。





 あれは、いつの頃だっただろうか。


「カノ~」

「もう、マトったらそんなにくっつかないで」

「だってカノのこと、好きなんだもん」


 仲良し幼馴染5人の中でも。


「まったく。仕方ないわね」


 マトのことを、特別視し始めたのは。


 別に、他の3人が嫌いと言うわけじゃない。

 だけど、マトは私にとって少し他の3人とは違う存在になっていったのだ。

 特別、好き・・・。きっとそんなような感情を抱いていたのだと思う。


 そしてそれは、マトも同じだと思っていた。

 私に対する態度とか、他の子に向けるものとは明らかに違う・・・、そう、半分自惚れのような気持ちで、私はマトと接していたのだ。


 だから。


「カノ、私とダブルス組もうっ」

「ダブルス?」

「2人1組でテニスをするの」


 私が彼女とダブルスを組んだのも、必然だったのかもしれない。

 断る理由も、そんな気持ちも、まったく無かった。


 1番好きなマトとするダブルス―――きっと、楽しいだろうなって。


 そしてそれは、私の予想通り楽しいものとなった。

 私とマトのダブルスはスクールに入学した後もいつもナンバー1。上級生を負かすことも、珍しくなかった。

 そのたびにマトは嬉しそうに小躍りしながらジャンプして。そんなマトが、かわいらしくて。

 楽しかったんだ。


 大鷲台中学に進学した後も、それは変わらなかった。

 伊吹がテニス部を作るって言い出して、私たちはダブルスエースとしてチームを支えることになる。

 マトとのダブルスは他校相手にも確かに通用していて、1勝するたび、その自信が大きく、強くなっていくような気がして。


(マトも、同じことを思ってくれてると良いなぁ)


 と、そんな事を恥ずかしながらも思ったりもした。


 しかし。

 楽しい時間は長くは続かなかった。

 私は続けようとした。それでも、タイムリミットは来てしまったのだ。


 マトとのダブルスに、少しずつズレが生じるようになっていった。

 私の動きに、マトが付いて来られない。

 最初は彼女が少し疲れているのだと思った。だけど、そうじゃない。

 私の動きに、スピードに、パワーに、マトが付いてこられなくなっている。


(どうしよう)


 内心、焦った。

 マトは元々運動が得意なタイプじゃなかったけれど、それは私も同じだった。

 あまり運動が得意じゃない同士、お互いの弱点を補って良いダブルスペアで居たつもりだったのに。それなのに―――


 私だけが、前へ進むことを許された。

 マトだけが、進むことを許されなかった。


 身体能力のズレはプレーのズレ、そしてやがては考え方のズレを呼ぶことになり。

 あの日を迎える。


「カノ、私たち、解散しよう・・・」


 マトがその言葉を発する、その日を。


「同情なんかいらない! もう決めたんだから! 私、これ以上カノとダブルスは出来ないの!!」


 分からなかった。

 互いのプレーにズレが生じていたのは確かだった。

 でも、それでも。

 私はマトの分まで私が動き回って、カバーして、マトの分までボールを拾って―――そうしてやっていけば、十分ダブルスペアを続けることは可能だと思っていたし、可能にさせるだけの覚悟はあった。

 それなのに―――


 ううん、違う。


(マトの分まで私がやってあげる?)


 なんて。


「私、なんて傲慢だったんだろう・・・」


 あの子のこと、自分の所有物みたいに。

 だからマトに、あんな風に嫌われたんだ。私はマトに捨てられたんだよ。卑しい女だったから―――


 マトが走り去って行ったその場で、がっくりと座り込む。

 体育座りのように腕を両ひざに回して、頭を抱えた。


「カノ・・・」


 マリが慰めに来てくれたけれど、とても話を聞くような気分じゃない。


(どうして、どうしてマト・・・)


 そんなに私がイヤなら、こんなにため込む前にどうして何か一言、言ってくれなかったの。

 そしたら、こんな最悪な結末は迎えなくて済んだかもしれないのに・・・。


「嘉音」


 そんな風にいじける私の前に。


「顔上げろ」


 言われた通り、ふと顔を上げると。


「1セット、ラリー練習付き合え」


 そこに居たのは―――伊吹。

 幼馴染5人の中でも、私が最も苦手な女の子だった。


「・・・今、とてもそんな気分じゃないの」

「嘉音の気分は聞いてない。練習付き合えっつってんだよ」


 ムッとした。


「貴女、何なの? 関係ないでしょ」

「関係なくねえ」


 しかし、その場から去ろうとした私の右腕を、伊吹はバシッと掴んだ。


「あたし達幼馴染がバラバラになりかけちまってる。あたしは、そんな事だけは絶対にさせねえ」

「だったら、ほっといてよ」

「ほっとかない」

「伊吹!」


 イライラして、頭の中がぐちゃぐちゃして、それで伊吹に八つ当たりしてしまった。

 私はマトがそうしたように、伊吹の手を跳ねのけて、半分泣いたような顔で伊吹の顔を直視する。


「なあ、嘉音。お前にとってのマトって何なんだ?」

「はぁ? そんなの貴女に関係ないでしょ」

「頼む、教えてくれ」


 急にしおらしくなった伊吹に意表をつかれた。

 まさかこんな風に出てくるなんて思いもしなかったから、油断してしまったのだろう。


「私の、最高で、1番のパートナー・・・」


 本当のことを、ぽろりと伊吹に吐露していた。


「・・・そっか」


 伊吹は小さく呟くと。


「じゃあ、今日からあたしが嘉音の最高で、1番のパートナーになる」

「な、」


 なに言ってんの。

 そう言おうとしたのに、上手いこと口が回らず言えなかった。

 呆気にとられていたからだ。


「だからその為に、まずは練習に付き合え。お前の実力を見ときたいんだよ。あたしのパートナーに、値するかどうか!」


 メチャクチャだ。

 前から突拍子もないし、行動力は認めるけれどそれと裏腹にまったく理解不能な子だとは思っていた。今のこれこそ、その極みのようなものなのだろう。


 だけど、


「・・・1回だけなら、付き合ってあげなくもない」


 今はその破天荒さに、すがりたい。

 そう思わせる不思議なパワーが、彼女の言動にはあったのだ。

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