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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
262/385

VS 大鷲台 ダブルス1 山雲・河内 対 平野・三隅 4 "そして、次へ"

 ―――言われた瞬間、心臓が跳ねた


 元々、ここまでの試合の疲労でバクバクと高鳴っていた心臓だ。

 しかし、"その鼓動の仕方"は今までの『それ』とは明らかに異なるものだった。


 運動で起きた鼓動と、大好きな人から"好き"と言われた時の胸の高鳴りくらい、区別がつくつもりでいる。


「う、ウソですっ!」


 私はボールを敵コートに打ち返しながら、しかし口では否定の言葉を叫んでいた。


「だって、真澄先輩が好きなのは・・・っ!」


 視界が少しだけ滲んで、見えなくなる。

 それでも首を振って、無理矢理目から飛沫を飛ばすと、咄嗟に動いてボールに食らいつく。


 ―――敵ぺアは多少の動揺を見せたものの、このくらいで攻撃を弱めてくれるような相手ではない


「みすみん、あのね!」


 先輩は目の前に来たボールを、思い切りはじき返しながら、まだ叫ぶ。


「この気持ち、カノに対する"好き"より大きいんだよ!」

「・・・ッ!」


 私の、1番言って欲しかった言葉を―――


「カノはカノで好き! でもね、私はみすみんのことがもーーーっと、好きなんだよ!!」


 信じられない。

 今、夢で見ているのかという気分。

 地に足が付かないとはこの事なのだろう。頭がぐしゃぐしゃになりかける。


 しかし。

 私に見えてきたのは、違う景色だった。


「・・・なんで、」


 目の前が開けていく。

 飛んできたボールに思い切り食らいついて、角度のついた方向へ打ち返す。


「なんで、今までそう言ってくれなかったんですか!!」


 打球は敵ペアの間を抜けていき―――


「3-2。平野・三隅ペア」


 気づけば私たちは、タイブレークのポイントをひっくり返していた。


 しかし、そんな事はどうでもいい。

 私はずいずいと真澄先輩の方へ歩み寄ると、がっと胸元を掴んで。


「なんでッ!」

「だ、だって。それに気付いたの・・・さっき、だったんだもん」

「本気・・・ですか」


 真澄先輩はまた私の方をじっと見て。

 瞳の奥の奥を覗かれているような気分になる、そんな視線を向けたまま。


「うん」


 小さく、こくんと頷いた。


 ―――返答次第では、この場で先輩を突き飛ばしても良いと思っていた


(散々、私の気持ち弄んで・・・っ)


 私はこの1年間ずっと悩んで、先輩のことも、嘉音先輩のことも、ずっと。

 それをこんな形で公開告白で終わらせようなんて、やっぱり許せない。

 好きだけど、好きだから。

 真澄先輩が本気じゃなかったら、突っぱねてやるつもりだった。


 それでも―――


 顔が、真っ赤に赤くなる。


(嬉しい・・・っっ!)


 両頬を抑えて、顔の紅潮を抑えようとするが、足らない。

 これくらいじゃ今の嬉しさはどうにもしようがなかった。

 想いが通じなくても、そう諦めていたこの気持ちに・・・最高の結果が付いてきた。


(この試合、)


 負けられない。

 先輩との"最初の"ゲーム。絶対に、落とせない。


「先輩、私っ」

「みすみん」


 気づくと真澄先輩が、両手を胸の辺りでパーに広げ、こちらに向けていた。


「あと4ポイント、がんばろうね!」


 笑う真澄先輩はやっぱりかわいくて。


「はいっ」


 ぱん、と。両手ハイタッチを交わす。

 同じタイミングで合わせられたことが、何より嬉しかった。

 気持ちが通じ合えているんだと感じられた。


 この想いが、この幸せが、この嬉しさが、消えてしまわないうちに―――


「この試合の、決着をつけましょう」

「うん!」


 残すはたった4ポイント。

 ここを取れば、私たちの関東大会はまだまだ続けられる。


 名門白桜に挑む、この1回戦も、きっと。





 ぱちぱちぱち。

 会場は温かい拍手に包まれていた。


「おめでとー」

「お幸せにねー」


 それは試合の勝利を祝福するものと同時に。


「えへへー。困るなぁ」

「恥ずかしいです・・・」


 マトと、ミスミの新しい関係性を祝う、そんなもののように思えた。

 まさに結婚式のそれだ。


「7-6で、大鷲台中学の勝利。礼」

「「ありがとうございました」」


 ただ、このお祝いムード空間の中で、敵ペアの2人だけが、当然だが浮かない表情をしていたのだが。


(体力も気力も十分に残っていたはずの白桜ペアが、あれを機にプレーにキレがなくなっていった)


 会場に呑まれたとでも言うべきだろうか。

 恐らく普段通りのプレーが出来なくなっていたのだろう。

 タイブレーク前から比べても、明らかに本来の力を発揮できていない風な印象を受けた。


 それほどまでに、試合の雰囲気を変えた―――マトの、『告白』。


「良いものを見せてもらったわ」


 準備運動(ウォーミングアップ)を早めに切り上げて、戻ってきた甲斐があったというもの。

 だって、幼馴染がこんな大勢の前で告白大会やってるのよ。しかも、上手くいって。

 私としては、祝う、おめでとう以外の選択肢が無かった。


「良いの? カノ?」


 マリが、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


「良いも悪いもないじゃない。あの2人が自分たちで決めたことなんだから」

「でも・・・」

「まあ、告白のダシにされたのはちょっと怒ってるけど?」

「カノはマトのこと、」

「そうね。ふふ、幼馴染以上には想ってなかったってことなんでしょうね。今の晴れ晴れした気持ちを考えると」


 胸に手を当てて、改めてマトのことを考えてみる。

 確かに仲は良かったし、時折見せる、マトの女の子らしい一面が好きだった。

 だけど、結局それ以上でも以下でも無かったのだと思う。


 ―――今の私には、


(ううん。今はやめておこう)


 そう。

 これから始まるのだ。

 私の試合が―――


「あのバカは居ない?」

「うん。準備運動(ウォーミングアップ)の真っ最中なんじゃないかな」


 "あのバカ"で通じる、これがマリとの関係だ。

 それが今は、ありがたかった。


「ごめんね、見送りするのが私しか居なくて。みんな、疲れ切って動けないから」

「ううん。逆に、よくマリは来てくれたわね」

「カノ、イブが居ないときっと寂しいままコートに入っていくだろうなと思って」

「マリらしいね」


 いつも、みんなのことに気を配って、全体を見通してくれる。

 伊吹が先頭を切って走っていくタイプ、私がその後ろを一緒に走っていくタイプだとしたら、きっとマリは遅れる子が居ないよう、1番後ろで背中を押して一緒に走っていけるように支えるタイプだ。


 そしてマトやミスミにもきっと役割があって―――みんな揃って、大鷲台テニス部なんだろうな。


「がんばって!」


 最後の言葉は、その一言だけだったけれど。


「ええ」


 今は、それで十分だった。

 フェンスをくぐり、コート内へと入る。


(待つ敵は―――)


 コートの中央を見る。


 "世代最強"・氷姫の異名を持つ、新倉燐。


 彼女はただそこに、立っていた。

 力感は無く、何かを気負っているような気配も無い。白桜はここで負けても、まだエースの久我さんが控えているだから強いプレッシャーを受けることなく、コートに立っていられるのだろう。

 だけれど。


(私たちに、後は無い)


 ここで私が負ければ、もうすべてが終わりだ。

 想像以上のプレッシャー。


 この重圧の中で告白大会をやってのけたマトとミスミは、逆にちょっとすごいなとすら思えてくる。


(逆、でもないか)


 普通にすごいな、だ。


「よろしく、新倉さん」


 試合前の握手。

 私はすっと手を差し伸べるが。


「・・・」


 彼女は数秒、じっと何かを考えるように手元を見たままで。


「新倉さん?」


 その言葉でようやく、何かに気づいたように肩をびくっと震わせると。


「すみません。よろしくお願いします」


 なんだろう。

 緊張は見て取れない。だけれど、今の()はちょっと不思議なものだった。


(どういう意図の沈黙だったのかしら)


 それが分からぬまま、私はサーブ位置へと駆けていく。


 現在大鷲台のビハインド。

 なのでこのシングルス2は私がサーブ権を得ることになっている。


「・・・よし」


 頭の切り替えは出来た。

 ここからは試合モードだ。


(敵の新倉さんはレシーブが自慢の選手)


 甘いサーブなら、リターンエースもある。

 十分警戒して、厳しいところにサーブを打ち込まなければならない。


(大丈夫、サーブコントロールには―――)


 ちょっと自信があるもの!


「!?」


 瞬間、驚いた。


 ―――私のサーブを、新倉さんが全く反応できず見送ったのだ


 確実にサービスコートに入ったサーブを、だ。

 想定していたコースと違って、思わず何も出来なかったのだろうか。


(何か―――)


 その時。


(何か、おかしい)


 私の疑問に、少しだけ確信めいたものが生まれてきた。

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