VS 大鷲台 ダブルス1 山雲・河内 対 平野・三隅 4 "そして、次へ"
―――言われた瞬間、心臓が跳ねた
元々、ここまでの試合の疲労でバクバクと高鳴っていた心臓だ。
しかし、"その鼓動の仕方"は今までの『それ』とは明らかに異なるものだった。
運動で起きた鼓動と、大好きな人から"好き"と言われた時の胸の高鳴りくらい、区別がつくつもりでいる。
「う、ウソですっ!」
私はボールを敵コートに打ち返しながら、しかし口では否定の言葉を叫んでいた。
「だって、真澄先輩が好きなのは・・・っ!」
視界が少しだけ滲んで、見えなくなる。
それでも首を振って、無理矢理目から飛沫を飛ばすと、咄嗟に動いてボールに食らいつく。
―――敵ぺアは多少の動揺を見せたものの、このくらいで攻撃を弱めてくれるような相手ではない
「みすみん、あのね!」
先輩は目の前に来たボールを、思い切りはじき返しながら、まだ叫ぶ。
「この気持ち、カノに対する"好き"より大きいんだよ!」
「・・・ッ!」
私の、1番言って欲しかった言葉を―――
「カノはカノで好き! でもね、私はみすみんのことがもーーーっと、好きなんだよ!!」
信じられない。
今、夢で見ているのかという気分。
地に足が付かないとはこの事なのだろう。頭がぐしゃぐしゃになりかける。
しかし。
私に見えてきたのは、違う景色だった。
「・・・なんで、」
目の前が開けていく。
飛んできたボールに思い切り食らいついて、角度のついた方向へ打ち返す。
「なんで、今までそう言ってくれなかったんですか!!」
打球は敵ペアの間を抜けていき―――
「3-2。平野・三隅ペア」
気づけば私たちは、タイブレークのポイントをひっくり返していた。
しかし、そんな事はどうでもいい。
私はずいずいと真澄先輩の方へ歩み寄ると、がっと胸元を掴んで。
「なんでッ!」
「だ、だって。それに気付いたの・・・さっき、だったんだもん」
「本気・・・ですか」
真澄先輩はまた私の方をじっと見て。
瞳の奥の奥を覗かれているような気分になる、そんな視線を向けたまま。
「うん」
小さく、こくんと頷いた。
―――返答次第では、この場で先輩を突き飛ばしても良いと思っていた
(散々、私の気持ち弄んで・・・っ)
私はこの1年間ずっと悩んで、先輩のことも、嘉音先輩のことも、ずっと。
それをこんな形で公開告白で終わらせようなんて、やっぱり許せない。
好きだけど、好きだから。
真澄先輩が本気じゃなかったら、突っぱねてやるつもりだった。
それでも―――
顔が、真っ赤に赤くなる。
(嬉しい・・・っっ!)
両頬を抑えて、顔の紅潮を抑えようとするが、足らない。
これくらいじゃ今の嬉しさはどうにもしようがなかった。
想いが通じなくても、そう諦めていたこの気持ちに・・・最高の結果が付いてきた。
(この試合、)
負けられない。
先輩との"最初の"ゲーム。絶対に、落とせない。
「先輩、私っ」
「みすみん」
気づくと真澄先輩が、両手を胸の辺りでパーに広げ、こちらに向けていた。
「あと4ポイント、がんばろうね!」
笑う真澄先輩はやっぱりかわいくて。
「はいっ」
ぱん、と。両手ハイタッチを交わす。
同じタイミングで合わせられたことが、何より嬉しかった。
気持ちが通じ合えているんだと感じられた。
この想いが、この幸せが、この嬉しさが、消えてしまわないうちに―――
「この試合の、決着をつけましょう」
「うん!」
残すはたった4ポイント。
ここを取れば、私たちの関東大会はまだまだ続けられる。
名門白桜に挑む、この1回戦も、きっと。
◆
ぱちぱちぱち。
会場は温かい拍手に包まれていた。
「おめでとー」
「お幸せにねー」
それは試合の勝利を祝福するものと同時に。
「えへへー。困るなぁ」
「恥ずかしいです・・・」
マトと、ミスミの新しい関係性を祝う、そんなもののように思えた。
まさに結婚式のそれだ。
「7-6で、大鷲台中学の勝利。礼」
「「ありがとうございました」」
ただ、このお祝いムード空間の中で、敵ペアの2人だけが、当然だが浮かない表情をしていたのだが。
(体力も気力も十分に残っていたはずの白桜ペアが、あれを機にプレーにキレがなくなっていった)
会場に呑まれたとでも言うべきだろうか。
恐らく普段通りのプレーが出来なくなっていたのだろう。
タイブレーク前から比べても、明らかに本来の力を発揮できていない風な印象を受けた。
それほどまでに、試合の雰囲気を変えた―――マトの、『告白』。
「良いものを見せてもらったわ」
準備運動を早めに切り上げて、戻ってきた甲斐があったというもの。
だって、幼馴染がこんな大勢の前で告白大会やってるのよ。しかも、上手くいって。
私としては、祝う、おめでとう以外の選択肢が無かった。
「良いの? カノ?」
マリが、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「良いも悪いもないじゃない。あの2人が自分たちで決めたことなんだから」
「でも・・・」
「まあ、告白のダシにされたのはちょっと怒ってるけど?」
「カノはマトのこと、」
「そうね。ふふ、幼馴染以上には想ってなかったってことなんでしょうね。今の晴れ晴れした気持ちを考えると」
胸に手を当てて、改めてマトのことを考えてみる。
確かに仲は良かったし、時折見せる、マトの女の子らしい一面が好きだった。
だけど、結局それ以上でも以下でも無かったのだと思う。
―――今の私には、
(ううん。今はやめておこう)
そう。
これから始まるのだ。
私の試合が―――
「あのバカは居ない?」
「うん。準備運動の真っ最中なんじゃないかな」
"あのバカ"で通じる、これがマリとの関係だ。
それが今は、ありがたかった。
「ごめんね、見送りするのが私しか居なくて。みんな、疲れ切って動けないから」
「ううん。逆に、よくマリは来てくれたわね」
「カノ、イブが居ないときっと寂しいままコートに入っていくだろうなと思って」
「マリらしいね」
いつも、みんなのことに気を配って、全体を見通してくれる。
伊吹が先頭を切って走っていくタイプ、私がその後ろを一緒に走っていくタイプだとしたら、きっとマリは遅れる子が居ないよう、1番後ろで背中を押して一緒に走っていけるように支えるタイプだ。
そしてマトやミスミにもきっと役割があって―――みんな揃って、大鷲台テニス部なんだろうな。
「がんばって!」
最後の言葉は、その一言だけだったけれど。
「ええ」
今は、それで十分だった。
フェンスをくぐり、コート内へと入る。
(待つ敵は―――)
コートの中央を見る。
"世代最強"・氷姫の異名を持つ、新倉燐。
彼女はただそこに、立っていた。
力感は無く、何かを気負っているような気配も無い。白桜はここで負けても、まだエースの久我さんが控えているだから強いプレッシャーを受けることなく、コートに立っていられるのだろう。
だけれど。
(私たちに、後は無い)
ここで私が負ければ、もうすべてが終わりだ。
想像以上のプレッシャー。
この重圧の中で告白大会をやってのけたマトとミスミは、逆にちょっとすごいなとすら思えてくる。
(逆、でもないか)
普通にすごいな、だ。
「よろしく、新倉さん」
試合前の握手。
私はすっと手を差し伸べるが。
「・・・」
彼女は数秒、じっと何かを考えるように手元を見たままで。
「新倉さん?」
その言葉でようやく、何かに気づいたように肩をびくっと震わせると。
「すみません。よろしくお願いします」
なんだろう。
緊張は見て取れない。だけれど、今の間はちょっと不思議なものだった。
(どういう意図の沈黙だったのかしら)
それが分からぬまま、私はサーブ位置へと駆けていく。
現在大鷲台のビハインド。
なのでこのシングルス2は私がサーブ権を得ることになっている。
「・・・よし」
頭の切り替えは出来た。
ここからは試合モードだ。
(敵の新倉さんはレシーブが自慢の選手)
甘いサーブなら、リターンエースもある。
十分警戒して、厳しいところにサーブを打ち込まなければならない。
(大丈夫、サーブコントロールには―――)
ちょっと自信があるもの!
「!?」
瞬間、驚いた。
―――私のサーブを、新倉さんが全く反応できず見送ったのだ
確実にサービスコートに入ったサーブを、だ。
想定していたコースと違って、思わず何も出来なかったのだろうか。
(何か―――)
その時。
(何か、おかしい)
私の疑問に、少しだけ確信めいたものが生まれてきた。




