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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
261/385

VS 大鷲台 ダブルス1 山雲・河内 対 平野・三隅 3 "通じた"

「ゲーム、」


 ―――なんとか、


「平野・三隅ペア。6-6」


 ―――なんとか、踏ん張った


「タイ、ブレーク・・・」


 口から出てくる言葉は弱弱しくて、もう体力なんて身体のどこにも残っていないように思える。

 顔を伝う汗は際限なく、立っていられるのがやっとの状態だった。

 直射日光、蒸し暑さ、コートからの容赦ない照り返し―――たとえ敵も同じ条件で試合をやっているのだと頭の中で何度も反復したとしても、この状況を我慢できる言い訳には弱かった。


「真澄せんぱ―――」


 先輩を迎えに行こうと、彼女の方へ目を向けた。

 が。


「!?」


 真澄先輩はその場にうずくまって、下を向いていたのだ。


「先輩ッ!?」


 すぐに駆け寄って、私も座って先輩の顔を覗き込む。


「どうしたんですか!? まさか熱中症・・・!」


 背中をさすってあげながら、頭の中には最悪の想定が流れ込んできていた。

 この天候だ―――熱中症にかかってしまっていても、不思議ではない。


「大丈夫・・・」


 しかし、真澄先輩は私の方へ手のひらを向けて"大丈夫"をアピールすると、ゆっくりと膝を伸ばし立ち上がって。


「ちょっと、疲れちゃっただけだから」


 言って、無理矢理な張り付いたような笑顔を向けてくれた。

 強がりって、顔に書いてあるようなそんな笑い顔を。


「ぜんぜん大丈夫じゃないですっ」


 先輩の肩を担いで、半身を支えながら、ゆっくりとベンチへと歩いていく。


「え、大丈夫なの大鷲台?」

「熱中症?」

「棄権ってこと?」

「それって―――」


 観衆のそんな声を聞いて、また最悪の想定をしてしまう。


 もう、ダブルス2とシングルス3の試合は終わっている。

 両試合とも、落としているのだ。

 もしここで私たちが負ければ―――終わりだ。全部がもう、ここで終わってしまう。


 ようやくベンチへ辿り着いて、先輩にタオルをかぶせ、すぐに飲み物を持ってくると。


「カノと、イブに、まわさなきゃ・・・」


 真澄先輩はうわ言のように掠れた声で、囁いていた。


「先輩、お水です」

「ありがとうみすみん・・・」


 水を受け取ると、ぐったりとした様子でそれを口に運び、ごくごくと飲み始める。

 その様子を私は、じっと見守ることしか出来なかった。


(先輩はもう、体力的に限界・・・!)


 このままじゃタイブレークをしたとしても、試合にならない可能性が高い。

 それにここまで衰弱した様子じゃ、今度こそ本当に熱中症になってしまう可能性だってある。


 じゃあ、もう・・・これ以上試合をやる意味って―――


「みすみん」


 ―――そこで、先輩が


「私ね、みすみんとのダブルス・・・、絶対にこんなところで終わらせたくないよ」


 ―――こんな事さえ言わなければ


「みすみんは優しいから・・・、きっと、今も私のことを一番に考えてくれてるんだと思う。でもね、みすみん。私、そんなに頼りないかな」


 ―――私は迷わず、ここで試合を止められたのに


「みすみんに"そんなこと"考えさせちゃうくらい、頼りない?」


 ふるふる。

 黙って、顔を横に振る。


「ありがとう」


 先輩は弱弱しい語気でお礼を言った後。


「みすみんは、どうしてそんなに優しいの?」


 その質問を、投げかけた。

 あの時と同じ質問だ。


 私はあの時―――怖くて、先輩の顔を直視することが出来なかった。

 そっぽを向いて、最後の最後で真澄先輩から逃げてしまったのだ。

 それはきっと、自分の中にあった罪悪感がさせたものだ。私が先輩とカノ先輩なんか、上手くいかなくなっちゃえばいいのに―――そんな事を思ったせいで、真澄先輩がこんなに傷ついていると思ったら、申し訳なさで先輩の顔を見ることなんて、出来なかった。


 だけど・・・。

 今は、違う。


 私の中には、罪悪感と向き合いながら、それを否定せずに過ごしてきた、先輩との1年間がある。

 一緒にダブルスをして、同じ打球を2人で追いかけて、毎日倒れるまで練習して・・・。

 そんな充実した時間が、私の中にはある。


 だから、私はもう。


「先輩のことが・・・好き、だからです」


 逃げない。


「こんな理由じゃ、ダメですか?」


 あの時は見られなかった先輩の表情を、目を、その全てをじっと見つめた。

 言った。言ったんだ。

 私は自分の気持ちをちゃんと、先輩に伝えた。


 だから―――


「そっか・・・」


 それ以上、先輩が何も言ってくれなくても。

 別に良いんだ。分かりきっていたことだから。


 先輩の気持ちは今も、嘉音先輩の方へ向いているんだって。





「瑞稀、体力は大丈夫?」

「暑いですけど、まだまだやれます。咲来先輩こそ」

「私も全然。ここからが勝負だよ」


 微笑む先輩の表情を見て、癒される。

 正直、これがどんな冷たい水より一服の清涼剤だったりする。

 咲来先輩の笑顔を見続けていれば、無限に動ける気がするのだ。そう、この人と同じコートに立っていられるのなら、あたしはなんだって―――


(それにしても)


 敵ペアの粘りが想像以上だ。

 こっちは体力に余力を残しているし、試合中盤からもっと強く攻めてもよかったかもしれない。


 だけど、もう残るはタイブレークのみ。

 ここでは惜しみなく体力を使って、全力のテニスができる。

 早めに終わらせて、なるべく確実な形で勝ちたい。なぜなら・・・。


(もうあたし達以外の試合は終わってる)


 ダブルス2も、シングルス3も取っているんだ。

 ここであたし達が勝てば、この試合をさっさと終わらせることが出来る。


(新倉―――)


 別に、アンタの為だとは言わない。

 これはチームの為だ。

 今のアンタに、試合を任せるのは怖い。怪我から病み上がりの久我部長にも。


 だからここで試合を終わらせて、後顧の憂いは絶っておきたいんだ。

 そのためにも。


「いきましょう先輩! ここで勝てば白桜(ウチ)の勝ちです!」

「さすが瑞稀。頼もしいね」


 2人揃って、ベンチから出ていく。


 このタイブレークは、敵のサービスからスタートする。

 所定の位置に立つ敵ペアを見ていると、よく分かった。


(体力はもう限界の限界。かなりすり減らして戦ってる)


 もう立っているのもやっとな状況のようだった。

 そりゃあこの気温、暑さだもんね。無理もないよ。

 むしろ、ここまでよく試合を縺れ込ませたと思う。あたし達にも油断はなかったけれど、それでもタイブレークまで来てしまったのは、敵ペアの容赦ない粘りと失敗を恐れない攻撃があったからだ。


「1-0。山雲・河内ペア」


 咲来先輩のリターンエースが決まる。

 敵の後衛―――3年生の方の彼女は、まったく先輩のレシーブに追いつける気配が無かった。


(やっぱり、もう体力が残ってない)


 サーブ権の交代で、今度はあたし達のサービスゲーム。

 咲来先輩が短めのトスを上げて、コントロールを重視したサーブを、敵コートに落とした。


 その時だ。


「みすみん!!」


 レシーバーの敵3年生が、大きな声を出した。

 最初は、今まで黙ってプレーをしていることが多かった敵ペアが、ここに来て声を出す方針に作戦を切り替えてきたのか―――つまりは敵の戦術の一環だと思ったが。


 しかし。


「私も、みすみんのことが好き!」


 その言葉に、思わず面を食らってしまった。


「はぁ!?」


 関係ないあたしが声を出して、返ってきたボールを敵コートへ打ち込む。


「ま、真澄先輩・・・!?」


 プレー中のまさかの告白に、コクられた方もどうしたら良いのか分からないと言った様子で。


「何度でも言うよ!」


 しかしあの3年生は。


「分かってくれるまで何度でも言うッ!」


 そんな周りの状況など意に介さない様子で―――


「私は、みすみんの事が好き! 大好き!!」


 一方的な告白を、続けるのだ。


「優しくて、いつも私のこと考えてくれてて、恥ずかしがり屋さんな・・・、そんなみすみんが! 好きなんだよ!」


 不思議だ。

 彼女―――告白を始めた3年生の動きに、そのショットに、活き活きとしたパワーが―――戻り始めていた。

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