番外編 ある月夜の新倉燐
寮の最上階の一角に、消灯時間まで使えるレクリエーションルームがあります。
「ふむ・・・」
私はいつものように詰将棋本を左手に、右手に駒を持って食後の時間を謳歌していた。
ぱちん。駒を差す音が気持ちいい。
「咲来先輩、月が綺麗ですね」
「・・・夏目漱石?」
「わ、わかったんですか!?」
「瑞稀、たまに漫画で得た知識使うから」
「きゃー! 先輩にはあたしの気持ち全部伝わっちゃうんだー」
(・・・うるさい)
ああいうのをバカップルと言うのだろうか。
咲来先輩には失礼だけれど、どうして部屋に帰らないんだろう。
同室なんだからそこでやれれば事足りるはず。
「おんやあ、新倉先輩。詰将棋たぁ風情があるッスねー」
「・・・貴女は」
ふと隣を見上げると、ふわふわボブカットで糸目の女の子が立っていた。
確か、1年生の子。
よく藍原さんや水鳥さんと一緒に居るところを見る子だ。
「万理さん、だったかしら」
「くぅ~~。先輩に名前で呼んでいただけるとは感涙の極みッス!」
・・・苗字が"万理"だったと思っていたとは言えない雰囲気。
「ウチ、一局お共できるッスよ」
「・・・分かるの?」
「テーブルゲームには少し自信があるんスよお。もしかしたらテニスより得意かもしれんス」
それはそれでどうなのだろう、と思ったけれど。
折角の申し出だし、相手してもらうことにしよう。
1年生と親睦を深めることは悪いことじゃないだろうし。
万理さんが対面に座り、駒を並べ終えると、彼女は勝手に先手を取って指し始めた。
「先輩の目から見て、今年の1年はどうッスか」
「どうって?」
「質問を変えるッス。文香姐さんは夏、レギュラー狙えそうッスか?」
・・・この子、遠慮というものを知らないんだろうか。
「どうかしら。レギュラーを決めるのは私では無いのだし」
「ウチ思うんスよ。先輩と姐さんってキャラ被ってないッスか?」
「・・・」
思わず黙り込む。
この子・・・強い。
(最初棒銀なんて手を使ってくるからどうかと思ったけれど・・・)
完全に押されている。
しかもバンバン指してくるし。
「先輩って公式戦で1回も負けた事ないってホントッスかぁ?」
「本当よ。でも、そんなのチームが勝てなきゃ何の意味も無いでしょう」
「いやー、さすが新倉先輩ッス。まさに理想のお姉さまッスね。姉御が憧れるのも無理ないッス」
そして彼女は。
「王手」
私の王将の前に成金を置くと。
「詰みッスね」
静かにそう言い放った。
「・・・負けたわ、貴女すごいわね。どこかでやっていたの?」
「ちょっ! ウチ、テニス部員ッス!!」
彼女は怒ったフリを見せる。あくまでフリ。
その糸目の奥では何を考えているかよくわからない。
いわゆるポーカーフェイスというものだ。それもなかなか身に付かない、食わせモノのポーカーフェイス。
「また機会があればお相手しますッス」
「ええ。明日にでも再戦をお願いしたいわ」
「やる気満々ッスね」
万理さんは困ったように頬をかく。
「じゃあ、明日はちゃんとウチの与太話に付き合って欲しいッス」
「・・・1つ。教えてあげるわ」
私は窓の外・・・半分に欠けた月をぼんやりと見つめて。
「瑞稀さんが貴女のこと、疎ましそうに睨んでた」
いつの間にか姿を消したあの2人の事を思い出しながら、私は笑う。
「え、えええ!?」
「明日、謝っておくことをお薦めするわ」
少し焦った、今の表情は素だろうか。
そんな事を考えながら。




