VS 大鷲台 ダブルス1 山雲・河内 対 平野・三隅 1 "徹底的に"
「1本! まず1本ー!」
右手の人差し指を立て、大きな声で合図する。
(このみ先輩からのサインは・・・)
改良型サインを先輩が身体の後ろでにまわした両手で指し示す。
("自由にどんどん打って行け")
このサインが出るってことは、ある程度きょうのわたしの出来に信頼を置いてくれている証拠。
(だったら―――)
短いトスを上げ、左腕のラケットで巻きつけるように素早く打つ。
―――自分の本能の思うがまま、良いと思ったサーブを打ち込んでいく!
クイックサーブが上手く決まって、タイミングをずらされた敵レシーバーは打つことを途中で諦めていた。
(いきますよ)
そしてまた、自分のタイミングでサーブを繰り出す―――今度は、もう一度フラットサーブ!
力押しで行けると判断したからだ。
今度はレシーブされたものの、弱い打球がネットに突き刺さる。
「おお、藍原ちゃん凄いね!」
「無双状態だ」
お客さんからの歓声やきゃーきゃーという黄色い声に、気分が良くなってくる。
(そうだよ。もっと褒めて・・・もっとわたしの事、見て)
わたし、カッコいい? 惚れちゃう? すごい?
もっとみんなに注目されたい。だから―――
(もっともっと、強くなる!!)
左腕から放たれたブレ球サーブが、敵サービスコートに刺さったと思えば、次の瞬間には敵レシーバーがそれを見送り。
「ゲーム。菊池・藍原ペア。1-0」
あっという間に、1ゲーム。
わたし達ペアが先取していた。
「お前がサーバーだと、やること無くて暇ですね」
「えっへん。このみ先輩と磨いたサーブですから!」
「自信、あるんですね」
「そりゃあ勿論!」
先輩の言葉もあり、良い気分のままエンドチェンジを迎えベンチへと下がっていく。
今日はサーブコントロールに不安定さやムラが無い。サーブの状態はかなり良い。都大会決勝戦みたいなことがあるから、油断は禁物だけれど。
「藍原さん、菊池先輩! ナイスですわ。はいペットボトルとタオル」
「ありがとうございます、仁科先輩」
ベンチで迎えてくれた仁科先輩からそれを受け取り、一気にぎゅーっと冷たい水を身体の中に流し込んでいく。
「まったく、貴女のサーブは頼もしい限りですわ」
「あれを打ってくれれば、前に居る私は楽ちんですよ」
「えへへー」
先輩たちに褒められて、思わず後頭部がむず痒くなってしまう。
「大鷲台はシングルスが売りのチーム・・・。このまま何事も無くダブルス2をとれれば試合展開も楽になってくるはずですわ」
「わかってます」
「次のゲーム、攻め急がないように体力を温存しながらいきましょう。今日は暑いですから」
本日の千葉県内コート場は茹だるような暑さ。
容赦なく日光が照りつけ、気力と体力を奪っていく。まだ午前中でこれなのだから、これから時間が経過していくにつれもっと暑くなってくるのは間違いないだろう。
「・・・よし、いきましょうか」
「はい」
このみ先輩の一言で立ち上がり、ベンチから駆けていく。
「ふふ」
「どうしたんですか?」
振り返り、わたしの顔を見た先輩がくすりと笑う。
「いや、頼もしくなったもんだなと思いましてね」
「なんですか急に」
「初めてお前とダブルス組んで試合した時はこんな奴とこれからやるのかっていう不安しかなかったですよ」
そして先輩はいじらしくにやりと歯を見せて。
「今は藍原以外とダブルスするなんて、ちょっと考えらんないです」
囁く先輩の表情はとても楽しそうで。
たしかに、最初のガチガチに緊張してた頃と比べたら、わたし達も随分と試合慣れしたなと、改めてそう確信したのだった。
◆
続いていたラリーに、隙が生まれる。
敵後衛が上げたボールが、僅かに浮いたのだ。
(ここは、あたしが!)
先輩は言わなくても分かっている。
だったらここで一気に攻勢に出て、このゲームを一気に取りに行く!
両手で握ったラケットを思い切り振り抜き、その浮いたボールを叩きつける―――しかし。
「!」
その振り抜いた強い打球を、敵前衛がこれも両手で握ったラケットのバックハンドで、返して来たのだ。ぽーんと高く上がり、あたしの後ろへと飛んでいく打球。
(先輩っ・・・!)
咲来先輩がそれを追いかけていく。
ラケットを振りかぶりながら、どこで落ちてきても良いように準備万端で。
そしてその落ちてきた球を、強く叩いて長いストロークで遠くへと飛ばす。今度こそ―――
そう思ったが、先輩がボールを返したその先に、既に敵後衛が回り込んでいたのだ。
(陣形を・・・読まれた!?)
まるであたし達がこういう作戦に出ると、最初から分かっているかのように狙いすまされた位置取り。
待ち構えていた場所から強打されたその打球は、正面前衛のあたしの横を抜けて行って、コートの隅の方で跳ねる。
「デュース」
あと1ポイントでこのゲームブレイクだったのに・・・。
「向こうのペア、やるね」
「相当あたし達のこと研究してきてますよ」
咲来先輩とすれ違う際、一言二言そんな言葉を交わす。
(あたしの強打でチャンスボールを作って、咲来先輩が敵2人の間を抜く作戦・・・完璧に読まれてた)
『黒永に勝った白桜は徹底的に研究されてくる』
『その上でも勝てるテニスを』
監督が言っていた言葉が、今になって重くのしかかってくる。
(ウィークポイントを付かれる、技や動きを研究される・・・それが、これほど厄介なことだったなんて)
今までも確かにこういう事はあったし、そういう敵を相手に勝ってきたけれど、そのレベルが一段階上にいっていると考えた方がよさそうだ。
ここまでキツいのは想定していなかった。何より、敵ペア―――
「ナイス、みすみん」
「先輩の作戦が素晴らしいからですよーっ」
「みすみんは優しいね」
2年生の方の頭を撫でる3年生。
あの、3年生だ。
どうやら彼女がこちらの作戦やフォーメーションなんかを見抜いている。
確か名前は―――
(平野真登)
大鷲台中学の中心選手の1人。
ダブルスがあまり強力ではない大鷲台においてのダブルスの要。
シングルス2、1に出番を回すための鍵となってくる役割を果たしている選手―――
「瑞稀・・・瑞稀?」
「は、はいっ?」
「大丈夫? お水、飲んでもいいかどうか審判に聞こうか?」
「大丈夫です。ちょっとぼーっとしちゃっただけですから」
「・・・」
咲来先輩のこちらを見る目が懐疑的なのも、分かっていた。
ここ数日、あたしの様子がおかしいのをこの人に隠し通せるわけがないし、隠す気もないから。
だけど、その『どうして』様子がおかしいのか・・・その部分だけは、誰にも言えないでいたのだ。
(新倉・・・)
もし、あんたに今日試合が回ってきたら、戦えるの?
普段通り、いつも通りのテニスが出来るって、100%そう断言できる?
(ダメだダメだ。今、試合中だぞ河内瑞稀)
他人の心配なんてしてる場合じゃない。
まずは今、目の前の出来事に集中しなきゃ―――
「っ!」
手元のコントロールが狂った。
「ゲーム。平野・三隅ペア。2-2」
放った打球がネットを超えず、引っかかってしまったのだ。
(まずい・・・)
嫌な予感がする。
灼熱の日光や茹だる暑さ、高すぎる湿気から来る、髪や額や頬、それらから流れ出る大量の汗が、その嫌な予感を体現しているようで・・・気持ち悪かった。




