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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
254/385

開戦

「エノよぉ! 頼んだぜっ」


 肩に手を回すようにしてがっちりと組み、はっはっはと笑う部長。

 そして彼女は顔を寄せると、私の顔をじっと見つめて。


「シングルス3は橋渡しのポジションだ。嘉音が試合できるよう、順番をまわしてくれや」

「は、はい可能な限り頑張ります」

「テンションひきぃーよ! もっとポジティブにいかねーと潰されんぞ!!」


 バンバンと背中を叩かれて、私はコート内に送り込まれた。


 ―――関東大会1回戦

 ―――対戦相手は東京都優勝チーム、名門白桜女子中等部


(ランクだけなら柏大海浜より上のチームじゃんあれより強いとかどんだけの化け物が出てくるんだ)


 千葉県大会決勝戦、私はシングルス3を任されながら、タイブレークの末敗れた。

 結果、ダブルスの2敗も含めて私たち大鷲台は決勝戦でストレート負けを喫してしまったのだ。


(もうあんな思いは・・・したくない)


 強く思う。

 そして、絶対に柏大にやり返してやろうという思いもある。

 だから私たちはこんなところじゃ負けられない、絶対に。


 試合前、敵プレイヤーと試合の挨拶をして、握手。


(小さい・・・)


 1年生ということもあるだろうけれど、相手は妙に小さく見えた。

 線も細く、その銀髪もあってか華奢で儚いイメージのある女の子だ。表情の起伏も少なく、握手の時も視線をこちらに合わせていなかった。


(ド緊張してるじゃん)


 事前のデータでは、東京都内でも屈指の天才プレイヤーだと聞いていたけれど、所詮は1年生だということか。それも仕方ない。1年生にしてレギュラーに抜擢されただけでも大変だと言うのに、この関東大会という大舞台だ。緊張するなという方が無理だろう。


 ―――更に幸運なことに、じゃんけんでサーブ権を獲得する


(悪いね、1年生)


 ポーンポーン。

 ボールを数回バウンドさせて、まっすぐに前を見つめる。


(この試合、勝たせてもらうよ!!)


 トスを上げ―――サーブを、厳しいコースへ。


 ―――打った、瞬間

 ―――敵1年生が、レシーブの構えをした瞬間


 自陣コートの隅でボールが跳ね、


「0-15」


 あっという間に、1点を奪われていた。


「リターンエース!!」

「あれが噂の水鳥文香かあ!」


 そして湧く、大勢のギャラリーと白桜側の応援団。


(え、えええええぇぇぇえぇ!?)


 なに今のレシーブ見えなかったっていうか速すぎっていうか緊張してたんじゃなかったのあの1年生!?


(どういうことどういうことどういうこと・・・)


 い、今のは何かの間違いかもしれない。

 もう一度、今度は冷静にサーブを決め―――


 さっきと全く同じ、コートの隅に力強い打球が返ってきた。


「0-30」

(~~~~~!!)


 これ偶然でも間違いでもなんでもない!

 あの1年生の実力だコレ!!


(うそだろウソだろこんな事有り得ない、私は千葉県大会決勝まで無敗だった大鷲台の次期エースこんなことはありえない何か反撃の方法は)


 鋭いサーブを打つから狙い撃たれて厳しいゾーンに返されるんだ。

 ここは一旦、角度の無いところから打って、ボールを真ん中に集める戦法にシフト・・・。


「ッ!?」


 そのレシーブは速いだけじゃない。

 威力も重さも、普通のレシーブの比では無かった。


 ボールが真後ろに飛んでいくのを、ただ見送る。


「ゲーム、水鳥文香。1-0」


 コールがされると、彼女はその銀色の髪を根元の方からすっと掻き上げた。

 銀の髪が、容赦なく照らす日光に反射してキラキラ光り―――まるで何かの粒子を帯びているかのようだったのは、私の見間違いではないのだろう。


「おお、久々に出たね水鳥さんのあれ」

「調子の良い証拠だよ!」


(調子が良い!?)


 冗談でしょ何かの間違いでしょまだまだ1ゲーム目調子が良いかどうかなんてわからないじゃないか次のゲームを私が取ればそれは調子が悪い証拠にも成り得るわけで・・・。


「ま、まままだ焦る時間じゃななにゃいしぃ・・・」

「榎田さん? どうしたの?」


 ベンチで迎えてくれた先輩に渡されたタオルを受け取る手が震えてるような気がするのも気のせいだし。





 後輩からその話を聞いたのは、ゲームカウント1-2のビハインドで行われたエンドチェンジの際だった。


「ダブルス2もシングルス3も、かなり劣勢みたいです」


 それはある程度覚悟していたけれど、現実のものになってくるとさすがに焦る。


「そっか・・・」


 なんて、肩を落としている場合じゃない。


(死守しなきゃ)


 カノとイブに回すために、絶対にこのダブルス1だけは死守しなきゃ。

 たとえ敵が、全国でも指折りのダブルスペアだったとしても、ここだけは明け渡すわけにいかなかった。


「みすみん」

「はい」


 隣で不安そうな顔をしている後輩に、声をかける。


「次のゲームから、戦術を変えてみようか」


 まわりから見えないように、聞こえないように。

 口元を手元で隠して、声のトーンを2つくらい落とす。


「あの2年生は私がどうにかする。みすみんは、3年生の方を重点的に攻撃してほしいの」

「わ、私が3年生を、ですか・・・!?」


 みすみんは驚きを隠せない様子だった。

 何故なら、前日のミーティングでは全く逆の作戦―――私が3年生を、みすみんが2年生をなるべく攻撃対象にするという策が、私たちの基本戦術として説明されていたからだ。そしてこの試合、1ゲームビハインドとはいえ、感触は悪くない。このまま食らいついていけば、良い試合は出来そうな雰囲気がある。

 だけど。


(私たちは良い試合がしたいんじゃない―――勝ちたいんだ)


 脳裏に過ぎるのは、柏大海浜戦。

 関東大会等の高いレベルでの実戦経験が豊富なペアに、私とみすみんのペアは力負けした。途中までは食らいついていけたものの、結局最後は逃げ切られてしまったのだ。

 この試合を、あの時の再現にはしたくない。


「その為には、試合の主導権を私たちが握らなきゃ」


 守ってばかりじゃ、勝つことは出来ない。

 攻めに転じて、ゲームカウントを多く奪う。そういう時間帯が無ければ、この大舞台で勝つことは出来ない。

 幸い、白桜の試合データや敵個々人の能力や得意不得意は頭に叩き込んである。

 あとはこの情報を活かすプレーが出来るかどうか―――


「行こう、みすみん」

「はいっ! 真登(まと)先輩っ!」


 この日の為に、練習は積んできた。


『マトはそれでいいの!?』

『今のマト、私には分かんないよ!』


(カノ・・・)


 目を瞑れば、あの日の光景が私の中にはある。

 あの日から。

 私はこの道を歩いてきた。

 それがチームの為、ゆくゆくはカノとイブの為になると信じて。

 だから―――


(負けられない。私が負けるわけにはいかない・・・!)


 あの2人に絶対、繋ぐ。

 私がダブルス1を任されているその意味を、もう一度思い出せ。


 柏大海浜戦みたいな醜態は、もう絶対に許されないんだから―――





 右手でボールを数回、コートにバウンドさせ。

 目を見開き、高くトスを上げる。


(まだだ、まだ)


 ボールが落ちてくる。

 気持ちが逸った。なるべく上で、それでもしっかりと地に足をつけて。

 全身の力がラケットからボールに伝わるように。


(ここ!!)


 伸ばした左腕、その先のラケットの芯で、ボールを捉える。

 そのままボールを押し出し、ラケットを振りきり。


 射出された打球の先に、目を移す。


「!」


 敵プレイヤーのラケットが、空を切った。


「「「わああああぁぁぁ」」」


 その熱狂の渦のまん真ん中に。


「っしゃああ!」


 わたしは居た―――

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