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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
253/385

集うエース達 後編

「やりましたわー!!」


 試合が終わった瞬間、コート上で拳を握りしめてガッツポーズをとる。


「ゲームアンドマッチ、春前(はるまえ)はるか。6-3!」


 敵は神奈川県大会準優勝、横浜南中のシングルス2。

 決して楽な相手ではなかった。

 それどころか、栃木にこのレベルの相手は居ないと言っていいほどの強敵―――その相手に対して、終始試合をコントロールして主導権を握ったまま勝利することが出来た。


『はるはるー、調子いーじゃん!』

「いえいえー。まだまだですわー」

『よっ、天才1年生!』

「天才だなんて畏れ多いですぅ。ワタクシ、これからも精進して参りますのでー」


 試合後の挨拶が終わった後も、観客の皆さんに頭を下げ、手を振りながらコートから出る。


(これくらいで、凄いだなんて)


 そんなこと、全然思わない。

 勿論、今、戦った選手が弱いとか大したことないとか、そんなことも思わない。


(まだ1年坊が運良く勝ててるだけにすぎませんもの―――)


 ワタクシが求める結果、求める強さはまだまだ先にある。

 そんな自分への戒め、相手への敬意を持っているからこそ、強気ではなく謙虚な姿を心がける。

 これはワタクシが最も尊敬する方からいただいた、大切な教え。


「はるか」


 その人が―――


紫雨(しぐれ)お姉さまっ!」


 コートから出てきたワタクシを、受け止めるように自らの腕の中へ向かい入れてくれた。


「よく頑張ったね、はるか」

「はい! お姉さまに満足していただけるよう、はるか、一所懸命がんばりました!!」

「よしよし、いいこいいこ」


 お姉さまの腕の中で、猫のように顎から喉元にかけてをくすぐられる。

 至高の時間だ―――


(お姉さまお姉さまお姉さまお姉さまっ)


 大好きぃ・・・。


「春前さん、そろそろシングルス1始まるよ」


 そこで、監督さんの言葉を聞いてお姉さまが手を止める。


「今、参ります」


 お姉さまはワタクシを腕の中から解放すると。


「行ってくるね」

「はいっ」

「試合終わったら、続き、しようね」

「はいっ!」


 コートの中へと駆けていくお姉さまを、うっとりしながら見つめる。


「はぁ~、お姉さま、なんて凛々しいお背中・・・。ワタクシそれだけで、天にも昇る気分ですぅ」


 紫雨お姉さまは我が鶴臣(かくしん)テニス部のエースで、部長で。

 そして、ワタクシ、春前はるかの実の姉―――お姉さまなんですの。


「あのお姉さまと同じDNAでこの世に生を受けられるなんて、これ以上の悦びはございませんわ」


 ああ、尊い・・・。


「東京代表の3校と灰ヶ峰の試合が2日目だから、初日は青稜の試合に人が集まってるみたいだけど、こっちに来た甲斐があったね」

「春前姉妹・・・妹ちゃんの方、聞いてたよりずっと良いプレイヤーだったよ」

「はるはるちゃんだっけ? お姉さんの方はどうなんだろ」


 観衆が噂するお姉さまの実力―――


 お姉さまの上げたトスが。


「とくとご覧あれ♪」


 次の瞬間には消えて、敵サービスコートの最奥へと突き刺さっていた。


「速い!!」

「なにあれ! 超高速サーブ!?」


 さあ、どんどんお姉さまに魅了されると良いですわ。


『栃木から、とんでもない選手が出てきたぁー!?』


 その虜になって、もう二度と目を逸らせない程に、深く、強く―――お姉さまのプレーを、その目に刻み付けておくといい。





 ―――関東大会・2日目

 ―――東京都内コート場


「あれ、見て」

「わ、噂ホントだったんだ」


 周囲の視線と声を一身に浴びながら、彼女は先頭を歩く2人のうちのその1人として。


『鏡藤風花―――』


 威風堂々、逃げ隠れすることなく、ただ真っ直ぐに前を見つめ。

 行く手を阻むものを寄せ付けぬオーラを漂わせながら、そこに居た。


鴻巣(こうのす)の・・・鏡藤さんですよね?」

「鴻巣って九州の? あの、鏡藤風花さん?」

「九州の二華(ふたはな)!」


 周りでコソコソと話す部員たちに、ちらっと目を遣ると。


「見苦しいですよ。慎みなさい!」


 彼女たちを一喝し、私は鏡藤風花(かのじょ)の前に立ちふさがる。


「鏡藤風花さんとお見受けします」


 鏡藤さんは歩みを止め、少しだけ驚いたように目を丸くすると、一瞬―――目を瞑り。


「私が鏡藤風花です」


 と、一言。

 そう言い切った。


「風花、お知り合い?」

「いえ。初めて会う人だわ」


 隣の少しだけ背丈の小さな女の子と、談笑する鏡藤さん。

 彼女を見て、思うことが1つだけある。


(お、お嬢様ガチ勢じゃないですかこの人ぉぉぉーーー!)


 私だって地元で名家と呼ばれる家の者だ。

 だけど、それはあくまで普通の家より少しだけお金を持っている程度のことで、幼い頃から礼儀作法を叩き込まれたとか、そんなんじゃない。

 言葉遣いも所作も、柳学館(りゅうがっかん)に入って初めて教えられたものばかり。

 でも、この鏡藤さんは違う。


(歩き方、目の瞑り方、隣の女性と話す時の物腰の柔らかさ・・・全てのレベルが違う!)


 この子の"それ"は『姫』の"それ"だ。

 ここまでのレベルの気品の高さを持ったテニスプレイヤー・・・そんなもの、灰ヶ峰の龍崎さんくらいしか居ないと思っていたけれど、やっぱり世間って広い!


「あ、ぁの・・・私、柳学館の橘と言うものですけれども」

「はあ」


 ダメだ。

 何も話せない。話すことが無い。


「い、良い試合にしましょうねえ~。おほほほ」

「ええ。それはもう」

「もしかして! 柳学館の部長さんですか!?」


 この場から消えてしまおうとした瞬間、がしっと、鏡藤さんの隣に居た女の子に両手を掴まれた。


「あたし、初瀬田中学テニス部部長、七本響希です!」

「え、えぇ・・・」

「わあ、お嬢様学校ってホントにあるんだあ。すごいなー、ねえみんな、本物のお嬢様だよ!?」


 この子・・・何・・・?


「部長、その人困ってるよ。放してあげなって」

「あ、ご、ごめんなさいっ」

「あらあら。響希ちゃんたら」


 パッと手を離され、その様子を見て鏡藤さんがにこやかに笑っている。

 その表情は―――"お嬢様"ではなく、


「それでは。失礼いたしますわ」


 くるりと、踵を返して歩き出す。


(普通の女の子っぽい、とでも言うべきでしょうか・・・)


 私は少し、良いものを見たような気がした。





 黒永のマイクロバスから、選手たちが続々と出てくる。


「うげ、本気モードだな・・・」


 思わずカメラを構えながら、そんな事を漏らしてしまう程度には、今日の彼女たちは殺気立っていた。


 ―――こういう時、誰にコメントを求めればいいかは熟知している


 そう、三ノ宮未希ちゃん!


「ごめんねぇ。今日、ちょっちみんな怖いでしょ? 怖くない? 未希未希もそーなの」

「やはり柏大海浜との大勝負の前だから、ですか?」

「んー。てか、都大会で白桜に負けたから、かにゃあ」


 未希ちゃんがそこまで答えてくれたところで。


「未希! 早く来い!」


 少し遠くを行っていた先頭集団の穂高さんが、そう大きく声をかける。


「あちゃー。みーちゃん相当キてんなあー。じゃあね、未希未希もみーちゃんに怒られたくないの」


 そして未希ちゃんは歩みを早め、てててと穂高さんの後ろ辺りへ駆け足で走っていく。


「アンタ、よく声かけられたわね」

「かわいいJCにならいつ何時(なんどき)でも声はかけられますよ」

「ごめん。感心した私の気持ち返して」


 まあ、それはそれとして―――

 この1戦にかける黒永の気迫はピリピリと伝わってきた。


 何より、この黒永は。


「都大会と大会登録メンバー、変えてきてるんだもんなぁ」





「今日って千葉で試合なんですよね?」


 バスの中、隣で半分寝ていたように目を瞑っているこのみ先輩を小突いて、起こす。


「そうですよ。関東大会の試合会場は試合によってバラバラですから」


 今日の場合、敵である大鷲台のホームとも言うべき、千葉県で試合が行われると言うわけだ。


「今頃、各地では関東のエース達が火花を散らせてるんですよね・・・!」


 綾野さん。

 鏡藤さん。

 龍崎さん。

 一条さん。


 わたしの知る限りでも、これだけのエースが群雄割拠している。


「見てみたい」


 血が湧き、その欲求が心の奥から押し寄せてきた。


「その試合を直接、この目で見てみたいです!」


 彼女たちがどんな試合を、どんなプレーをするのか、すっごく興味がある!


 ―――そして、


 バスの1番前の席を覗くように見る。


(久我部長・・・!)


 ―――この人も、間違いなく、その"エース達"の1人だ

 ―――そしてここに"エース"が居るということは、


大鷲台(むこう)にも、居るんだ)


 ―――チームの勝敗を一身に背負う存在、『エース』が

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