集うエース達 前編
―――関東大会・1日目。
―――山梨県内コート場
「うわー、すごいおっきい!」
「あれ何センチあるの?」
彼女が周りの好奇の目に晒されるのにも、もう慣れてきた。
「山梨の怪童・中田沙恵」
「2年生世代関東最強!」
「いや最強は一条さんか新倉さんでしょ」
「直接対決が見られないのは残念だな~」
観客が好き勝手な事を言うのは別にいい。
何より―――
「先輩」
「ん?」
「あの雲、かき氷に見えませんか?」
―――本人が、気にするタイプじゃない
沙恵が指した入道雲は確かにもくもくと縦に長く伸びてはいたが。
「かき氷・・・?」
頭の中に想像する、三角に盛り付けられ、赤いシロップがかけられた『かき氷』と、その入道雲をオーバーラップさせて比べてみるが。
「うー・・・ん・・・?」
とてもそうは見えなかった。
「って、あの雲黒い!雨雲じゃん!ひと雨降るよコレ!」
「かき氷食べたい」
「今そこじゃないから!」
重要なのはそこじゃない―――雨対策、やっておかないと。
あの黒くなり方だと、相当強烈な雨が降ると思われる。最悪、一時中断もあり得るくらいの豪雨が振りそうな雰囲気がガンガンにあるのに、この子は。
「喉乾いたな~」
―――やっぱり、ちょっとどこか常識から外れている
(天才ってこういうもんだと思って1年過ごして来たけど)
思い返してみれば去年の関東大会で、"白桜の新倉さん"を見たけれど、沙恵みたいでは無かった。
どちらかと言えば常識人過ぎるくらいの常識人で、先輩への礼儀もしっかりとしていたし、雲を食べ物に喩えるようなことなんて絶対にしないという気品のようなものも見て取れた。
だけど、一条さんと比べると―――なるほど確かに、天才とは常軌を逸した存在であると思い知らせてくれる。
「雲とおんなじ。色々な形があるのさ~」
言って、ぐっと親指を立てる沙恵。
「まあ、ね。ウチらの世代だけど、黒永の三ノ宮さんは確かにアンタに近い感じの娘だし」
「そーそー。人間みんな違ってみんないいんです」
ふらふら~、と。
そのままどこかに飛んで行ってしまいそうな足取りで、コート場の奥へと歩いていく沙恵。
(あれでテニスの実力は折り紙付き・・・、ホントよく分かんないわ)
沙恵のプレースタイルはその恵まれた体格とパワーでゴリ押しするタイプだ。
溢れる才能が無ければ出来ない『強者のテニス』。そしてそこに、彼女独特の感性から来るラケット裁きが合わさって、2年生ながら山梨県内で彼女を止められるプレイヤーは居ないと言い切れる。
それほどの強さが無ければ、あの白桜の新倉燐や、青稜の一条汐莉と同格のプレイヤーだと称されるわけがない。
「沙恵ー、分かってる? アンタがウチのエースなんだから、頼むわよー」
「先輩もわかってますー?」
「何を?」
「私、先輩のことすごい好きなんですよ~」
本当に独特な感性を持っている沙恵。
だから、こんな事も簡単に言ってのける。
「先輩を引退させたくないんで、頑張ります~」
「・・・ばか」
「聞こえてますよぉ」
彼女には自覚が無いから、余計に厄介だ。
私の方は言われるたびに、胸がバクバク言って、呼吸が乱れて、頭ン中ぐちゃぐちゃになって・・・こんなにペースをかき乱されるのに。
「かき氷~」
ほんと、ずるい。
◆
―――同日、埼玉県内コート場
敵プレイヤー2人の間を、茜音が放った長いストロークのクロスショットが通過していく。
「ゲームアンドマッチ。ウォンバイ、樋田・鳴尾ペア。6-0」
完勝だった。
大会初戦にしては100点に近いスタートダッシュとなった1戦。
「敵ペアも悪くなかったが、私たちの足元にも及ばなかったな! わっはっは!」
両手を腰に当てて、胸を張り高笑いをする。
この埼玉の大空すべてに響くように、大きな声を出して、これでもかっていうくらい。
「もう。肇ったら笑いすぎ」
「勝利に一花添えてやろうと言うのだ、良いだろう」
「貴女の笑顔は花って感じじゃないわ」
そして茜音はくすっと、頬に手を当てながら。
「こういう風に、お上品に笑わなくっちゃ」
にっこりと微笑んで、ゆっくり吐息を漏らす。
「おお・・・!」
それを見た私の心臓は、鋭い矢のようなもので貫かれた。
「かわいい・・・」
思わず、そう呟かずにはいられなかったのだ。
さすが茜音。私の女。
やはり彼女は最高だ。他の誰にも負けない"品の良さ"を持っている。
「今のもう1回やってくれ!」
「イヤです」
「頼む、もう1回!」
ぱん、と両手を合わせて拝むように顔の前へと持ってくる。
しかし茜音の意志は固いようで、なかなか承諾してくれなかった。
「今日の試合が終わったら、物陰でこそっとね」
コートから出る際、私にしか聞こえないような声の大きさで、茜音がそう言ってくれたから。
「う、うむ」
今回のことは、それで納得しておくことにした。
そうだ。
試合はまだ終わっていない。
ダブルス1は勝利で終わったものの、ダブルス2とシングルス3はまだ試合中の可能性があるのだ。いつまでも呆けているわけにはいかなかった。
「やあや! 先輩たちっ」
その時、後ろから私と茜音、まとめてぎゅーっと抱きしめるように、2人の腰脇腹付近に手をまわしてきた輩が居た。
私がゆっくりと顔を斜め後ろ下に向けると。
「み~な~みい~!」
「ん? なんだい?」
屈託のない笑顔を向ける、後輩の姿がそこにはあった。
先輩2人に抱き着いたことに対して、悪意ゼロだし反省もゼロの顔がこちらを向いてまた笑っている。
「私に抱き着くのは構わんが、茜音にまで抱き着くのは許さん!」
「えぇ~。じゃあ誰なら抱き着いていいの~?」
「私だ!」
「そんなの誰が決めたのさぁ?」
「それも私だ!」
うへぇ、という声を漏らしながら彼女は私たちから手を離す。
「茜音さんもそれでいいの? もっと後輩とべたべたスキンシップとりたいよね?」
「そうねえ・・・、なでなでするくらいなら良いかもね」
「されるのは?」
「それはちょっと」
茜音がきっぱりとお断りを入れると、彼女はぶーっと頬を膨らませた。
「先輩たち、ボクのこと全然構ってくれないじゃないかー! それでも部長・副部長かい!?」
「お前からは茜音を性的な目で見るような"いやらしさ"を感じるからな」
「見てないもん! ただ綺麗なお姉さん達に触りたいだけだもん! 茜音さんがダメなら部長でもいいもん!」
ばたばたとその場で両手を振って、必死の抵抗を見せる彼女の名前は、宮嶋美南。
この通り、天真爛漫で自由奔放な娘だが、その実1年生にして名門青稜のシングルス3を務める、スーパールーキーだ。
水色の髪の毛をおかっぱのように切りそろえたセミロングヘアーが、彼女の活発さを表現しているよう。
「先輩たちは後輩がかわいくないのかいっ?」
腕をぎゅーっと下に押し出し、歯をいーっと見せながら彼女は涙ながらに訴える。
「こんな優秀でかわいくてプリティな後輩をかわいがらないなんて、どうかしてるよぉっ」
「そうやって自分で言っちゃうところが、ねぇ」
「茜音さぁん~」
いつまでも、美南のペースだと話が進まない。
「どうだったんだ? 試合の方は?」
さっさと本題に移ることにした。
「へっへーん」
彼女はそう言って、胸を張ると。
「6-0の完勝! すごいっしょ!!」
ほっぺの横でダブルピースサインをしながら、うきうきと楽しそうに笑って見せた。
「そうなると、残るはダブルス2のみだな」
「あの子たちなら、そっちも心配ないと思うけれど」
「うわーん。ボクのこともっと褒めてよぉ!」
「はい、よしよし。よく出来ました」
茜音が美南の前髪少し上辺りを撫でる。
「えへへ~」
これで機嫌が直るのだから、ちょろい奴だ。
「じゃあ一緒にダブルス2がどういう様子か、見に行くか」
「うんっ」
3人で歩みだそうとした、その瞬間。
「なんだ、もう終わったのか」
私たちを呼び止める、もう1人の声。
「今から本格的な準備運動を始めようと思ってたのに、拍子抜けだね」
つまらなさそうに、斜め下を見ながら後頭部をかく女の子―――一条汐莉が、そこには居た。
「しおりん先輩~~~っ」
瞬間、隣に居たはずの美南が駆け出し、一瞬のうちに汐莉の腰元に抱き着く。
「どこ行ってたんですかぁ、ボク、寂しかったんですよぉぉぉ」
「ミミ、こういう公衆の面前でコレはやめてくれないかな」
「じゃあ2人きりの場所なら良いんですかっ?」
「それなら・・・ね」
言い聞かせると、美南の頬から顎にかけてをすっと、くすぐるように撫で。
「敢えて他人に見せるものでもないだろう?」
と、少し低めのトーンで言って聞かせる汐莉。
「ひゃ、ひゃい・・・」
そして、完全に骨抜きにされる美南。
「何回見てもあっぱれよのぉ。美南をそこまで完全に操れる方法、私たちにも教えてくれ」
「そんなものありませんよ。ワタシはただ、彼女を大切にしてあげたいだけなんです」
「かわいいかわいい後輩ですものね」
「ええ、まぁ」
目をハートマークにさせた美南に腰を上げさせ、ゆっくりと立たせると、腕をからませてくる彼女をそのまま引き連れ、汐莉は私たちと一緒に歩き出す。
(良い先輩後輩同士だ)
チームの絶対的エースと、準エース―――
美南が汐莉に心酔するなんて、彼女が入部した当時からは考えられないような事なのに。
(上手いこと籠絡させたな)
そこも含めて、やはり一条汐莉と言う女の底は知れないのだ。
 




