任せたぞ! / 3人でエース!
―――関東大会1回戦、前日
開会式を何事も無かったかのように切り抜け、白桜テニス部は寮併設の屋内練習場に集結していた。
(開会の挨拶、今回も黒永の部長さんだったなぁ)
都大会の時もしてたし、やっぱ前年度優勝チームの部長って大変なものなのだと再確認。
現在は監督を中心に輪を作り、1回戦のスターティングメンバー発表の瞬間を今か今かと待っているところだ。
「名前を呼ばれた者は返事をするように」
簡単な説明と挨拶を終え、監督は手元の資料を見ながら―――
(!)
わたしと、視線がぶつかった。
「ダブルス2、菊池・藍原ペア」
「はい!!」
「です」
いきなり、自分の名前が呼ばれてビックリしながら(いつものことだけど)、大きく声を出して返事をする。
「ダブルス1、山雲・河内ペア」
「「はい」」
ピッタリ息の合った、寸分と違わない重なった声。
「シングルス3、水鳥」
「はい!」
ここ数日の文香は、傍目から見ていても相当気合が入っていた。
返事にもそれが表れていて、名前を呼ばれた瞬間に全く迷うことなく返事をする。
「シングルス2、新倉」
「・・・はい」
逆に、燐先輩の返事が一拍遅れたことに驚いた。
「シングルス1、久我」
「はい」
結果、決勝戦と全く同じ面子で関東大会の初戦を戦うことになったのだ。
(大鷲台・・・)
千葉県大会準優勝のチーム。
ノーシードから勝ち上がったダークホースで、データもほとんど無い。
数少ない動画や結果から、このプレイヤーはある程度強いとか、そんな事を推察するのがやっとだった。
(県外のチームにはさすがに偵察も行ってないし)
これからもっと遠方のチームと戦うことが増えれば、その僅かなデータすら無くなってくる。
(いつまでも、先輩たちに頼りっぱなしじゃダメだ!)
誰が相手でも、どんな相手でも、確実に勝つ―――
これからレギュラーに求められるのは、そういう姿勢だ。
「大鷲台は基本的にシングルスのチーム。決勝で柏大海浜にストレートで負けたのは連戦の疲れもあっただろうが、ダブルスが未熟だと言う要素も多分にあっただろう」
力が入った。
「つまり、白桜にとっては相性の良いチームということになるな」
ダブルス陣、監督に信頼されている―――
そう思ったら、なんだか誰かに背中を叩かれたようにピンと背筋が伸びた。
「藍原、菊池」
監督の視線が、全体を見渡したものから、わたし達のところへ。
「チームに勢いを呼び込む勝利を期待してるぞ」
「は」
「勿論です!!」
だから、叫ばずにはいられなかった。
「この不肖藍原に、一番槍はお任せあれ!」
立てた親指で自らをぐっと指し、宣言する。
「私が返事をしている途中でしょうがぁ~」
自信満々で言っていると、隣のこのみ先輩にぎゅーっと脇腹をつねられた。
「痛い痛い! か弱い後輩に何するんですかー」
「お前の頑丈さはよく知ってるつもりですがね!」
こういう時、先輩たちは笑ってくれる側と、呆れられる側に結構はっきり別れる。
ちなみに文香には勿論というか、呆れられるし、もっと悪いときには頭を抱えられる場合もある。今日はそこまではいかなかったようだ。
だけど。
「任せたぞ」
監督のその一言で、全て―――すべて、上手くいくような。
そんな幸福感に包まれながら、今日のスタメン発表はお開きとなった。
「藍原有紀!」
「は、はいっ」
解散後、いつものように甲高い声に呼び止められる。
「貴女、私の代わりに試合に出るのですから、敗北は許しませんわよ」
仁科先輩に。
隣でおろおろしている熊原先輩にも。
わたしとこのみ先輩が言える義理じゃないけれど、凸凹コンビ。
「はい! 任せてください、わたしとこのみ先輩は絶対負けませんっ」
「う・・・」
すると仁科先輩はわずかにたじろぐ。
「ごめん。あんまり真っ直ぐに返されたから、杏、驚いちゃったみたい」
「そ、そんなんじゃありませんわ! 少し・・・眩暈がしただけです!」
「え。大丈夫? コーチに診てもらおうか?」
「大・丈・夫! です!」
相変わらずマイペースな熊原先輩に四苦八苦する仁科先輩。
「あはは・・・」
ぜんぜん息合わなさそうなのに、コートの中じゃピッタリと呼吸が合うのはホントに不思議。
咲来先輩と瑞稀先輩は普段からもツーカーの仲だし、わたしとこのみ先輩はぎゃーぎゃー言いながらも合ってる方だと思うけれど、この2人は違う。テニスをやっている間だけ、最高のコンビになるのだ。
「笑ってられるのも今のうちですわよ」
そして、いつものように仁科先輩はビシッとわたしを指差し。
「貴女たちが不甲斐ない試合をやるようなら、次からは私たちが試合に出ますので。その辺りをしっかりと刻み付けて試合に臨むのですわねっ」
「これは杏なりのエールというか、精一杯のがんばっての言葉だから・・・」
「せ・ん・ぱ・い! 余計なことはおっしゃらないでください」
ちっちゃい先輩が、大きな先輩の言葉を遮ると、手を引っ張って半ば引きずるように行ってしまった。
「智景も大変ですね」
そして頬をかきながら、先輩たちを見送る隣のもっとちっちゃな先輩。
「でも、仁科の言ってることも最もですよ。私たち、レギュラーを確約されてるわけじゃないですからね」
「はい」
「今の立場を強固なものにするためには、与えられた戦場で1つ1つ、確実に功を上げていくしかない。明日の試合は私たちが関東レベルの相手に通用するのか、ある程度の試金石にはなるはずです」
先輩は言ってくれている。
兜の緒を締め直せ、と。
「大丈夫です!」
だから、わたしは上を向く。
「わたし達に出来ることをやれば、結果はついてきます! 今までと何も変わりませんよ」
先輩がネガティブな時は、わたしがそうやってこの人を引っ張っていくんだ。
上へ、上へと。
「・・・ふふ。そうですね」
先輩がわたしのその言葉で笑ってくれた。
「今日もこのみ塾やりますよね」
「・・・その名前、未だにちょっと慣れないです」
「生徒も2人に増えたんですから、お願いしますよせんせー」
「はは。くすぐったいですね」
だから今日は、それだけで十分だったんだ。
◆
―――同日、千葉・大鷲台中学
「なあ」
練習の最後、"挨拶"があると言って部長は私たちを呼び集めた。
「あたしらがここに来た時、なんも無かったよな。テニス部も、この練習場も、なんも」
3年前―――彼女がテニス部を作ると言いだした。
大鷲台の女子テニス部はとっくの昔に廃部していて、部員だって誰も居なかった。
「まだ終わりたくねぇよな・・・」
彼女は何かを噛み締めるように、そう漏らす。
「イブの言う通りだよ。私たち、まだまだこんなとこで終わるつもりなんてない」
「白桜を倒して、次へ進む・・・!」
「全国へ進む!!」
すると周りの部員たちも、自らの気持ちを吐露するようになった。
その輪はすぐに広がっていって、みんなを覆い尽くすほど大きくなっていく。
―――これが、伊吹の凄さ
たった一言で、その熱は、気持ちは伝染する。
彼女を中心に拡散するように、大きくなっていく。
(私たちは、そうやって大きくなっていった)
僅か3年間で、何もなかった大鷲台が関東まで来た。
それはやっぱり、部長でありエースである伊吹の力だ。彼女を中心にした力のお陰だ。
「そうだ、あたしらは終わらねぇ・・・! 強豪も名門も、今まで偉そうに見下してきた連中をぶっ飛ばしてここまで来た。今回もいつもと同じだ。白桜を倒して、決勝まで行って、柏大の連中にリベンジして、そのもっと上へ!」
伊吹が指し示すのは、いつも天だった。
―――だから、
「あんたバカじゃないの?」
「あぁ? なんだよ嘉音!」
「上、上、次、次って、あんたの方がよっぽど敵見下してるっつーの」
―――私は、下を見る必要がある
「白桜はそんなバカみたいに突進して勝てるほど甘くない」
みんなの足元を確認して、崩れないようにする必要が。
「お前、ここは乗るトコだろ普通ー!?」
「バカになれって言うなら無理な話ね」
そうすることでバランスを取るとか、こいつの背中を持つとか、そんなんじゃ決してない。
「わぁ始まった」
「イブとカノの痴話げんか!」
「今日もやるんだね」
周りが囃し立てる。
しかし。
「いつも通りだね。イブ、カノ」
マトだけは、まるで見守るようにゆったりとした口調で、私たちの間に割って入る。
「ちっ、マトのマイペースさに調子狂っちまったよ」
「えへへ」
「あんた達、分かってるんでしょうね?」
だって。
「「「あたし達は、3人でエース!!」」」
いつだって、3人でやってきた。
3人揃って、大鷲台の屋台骨だから―――3つのうち、どこが折れるわけにも、いかないんだ。




