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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
251/385

任せたぞ! / 3人でエース!

 ―――関東大会1回戦、前日


 開会式を何事も無かったかのように切り抜け、白桜テニス部は寮併設の屋内練習場に集結していた。


(開会の挨拶、今回も黒永の部長さんだったなぁ)


 都大会の時もしてたし、やっぱ前年度優勝チームの部長って大変なものなのだと再確認。

 現在(いま)は監督を中心に輪を作り、1回戦のスターティングメンバー発表の瞬間を今か今かと待っているところだ。


「名前を呼ばれた者は返事をするように」


 簡単な説明と挨拶を終え、監督は手元の資料を見ながら―――


(!)


 わたしと、視線がぶつかった。


「ダブルス2、菊池・藍原ペア」

「はい!!」

「です」


 いきなり、自分の名前が呼ばれてビックリしながら(いつものことだけど)、大きく声を出して返事をする。


「ダブルス1、山雲・河内ペア」

「「はい」」


 ピッタリ息の合った、寸分と違わない重なった声。


「シングルス3、水鳥」

「はい!」


 ここ数日の文香は、傍目から見ていても相当気合が入っていた。

 返事にもそれが表れていて、名前を呼ばれた瞬間に全く迷うことなく返事をする。


「シングルス2、新倉」

「・・・はい」


 逆に、燐先輩の返事が一拍遅れたことに驚いた。


「シングルス1、久我」

「はい」


 結果、決勝戦と全く同じ面子で関東大会の初戦を戦うことになったのだ。


(大鷲台・・・)


 千葉県大会準優勝のチーム。

 ノーシードから勝ち上がったダークホースで、データもほとんど無い。

 数少ない動画や結果から、このプレイヤーはある程度強いとか、そんな事を推察するのがやっとだった。


(県外のチームにはさすがに偵察も行ってないし)


 これからもっと遠方のチームと戦うことが増えれば、その僅かなデータすら無くなってくる。


(いつまでも、先輩たちに頼りっぱなしじゃダメだ!)


 誰が相手でも、どんな相手でも、確実に勝つ―――

 これからレギュラー(わたしたち)に求められるのは、そういう姿勢だ。


「大鷲台は基本的にシングルスのチーム。決勝で柏大海浜にストレートで負けたのは連戦の疲れもあっただろうが、ダブルスが未熟だと言う要素も多分にあっただろう」


 力が入った。


「つまり、白桜(ウチ)にとっては相性の良いチームということになるな」


 ダブルス陣(わたしたち)、監督に信頼されている―――

 そう思ったら、なんだか誰かに背中を叩かれたようにピンと背筋が伸びた。


「藍原、菊池」


 監督の視線が、全体を見渡したものから、わたし達のところへ。


「チームに勢いを呼び込む勝利を期待してるぞ」

「は」

「勿論です!!」


 だから、叫ばずにはいられなかった。


「この不肖藍原に、一番槍はお任せあれ!」


 立てた親指で自らをぐっと指し、宣言する。


「私が返事をしている途中でしょうがぁ~」


 自信満々で言っていると、隣のこのみ先輩にぎゅーっと脇腹をつねられた。


「痛い痛い! か弱い後輩に何するんですかー」

「お前の頑丈さはよく知ってるつもりですがね!」


 こういう時、先輩たちは笑ってくれる側と、呆れられる側に結構はっきり別れる。

 ちなみに文香には勿論というか、呆れられるし、もっと悪いときには頭を抱えられる場合もある。今日はそこまではいかなかったようだ。


 だけど。


「任せたぞ」


 監督のその一言で、全て―――すべて、上手くいくような。

 そんな幸福感に包まれながら、今日のスタメン発表はお開きとなった。


「藍原有紀!」

「は、はいっ」


 解散後、いつものように甲高い声に呼び止められる。


「貴女、(わたくし)の代わりに試合に出るのですから、敗北は許しませんわよ」


 仁科先輩に。

 隣でおろおろしている熊原先輩にも。


 わたしとこのみ先輩が言える義理じゃないけれど、凸凹コンビ。


「はい! 任せてください、わたしとこのみ先輩は絶対負けませんっ」

「う・・・」


 すると仁科先輩はわずかにたじろぐ。


「ごめん。あんまり真っ直ぐに返されたから、杏、驚いちゃったみたい」

「そ、そんなんじゃありませんわ! 少し・・・眩暈がしただけです!」

「え。大丈夫? コーチに診てもらおうか?」

「大・丈・夫! です!」


 相変わらずマイペースな熊原先輩に四苦八苦する仁科先輩。


「あはは・・・」


 ぜんぜん息合わなさそうなのに、コートの中じゃピッタリと呼吸が合うのはホントに不思議。

 咲来先輩と瑞稀先輩は普段からもツーカーの仲だし、わたしとこのみ先輩はぎゃーぎゃー言いながらも合ってる方だと思うけれど、この2人は違う。テニスをやっている間だけ、最高のコンビになるのだ。


「笑ってられるのも今のうちですわよ」


 そして、いつものように仁科先輩はビシッとわたしを指差し。


「貴女たちが不甲斐ない試合をやるようなら、次からは(わたくし)たちが試合に出ますので。その辺りをしっかりと刻み付けて試合に臨むのですわねっ」

「これは杏なりのエールというか、精一杯のがんばっての言葉だから・・・」

「せ・ん・ぱ・い! 余計なことはおっしゃらないでください」


 ちっちゃい先輩が、大きな先輩の言葉を遮ると、手を引っ張って半ば引きずるように行ってしまった。


「智景も大変ですね」


 そして頬をかきながら、先輩たちを見送る隣のもっとちっちゃな先輩。


「でも、仁科の言ってることも最もですよ。私たち、レギュラーを確約されてるわけじゃないですからね」

「はい」

「今の立場を強固なものにするためには、与えられた戦場で1つ1つ、確実に功を上げていくしかない。明日の試合は私たちが関東レベルの相手に通用するのか、ある程度の試金石にはなるはずです」


 先輩は言ってくれている。

 兜の緒を締め直せ、と。


「大丈夫です!」


 だから、わたしは上を向く。


「わたし達に出来ることをやれば、結果はついてきます! 今までと何も変わりませんよ」


 先輩がネガティブな時は、わたしがそうやってこの人を引っ張っていくんだ。

 上へ、上へと。


「・・・ふふ。そうですね」


 先輩がわたしのその言葉で笑ってくれた。


「今日もこのみ塾やりますよね」

「・・・その名前、未だにちょっと慣れないです」

「生徒も2人に増えたんですから、お願いしますよせんせー」

「はは。くすぐったいですね」


 だから今日は、それだけで十分だったんだ。





 ―――同日、千葉・大鷲台中学


「なあ」


 練習の最後、"挨拶"があると言って部長は私たちを呼び集めた。


「あたしらがここに来た時、なんも無かったよな。テニス部も、この練習場も、なんも」


 3年前―――彼女がテニス部を作ると言いだした。

 大鷲台の女子テニス部はとっくの昔に廃部していて、部員だって誰も居なかった。


「まだ終わりたくねぇよな・・・」


 彼女は何かを噛み締めるように、そう漏らす。


「イブの言う通りだよ。私たち、まだまだこんなとこで終わるつもりなんてない」

「白桜を倒して、次へ進む・・・!」

「全国へ進む!!」


 すると周りの部員たちも、自らの気持ちを吐露するようになった。

 その輪はすぐに広がっていって、みんなを覆い尽くすほど大きくなっていく。


 ―――これが、伊吹の凄さ


 たった一言で、その熱は、気持ちは伝染する。

 彼女を中心に拡散するように、大きくなっていく。


(私たちは、そうやって大きくなっていった)


 僅か3年間で、何もなかった大鷲台が関東(ここ)まで来た。

 それはやっぱり、部長でありエースである伊吹の力だ。彼女を中心にした力のお陰だ。


「そうだ、あたしらは終わらねぇ・・・! 強豪も名門も、今まで偉そうに見下してきた連中をぶっ飛ばしてここまで来た。今回もいつもと同じだ。白桜(あいつら)を倒して、決勝まで行って、柏大の連中にリベンジして、そのもっと上へ!」


 伊吹が指し示すのは、いつも天だった。


 ―――だから、


「あんたバカじゃないの?」

「あぁ? なんだよ嘉音(かのん)!」

「上、上、次、次って、あんたの方がよっぽど敵見下してるっつーの」


 ―――私は、下を見る必要がある


「白桜はそんなバカみたいに突進して勝てるほど甘くない」


 みんなの足元を確認して、崩れないようにする必要が。


「お前、ここは乗るトコだろ普通ー!?」

「バカになれって言うなら無理な話ね」


 そうすることでバランスを取るとか、こいつの背中を持つとか、そんなんじゃ決してない。


「わぁ始まった」

「イブとカノの痴話げんか!」

「今日もやるんだね」


 周りが囃し立てる。

 しかし。


「いつも通りだね。イブ、カノ」


 マトだけは、まるで見守るようにゆったりとした口調で、私たちの間に割って入る。


「ちっ、マトのマイペースさに調子狂っちまったよ」

「えへへ」

「あんた達、分かってるんでしょうね?」


 だって。


「「「あたし(わたし)達は、3人でエース!!」」」


 いつだって、3人でやってきた。

 3人揃って、大鷲台の屋台骨(エース)だから―――3つのうち、どこが折れるわけにも、いかないんだ。

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