いつもと違う?
「はあぁ~~~気持ちいいぃ~~~」
甘い快感が全身を突き抜けた。
頭の中がぽかぽかして、ゆっくり白くなっていく。
「ん、そこぉ・・・いいですっ・・・」
1番感じる場所を強く刺激され、漏れ出る声を抑えることが出来ない。
「藍原、変な声上げんな気持ち悪い」
「長谷川、やっちまえ」
「うッス」
瞬間、膝を強く曲げられ、ぐーっと太ももの表辺りを伸ばされる。
「あ゛ー!! 痛い痛い痛い!」
「姉御がふざけてるからッスよ」
「ふざけてないもん! 本当に気持ち良いんだよ練習後のマッサージって!」
ここはマッサージ室。
主にレギュラーの選手が使用することが多い場所で、わたしも夏の大会が始まるまでは使ったことが無かった。
蓄積された疲れを取る、もしくは疲れを残さない為にも、入念なマッサージは常に真剣勝負の場に出続けるレギュラーには欠かせないものだ。
これを怠ってると怪我に繋がる危険性もあるし、単純に疲れでプレーの質が落ちてくるから絶対にやっておいた方が良いって、コーチに言われたのがここに来始めたキッカケだったっけ。
わたしの場合、このみ先輩や万理や海老名先輩にやってもらうことが多いのだけれど―――
(最近、このみ先輩にしてもらってないなぁ)
先輩もしてもらう側にまわることが多くなったから。
あの人もレギュラーなんだから、当たり前といえば当たり前なんだけれど。
「それじゃ藍原さん。足伸ばしてなの~」
「あ、はい」
ゆっくりと、足を今度はまっすぐに伸ばす。
「力抜いてね~」
海老名先輩のとろけるようなウィスパーボイスでそう言われると、それだけで全身の力が抜けていくよう。
そしてされるがままに足を掴まれ、腕に抱えられるとぎゅーっとつま先から太ももまで真っ直ぐ直線に、そのままうつ伏せの体勢から太ももをのけ反らされるように引っ張られる。
「んっ・・・」
「痛い?」
「ちょっと・・・」
それより、何より。
「海老名先輩のおっぱいを足全体で感じられて、とても幸せです・・・!」
「えい☆」
いきなり、力いっぱい脚をぐいっと持ち上げられた。
付け根辺りを電撃が走る。
「ぎゃあー!!」
「藍原さん、えっちなのはいけないと思うの」
「ず、ずみま゛せんずみまぜん・・・!」
「姉御はここを変なお店か何かだと勘違いしてるところがあるッスよね」
そんなつもりはないんです。
ただ、不可抗力の身体的接触みたいなのも楽しめるなーって思っている程度のことで。
「バカは数か月じゃ治らないものですのね・・・」
「あはは」
一緒にマッサージを受けていた仁科先輩には呆れられ、熊原先輩には失笑されてしまった。
「・・・」
「瑞稀?」
「は、はいっ」
「ごめんね、あんまり効いてないかな?」
「そんな事ないですっ! すみませんちょっと考え事しててっ」
咲来先輩に、瑞稀先輩が寝そべったまま謝る。
あの2人は少し変わっている。
『あたしの身体は咲来先輩以外触らせたくない』って理由で瑞稀先輩は咲来先輩以外の人からマッサージを受けないし、『先輩の身体を触っていいのもあたしだけ』って言って咲来先輩のマッサージもまた、瑞稀先輩が1人でやっている。だから何となく、あの2人がマッサージ室を使う時は2人きりなんだけれど。
(今日は、どうしたんだろう)
普段は顔を合わせることのない、わたし達と同じ時間にここに居るなんて、珍しいな。
(それに何か―――)
瑞稀先輩、様子がちょっとおかしいような。
気のせいかな?
「河内さん」
そんな瑞稀先輩へ、マッサージを終えた仁科先輩がタオルを片手に、顔まわりの汗を拭きながら話しかける。
「な、なによ」
「頑張りましょうね」
「はぁ?」
瑞稀先輩の大きな2つのリボンが、しなっと折れるように萎む。
「今、ここに居るメンバーは白桜ダブルスの要! 都大会で結果を残した私たちはチームからも期待されています」
言って、仁科先輩はすっと手を前へ差し出す。
「私たちダブルスの力で、白桜を全国へ導きましょう!」
大きな声で、はきはきと、そして何より、笑顔で。
瑞稀先輩に語り掛ける仁科先輩。
その表情や仕草は爽やかそのもので、汗をタオルで拭く姿も相まって、笑顔が光り輝いているようにさえ見えた。
「・・・」
瑞稀先輩はちらっと、咲来先輩の方を見遣る。
「瑞稀」
すると咲来先輩は、優しく囁くような声でそう言い。
「・・・アンタ達が、あたしと先輩の足を引っ張らないようにしてくれるんなら、それに越したことはないわ」
「ありがとう、頑張るよ。だって」
「訳さないでくださいっ」
咲来先輩の言葉だから、強く出れない瑞稀先輩。
(でも、あの2人はあれで良いんだよね)
このみ先輩と一緒に過ごしてきて、それが分かるようになってきた。
2人の間で通用すれば、その形は何でもいいんだ。
瑞稀先輩を上手く操縦できるのは咲来先輩だけだろうし、他の誰にも乗りこなせないじゃじゃ馬を完璧に操っている咲来先輩と、それに完全服従の瑞稀先輩っていう関係性が、あの2人の『当たり前』なのだろう。
「先輩方を見てたら燃えてきましたよ! わたしとこのみ先輩も絶対チームに貢献してみせます!」
「うん。頼りにしてるよ、藍原さん。このみ」
「ここが踏ん張りどころですよね!」
ぐっと拳に力を入れながら、言葉を吐き出す。
「この関東大会さえ超えれば、夢の全国が手の届くところまで来てるんです。燃えなきゃ嘘ですよ!!」
先輩たちの前だけど、熱い思いを叫ばずにはいられなかった。
「白桜ダブルス! 盛り上げていきましょう!!」
きっとこの想いは、伝わる。
この人達なら、受け止めてくれる。そう、思ったから。
「・・・」
「あ、あれ。瑞稀先輩?」
だが、1人だけ浮かない顔をしている瑞稀先輩を見て、少し不安になった。
「ごめんなさい。ウザかったですか?」
「え?」
すると瑞稀先輩はようやく気付いたと言わんばかりにハッとしたような表情を浮かべた後。
「ち、違う違う! あんたはそれでいいんだよ。頑張れよ藍原!」
「やだなー。先輩も一緒にがんばるんですよ!」
「うんうん。そうだねっ、その通りだ」
こくこくと強く頷く瑞稀先輩。
だけど―――
「瑞稀? 本当に大丈夫? 何かあったの?」
先輩の様子がおかしいのは、誰の目にも明らかだった。
「違うんです、本当に。あたし、疲れちゃってるのかな・・・。なんか、ちょっとぼうっとするっていうか?」
「うそっ、まさか、熱?」
「え、そうなんですか!?」
「違う違う! ホント、ホントにそんなんじゃありませんから、大丈夫です!」
だけど、一度疑いの目で見てしまったら、なかなかそれは晴れないものだ。
「咲来。今日はもう河内を連れて部屋に帰ってあげてです。そんでさっさと寝た方がいいですよ」
「うん・・・そうだね。一応、医務室に寄ってから帰るよ」
「咲来先輩、あたし本当に大丈夫ですから!」
「大丈夫なら一緒に医務室行っても平気だよね?」
他の誰でもない、咲来先輩からの言葉だから、断れない。
瑞稀先輩は小さく「はい・・・」と呟いて、咲来先輩に連れられ部屋から出て行った。
「大丈夫ッスかね・・・」
「本当に熱とかだったら、明後日の試合、出られない可能性もあるね」
「心配なの」
一転して、しんと黙り込んでしまう室内。
「大丈夫ですよ」
だから、わたしはそう言った。
「お前はまたそう根拠のない」
「根拠はないですけど、瑞稀先輩のアレ・・・熱とか風邪とかじゃないと思います。顔も赤くなかったですし、確かにぼうっとはしてたみたいなんですけど」
うーん、上手く言葉に出来ない。
「とにかくそういうんじゃないとわたしは思うんです」
それだけは確かなのだ。
根拠なんて無いけれど、何故かそれは分かる。
瑞稀先輩はちょっとツンツンしてるところがあるけれど、体調不良を黙ってるような無責任な人じゃないと思う。もし本当に風邪とかなら、他の選手にうつっちゃう可能性だってあるわけで。
「でも、先輩の様子がおかしいのは間違いありませんでした」
それとこれとは別問題。
なんだろう。
(何か、嫌な予感がする・・・)
こんなもの、杞憂であって欲しいし、杞憂だと信じたい。
だけど。
(嫌なことが起こる前触れ、みたいな)
こんな事を、わたしはどうして考えてしまうんだろう。




