ライバル達!
「あ、もしもし。みーちゃん? 愛しのハニーだよ」
電話口で彼女の呆れた声が聞こえる。
「白桜、練習試合だったみたい。おかげでほとんど無人。うん、1年生の子が居てね。かわいい子」
私はさっきの事を思い出しながら笑う。
「焚き付けてきちゃった。先人からのアドバイス的な」
そういうと、みーちゃんはひどく怒った。呆れかえっているのかもしれない。
「だって、さ」
そこで、一つ言葉を区切る。
「弱いのを倒しても、面白くないじゃん」
白桜はなかなかに強い。
でも。
「私は強い娘が負けるところ見るのが、堪らなく好きだから☆」
うちほどじゃない。
そんなのつまらないよ。
強い選手との勝負にだけ、意味がある。
最初から勝てると分かってる戦いには、何の意味もないから。
◆
「わっ、あれ白桜じゃない?」
「ほんとだ。あの白いジャージ、間違いないよ」
とある一団を指差して、部員たちが口々に言う。
白の軍団・・・、圧倒的な力を誇る都内でも有数の名門、白桜女子。
そして何より―――
「ヒナ、挨拶しとくか?」
ハッと我に返る。
周りの声も聞こえないほど、白桜を睨むことに集中し過ぎていただろうか。
「お前にとっては因縁浅からぬ学校だろ」
チームの中でも頭一つ身長が大きな部長は淡々と言って、あたしの頭にポンと手を置く。
「・・・関係ありません。それに、あの人と話すことなんてもう無いんで」
「1年はもっと可愛げあった方が人気出るぞ」
「それは部長の趣味でしょ」
「否定はしないがね」
彼女はそう言って肩を竦め、おどける。
「それに早く帰って来いって、さっきラインあったんで」
「急かすなあ、姫は。他校の試合くらい観戦させてくれよ」
あの人はそういうの許しませんよ、と忠告しておく。
センパイは鷹野浦なんて弱いチームとの練習試合には最初から興味が無かった。向こうからの申し出で、断れないから試合を組んだだけで。
この場に本人が来ていないのが何よりの証拠だった。
「姫はヒナっちにご執心だからねー」
「早く帰ってきて欲しいんだよねー」
先輩たちにからかわれながら、あたしはチラッと白桜の方を一瞥した。
(姉貴・・・!)
アンタを倒すために、あたしは白桜から抜けたんだ。
白桜はあたし達が倒す。それまで精々、油断してるといい。
(足元掻っ捌いて、立てないようにしてやるから)
◆
「都大会に出場する前のブロック予選・・・、最大の敵はやっぱり白桜か」
我が地区にはあの名門が居る。
倒さなければ、それ以上先は無い。全国は愚か、都大会に出場する事すら―――
「この地区は10年連続白桜が都大会行きを決めてる、連中のお膝元ともいえる地区だからね」
「状況は最悪・・・」
「誰もがこの地区の代表はあいつらだって思ってるところだからねえ」
練習終わりのミーティングでのこと。
そろそろ白桜への対策を本気で考えないと、無策で負けることになる。
「勝てるのかな、私たちに・・・」
どこからか聞こえてきたそんな声に、しゅんと下を俯いてしまう一同。
「勝てるのかな、ではなく、勝つんだよ」
中学生とは違う、少ししゃがれた、年季の入った声が聞こえてきた。
「あ、マム。来てたの?」
私が視線を遣ると、そこには今年いっぱいで定年なのに腰一つ曲がっていないマムの姿があった。
「マムはよしなって言ってるだろ」
「だっておばあちゃんって呼ぶと怒るじゃん」
その言葉を言った瞬間。
マムが大きな咳払いをする。
「私に孫は居ない・・・分かるね?」
そう言って、ここに居る全員を睨む。
おー怖。
「じゃあやっぱマムじゃん」
「あたしらみんな、先生のことお母さんだって思ってるんだから」
「マムだよねー」
みんなが口々に言う姿を見て、マムは諦めたように何も言わなくなった。
「じゃあ、わかるね。私の可愛い娘達」
「うん」
「最後の夏、絶対にマムを全国まで連れて行こう」
部室にある、ホワイトボードに書いた目標をみんなで読む。
「"家族"みんなで、全国へ!!」
―――その為には、打倒白桜を。
私たち"家族"は、大会規定ギリギリの10人しか居ない。
それでも勝つんだ。白桜に勝って・・・全国への第一歩を、踏み出すんだ。
◆
「シングルス1久我 6-0、シングルス2新倉 6-1、シングルス3水鳥 6-2、ダブルス1山雲・河内 6-1、」
次の結果を読むのを、一瞬躊躇してしまう。
「ダブルス2三浦・山本 3-6」
これは鷹野浦との練習試合の結果。
結局、4-1でうちの勝ちという事にはなったのだけれど、監督はダブルス2を落としたという事を非常に重く見ているようだった。
(三浦さん、山本さんのペアに期待していた面もあった中でこの結果・・・)
私もコーチとして練習に参加する身。
あの2人はここ数週間で伸びてきたし、本人たちも練習試合に意気込んでいたのを間近で見ていただけに、辛い気持ちは勿論ある。
(仕方がない、じゃ割り切れないわ)
ふう、と息を吐く。
「特に3年生が目の色を変えていますね。ダブルス2の空席状態が続いているから、みんなそこに入ろうと必死になってます。選手の士気も高いようですし」
ポジティブに考えよう。
逆に、ダブルスでの敗戦があったからこそ練習試合をやった甲斐があったと言うもの。
このチームに足りていないものを、端的に示してくれたのだから。
「ダブルス2だけじゃない。シングルス3もまだレギュラーは決まっていない」
「・・・? 水鳥さんもまだ固定ではない、と?」
腕を組んで難しい顔をしながらPC画面を見つめている監督の真意が読めない。
「仮にも水鳥は1年生だ。確定事項として計算に入れるのは得策じゃない。それに」
「それに・・・?」
「ダブルス2がこういう状況の中、シングルス3にかかる負担は間違いなく大きくなる」
その言葉の意味は、すぐに理解できた。
「ダブルス1を取られた場合、シングルス2を迎える前に試合が終わってしまう可能性が出てくるからな」
「ストレート負けのリスク・・・ですか」
「そうだ。いくら久我と新倉が強くても、試合がまわってこなければ意味が無い」
監督は一瞬目を瞑り、話を続ける。
「恐らく、うちを潰そうとするチームはその戦法を使ってくるぞ」
「もし・・・そうだとしたら。他校が練ってくる作戦は・・・」
「ああ」
そして頷き、こちらを見つめながら。
「ダブルス1・・・河内と山雲包囲網を展開してくるだろう」




