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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
247/385

芽生え

 ウチが得意とするのは、"相手の打ちづらいところ"へと的確に打球を集めるテニス。


 相手が打ちづらいところと言うのは、何も厳しいコース―――コートの端だったり、ライン際ギリギリのところ、ネット前だとかいう場所だけではない。

 敵の正面をつく打球―――相手にフォアハンドかバックハンドか、一瞬だけ考えさせるようなコースであったり、ラケットで拾いにくい中途半端なバウンドをさせるような、敵の足元を狙ったようなショット。

 とにかく『敵プレイヤーが嫌だと思うようなことをすること』がウチのテニスの1つの特徴でもあった。これは小学生時代から変わらないし、変えるつもりもない。


 そして―――


「「チャンスボール!」」


 上を見上げると、ふらふらと力のない打球が上がっている。

 落下地点に入ると大きく振りかぶり、スマッシュの構えを見せ―――


「・・・なんちゃって」


 ぽーんと弱い打球を、ネット前に落とす。


「ゲーム、長谷川。4-1!」


 相手の2年生は一瞬、呆けたような顔をするとすぐに表情を引き締めた。


「うわー・・・」

「万理らしいっちゃあらしいけど」

「ここでスカすかね」


 ウチのテニスは応援団からはすこぶる不評だ。

 姉御だったら、ここで大威力のスマッシュを決めて、観衆を沸かせ一気呵成に試合の主導権を握るんだろうけど―――


(正直、ウチにそんな力は無いんスよ)


 そんな強引なテニス、やろうと思って誰でも出来るもんじゃない。

 それにはスマッシュを確実に決めるコントロールは勿論、絶対に跳ね返されないスマッシュを打つパワーだって要る。何よりウチの場合、こっちの方が確実にポイントを取ることが出来るのだ。派手なスマッシュをばこーんと決められるなら、そっちの方が良いに決まっている。だけど、出来ないから―――


(自分に合ったテニスをやるんスよ!)


 頭を使った、常に敵の嫌がることを考えるテニス。

 それこそがウチの武器の1つ。


 だが―――


(それだけじゃない!)


 ウチの真骨頂は、それとは別にある。


 正面に来たボールを視界に捉え、テイクバックを取ると―――


(先輩の場合、この場面ならクロスを防ぐようなステップを取ってくるはず・・・!)


 だからここで狙うべきは。


(正面!!)


 ショットを無理に引っ張らず、流して正面へ送る。


「15-0」


 すると、いとも簡単に点が取れるのだ。


「長谷川さん、今の・・・」

「湯山さんの動きを完璧に読んでなかった!?」


 ふっふっふ。

 驚くがいい。これこそがウチの最大のストロングポイント―――


(データテニス!)


 きょう対戦する相手のことなんて、昨晩のうち、過去の練習時のデータを基に研究し尽くした。

 勿論それだけで確実に勝てるようになるなんて思わないけれど、それでもそれを頭にぶち込んでおくことで試合を有利に進められるようになるのは間違いないんだ。

 今のスポーツは情報戦。

 データによる敵の解析なんて、やって当たり前の時代。


(それをやらないのは、傲慢と同じッスよ)


 たとえ相手が1軍だろうが、先輩だろうが、関係ない。

 勝つべき相手に確実に勝つ!

 それこそが―――


「ウチのテニスッス!」


 湯山先輩の弱点、バックハンドを付くと、ボールは力なく飛んでいく。


 そうだ。

 そのコースは返せないはずだ。


(データは、そう言ってる・・・!)


「ゲーム、長谷川。5-1」


 場が騒然としているのが、自分でも分かる。

 このコートの外では、皆が驚いているんだ。

 長谷川万理(ウチ)にこのレベルのテニスが出来るわけがない、と―――


(ウチだって、)


 姉御と、姐さん。

 同級生の2人があっという間にスターダムを駆け上がり、ウチとはもう格が違うところまで行ってしまったのを、黙って見守っていた。

 ウチには才能が無いだとか、チャンスが無かったとか、自分を納得させる言い訳ばっかりして・・・。


 ―――ウチだって、


(悔しかった・・・!!)


 ただ、2人が活躍する様を、後ろで見ているだけの自分が嫌だった。

 ベンチ外の2軍という地位に納まってしまった自分を直視する勇気も無かった。

 だけど、姉御と姐さんの戦いぶりを見ていて、ウチにも確かに芽生えたのだ。


(あの場所に、2人と一緒に立ちたい)


 2人と一緒に、チームに貢献したい・・・と。


(もう、見ているだけの時間は終わりッス)


 ウチは、この紅白戦で明確な結果を出して―――


 1軍へ上がる!!





(長谷川さん・・・)


 正直、想定外だった。

 この紅白戦の目的は新戦力発掘というより、今、1軍ベンチ外に居る選手に火を点けて、登録メンバー争いを促進すること―――そのはず、だったのだ。

 つまりは山本さん・三浦さんペアのような子たちを刺激できればよかった。

 それなのに。


(この実力、今までどうして分からなかったのかしら)


 1軍の2年生を圧倒する彼女の姿を見て、自らの目が曇っていたのではないかという気さえしてくる。


 気迫・・・まではいかないまでも、彼女のプレーの1つ1つからこの試合に対する意気込みは十分伝わってきた。

 彼女は今、1つ殻を破ろうとしている。

 そしてそれを私たちに見せつけて、1つ上のステージへ上がろうとしている。


 それを抑えつけようと、対戦相手の湯山さんも奮闘するが―――


「40-15」


 ―――マッチポイント


「いけー! 万理ぃ!!」


 藍原さんの声。

 彼女もどこかで、この試合を見ている。

 それを聞いて、長谷川さんの口元が少しだけ緩んだ。


(湯山さんを圧倒するこの負けん気の強さ、何かを為そうとする意志)


 藍原さんを1番近くで見てきた子、というのが分かる。

 彼女の良いところを学んで、自分のプレーに、姿勢に取り入れるクレバーさ。

 これは―――


「んだらぁ!」


 長谷川さんの放った打球がライン際に突き刺さり。


「ゲームアンドマッチ。ウォンバイ、長谷川万理! 6-1!」


 勝利の瞬間、ラケットを持つ右腕も、左腕も。

 両手を掲げ、バンザイのポーズをする長谷川さん。


 ―――その表情は明らかに何かを掴んだような、充実感に満たされていた


「掘り出し物ですね」


 気づくと私は、誰に言うでもなくそう呟いていた。


 この試合の内容、結果は間違いなく監督の心に刺さったと思う。

 それほど鮮烈な印象を残した。

 関東大会のメンバー登録は終わっているが、もし―――白桜が全国大会進出が決まったその暁には。


(長谷川万理。彼女が、『秘密兵器』たり得るかどうか・・・)


 いま少し、注視する必要がありそうだ。





「すごいよ万理! 良い試合だった~」


 試合が終わるなり、彼女に抱き着いてほっぺをすりすりする。


「うわぁ! なんスか姉御、暑いんで引っ付かないでもらえますかね!?」

「よいではないかよいではないか~」


 だけど、わたしは止めない。


「いやマジで暑いんで! これフリとかじゃなくて!」


 だって、すっごく嬉しかったから。


(ずっと、待ってたよ)


 入寮したあの日。

 初めてわたしに出来た友達が、万理。貴女だったから。


(もし一緒にチームの勝利に貢献できるようになったら)


 きっとものすごく頼もしいし、楽しいことだろうと思う。

 そう思うと、なんか万理の身体を離すきには、なれなかった。


「このみ先輩、助けてくださいッス~」

「そのモードになったらそいつはなかなか離れてくれんですよ。諦めろです」

「そうそう! 諦めな~」


 言って、ずっとぎゅーっとしてると、そのうち万理も抵抗しなくなった。


「・・・姉御、」

「なに?」


 そして彼女は、囁くような小さな声で。


「待っててくださいッス」


 その言葉を紡ぐ。


「ウチ、絶対姉御に追いつきますんで」


 決意の言葉を―――


「姉御と一緒に全国制覇、目指せるように・・・頑張りますんで」

「万理」

「だから・・・姉御は関東大会、絶対に勝ち上がってくださいッス」


 抱き合っているわたし達にしか聞こえないような声で。

 それでも、確かな熱を帯びた口調で。


「うん。全国で待ってるよ」

「ウッス!!」


 この約束は、他の誰に知られる必要もない。

 1番近い親友である、わたし達だけが知っていればいい。


 そんな秘密の誓い―――万理と交わした、2人だけの『約束』。

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