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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
246/385

『彼女たち』の戦い

 ―――1軍対2軍の紅白戦、それは

 ―――関東大会の登録メンバーが発表された直後に行われた


 結局、都大会のメンバーがそのまま関東大会のメンバーに選ばれたのだ。


 勿論、登録メンバーがこの紅白戦に出場する事は無い。

 出場するのは全員、"関東大会出場への道が断たれた1,2年生"のみ・・・。


「長谷川万理」

「は、はいッス!」


 名前を呼ばれた瞬間、心臓が口から飛び出るんじゃないかと思った。


(ウ、ウチが・・・選ばれた・・・!)


 しばらく、その余韻に浸って何も考えられなくなるくらい。

 それくらい嬉しくて。


 ―――その後に来たのは、強烈な使命感


(ここで活躍すれば・・・)


 そう。

 この試合、監督とコーチが直に試合を見守る形をとっている。

 ウチら2軍からすれば、雲の上の存在だった首脳陣に、自分たちのプレーを見せることができるのだ。


 こんなチャンスはきっともう、二度と来ない。


「長谷川、頑張りなよ」


 ぽん、と肩を叩いてくれたのは。


(・・・っ)


 紅白戦のメンバーにも選ばれなかった、2軍の2年生(せんぱい)―――


「1軍の連中に2軍の意地、見せてやってよ」


 そんな言葉をかけられて、ウチは。


「ハ、ハイッス! モヂロンガンバラセテ、いただだきますッス!!」


 自分でもバカじゃないかってくらい、ガチガチに緊張してしまっていた。


 練習試合とはいえ、ネットの前できちんと整列し、試合前の礼を行う。

 紅白戦の、それも2軍側。それなのに、なんだかウチが白桜の代表になったような気になってしまう。

 実際、それくらいの緊張感がこの場にはあった。


 だって、1軍の人たちの目―――


(考えることは皆同じってことッスか・・・!)


 この地獄から這い上がって、一発逆転狙ってやろう・・・それしか考えていない。

 ギラギラに目を光らせて、背中から炎のオーラが出ているような人たちばかりだ。

 それは勿論、2軍側も何も変わらなくて。


「礼」

「「よろしくお願いします!」」


 分かりやすすぎるくらい分かりやすい、最後の(ラスト)チャンス―――その火ぶたが、切って落とされた。





「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ、三浦・山本ペア。6-1」


 2軍の同級生相手に、ほぼ完勝。

 それなのに、むっちゃんの顔にはまったく、『嬉しい』の『う』の字も書いていなかった。


「ありがとうございました」


 試合後の握手をしている時も、その表情はこわばっていて、口を真一文字にしたまま。


「ほとんど相手に付け入る隙を与えない試合だったな」


 監督の前に立って、試合後の言葉を聞くときだって。


(むっちゃん・・・)


 隣の彼女は、まるで目の前の監督に何かを無言で訴えかけるように、じっと見つめていて。


「正直、」


 やがてもう我慢をしきれなくなったかのように。


「あたしらが戦うべき相手は、あの子たちじゃないって思ってます」


 自らの気持ちを、吐露し始めた。


「落とした1ゲームは、攻め切れんかった。反省点です。2軍相手なら、1ゲームも落とさず勝ちたかった」


 むっちゃんが苦々しく言葉を振り絞っているのに、私はただ茫然としているだけ。


(うそ・・・)


 監督にこんなこと言ったの、多分・・・白桜(ここ)に入ってきてから、初めての事だったから。

 私はむっちゃんがグイグイいきすぎて、怖くなってしまっていたのだ。


「山本、お前はどうだ」


 だから、この返しは想定内だった。

 むっちゃんが自分の気持ちを言ったのなら、私も言わなきゃ釣り合いが取れない。


「私がもっと踏ん張れてれば、6-0(ストレート)で勝ててたと思います。今日のむっちゃん、調子良さそうだったから・・・」


 どうしよう、私。

 用意してた言葉なのに、自分で自分が何を言っているのかがぜんぜん分からない。


「自分たちで反省すべき点が分かっているのなら、私から言うことは何もない。三浦」

「はい」

「今のその気持ち、もっとプレーにぶつけてみろ」

「・・・っ! はい!」


 最後に言われた、その言葉が―――


(きっとむっちゃんが、求めてたものなんだ)


 それが明確に分かるほどに、言われた瞬間のむっちゃんのハッとした顔が、忘れられなかった。


「あたしら、もっと頑張らんと」

「うん。そうだね」


 コートから出る時、ぼそっとむっちゃんの方からそう切り出す。


「同級生たちが」


 レギュラーの2年生のことを思う。


「チームの主力としてバリバリやっとって、」


 新倉さん。河内さん。仁科さん―――

 今やみんな、チームの(かなめ)を任されるようなところにいっている。


「この間入ってきた思うてた1年が」


 水鳥さん。藍原さん―――


「あたしらのずっと先を走っとる」

「うん」


 分かるよ。

 だって私たち、春は"あの中"に居たんだもんね・・・。

 白桜の代表として、試合してたんだもんね。


「あたしは、悔しい!!」


 むっちゃんは、まるで何かを噛み殺すかのように歯を食いしばって、そう言い捨てる。


「何より、不甲斐ない自分に1番腹が立っとるんよ!」


 今まで必死に我慢してきたであろう、その言葉を。


(今の今まで、聞いたことなかった・・・)


 普段、むっちゃんは物静かで口数の少ないタイプなのだ。その彼女が―――

 ここまで激昂するなんて、俄かには信じられない出来事だった。


「私たち、こんなところで終われないよ」


 だから、私だって。


「次はぜったい、大会メンバー奪い返そう」


 今日くらいは、こんなカッコいい台詞を言ってみたくなったのだ。





「ふう・・・」


 試合前、緊張感を吐き出すように深呼吸をする。

 大きく息を吸って―――


「万理!」

「ぎゃあっ!」


 あまりのことに、心臓が止まりそうになった。


「これから試合なんだって? 応援に来たよ!」

「いやいや、マジ洒落にならんス! 死ぬかと思ったッスよ!!」


 後ろを振り向くと、やはり姉御が「え~?」といたずらっぽく笑っていた。

 そりゃそうだ。

 こんな事してきそうな人物に、彼女以外心当たりがない。


「藍原さん、万理ちゃん本気で怒ってるの。こういう時は~?」

「うう。ごめん・・・」


 海老名先輩に促され、素直に頭を下げる姉御。


「よくできましたなのー」

「えへへ」

「ウチ、置いてけぼりなんスけど・・・」


 そっちで勝手に解決しないでもらえないだろうか。


「姉御、練習はどうしたんスか?」

「今ちょうど休憩なんだ。それで、万理が紅白戦に出るっていうから、励ましてあげようと思って」


 うん、なんか。素直に嬉しい。

 試合前の緊張しきってたところだったから、仲の良い姉御や海老名先輩が来てくれて、声をかけてくれたのって、純粋に力が抜けて良い感じにリラックスできるっていうか。

 応援の力って、やっぱすごいんだ。


「・・・いつもとは、立場が逆ッスね」


 ウチの応援(ガヤ)も、姉御の力になってるんだって、ちょっとだけそう思えた気がする。


「そうだよ。わたし、いっつもそれと同じくらい緊張してるんだからね?」


 姉御はそう言って笑うけれど、ウチにだって分かる。

 彼女がいつも感じているプレッシャーや重圧は、こんなもんじゃないってことくらい。


「それじゃ、そろそろ行ってくるッス」


 いつまでもここに居るわけにもいかない。

 そう言って、踵を返すと。


「ゴーゴー万理! ファイト、だよー!!」

「万理ちゃーん。藍原さん軍団の底力、見せてあげようよ、なのー!」


 後ろからのそんな暖かな声援にも後押しされ、ウチはコートに足を踏み入れる。


 シングルス3。

 たとえ紅白戦だろうと、相手が2年生だろうと、関係ない。


(ウチは、ウチのテニスを―――)


 監督(あのひと)に見せつけて、アピールする。

 ウチだって、この白桜女子テニス部の部員(せんりょく)なんだってことを―――

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