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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第7部 関東大会編 1
245/385

一条世代 / 麻里亜ハーレム



「わっはっは。見たかあの柏大の連中の顔。まさか自分たちが"ハズレ"を引かされるとは思ってもみなかったんだろう!」


 隣を歩く彼女は、えらく上機嫌だ。


「でも、貴女だって青稜(ウチ)の隣に黒永が来たら焦るでしょう?」


 だからあたしは、少しだけいじわるを言ってみたくなった。

 たった、それだけのこと。


「そりゃあ焦る。だが、結果としてこなかった。そんな有り得ない過程に脅えててもしょうがないだろう。それより、目の前にある事実に笑った方が健全というものさ!」

「ふふ。貴女らしい物言いね」

「わっはっは! 褒めるなよくすぐったい」


 上を向いて、大きく口を開いて笑うのは、彼女の豪快さをよく表している癖だと思う。


「そういうところが、好きよ」


 彼女―――樋田(ひだ)(はじめ)にあたしが惹かれたのは、きっとその器の大きさも1つだから。

 もちろん、もっとある。

 でも、好きなところを挙げ始めたらキリがなくなって話の本筋から外れてしまうだろうから、今はしないだけであって。


「茜音」


 あたしの言葉に呼応するように、肇はあたしの名前を呼ぶ。


「うん?」

「君の優しさはいつも、私を救ってくれる。ありがとう」

「なに? 急に改まって」

「日頃から感謝の言葉を口にするのはおかしいことか?」

「んーん。貴女はそれで良いと思うわ」


 会話が終わったところで、丁度テニス部の練習施設前に辿りつく。

 神奈川県内でも最高最大の設備を誇る我が青稜大附属中学―――学校の校舎裏から、裏手の幹線道路まで全ての土地が運動部の練習施設になっており、そのうちテニス部練習場は7割以上の面積の有している。同時に使えるコートの数、屋内練習場の広さ。どれをとっても、大学の附属校でなければ不可能なものだ。


 ―――その神奈川最強を自負するあたし達が、唯一超えられなかった壁


(それが、関東大会での黒永学院・・・)


 苦い記憶たちが蘇ってくる。

 しかし、その黒永が都大会で負けたと言う。


(あたし達に了解も取らず、勝手に王座から陥落するなんて)


 悔しい。

 そういう気持ちが確かにある。

 黒永は、青稜(あたしたち)の手で倒したかったという、その気持ちが―――


 物想いに(ふけ)っていた、その時。


「先輩たち」


 "彼女"の声に、あたしと肇は振り返る。


「首尾はどうだい?」


 そこに居たのは―――


「帰ってきたんだろう? 抽選会場から」

「「汐莉」」


 あたしと彼女の声が、重なる。


(一条汐莉―――)


 青稜大附属という名門で、2年生ながら絶対的エースの座を勝ち取った女の子。

 今までのテニス人生で、年下に"絶対勝てない"と思わされたプレイヤーなんて誰一人として居なかった。

 その認識が、彼女に出会って変わったのだ。


 ―――そう

 ―――今年の青稜には、一条汐莉(このこ)が居る


「ああ。良い番号を引いてきたぞ」

「部長は何でもプラスに解釈するから、信じられないな」

「まあまあのブロックに入ったわ」

「茜音さんは逆に少し下方修正する。2人の間だと思えば丁度いいかな」


 どう? この子。


(うふふ。相変わらず、なんて生意気な娘なんでしょう)


 笑顔を浮かべながら、心の中ではそんな事を思う。

 それが良いとか悪いとか、腹が立つとか立たないとか、そういう話ではないって事は前置きしておきたい。

 でも、それにしたって"超"がつくほど生意気。

 礼儀も全然だし、あたし達3年生や、監督コーチに対してもこの口の利き方だ。


「黒永とは準決勝、白桜とは決勝か。まあ妥当なところだね」


 トーナメント表が書かれたノートを見ながら、汐莉がふむと頷く。


「わっはっは。お前がご執心の新倉との闘いは決勝までお預けだな!」

「ふっ。別に彼女との戦いが総てだとは思わないよ。ただ、まあ全国へ行く前に超えてはおきたい壁ではあるけれどね」

「新倉さんとの対戦成績は0勝1敗ですものね」


 また、少しいじわるしたくなってしまった。


「茜音さん」


 彼女は、キッとあたしの目をしっかりと見て―――ううん、まるで睨むように。


「非公式戦を含めれば2勝2敗だよ」


 自信満々で、胸を上向きに張って彼女はそう言うのだ。


「ワタシは新倉にだけは負けたくないんだ」

「あら、威勢が良いわね。練習試合でいくら勝っても公式戦で勝てなきゃ、意味がないのよ」

「分かってるさ。だから、証明する必要がある」


 汐莉は胸の少し上辺り、鎖骨と鎖骨の中間くらいをとんとん、と小さく2度叩いて。


「ワタシ達の世代のトップは、この一条汐莉であると」


 その瞳に映る、野心を。


「ワタシ達は、"一条世代"であると―――」


 1mmたりとも、隠そうともせずに。





「お姉ちゃーん。お水とっておみずー」

「はい、どうぞ」

「んーっ。飲ませてー、キャップとってー。あーん」

「きゃー、麻里亜ちゃんかわいー。はい、お口開けてねー」


 言われた通り、キャップを外したペットボトルの先端が、麻里亜先輩の口に捻じ込まれる。


「んーっ。んまんま」

「麻里亜ちゃん、美味しい?」


 こくこく、と小さく頷く。

 そして彼女はまったく、ほんの少しも労力をかけることなく水分補給をすることに成功するのだ。


(まるで、赤ちゃんだ・・・)


 思うと同時に、こんなことダメだと言う正義感(?)に似た何かが頭を突き抜ける。


「もう! 先輩たち、何やってるんですか!!」


 だからうちは我慢できず、きゃっきゃしている先輩たちに向かって、思わず声を張り上げていた。


「関東大会も近いんですよ! いつまでも休んでないで練習しなきゃダメですっ」


 1年生のうちがこんな事を先輩たちに言うのは間違っているかもしれない。

 それでも、我慢できなかった。

 他校は今頃、きっともっと苛烈な練習をやって万全の準備を整えているだろうに!


「双葉」


 輪のまん真ん中に居た龍崎部長に声をかけられ、思わず背筋が伸びる。


「は、はいっ」


 もしかして、やっぱり、怒らせてしまっ―――


「双葉は肩ひじ張り過ぎだよぉ。そんなに頑張りすぎちゃうと、本番で力出せなくなっちゃうよー?」


 部長はそう言うと、ひょいと膝枕から降りて、うちのところへトコトコと歩いてきて。


「双葉もおいでよー」


 ぎゅっと手を握り、その小さすぎる身長から、うちを見上げてにへらっと微笑む。


「っ―――!」


 言葉にならない。

 言葉に出来ない。


 ・・・圧倒的な、可愛らしさ。愛くるしさ。輝いて見えるほど眩しい笑顔!


 きゅうぅっと、胸の奥が締め付けられる音がした。


「ぶ、部長っ! でもですねっ」


 その胸を締め付けてくるかわいらしさと必死に戦いながら、この期に及んでまだ抵抗を続ける。


「双葉は麻里亜と一緒に休憩ー。これは部長命令だぞ☆」

「うううぅ・・・」


 もう、だめだ。何も抵抗できない。そんな気すら起きない。

 部長と一緒に先輩たちの輪の中心へ行って。


「双葉ちゃんも最初から素直になればいいのにー」

「でもそういうところもかわいい」

「末っ子の妹って感じだよねー」

「双葉、飴あげるー。あーん」


 すごい。

 すごい、女の子の匂い。

 女の子に囲まれてるって感じがする。


 その雰囲気と香りに、頭がくらくらして気絶しそうだ。


「あ、あーん」


 飴を口に入れて、なんとか自我を保とうとするが。


「お、おいひぃ・・・れす・・・」


 上手くろれつが回らず、そんな舌ったらずな返答をしてしまったが故に。


「おいひぃだってー」

「かわいー」

「や、やめてくださいって、うぅ・・・」

「双葉。顔真っ赤」


 また、先輩たちのおもちゃにされてしまった。

 これの繰り返しだ。

 この灰ヶ峰に入学して以来、ずっと―――


(・・・なんで、)


 本当なら、うちは白桜女子に進学するはずだった。

 だけど、色々悩んで行くのをやめたんだ。


 何故なら、白桜女子が、女子校だったから。


(こうなったんだろう)


 うちは、女子校へ通う自信が無かった。

 それも白桜女子は全寮制だという。無理に決まっている。


 女の子に耐性の無いうちが、24時間女の子に囲まれて生活するなんて・・・。


「双葉ー」

「双葉ちゃん」

「ふたばぁ」


 ああ、もう目がまわる。


 ―――かわいい女の子と話していると、まるで頭の中が麻痺してくるように感覚がなくなっていく


 だから、共学の灰ヶ峰を選んだのに。


「かわいいね、双葉は本当に」

「う、うちはかわいくなんてっ」

「そうやって否定するところがもっとかわいい」

「うぅ・・・」


 ましてや自分がかわいいなんて言われ、美人な先輩たちにちやほやされるだなんて、考えもしなかった。


 ―――それもこれも


「双葉はみんなに愛されてるねぇ」


 ―――『幼帝』


 この人が、この灰ヶ峰に居たからに他ならない。

 龍崎麻里亜が作り上げた、"彼女を中心としたハーレムのようなテニス部"―――


 うちは上手いこと、その一部に組み込まれてしまったのだ。

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