見えてきた『目標』
「龍崎麻里亜選手」
「改めて、すごい名前ですね・・・」
「身長140cmにも満たない超小柄な体型ながら、彼女は久我さんや綾野選手に匹敵する実力を持つシングルスプレイヤーです」
名前もすごいけど、実力もすごかった!
「五十鈴も龍崎さんの力は認めていました。もっとも、身長を理由に五十鈴の"要注意人物リスト"からは外されてたみたいでしたけど」
「140cm未満は低いなあ」
部長の言葉と同時に、部員たちの目が自然とこのみ先輩の方へ向く。
「は、はあ!? さすがに140はありますよ!」
「アホ毛合わせて?」
「身長にアホ毛が含まれるわけないでしょう!!」
おちょくる声にマジで返しちゃうの、先輩の良いところでもあり悪いところでもあるんだよなあ。
でも、身長のことは本人も気にしてることだし、あんまりイジらないであげて欲しい・・・そんなことを思う。
閑話休題。
「この身長で部長や綾野選手並って、よほどの実力なんでしょうね」
「少なくとも埼玉県内では最強のプレイヤーと言って差し支えないと思うッス」
「プレースタイル、そしてあるとしたら弱点・・・もう一度後で確認しておきましょう」
とはいえ、『部長並』といわれるプレイヤーに分かりやすい弱点があるとも思えない。
あるとしたらやはり、身長繋がり・・・例えば"リーチの短さ"、とかだろうか。
(部長や綾野さんと、同レベルの選手・・・)
そんな選手が、関東にだって居るんだ。
だったら、もし。
全国まで視野を広げて見てみたら―――
(・・・ッ!)
身体中の毛が逆立って、血が沸騰するようだった。
ドキン。
その事を考えただけで、心臓が高鳴る。鼓動が少しだけ速くなって、身震いがする・・・!
(『その舞台』に辿りつく為に、今は)
関東の強豪たちを倒す―――それがわたしの、為すべきことだ。
「千葉県を制した第3シード、さっきちょっと名前が出た柏大海浜。このチームも実績と実力を併せ持った強豪です」
「シングルスを3年生3人で固定した、黒永に似た色のチームだな。特にシングルス1を任されることの多い高橋まひろ。彼女は"東京四天王"と同レベルのシングルスプレイヤーと言っていい」
ホワイトボードを見ると、高橋選手を含め3人の写真に『千葉県制覇の原動力』という脚注が付け加えられていた。
「シングルスの力で千葉を制したと言っても過言ではないチーム・・・白桜とは真逆の戦略で勝ってきたチームですね」
監督やコーチ、上級生が真剣に話をしている時に、隣の万理が少し抜けた声で。
(姉御姉御っ)
(なに?)
(でも第3シードって事は決勝でしか当たる可能性が無いんスよ)
(だからなに?)
(決勝で当たるとしたら青稜大附属っしょ、どう考えても! だからこのチームと当たる事は無いッス)
そんなん分かんないじゃん、と言っても、万理はいいや分かりますねと全く譲らない。
その根拠のない自信はどこから湧いてくるのだろうか。
「シード校以外だと、お嬢様校ながら群馬県大会を優勝した柳学館。茨城の古豪・常翔中学もかつての輝きを取り戻しつつある躍進を見せています。注目の2年生エース中田さんが率いる山梨の藤愛甲府も外せませんね。栃木の女王、鶴臣も関東大会の舞台に慣れたチームで侮れない・・・」
「特に注意すべき中学はこの辺りか」
「そうですね・・・。あと、同じ東京代表ですが初瀬田とは春以降、一度も練習試合を組んだことが無いので少し不気味と言えば不気味かもしれません」
そして多分、あの人たちも、当然この強豪校の群の中に入ってくるだろう。
(もしかしたら、また、戦うこともあるかも―――)
その時、わたしは。
決勝戦以上に成長したわたしで、あの場に立てるのだろうか。
「重要なことだからこれだけは頭に入れておけ」
監督のその言葉で、少しだけ遠くへ行っていた意識が、グイッと引き寄せられた感覚がした。
「関東大会に出場するのは各都県で上位に進出した僅か16校だ。この中で『全国』に出場できるのは6校のみ。確実にこの6校に入るには、ベスト4以上の成績を残すこと。それが我が白桜の当面の目標になってくる」
「出場校が16校だから、ベスト4に進出するには1回戦と準々決勝を勝てば良い。つまり、あと2回勝てば―――」
誰かが放ったその言葉。
ここに居る誰もが"その先"を想像しただろう。
そして、気合を入れ直したはずだ。
だって。
『全国大会出場―――』
その言葉は、あまりにも重くて。
遠くにあったはずの"それ"が、もう手の届くところまで来てるんだって、実感したから。
(・・・ごくっ)
生唾だって飲み込むよね。
全国、全国って自分でも言ってきたけど・・・もうそれは夢物語なんかじゃない。現実的な目標、次の目的地に設定されているんだ。わたし達があと少し、頑張れば―――"そこ"に辿り着くことが出来る。
わたし達が今、立っている場所っていうのはそういう位置だ。
「それともう1つ。これも重要な事だからよく頭に叩き込んでおくように」
監督がパン、と手を叩き、再び部員たちに集中を促す。
「全国大会が約3週間に渡って行われる大きな大会なのに対し、この関東大会は10日間に試合日程を詰め込んだ短期決戦。あくまで全国大会への関所的な意味合いが強い大会だからだ」
「夏休みに入ったので、平日を気にする必要が無いですからね」
都大会はまだ夏休み前だったから、試合が行われるのは土日に限られていた。
だけど、この関東大会は違うんだ。
10日間で、決勝戦まで勝ち上がったとしたら最大4試合をこなすことになる。
「特に、準決勝で勝てば翌日すぐ決勝戦になる」
その言葉に、少しだけ食堂内がざわついたけれど、すぐに収まった。
「ここで重要になってくるのは大会登録メンバーの中でも都大会決勝戦に出場していない者たちだ。いつでも試合に出られるよう、万全の準備をしておいてくれ。そして決勝に出場した者も、今の地位が盤石だとは思うな。普段の練習やその日の調子を見て、ベストだと思う選手を、私は試合に出す!」
こんな言葉を聞かされたら―――そりゃあ、ざわざわなんてしてる場合じゃないって、分かるから。
「「「はい!!」」」
部員たちの大きな返事と共に、ミーティング第1部はお開きになる。
少し休憩を挟んで、映像で注目選手の対策を考える第2部が始まるのだが―――
―――今のは、監督からの警告だ
(特に、わたしとこのみ先輩への・・・!)
もし、お前たちがダメだと判断したら、すぐにでも熊原先輩と仁科先輩と入れ替える準備は出来ているって、そういうことなんだ。
そんな事は分かっていた。
わたしは自分が不動のレギュラーとは思っていない。
だけど。
(改めて監督の口から直接言われると・・・)
―――クる・・・!!
燃えたぎる闘志を、押さえつけられそうにない。
これからミーティング後半、その後このみ塾でダブルスの講義だっていうのに、今すぐにでも身体を動かして練習したい欲が出てきて・・・そうしなきゃ、熊原先輩や仁科先輩に追いつかれちゃうっていう焦りも確かにあって。
「藍原、怖い顔してどうしたんですか」
「先輩・・・」
そんな固い表情をしていたのを、この人には一発で見抜かれてしまう。
「ま、大体分かりますけどね。練習したいんでしょう?」
「はいっ」
だから、包み隠さず自分の気持ちを伝える。
「ダメです」
「!」
「今日は昨日の続きで教えることがいっぱいあるんですよ。お前、1日開けたら多分忘れちゃうでしょう」
「でも!」
「『ただひたすらに練習すれば上手くなるとは限らない』」
「・・・ッ」
それって。
「まだわたしが入部したての頃に、先輩が言ってた・・・」
「都大会の疲れもまだあるんです。ここはグッと我慢ですよ、藍原」
「・・・」
確かに、練習したい気持ちはすごく強い。
今、練習したらきっといい練習が出来るはずなんだ。でも。
このみ先輩の言ってることが正論だって事が、今のわたしには分かる―――
(疲れもある、やらなきゃならないことが他にある、練習は別に明日の朝でも出来る・・・)
だから、今、為すべきことは"それ"じゃない。
「わかりました」
今は、戦術を考えられるように知識を頭に入れることが、わたしに求められてることなんだ。
「そう不満タラタラな顔すんなよです」
「うう、でも~」
「明日は朝から練習付き合ってやるから、な。です」
顔に『不満』という字が書いてあったのか。一発で心の内を読み取られてしまう。
わたしって、やっぱり分かりやすいタイプなんだなあと再認識したところで。
「ちょっと待ってくださいッス!」
席を立ち、食堂から一旦出ようとしたわたし達を、聞き覚えのある声が後ろから呼び止める。
「万理? 何?」
そう思って軽く振り向いた、そこに居た万理は―――
「あ、あの!」
今までに見たことが無いくらい。
「ウチにもその講義、聞かせていただけないでしょうか!?」
真剣な表情をしていた。




