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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
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わたしと貴女の時間は

「ほら咲来先輩。これなんかどうですか?」


 隣に座る先輩と更に距離を詰め、寄りかかるというよりは押しかかるように身体をくっつける。そして持っていたスマホの画面を先輩にも見えるように顔の前へと持ち上げ。


「・・・チョーカー?」

「はい、それも」


 すっと指を移動させ、ショッピングカートに同じ商品を2つ、入れる。


「お揃いですっ」


 嬉しくて嬉しくて、笑みを零さずにはいられなかった。

 先輩とお揃いのものを身に着ける・・・こんなに嬉しいことがあるだろうか。


 それもこれも、あの黒永のペアがあたしに首輪でも付けておけと言ってくれたおかげ。そこは感謝しなきゃ。


「これ、首輪の代わりになりますよねっ?」


 るんるんで、嬉しさ爆発を抑えられず、先輩の反応を伺ってしまう。


「そ、それはどうか分からないけど・・・」


 咲来先輩は少しだけあはは、と乾いた笑いを浮かべ。

 それでも―――


「瑞稀の選んでくれたこのデザイン、すごく良いと思う。・・・私たちらしくて」


 顔を赤くさせながら、スマホを持つ私の手に手を重ねてくれる。

 十字架を模した形のチョーカー。


 そう、これは愛のしるし。永遠の愛、その誓いの証なんだ。


「「注文確定」」


 ―――と


 お互いの顔を見合わせ、えへへと笑う。


 ああ、楽しいなあ。

 早く届かないかなあ。1秒でも早く付けて、他の部員たちに見せびらかしたい。

 良いでしょって。あたしは先輩のものなんだって。そして―――


「先輩」


 ぎゅっと、隣に居る咲来先輩の腕を腕で掴んで、組む。


「愛してます」

「うん」

「大好きですっ」

「私も愛してるよ、瑞稀」

「はい・・・」


 この幸せな時間―――

 この瞬間を続ける為なら、あたしはどんなことだって出来る。

 どんなに辛い練習も耐えられるし、どれだけ強い敵が立ちふさがろうと風穴を開けて、ぶっ倒す自信があるんだ。


 先輩との、最後の1ヵ月。


 あたしは悔いを残したくない。

 やり残したことなんて何もなくなるって、絶対に胸を張って言えるようになるまで、ずっと先輩と2人で色んなことをしたい。全てをやり尽くしたい。


 そう、


(全国制覇・・・! 先輩と2人で、あの頂上からの景色を一緒に見る)


 今まで一度も経験したことのない、その体験を。

 この愛しい人と共に―――





「もうこんな時間ですか」


 このみ先輩からダブルス戦術の講義を受けること、約1時間。


「今日はこの辺にしましょうです」

「ふはー。終わったーっ」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、私は後ろへ身体を投げ出して倒れ込む。


「言われた通りにやることと、こうやって意味を理解して自分で考えながらやるって、全然違うんですね」

「私の今までの苦労が分かってもらえたみたいで何よりですよ」

「・・・やっぱりわたし、先輩が居ないと何もできないんですね」


 作戦を考えて、指示を出して、それでも自分のプレーは全力で、一切の妥協を許さず―――

 そんな先輩が居たからこそ、わたしは好き勝手にプレーできてたし、それでここまで勝てて来ていた。ダブルスペアにどっちが上とか無いけれど、やっぱり先輩の方が大変だったんだなあと改めて実感する。


「だからこそ、お前がこうやって作戦や戦術について学びたいって言ってくれたこと、すごく嬉しかったんですよ」

「はい。少しでも先輩の、チームの役に立ちたくて」

「そうじゃないんですよ」


 わたしの言葉を最後まで聞いた上で、スッと遮るようにこのみ先輩は言葉を上書きした。


「藍原。白桜のエースになりたいって言ってたお前を、私のためにダブルスに付き合わせたこと・・・ずっと負い目に思ってたんです」

「先輩っ」

「・・・まあ、こう言えばお前はそんな事無いって否定してくれるんでしょうけど」


 今、言おうとした言葉をこのみ先輩自らが言って、話を続ける。


「その藍原が、率先してダブルスについて学びたいって言ったこと・・・。それを考えると、私のやったことを少しだけ正当化できる気がして、その」

「このみ先輩、全然違いますよ!!」


 我慢しきれなくなって、彼女の言葉を遮ってしまった。

 でも、本当に違うから。

 わたしの気持ちは、そんなんじゃない。


「わたし、先輩と一緒にダブルスが出来たこと、本当によかったと思ってます。だって、今のわたしじゃ文香とは比べるまでもない・・・。シングルス1本じゃ、わたし、大会の登録メンバーにすら選ばれてなかったんじゃないかって」


 わたしは、貴女に。


「先輩とのダブルスがあるから、わたしは今、こうして白桜のレギュラーだって胸を張って言えるんです。先輩と一緒に戦ってきた地区(ブロック)予選、都大会・・・。この経験は、ダブルスやってなかったら1つもわたしの中に無かったかもしれない。だから・・・!!」


 お返しできないくらい。


「あの日、先輩と一緒にダブルス組むって決めて本当によかったって、感謝しきれないほど感謝してるんです!」

「藍原・・・」

「こんなこと言うの、ちょっと恥ずかしいんですけど、言いますね」


 藍原有紀(わたし)の真意を、ハッキリと。

 もう誤解させてしまわないように、先輩の心に届くように―――


「わたしにダブルスを教えてくれて、ありがとうございます」


 これが、わたしの本心なんだ。


「ダブルスの楽しさを教えてくれて、ありがとうございます・・・!」


 包み隠さない、"ほんとう"の気持ち。


「ばっ」


 このみ先輩は、最初にそう言うと。


「・・・ぐずっ」


 一瞬だけ、目に水の膜を浮かべ、それが落ちてしまわないように腕で噴くと、1回だけ鼻をすすり上げて。


「やっぱ藍原・・・お前、重いんですよ、コノヤロウ」


 下を俯き、前髪で表情を隠したまま、弱弱しくそう呟いた。


「だってダブルスのお陰で、わたし、黒永の主力2年生に勝てたんですよ? この経験がわたしにとって遠回りになんてなるはずがないじゃないですか」

「・・・」

「先輩のお陰で実戦に出る楽しさも、試合に勝つ嬉しさも、チームに貢献する喜びも、全部味わえたんです。だから今度は、わたしが先輩に恩返ししたいんです」


 このみ先輩は何も言い返して来ない。

 しばらく黙ったまま、口を押えて下を向いているだけ。


 そして、そのしばらくが終わった後。


「藍原」

「はい」

「やっぱりお前は私の希望です。これまでも、これからもずっと・・・」


 先輩は、ゆっくりと顔を上げ。


「また明日からも練習頑張って、ダブルス2の座、死守しましょうね」


 涙で少しだけ赤くなったその目を輝かせては。


「相棒!」


 ぐっと、拳をわたしの方へと突き出す。


「はいっ!!」


 だからわたしはその拳に、自分の拳をこつんと当てるのだ。


 わたし達は、これで良い。

 何でも言い合える間柄、ちょっと喧嘩っぽくなっちゃうこともあるけれど、根っこの部分では、ちゃんと分かってるから。


 "わたしも先輩も、すごく重い"ってこと。

 相手のことを考え過ぎちゃって、変なところに思考(おもい)がいっちゃうことが多々あるってこと。

 だから照れ隠しに、いろいろふざけたり、軽口を叩いたりするんだってこと。


 それがわたしとこのみ先輩の"パートナー像"。

 たくさんの経験を積んできて、その事が分かり合えたような気がする。


 だから、こんな風に本心をさらけ出し合うのは、たまにでいいんだ。


「えへへ」


 でも、たまには。


「なんですか気持ち悪い」

「なんでもないですー」


 こんなのも良いかなって、そう思えてしまう。

 この時間の甘ったるさ、こそばゆさには、そんな"中毒性"みたいなものがあるんだって、思い知ったような気がした。

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