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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
238/385

1年生(わたしたち)

 もう、朝早くでもなかなか『涼しい』と胸を張って言えない季節。

 そんなときに差し掛かっているんだなあと感じる、本当に朝いちばんから直射日光の鋭い日だった。


「おはようございます」


 言って、玄関を出ると。


「おはよう。藍原さん」


 いつものようにその人は、そこに佇んでいた。


「・・・?」


 けれど、わたしの心の中に少しだけ、何かほんの僅かなつかえのようなものを感じたんだ。


「先輩、何か良いことありました?」

「えっ」


 それを口にすると、燐先輩は何故だか少しだけ動揺し、こほんと咳払いをすると。


「・・・何でも、ないよ」


 明らかに何でもあるという反応をして、目を泳がされた。


「ウソだー! 先輩、さすがにそれはわたしでも分かりますよ、嘘じゃん!」

「う゛・・・。ほ、本当に何でもないの」

「えー」


 わたしが不満たらたらに言い()らして、先輩の顔を覗こうとしたその瞬間。


「おはようございます、新倉先輩」


 あー、


「有紀、貴女ね。部屋のドア開けっ放しで出て行ったでしょう。毎日言ってるわよね、扉や棚は開けたら閉めてって」


 ちっ。


「うるさいのが来ちゃった・・・」

「誰がうるさいって!?」


 これで先輩を追求するのは無理になっちゃったっぽい。

 けれど。


(先輩が嬉しいなら、別にいいんじゃないかな)


 そんな事を思う自分も、同時に居て。


「今日は軽めに走ろうか。終業式の後、ずっと練習だから体力温存しとかなきゃ」

「はい! 全力全開でいきます!」

「話を聞きなさいって」


 こうやって燐先輩と文香と一緒に走るのも、なんだか久しぶりな気がする。

 おかしいな。昨日もこうして集まったはずなのにな。


「よし、いこう」


 そんな謎の感慨と共に、走り始める。

 今日という日をより良い1日にするための、自主練習を―――





「さあさあ気合入れていきましょう! 一球入魂!!」


 それは正午の休憩が終わり、午後の練習が始まってしばらく経った頃。

 都大会で登録メンバーを外れた2年生のダブルスプレイヤーの子たちに、システムやフォーメーション、連携の動きを説明していた時のこと。


「都大会優勝して浮かれてる暇はないですよ! みんな気を引き締めて」

「藍原、うるせえー!」

「"これ"しか出来ないものですから!!」


 コート内から聞こえてきた一際元気な声に、思わず目線がいってしまう。


「コーチ?」


 と、教えていた彼女たちに指摘されてしまうくらいには。


「ご、ごめんなさい。えっと、ここの動きはですね。まず前衛が打球を―――」


 いけないいけない。

 教える側に身が入ってなかったら、選手たちに伝わるわけがないんだ。


「藍原さん、元気ですねー」


 ボールの満載された籠をコート内に運び、脇で練習を見守る監督に返事はもらえないだろうなという音量の声をかけてみた。


「都大会、特に準決勝と決勝が余程自信になったんだろう。今の藍原からは覇気のようなものを感じる」


 すると、彼女は私のつぶやきにも似た言葉にしっかりと返事をくれたのだ。


(私はダブルス2を生では見られなかった)


 昨日、試合ビデオを選手全員で見直していた時のことを思い出す。


『この時の藍原、ほんと凄かったですよ』


 菊池さんの言葉に、部員たちがふと彼女の方を振り返る。


『めちゃくちゃ調子が良さそうでした。正直、こいつどこまでいくつもりなんだろうって本気で思うくらい。見てくださいこのサーブ、あの黒永の選手がロクに前に飛ばせてないでしょう』

『ほんとだ、力に押されてる』

『このみが言うんなら間違いないね』


 それを聞いた藍原さんは、いつものようにえへへと笑って後頭部を押さえていたけれど。


(映像を見た限り、"黒永のレギュラーが押されていた"のは間違いなかった)


 事実として彼女は降雨を機に調子とリズムを完全に崩してしまった。でも、もし、あの雨がなかったら・・・。

 菊池さんの言うように、"どこまでもいってしまっていた"かも。

 そんな希望と夢を抱かせてくれるようなプレーをしていたのは、確かだったのだ。


「不調のイメージを引きずらないのは、さすが前向きな藍原さんですね」

「菊池も言っていたが、勝ったのが大きいな。あの試合展開で負けていたら、大きな傷になって残っていたかもしれない」

「よくも悪くも、本人が勝ち負けにかなり拘るタイプですからねー」


 結局、起因するのはそこだ。

 勝ってしまえばある程度の悪いイメージは勝利の味と感触で拭いきれる。

 逆に、負ければどんなに良い感覚を掴んだとしても後味が悪いものになるのは避けられないだろう。


(でも、乗り切った)


 そして彼女はその決勝戦を自信に変えて、今日も大きな声を出して練習している。

 それが全てを物語っていた。

 強いメンタル、不屈の闘志、常に上を向く向上心―――これらは誰もが持っているものではない。いや、逆に中学生の女の子ではこの辺りの要素がぐらぐらになって落ちていく選手の方が多いのだ。


「あいつが元気に上を向けば、チームにも活気が生まれて強く結束できる」


 もしかして、私は初めて―――


「そういうチームは、強いぞ」


 監督が藍原さんを手放しで褒めているのを、見たような気がする。





「水鳥さん、今日はこの辺でやめようか」


 練習を補助してくれてる先輩の1人が、"終わり"を持ちかけてくれるが。


「・・・すみません、もう1本お願いします!」

「だ、大丈夫? そろそろ休憩挟んだ方が」

「ラスト10本だけ、お願いしますッ!」


 私はその提案を振り切って、首を横に振る。


「じゃ、じゃあラスト10本ねっ」

「はい!」


 まだだ。

 こんなんじゃ、全然。


 ―――脳裏に過ぎるのは、決勝戦での光景


『これが中学テニスの全国レベルなのだよ♪』

『生意気ちゃんへのお仕置きの時間だよ♪』

『天才の称号は―――』


 そこまで思い出したところで、悔しすぎて頭が再生するのを止めた。


 そうだ―――

 私はあの人に、全然及ばなかった。

 遊ばれた感覚すらある。


 基礎や基本も全然足りてなかったし、私にはあの人のライジングみたいな分かりやすい武器も無い。結局、プレーを裏付ける地力があの人にはあって、私には無かったんだ。

 無い無い無い、水鳥文香(わたし)三ノ宮未希(あのひと)に勝てる要素は一つも無かった。


 自分なりに上手く立ち回ったとか、関係ない。

 そんなの自分に言い訳してるだけ。


(悔しいって気持ちを、耳触りの良い言葉で紛らわしてるだけ・・・!!)


 "そこ"に溺れたら、私は二度と強くなれない。


 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 ボロ負け、完敗、みっともない・・・そんな言葉で自分の試合を振り返りたくない。


 そのためには―――


(強くなるしかない!!)


 私と中学トップレベルにあるれっきとした差、それを少しずつ詰めていくしかない。

 どのみち、ここから先の対戦相手なんて関東レベル、全国レベルのシングルスプレイヤーばかりだ。

 私がこのシングルス3の座を守るには、そういうプレイヤーに勝っていって、監督や先輩たちに信頼してもらえるような選手にならないとダメなんだ。


『もう、貴女の知ってる水鳥文香(わたし)じゃない』

『ふみちゃん―――』

『・・・私は貴女に付き合って地獄(そんなとこ)へ行くつもりなんて毛頭ない』


 葵は、最後まで私のことを想ってくれていた。

 その彼女に対して、あそこまで大見得を切って、突っぱねるようなことして、こんなレベルじゃ・・・次、葵に会った時、私は自身を持って現在(いま)の自分を誇れるだろうか。

 あるいは葛西第二の志水さん。部長として全てを懸けて私との戦いに挑んできた"彼女の夢を潰して"、私は今ここに居る。こんな中途半端な私で、その現実を受け入れられる?


(今の私の中には、私と戦ってきた選手達が居る・・・!)


 地区(ブロック)予選。

 都大会1回戦、2回戦、準々決勝、決勝。


 強敵たちと、戦ってきた。

 彼女たちと戦ってきた足跡が、印が、記憶が・・・私の中にしっかりと存在する。


(この経験を、強くなる糧にしたい)


 出来るはずなんだ。

 先輩たちはみんな、そうやって経験と研鑽(けんさん)を積んで強くなった。新倉先輩や、部長だって。


 だから、私にだって出来るはずだ。

 過去の戦績の上に立って戦うことが、可能なはずなんだ。


 ―――ボールを追いかけるその向こうに、彼女たちの"本気(かげ)"を重ねる


 彼女たちが放った、その1球だと思えば。


「ッ!!」


 ラケットに確かな感触を感じ、それを流すように正面へ。


「うわ、すごい」

「今のよく追いつけたね!」


 周りで見ていた先輩たちが、そんな賛辞を送ってくれる。

 でも。


「まだまだです・・・」


 ゆらりと体勢を立て直し、リストバンドで顎から零れかけていた汗を拭う。


「もっと、強くならなきゃ」


 そして、視線を上に向けるんだ。


「"あの人たち"に勝てるように、もっと―――」


 私は立ち止まれない。立ち止まらない。

 私の横には凄い速度で今、加速している子が居る。彼女に置いて行かれないためにも、私は。


 同じ速度で走り続けて、彼女と同じくらいの加速をしなきゃいけないんだ。


 ―――同じ1年生、同じレギュラー


 私と有紀を繋ぐもの。


 ―――同じ部屋

 同じ、―――


 きっとそれって、とんでもなく硬く、"強い"ものだと思うから。

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