表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
237/385

今すべきこと

「昨日の反省会でも言ったが、決勝戦は全員よく戦った。普段の練習での結果を120%出し切れたからこその都大会優勝―――これは誇れることだ」


 午後の練習前、監督は部員全員を集めこの話から切り出した。


「だが、いつまでも勝利を喜んでいる暇はないぞ。来週には関東大会が、その先には全国が待ち構えている。もう次の戦いは始まっているんだ」


 この言葉で、今までの『都大会』から、戦いの舞台が変わったことがわたしの中でも明確になったのだ。


「強豪揃いの関東大会、特に他校からすれば王者黒永を倒した白桜(ウチ)に照準を合わせてくるチームも少なくないだろう。対策されても勝てるテニス、全力で向かってくる相手を打倒す力強さ、本当の意味でのチーム力が重要になってくる」


 1つ上のステージでの戦い―――それこそが、関東大会。


「関東大会になればもう一度登録メンバーを選び直すことになる。基本的に都大会のメンバーで考えているが、『絶対』は無いぞ!」


 ―――なんだろう、


「全員、それを肝に銘じて日々の練習に励んでもらいたい」

「「「はい!!」」」


 お腹の底から、力の入った声が出た。

 しばらくその理由を考えて、わたしなりに分かったことがある。


(レギュラーを護る側に、なったんだ―――)


 都大会、特に最後の3戦・・・わたしはずっと試合に出ていた。

 公式戦に出ることに、慣れ始めてきたんだ。

 だからだろう。

 強く思う。


(この椅子を、誰にも渡したくない・・・!!)


 誰にも、だ。

 たとえ先輩だろうと関係ない。

 一度掴んだこのレギュラーの座を、絶対に下りたくない。

 だって。


 ―――きっと『エース』の勝負する場所はそこじゃないから


 わたしみたいな1年生が何言ってるんだって思われるかもしれないけど、それが今のわたしの気持ち。


("あの人"や)


 決勝戦シングルス1。


("あの人"みたいになるには)


 戦っていた2人のことを、瞼の裏に思い出す。


(もう1つ上も2つも上のランクに行かなきゃ)


 自分が綾野さんに向かって、宣言したことを思い出す。


(わたしは、エースになるんだから!)


 そしてその為にはまず―――


「よし、じゃあまずランニングから。みんなで大きく声出していこう!」

「「「はい!」」」


 ランニングだ!!





「決勝戦はキツかったですね」

「はい」

「ぶっちゃけ、私は負けを覚悟した瞬間がいくつかありましたよ」

「・・・はい」

「それでも、勝った」


 練習用コートのフェンス外、他の選手の練習が見えるところで―――このみ先輩と、作戦会議。


「これはデカいですよ」


 その話は、実は昨日も帰りのバスの中でしたのだ。


 昨日の試合。

 試合途中、好調だった状態が音を立てながら崩れていくのが自分でも分かった。

 雨のせい―――そう言ってしまえばその通りなんだけれど、この先、試合中に雨が降ってくるなんてことは確実に"また"起こりうるだろう。


『過ぎた事はいい。問題は次です。次、お前にあんなザマを露呈されると私が困るんですよ』


 その言葉をかけられたのは、閉会式で"優勝"を表彰された1時間後の話だ。

 都大会優勝記念の写真や、記者さんに取材される部長や燐先輩を横目に見た、その後の話―――文字通り、冷や水を浴びせられた気分だった。


 だが。


『それでも勝った』


 ―――これはデカい、と


「私がお前より前に立って守りのテニスをしながら勝つ、なんて少し前の私たちじゃ考えられない話でした。それが出来たのは藍原、お前がダブルスの動きに慣れてきた証拠ですよ」

「いえ、わたしはそんな・・・」


 そんな事言ってもらえるような内容じゃなかった。


「このみ先輩に言われたことを、このみ先輩に言われた通りやっただけで、別にわたしは何も考えてなかったですし・・・。先輩が考えなくても出来るようにしてくれてたっていうか」


 あの試合で足を引っ張ったのは、完全にわたしだ。


「・・・ふむ」


 わたしの言葉を聞くと、先輩は口に手を当てて何やら思案すると、じっとわたしの方を見つめてきた。


「な、なんですか」


 そんなに見つめられるとさすがに恥ずかしいですっ。


「藍原、ダブルスのシステムとか作戦、戦術・・・覚えてみる気はないですか?」

「えっ」


 ―――急な言葉に、思わず言葉が止まってしまう


「あ、あのっ。さっきのは別に先輩の作戦に文句があるとか、そういうことじゃっ」

「そういうことじゃないのは分かってますよ。ただ、今後ダブルスをやっていくのに、より高いレベルを求めるのなら、お前が自分で作戦を考えたりしてくれれば楽っちゃー楽なんですよね。私もプレーにより専念できますし」


 今まで、考えもしなかった。

 そんな余裕が無かったからだ。

 自分がプレーすることに、このみ先輩の足手まといにならないことに必死で。


「ただまあ、元々シングルス志望の藍原にこんなことを要求するのは、その」

「やります!!」


 くい気味で、このみ先輩の言葉を遮る。


「別に無理にって話じゃないんですよ?」

「ぜんぜん、そんなこと思ってません!」


 そうだ。だって。


「目の前のことにベストを尽くせないわたしが、エースになんてなれるわけないです!!」


 ダブルスとかシングルスとか、関係ない。

 今、わたしに求められてることは何だ。

 チームのために1つでも多くのポイントを獲って、敵に勝つことだろ。

 プレイヤーがコートの中で最も優先して考えることって、それ以外無いと思うから。


「わたしに出来ることがあるなら、全力でやりたい!」


 コートの外で考えられることがあるなら、学んでみたい。


「わかりました。じゃあ夕食後、私の部屋へ来いです。ダブルスの作戦戦術の放課後レッスン、今日からやりますよ」

「はい! このみ塾ですね!!」

「いやこのみ塾って」

「このみスクールの方が良いですか!?」

「・・・このみ塾でお願いします」


 やるべきことは、いくらでもある。

 でも、今はそれを全て吸収したいって、そう思うから。


 ダブルスを"極めるための"レッスン―――楽しみ!





 夕食を終え、私は自室へと歩みを向ける。

 部屋に戻るとスマホの着信を確認。すると―――


「・・・?」


 普段は使わないメールアドレスに、1件。

 新着のメールが来ていたのだ。


(なんだろう。ラインじゃなくて、わざわざメールで)


 両親からの連絡なら、スマホなど介さず直接学校か、寮の電話に直通してくるだろう。あの人たちはそういう人だ。

 だから、ラインでもなく、電話でもない、メールという通信手段で連絡を入れてくる存在に、心当たりがなかった。

 いや、違うな。ただ、忘れていただけなのだろう。


「・・・!」


 ―――その名前を見た瞬間、


(悠)


 ―――ドキン、と心臓が痛いくらいに大きく高鳴ったのを感じた


(・・・)


 宛先には、双子の妹のうち―――遠方のリハビリセンター近くの学校へと進学した、『新倉悠』の名前が表示されていた。


(どうして)


 まず、それが頭を過ぎる。


 雛ほどではないにしろ、あの子だって私のことを良くは思っていないはずだ。

 実際、あの件以来、あまり良好な関係は築けていなかった。その彼女から、私へ―――一体、何の用事なのだろう。

 スマホ画面を押そうとする人差し指が、少しだけ震えた。


 躊躇する。

 このメールを、開いていいのかどうか。


(―――)


 だけど、勇気を持って。


(・・・!)


 その新着メールを開いた。


『今日、久しぶりに姉さんと話がしたいです。通話できますか?』


 そこには、たった一行。そう書かれていた。


(悠、)


 私は、それを見た瞬間。

 スマホの連絡帳から妹の名前を引っ張り出し。


(ありがとう・・・! ごめん―――)


 すぐに、通話ボタンを押した。


(かかって。お願い、お願いだから・・・!!)


 私は姉として、家族として、1人の人間として、大きな間違いを犯した。

 それは都大会準決勝、緑ヶ原戦―――あの時、確信に変わった。

 自分が何もしなかったせいで、姉妹はバラバラになり、あんな結果を招いてしまったのだ。


 雛と和解するには、恐らくもっともっと膨大な時間が必要になる。

 でも。


(悠となら・・・!)


 だけど、今この時を逃したら―――それを想像するのが怖かった。

 あの子まで、私が何もしなかった臆病さのせいで、私のことを恨むようになってしまうことを想像すると、居てもたってもいられなかったのだ。


 プツッ。

 小さなラップ音が聞こえたその刹那。


『・・・もしもし』


 電話越しに、そんな小さなささやきに似た声が聞こえてきた。


『姉さん・・・だよね?』


 その声は何かを手探るかのように、弱弱しく。

 そしてその真っ暗闇の中でも、確かに何かを求めているような―――"やさしさ"が込められていた。


「うん。そうだよ。・・・悠、あのね」


 言うんだ。

 自分の素直な気持ちを、想いを。

 もう絶対に、間違い得ないように―――


「ずっと、謝りたかった」


 貴女にとって、私が。


「ごめんなさい・・・っ」


 邪魔な存在に、なってしまわないように。


『ね、姉さん!? どうしたの急にっ』


 想定外の言葉に、悠は相当驚いたのだろう。

 声のボリュームを2つくらい大きくして驚きの意志を示すと。


『わ、私、姉さんにそんなガチ謝罪されるようなこと、心当たりないんだけどっ』


 あわわと慌てふためいて、その後ゆっくり深呼吸する声が聞こえ。


『・・・何から、話そうかな』


 妹の困ったような―――そして何故だか、少しだけ嬉しそうな―――そんな声が聞こえたことで、私の中でも1つ、問題が一歩先に進んだ。そう思えるような、不思議な感覚に包まれた自分が居ることが・・・。


 単純に、嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ