祝杯!
「えー、皆さん」
静かな食堂に、小椋コーチの声だけが響き渡る。
「今日・・・ひいては今大会を制覇出来たのは、日ごろの練習の成果と、」
緊張からか、少しだけ上ずった声。要領を得ない話の内容。
ここに居る全員の視線が彼女に注がれ、その時をまだかまだかと待っていた。
「えー・・・と、それを実践できた皆さんの頑張りがあってのことで」
「もうっ、コーチ長いよ。はいみんなコップ持って」
「あ、ちょ、久我さ」
痺れを切らした部長がくい気味に会話に割り込み、無理矢理音頭を乗っ取ると。
「都大会優勝! おめでとー! かんぱーい!!」
「「「かんぱーーーい!!」」」
部長の乾杯の後に続くように、90人弱の大きな、そして柔らかな声が場を駆け抜けた。
そう、わたし達は寮へ帰ってきてお風呂に入り―――
都大会優勝記念の大宴会が今まさに始まったのだった!
「うう゛・・・ぐえっ、実はウヂぃ、ずっと姉御のごど、心配゛で心配゛でえぇ」
隣の万理は大粒の涙を流しながら、大皿の上にあるお寿司を掴み、醤油につけてそのまま口に頬張りながら、それでも涙を流し続け。
「姉御はウヂの希望なんスよ゛ぉ・・・憧れてるし、ホント大好きだし、寧ろ羨望を通り越してホンド好きっでいうか・・・」
更にペースを上げてお寿司と、近くにあった揚げ物惣菜を食べてはお茶で流し込むことを続けていた。
「あの、万理。酔ってないよね?」
「酔ってないッス!!」
「それ酔ってる人の台詞だから・・・」
当然、中学生の宴会にアルコールなどあるわけ無いのだけれど。
「2軍はさっき、帰ってきた後に少しだけ外周走ってたのー」
ちょっとキツいランニングした後って。
「1番いい感じにお腹空いて1番美味しくご飯食べれる時じゃん!」
「このお寿司マヂ美味いッス」
ご飯美味しくて涙が出てきて、そのままテンションおかしくなっちゃったってこと・・・?
「なんだよー、万理だけズルい! わたしも食べる!」
心配して損した・・・。
そしてその心配が解けたと同時に、今まで都大会に臨んでいた緊張状態から、ほんの少しだけ解放されたような気がしたのだ。不思議なことに。
(そっか、わたし達・・・)
―――勝ったんだ
こんな宴会が開けているというのが、何よりもの証拠。
準優勝だったら、こんな風にはめを外して大騒ぎしながら喜べはしなかっただろう。
「でも有紀ちゃん、本当にかっこよかったの」
コップに入ったお茶を見つめながら、海老名先輩がしみじみと。
「黒永のレギュラー相手に互角以上の戦い・・・それで勝っちゃうんだもん。きっと、今日の試合でファン増えたと思うの」
「えぇ? わ、わたしにファン・・・ですか??」
「結構居るの」
マジですか、心底驚きました、と正直に言葉を吐露すると海老名先輩はゆっくりと顔を横に振って。
「・・・ファンが増えたら、競争相手も増えるから・・・。私的には、ちょっと困っちゃうかもなの」
「海老名先輩」
対面に座る海老名先輩に、手を伸ばすことは出来ない。
もし隣でこんなかわいい人がこんなこと言ってたら、我慢しきれなくなって、ぎゅーっと抱きしめずにはいられなかっただろう。
「分かりますッス・・・んぐっ。あ、ちなみに姉御のファン1号はウチなんでそこンとこよろしくッス!」
隣に座っているのが、万理で逆に良かったのかもしれない。
◆
「で、怪我の具合はどうなの?」
「まあ、数日間は患部を固定して安静にしてろって言われたけど・・・それだけだよ」
真緒の質問に、まりかはケロッとした表情で語る。
いつものように、飄々と。
「関東大会には間に合うし、間に合わせるさ」
「それを聞けて良かったですよ」
「みんな、心配し過ぎ」
「いやそりゃするでしょ」
「真緒は怪我のこと知ってたんでしょ? どーして言ってくれなかったの!?」
「それは・・・あはは・・・」
ポーカーフェイスの真緒が、明らかに視線を泳がせ、頬を人差し指でかきながら。
「私が黙っててって言ったんだ」
「まりか!?」
「もういいよ、真緒。過ぎた事だし、大したことも無かったわけだから」
なるほど。
そこで私は、この件に関しての輪郭を大体わかった気がした。
「部員に心配をかけたくなかったんだよね?」
私が、そう小さく呟くと。
「咲来は何でもお見通しだね」
まりかは少しだけ嬉しそうに、満足げに頷く。
「確かに、あの雰囲気でしたからね・・・。変な情報が出回ると、急転して試合の流れが綾野の方に傾いた可能性も無きにしも非ずでしたよ」
このみが手近にあったエビフライを頬張りながら、同調してくれた。
「紙一重の試合だった。まりかなら勝ってくれるって信じてたけど、怪我してるって分かってたら、ちょっと怖かったかも」
このみと並ぶと親と子ほどの座高差がある智景も、うんうんと頷きながら理解を示してくれる。
「えへへ・・・心配かけてごめんね。これじゃ部長失格だね」
「そんなことない」
だから、自嘲気味に言うまりかを。
「1人で全部背負おうとしたまりかのこと、私誇りに思う。でもね、私たち仲間なんだよ。試合以外のことでだったら・・・貴女の力になりたいって、みんなその想いだよ」
私が、せき止めるんだ。
どこかに傾いてしまわないように、倒れてしまわないように、私が彼女を支える。
―――それが、副部長の役目だから
「あ、ありがとう」
「おー。なんだ良い雰囲気だぞ」
「すげー良いチーム感出てるじゃないですか。ちょっとクサいです」
「や、実際めちゃめちゃ良いチームだし」
「そうだぞー」
言って、みんなで笑う。
ここまで2年半・・・長かった。
私たちはようやく、宿敵黒永を打倒して、都大会優勝の栄誉を手にしたんだ。
何度も挫けかけた。何度挑んでも跳ね返してくる最強の壁に、絶望しかけた。
でも。
(諦めなくて、よかった―――)
今は心の底から、そう思えるんだ。
◆
「・・・」
先輩たちが笑っているのを見ると、安心する。
ああ、このチームはぜんぜん大丈夫なんだって。
だけど―――
(・・・)
ぶすっと不機嫌そうな表情をしながら黙々と食事をする河内さんを真正面に見るこの席だと。
(うん、なんだろう)
少し複雑な気分。
「あら新倉さん。箸が進んでないようですけれど」
「仁科さん」
「疲労で喉を通りませんか?」
空いていた隣の席に、仁科さんがすっと座る。
「そういうわけじゃ、ないのだけれど」
「何かご心配事でも?」
どうしよう。
言おうかな。でも言っても仕方のないことだし。
愚痴みたいになっちゃうかな・・・。
私は、意を決して。
「今日の試合、先輩たちの足を引っ張ってしまった」
口に出してみることにした。
「はあ? 貴女が?」
それに対する反応が、予想していたものとはだいぶ違うものだったのには、少し驚いたけれど。
「いや、だって負けたし」
「あのですねぇ。シングルス2で東京四天王の一角、敵ダブルエースの1人とほぼ対等の試合をした貴女がそれだとしたら、試合に出てない私の立場はどうなりますの? 腹を切って詫びろと?」
「そ、そんな事は」
「勝利の宴を開いている時に、そんな顔してしょぼくれられたら興が削がれますの!」
あれ、なんで私、説教されてるんだっけ・・・。
「新倉さん! 貴女とは一度、一対一でお話してみたいと思っていましたわ。丁度いいことですし、しましょうよ、お話」
「いや私は別に・・・」
まずい。
これは捕まったら面倒なパターンだ。
「ちょ、ちょっと用事が」
焦って席を立とうとしたその瞬間。
「逃・が・し・ま・せ・ん・わ・よ?」
私の首根っこを掴んだ仁科さんの顔は、影のある満面の笑顔だった。
「ちょっと待って、河内さ」
死なば諸共だ。
彼女も道連れにと声をかけようとしたが。
「あれ・・・?」
正面の席には、既に彼女の姿は無かった。




