彼女たちの勝因と、これから
「最後まで諦めない、という白桜が目標にしてきたテニスが出来た結果だと思います。選手たちを褒めてやってください」
囲みの優勝監督インタビューで、篠岡監督はいつも通り、淡々と言葉を綴った。
ただ、いつもより気持ち嬉しそうで、そしてその何倍も疲れたような声色だったのは、恐らく私の気のせいではないのだろう。
「では、関東大会へ向けて一言いただけますか」
「また明日からです。チームの気持ちも戻して、ゼロから出発します」
上司兼先輩が問いかけた言葉に、篠岡さんはゆっくりと頷きながら答えた。
「嬉しくないんですかねえ」
その取材の帰り、ぽつぽつとしか人の居なくなったコート場で、私は首を捻る。
「3年間、負け続けた相手にようやく勝てたんですよ。もっとこう・・・泣くとか、わーっと興奮するとか、ないんですかね?」
私だったらそれこそ大騒ぎしちゃうけどなあ。
「都大会優勝は誇るべき成果だったでしょう。でも、まだこの先は長い・・・。そんな中で、選手を管轄するトップがそんなにはしゃぐことは出来ないんじゃない?」
「そういうもんなんですかねぇ」
イマイチ納得できないまま、視線をコートの中へと遣る。
「結局、何が勝敗を分けたんでしょう?」
気になるのは、そのこと。
勝負を分けた"分水嶺"。
「ギリギリの試合だったわ。ミスも少なかったし、両者の力量は拮抗していた。何か少しでもバランスを欠けば、試合結果は大きく違ったでしょう」
「下馬評では完全に黒永有利でしたよね」
「そりゃあ春の全国準優勝チームですもの」
―――そう、
白桜は名門とは言え、あくまで"東京都"で2番目に強いチームだった。
対して、黒永は『全国』でもトップレベルのチーム力を持つ中学―――1ランク、レベルが違うチームと言っていい。その実力差をひっくり返して、白桜が優勝できた理由。
私はそれを知りたかった。
「白桜が勝った3試合は全てタイブレークにまでもつれ込んだ試合。ここ1番での勝負強さが光ったってことですか?」
ダブルス2、ダブルス1、シングルス1。
白桜が獲った試合のスコアは全て7-6。逆に言えば、黒永はタイブレークで攻めきれなかったという見方も出来る。
しかし。
「・・・これは、都大会全体の勝因とも言えるのでしょうけれど」
上司が出した答えは、それとは違うものだった。
「白桜はこの都大会―――いいえ、地区予選も含めて・・・ダブルスで負けた試合が、たったの1試合しかない」
「!」
「負けた1試合は、都大会準決勝のダブルス1、東京四天王と呼ばれた最上さん率いるペアに。でも、この1敗しかしてないの」
そうか・・・。
この人が何を言いたいのか、なんとなくだけど分かった気がする。
「春大会での敗因を、篠岡監督は『ダブルス2、シングルス3を固定できなかったこと』と語っていた。でも、今大会ではそのウィークポイントだったダブルスを完璧に補強して臨んできた・・・。それが直接の勝因に繋がったって事ですか?」
私が必死に考えた答えを話すが。
「そこまでじゃ、半分ね」
上司はちっちっち、と人差し指を振る。
「白桜のダブルス2のメンバー・・・熊原さん、菊池さん、仁科さん、藍原さんは、春大では登録メンバーにすら入っていなかった子たち」
「あっ」
そこで、改めて気づく。
「そして付け加えるのなら、シングルス3を任されていた水鳥さんも1年生・・・春には居なかった」
白桜が、"この数か月で得たもの"に―――
「"新戦力"、ですか・・・」
「その通り。白桜はこの3カ月で、春の大会では登録メンバーにすら選ばれなかった選手たち、そして新しく入ってきた1年生にいち早く目を付けて、夏の大会で大車輪の活躍を見せるほどにまで育て上げてきた」
つまり、それらのメンバーをダブルス2、シングルス3に抜擢することで、春大での弱点を完全に補ってきたのだ。
「ダブルスが僅か1敗しかしていないその事実が、白桜のしてきたことの正しさを証明しているわ。それに、水鳥さんをシングルス3に抜擢することでシングルスの層は格段に厚みを増し―――エースの久我さんを、この決勝戦までほとんど使うことなく温存できた。これも大きい」
「温存・・・」
「どんなにタフな選手でも、全力を出す試合を繰り返していけば必ず疲弊する。特にタイブレークに持ち込むことになるような試合だとね。久我さんはこの決勝までほとんどの試合で出番なく、その体力的な疲弊が限りなく少なかった。対する綾野さんは・・・」
そこで、"あの試合"に思考が繋がった。
「準決勝、初瀬田戦の、鏡藤さんとの試合」
勝ったとはいえ、かなり追い詰められた試合だった。
久我さんとの決戦前に、あんな大試合を経験していたのだ。あそこでの疲労が、まったく残っていなかったと言えば嘘になるだろう。
「待てよ。そう言えば春大の久我さんは、連戦連戦で疲弊して決勝に臨む時には疲れ切っていた・・・そう考えると」
「奇しくも、春大とは立場が逆転した格好になったわね」
・・・なるほど。
それらが複合的に重なって、結果―――白桜が黒永に勝つという、下馬評をひっくり返す下剋上が完成したわけだ。
「かー、そこまでは思い至りませんでしたよ。まだまだ修行しないとダメですね!」
一眼レフのカメラを構えるフリだけして、シャッターは押さない。
このカメラはJCの写真を撮る為だけに存在してる!それ以外のものは一切撮らん!!
「"春の大会には居なかった新戦力"をチームの中核に据えて戦った白桜の勝利・・・これは、今後の戦局に少なからず影響を与えそうね」
「? どういうコトっすか?」
私がまた呆けていると。
「我が校も白桜のように・・・と、1年生を積極的に起用してくるチームが増えてくるかも、ってことよ」
上司はそれだけ言い残して、くるりと踵を返す。
「帰るんですかー?」
「今、ここで話したことを記事に起しておきたいしね。アンタも編集部に用事あるんじゃないの?」
本当は、大した用事は無いのだけれど。
「そうですね。ご一緒しますよ」
もうちょっと、この人と今大会についての考察や総括、意見を交わしたい。
そんな思いが勝って、私はガラにもない嘘をついてしまった。
(まだまだ、話したいことはいっぱいあるんですよ)
主に、私側からの意見を言えていない。
そしてその意見に対するこの人の反応も、知っておきたい。
だからしばらくの間―――ドライブデートとしゃれ込むことも、悪くないと思ったんだ。
それじゃあ。
「先輩は、この都大会で誰が1番かわいかったですか!? 好みの選手でも可です!!」
私の話題を、始めようか。
「やっぱ私のイチオシは水鳥文香ちゃんなんですよねえ! あの儚げな雰囲気がある銀髪が正統派美少女感あって良いじゃないですか!」
「ちょ、ちょっと」
「でも実は三ノ宮未希ちゃんのかわいさってみんな気づいてないだけですごいと思うんですよ! ああいう子ってお化粧とかするとホント化けるタイプ。本人の性格的にもお願いしたらお化粧くらいさせてくれそうじゃないですか。あとね、これ意外に思われるかもしんないんですけど楠木八重ちゃん好きなんですよー。なんかこう・・・ね! 王道のロリ感が堪らんというか、あとですね! 白桜の登録メンバー外に海老名流ちゃんって娘が居るんですけど、この子めちゃくちゃかわい」
お宝フォルダ行き間違いなしの写真をバーッとライブラリから厳選し、上司に見せながら早口かつ、上手く伝わるようにお気に入りの子のプレゼンをしていたが・・・。
「ねえ! どうですかね!?」
気づくと、彼女の姿が遥か数十メートル先に見えた・・・逃げられた!
「ちょ、先輩待ってくださいって! あ、このまま置き去りにする気でしょ! 勘弁してくださいよマジで!!」
1日の終わり。
陽が沈みかけているテニスコート場の外苑を、全力で駆ける。
やっぱり運動してる中学生ってすごいな。
私の場合、10秒走っただけでもう死にそうです。




