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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
233/385

VS 黒永 シングルス1 久我まりか 対 綾野五十鈴 10 "まりかと五十鈴"

 私のサービスから。

 今現在ポイント5-4、1点リード。


 この2ポイントを獲れば、試合は終わる。

 圧倒的に優位・有利な状況にまで、まりちゃんを追い詰めた。しかし―――


(この決勝戦、何度もそういう場面をひっくり返されてきた)


 私だけじゃない。

 他の試合においても同じことが言えるだろう。

 今日の白桜は、そういうような雰囲気・・・土壇場での勝負強さを見せてきている。これを偶然(たまたま)幸運(ラッキー)の一言で素通りしたら、確実に大きなしっぺ返しを食らうことになるんだ。私の勘がそう告げていた。


 天の運、或いは勝負の(めぐ)り。

 何かの要因が、公平なはずの天秤を傾けている。


 ならば。


(慎重に、確実に、間違いなく―――)


 100%の確率で勝利することが求められる。

 だから、私は。


「ッ!!」


 ここで、勝負を懸けた。

 全力のサーブを、フォルト覚悟で打ち込む。


 それが引っかからずにサービスコートへ落ちた。第一の賭けはクリアだ。

 まりちゃんは、それを。


(返して来た!)


 今のサーブ、快心の当たりだった。

 普通なら―――まりちゃんほどの熟練されたプレイヤーじゃなければ、確実にサービスエースを獲れていたと確信できるほどの。


 だから、レシーブのコースが甘い。さすがにあれは厳しいところには返せなかったようだ。

 ほぼど真ん中に返ってきたレシーブを―――


 ―――視線を向かって右側、まりちゃんから見て左側へと移す


(これで、終わりだよ!!)


 そのコースへ、強打する。

 さすがに拾えないだろう、取れないだろうという自信を持てるショット。


(そうさ、今のまりちゃんなら)


 "右足を負傷している貴女(まりちゃん)なら"、これは拾えないよね!


「!?」


 ―――だから、


(・・・ッ!)


 ―――彼女が悠々とそれを返して来た時、


(おもしろいッ!!)


 この試合で初めて、プランが狂った。


(そこを拾ってくるんだねえ!)


 今日のまりちゃんは。


 だから、私もそれに全力で応える。

 攻め方は間違っていない。向かって右へ、流れるようなスライスショットを―――


 ―――まるで、ブレーキの(イカ)れた暴走車だと思った


 まりちゃんはトップスピードで走りそれを拾い、打ち、がら空きの正面に打ち返してきたのだ。


(・・・怖く、ないの?)


 届かない打球を見送る私の頭には。


(怪我するのが、怖くないの―――?)


 恐怖にも似た疑問が、滔々(とうとう)と流れていた。





 何かで、アスリートは負傷した状態、何かがおかしい時こそ真の力を発揮できると聞いたことがある。

 『悪いところをカバーしようと、他の部分がリミッターを外して本来以上の力を出すようになるから』。

 そんな曖昧で、嘘かホントかも分からない・・・確認しようがない話だった。


 だけど。


(私は今―――きっと、その状態にあるんだろうね)


 自分で、それが分かる。

 右足が猛烈に痛いという弊害はあるものの、それを抜けば、こんなに良い状態は経験したことがない。


(狂気の向こう側・・・)


 そこに立ち入ったものだけが手に出来る力。

 私は今こそ、それを行使しているのだと―――


「ポイント6-5。マッチポイント、久我」


「っはあ、はあ・・・ぐっ」


 思い切り息を吐き出して、何かに耐えるように歯を噛み締める。


「いけー! まりかあああ!!」

「あと1点ですよ!」

「勝て、部長ーーー!!」


『わああああああああ』


 無数の声が重なって、木霊して、打ち消し合って。

 私の頭の上を、耳を、心の内を経過していく。

 ああもう、何言ってるのかよく分かんないよ。聞こえてるのに、脳が理解しきれてないんだ。


 そんな体力も気力も、私には残ってないんだろう。


(あと1点・・・。あと1点だ、まりか)


 耐えろ。

 この1点だけでいい。この1点だけ、死ぬ気で取りに行け。

 私は―――


(テニス部全員の、想いと―――)


 向き合う、責任がある!!


「あと1点だ!!」


 自分に言い聞かせる。


「ゴールはそこだよ、まりか(わたし)!」


 もう無理だと言っている身体を説得する。

 空のエンジンを噴かせて、私を動かす。手足を、頭を、目を、耳を、口を、肌を、神経を、心を、心臓を―――


「あと、たったの1点だッ!」


 ボールを握りしめ。

 目の焦点を合わせ、何万回とやってきたサーブの動作を繰り返す。

 これも1回だ。何万回のうちの1回、いつもと変わらないただの1度―――


「ッぅ!!」


 全身全霊を込めて放った一打。

 それが伝わったのだろう、五十鈴がここに来て更に強力なレシーブを返して来た。


 何よりも強さを求めて続けてきた五十鈴。

 その様を"宿敵(ライバル)"という立場から見続けてきた私。

 私だから。

 私だけが、言える―――安心して良い、


(君は強いさ、五十鈴!)


 リミッターのイカれた右腕が、彼女のレシーブに向かって伸びていく。


(だけど!!)


 ラケットをボールが捉えた瞬間。


(今は、)


 真芯に当たった感触と、腕が千切れるんじゃないかというくらいの力が全てボールに伝わった感覚がした。


(私の方が強い!!)


 打球が直進していくその様子―――それが一瞬一瞬、カメラのシャッターを切ったようにその都度止まりながら、瞳を通して頭に流れ込んできた。


 ネットの上を通過する。

 コート内で跳ねる。

 五十鈴がバウンドに合わせ、目いっぱいの力でラケットを振るう。

 彼女もまた、芯でボールを捉える。

 大きく開かれた五十鈴の目。

 彼女のその瞳が。

 少しだけ、ピントを絞るように小さくなる。

 ボールは突き刺さる。


 ネットへ―――


 そして、力なく落ちた。


「う、」


 自分でも驚いた。


「う゛お゛おぉぉぉぉぉ!!」


 私、こんな声出るんだと。


「ゲームアンドマッチ。ウォンバイ、久我まりか! 7-6!!」


 そのコールを聞いた瞬間、膝から崩れ落ちた。

 それでも、私はラケットを持った右腕も、左腕も、大きく天に突き上げて、顔もそのまま上へ。


 何かを求めるように、上を見続けていた―――





 『エースとは何か』。


 この都大会で、わたしはいくつもの"その形"を見てきた。


 チームを支配するエース。

 チームの為に自分を殺して、役目を全うするエース。

 チームの戦術、戦い方を研究し考えるエース。

 チームの誰よりも強いエース。


 どれもがエースの形の1つだった。

 そう、わたしが見てきたエース達は、みんなが違ったし、その形もチームによってそれぞれだったんだ。


(そして、今日見たもの―――)


 都内で最強の2人が演じた相克。


 プレイヤーとして最強の力を持つエース。

 そして、

 チームの先頭に立って全てを背負ったエース。


 きっとその試合は、わたしの中でも特別な意味を持った。

 この試合を忘れることは、一生無いだろう。


(わたしが、あの人の中に感じたもの・・・)


 いつかの夕暮れで、彼女と出会った時のことを思い出す。

 あの時、感じた言い様のないもの。実体の分からないふわふわした感覚。直視したらドキッとするようなもの。


 ―――きっとそれが、わたしにとっての『エース』だったんだろう


 それが、都大会を通じて―――"形"を持ち始めた。

 輪郭を描き、実体が見え始めたのだ。


 これからもわたしはそれを追い求め続けるし、「エースってなんだろう」と考え続けるだろう。きっと、()めないと思う。


 大きく天に拳を掲げる部長。

 その姿と声を、間近で見て、聞いて、わたしは改めて思った。


(わたしも、『彼女たち』みたいになりたい―――)


 その気持ちはどんどん大きくなって、


(わたしは『エース』になりたがってるんだ・・・!!)


 ――この瞬間(とき)、確固たる"目標"になったんだ

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