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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
232/385

VS 黒永 シングルス1 久我まりか 対 綾野五十鈴 9 "クライマックス!"

 ここまでのタイブレークで、分かったことがある。


 これから始まるこの私のサービスで・・・"それ"を確かめてみようと思う。

 もし、これが確かなら。

 このタイブレーク、私の方に圧倒的な勝機が見えてくる。


(さあ、まりちゃん―――)


 大きなトスを、空へ放り出して。


(―――ラスト・ダンスの時間だよ!!)


 ラケットの最高到達点と同じところまで落ちてきたそのボールを・・・叩く!


 サービスコート内に落ちた打球は、最大限の威力と順回転による加速を以ってまりちゃんのところへ。

 しかし、それを簡単に彼女は返してくる―――そんな事は分かっている。私が検証したいのはそんなことじゃない。

 レシーブをした彼女は、当然前に上がる。

 ネットから少しだけ離れたところ、サービスセンターラインをまたぐような真正面の位置へ。


(ここだ!)


 私の見立てが間違いないのなら―――狙うは、"まりちゃんから見て左側"。

 『右足』を踏ん張ってステップを踏み、加速しなければ追いつけないようなコートの隅。

 外側へ逃げていくようなスライスショットが、より効果的だろう。


 ―――一瞬、


 そう、僅か一瞬だった。

 普通なら見逃しているような間。

 だけど・・・私は見逃さなかった。


 その僅かな時間を、僅かな表情の崩れを、僅かな初速の緩みを―――


 まりちゃんはそれを拾って返すが、私はそれを再びクロスへ―――まりちゃんの左側へ返す。

 そしたら次、彼女は正面に打ち返してくるだろう。

 そのボールにも何とか追いつき、今度はロブ気味に弧を描いた打球をまりちゃんの右側へと打ち上げる。


 それに、彼女は追いつけなかった。


「3-3」


 サービスをしっかりとキープし、試合の主導権を譲らない。


(さあ、このポイントでハッキリさせようか―――)


 今のでだいぶ確信に近いものへと変わった。

 だったら、これで証明させてもらう。

 強いサーブをしっかりと決め、まりちゃんのレシーブを待つ。


 そして私は再び―――スライスショットをまりちゃんの左側へ。


 鈍い。

 やはり、彼女の初速が鈍かった。

 何かを庇っているかのような―――何か、不都合が発生しているかのような、そんな不自然な鈍り。


 その打球でさえ返してくるんだ。

 さすがだよ、まりちゃん。でもね―――


「左側が追えてないじゃん!!」


 分かった。

 明確な確信を以って、そのことを証明できた。


 再び外へ逃げていくようなショットを左側の隅へ―――まりちゃんは、またもや追いつけなかったのだ。


「4-3」


 ぐっと、拳を握りしめる。

 そしてそれをバッと勢いよく掲げ、指示を出した。

 応援団へ―――"例のやつをお願い"、と。


 その合図を見て、応援団の応援が切り替わる。


「あーやーの!あーやーの!あーやーの!」「あーやーの!あーやーの!あーやーのー!」


 応援団全員が、一斉に声をそろえてそのコールだけになる。

 白桜側も頑張っているけれど、ウチの応援には勝てないよ。

 特にこの一糸乱れぬ「綾野コール」。


 私はハニーとは違い、ここ1番の時にしか、自分から応援団に指示を出すようなことはしない。

 だが―――


(今が"その時"だよ!)


 試合の流れを左右する、天王山。

 これからの数ポイントで、この試合は決まる。

 だから、私も全ての手持ちを切っていくよ。


 さあ、まりちゃん。勝負だ。

 この大応援、雰囲気、状況、そして君が抱えた"不安"―――それらを振り切って、それでも私に勝てるっていうの?


(勝てるもんなら、勝ってみなよ!)


 私はそれを真正面から受けて、跳ね返してみせる。


「五十鈴」


 そこで―――エンドチェンジの場面で、まりちゃんが私に話しかけてきた。

 集中が途切れないよう、私は返事をしないようにして、通り過ぎようとしたが・・・。


「この1年間、私は君が経験していないことを経験してきた」

「・・・なんだって?」


 信じられない言葉に、反射的になってしまう。


「それは"部長"としての経験だよ。チームの頭、チームの顔。みんなのまとめ役・・・唯一、君が通り過ぎて私が大事にしてきたもの」

「ハッ」


 何を言い出すかと思えば。


「あのさあ。テニスが上達するのに、他人をまとめる力だとか、数十人の部員を引っ張る力だとかが必要になってくるわけ?」

「さぁ・・・どうかな。それは私にも分からない。だけどね、五十鈴。最初から"そんなもの必要ない"って決めつけて何もやってないことが、プラスにならない事は確かなはずだよ」

「・・・」


 こんなもの、精神的な揺さぶりに過ぎない。

 そして、私はそんなことで激昂したりしないし、プレーを変えることもない。


「私は、部長職をやって、私なりに色んなものを得たつもりだ。それをテニスに活かせるかどうかは私次第・・・、五十鈴。君に勝てるなら、"それ"しかないと思ってる」

「ふうん。じゃあその実体のないものにすがると良いさ」


 言って、ネット際から離れていく。

 並の精神力(メンタル)の選手なら、その挑発にも乗ったかもね。

 だけど、私は揺るがない。揺らがない。そんなもの程度で、この状況をひっくり返せるものなら、見せてみて。


 私は―――負ける気なんて、一切ないよ。





(まずいな)


 こんな時になって。

 今更になって。


(足首が、痛くなってきた・・・)


 じんじんとした、大きな痛みが繰り返す痛み方。

 ああ、こりゃ絶対腫れちゃってるな・・・。

 よりにもよってこんな場面で痛みが出てくるなんて、やっぱり怪我って厄介なもんだね。


 ―――でも


(それを悟られちゃならない)


 だから、私は攻め続ける。

 攻めの姿勢を崩さない。私のサービス、2ポイントは―――


 痛む右足も使って地面を蹴り上げ、大きくジャンプ。


(確実に獲る!!)


 ジャンプした高い地点から、サービスコート内にサーブが入ったのを確認した。

 そしてすぐに着地すると、ステップを踏んで前へダッシュ。

 勿論、痛みがひどくなるのなんて、二の次。今は痛い痛くないを言っている場合じゃない。


 五十鈴が後方を狙ってきた鋭い打球を―――


 バックハンドで、叩き落す!


「4-4」


「まりかぁぁぁ!」

「今の見た!?」

「綺麗なバックハンドボレー!!」


 大丈夫。

 まだまだ身体は動く。疲れてはいるけど、まだ落ちてきてはいない。

 今のだって、五十鈴が120%力を発揮できているのなら、押し切られていたかもしれない。

 それを返せたってことは―――


(君だって、疲れてはいるはずなんだ)


 それを表情に出さない、言動に現さないだけで。

 本気のギアを入れて、ここまで10ゲーム以上。それだけ続けたら、いくら君だって集中力にブレが発するのは当たり前のことだ。

 私だけじゃない。五十鈴も、もうギリギリのところでやっている。


 ―――だから、攻め続ける!


 崖の先端に立っているのはお互い様。

 ならばこの試合、勝つのはより強く敵を押した方だ。

 最後の一押しを最初に決めた方が勝つ―――私はその一押しを、攻め続けることでやってみせる。


 ジャンピングサーブを放ち、それが敵コートへと―――


 その刹那。

 凄まじい速さと鋭さと、打球の低さを持ったレシーブが、私のコートの(クロス)へと突き刺さった。

 ジャンプのタイムラグもあって、絶対に届かないところへ・・・。


「5-4」


 ―――このタイブレーク、初めて自分のサービスを落とした


『わああああああ』


 もう、観衆の反応なんて、いちいち頭に入ってこない。

 白桜側の応援も、黒永側のものだって―――

 ただただ、歓声と狂乱の渦のど真ん中で、立っているのが精いっぱい。


「まりちゃんさぁ、いくらなんでも調子に乗り過ぎたんじゃないの?」


 五十鈴の声だけが、まわりの音から浮き上がったように聞こえて、頭の中に入って。


「『私は君が経験していないことを経験してきた』、なぁんて」


 彼女はこの雰囲気と声援など全く意に介さない様子で、"つまらなさそうな乾いた笑み"を浮かべ。


「忘れてるんなら改めて教えてあげる」


 圧倒的な自信を滲ませて、言うのだ。


「私が"最強のエース"だってこと―――」


 自分こそが、ナンバー1だと。


(・・・これで、何度目だ)


 目の前に、巨大な怪物が立ちふさがる。

 綾野五十鈴という天才。テニスをするために生まれてきたような才能の塊。


 私は"また"、この怪物に踏み潰され、これ以上先へ進むことができないのか―――


「!」


 ―――部長。わたし、見てみたいです。エースを見せてください!!


 そこで何故か、彼女の放ったその言葉を思い出した。


「・・・?」


 不思議な子―――私が彼女に抱いた最初の感情はそんなものだった。

 だが、彼女を見ていくたびに。

 その『不思議』の正体に気づき始めて。


「そっか」


 今、それは『別にもの』に変わった。


(一目惚れって、本当にあるものなんだ)


 ―――彼女のまわりには、いつも人の流れがあった

 ―――人を惹き寄せ、魅了する才能


 どうやら、私もそれに惹かれた女の1人のようだ。

 おかしなものだね。

 その正体が分かって、認めてしまうだけ。

 たった、それだけのことなのに。


「・・・ふふ」


 こんなに、嬉しい。

 こんなに、頼もしい。


 自分に覆いかぶさっていた圧力(プレッシャー)が、溶けていく―――

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