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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
231/385

VS 黒永 シングルス1 久我まりか 対 綾野五十鈴 8 "教え子"

【タイブレーク・ルール】

2ポイント差を付けて7ポイントを先取したプレイヤーの勝利。

ただし、6-6になった場合はそこから2ポイント連続で先取したプレイヤーの勝利となる。

 ―――久我のサービスゲームから、タイブレークは始まる


 サーブ権を獲れたことがこれほど有利に動いた試合も無かっただろう。

 最初の3ゲームを例に挙げても、3ゲーム中2ゲームがサービスゲームなのだ。

 そしてこのタイブレーク最初のポイントも。


(7ポイントで試合を決めたい久我にとっては、是が非でも欲しい1点)


 ここでこの1点を落ち着いて獲れるかどうかは試合の行方を大きく左右する。


(本当に、良い指導者なら―――)


 そうであろうとするのなら。

 私は大きな間違いを犯したのかもしれない。


 さっき、押さえつけてでも彼女を止めて、試合を終わらせるべきだったのかもしれない。


 怪我のリスクを抱えたまま試合をすることは、ことテニスにおいて致命傷になりかねないのだ。

 暴発して、怪我がクセにでもなったら、もし大怪我に繋がるような爆弾を抱えることになったのなら。選手として大きく後退するだけでなく、一生、今のプレースタイルには戻れなくなるかもしれない。


 『お前に任せた』

 あの言葉を無理矢理修正してでも、彼女を止めることが指導者として正しい選択だったのか。


 ―――だが


(この試合を消化不良で終わるようなことがあれば・・・久我は心に消えない傷を負うことになるかもしれない)


 身体ではなく、心。

 そして何より、本人が自分の意志で棄権の条件を付けたのだ。


 その気持ちを・・・部長として、テニスプレイヤーとしての彼女の誇り(プライド)を、私は大事にしてあげたかった。


 それがこの1年、彼女が"部長"という役職を経験して得た『かけがえのない何か』だと、信じたかったのだ。


(だから久我、)


 私が願うことは、ただ一つ。


(無事、帰ってこい・・・!)


 お前の選んだ結末を掴み取って、だ。


 瞬間、彼女は大きくトスを上げ―――


(ジャンピングサーブ!)


 飛び上がって、高い打点から振り下ろすようなサーブを敵コートに打ち込んだ。


 ―――この試合、ジャンピングサーブをここまでほとんど使ってこなかった


 フォルトで試合(せめ)の流れが切れることをきらっての事だったのだろう。

 1つのポイントを慎重に取ることより、テンポよく試合を進めて攻め続けることを選んだからこその、大技の封印―――それをここで解禁してきた。


 勿論、ジャンピングサーブを行えばジャンプ、そして着地の際、足にかかる負担は大きくなることは言うまでもない。


(戦い方を変えてでも、この1ポイントを取りに来たか)


 時には柔軟に考え方を変化させ、勝利に拘る執念。


久我(あいつ)はこの試合―――本気で勝つつもりだ!)


 それに対しての、綾野(むこう)のレシーブは威力が弱くなった。

 ジャンピングサーブに力負けした格好だ。それでも、その弱いレシーブを強打した久我のショットを難なく返す。彼女もまた、最初のポイントの重要性に気づいている。


 ―――試合巧者同志の、息詰まる攻防


 元々、プレースタイルの似ている選手だとは思っていた。

 考え方が似ているのも、幼馴染だという関係性を辿れば不思議なことではない―――だが、そういう問題ではなさそうだ。


 この―――


「負けず嫌いどもめっ・・・!」


 思わず零れた言葉と共に、自然と笑みが出てしまう。


 まさか彼女たちを3年間見てきて、また新たな発見があるとは。

 これだから中学生は面白い。

 心境や考え方、生き方でさえ山の天候のように変わる年頃―――それでも。


 ―――根っこの部分が、この2人は一度も変わらなかった


 誰よりも強くなりたい。

 誰よりも上にいきたい。

 その過程で、絶対に倒さなければならないライバル同士。


 2人の認識は、そこで一致していたのだ。


「!」


 その瞬間。

 仕掛けたのは、綾野の方だった。


(ロブショット!)


 ふわりと浮かんだ打球が、ゆっくりとライン際に落ちていく。


「こ―――」


 堪えろ。

 大声でそう叫びたかった。

 見逃せばアウト―――だが、攻撃に(はや)っている久我に、それが出来るか。


 もう既に打球に向かってラケットは伸ばしている。

 引っ込めることはできない。あとはもう一伸びさせるか、そのままの体勢で見送るかだ。


「・・・あぁッ!!」


 久我は噛み殺すように声を絞り上げ。


 ―――ラケットのわずか外側を、ゆるい打球が経過していった


 ラインの僅か向こう側に、すとんとボールが落ちる。


「アウト! 1-0、久我」


『おおおおおおおおお』


 地鳴りのような声援と、コート上で拳を腹で抱きかかえるように小さくガッツポーズをする久我の姿が、今のプレーのギリギリさを物語っていた。





 師匠(せんせい)の意志というものが仮にあったとするのなら。

 それを多くくみ取って実践していたのはシノ―――貴女の方だったでしょうね。


(あの人の指導方針はどちらかと言えば保守的・・・その思考に、貴女の方が強く同調していた)


 自分の中の信念。それが多く合致したのが貴女だったのでしょう。


(でも、私が黒永、貴女が白桜の監督に就任して以来、より多くの結果を残してきたのはどちらだったかしら)


 正しい人の行いを真似た行いが、必ずしも正しくなるとは限らない。

 私はあの人の指導方法の―――冷徹とも言える一面、効率化や選手の自主性を重視する側面を切り取り、選ばれた子を伸ばす育成方法を執ってきた。

 それは都内、全国から才能の溢れる子が集まる黒永学院という地では限りなく『正しい』指導方法だったのだ。"結果"はそう物語っている。


(全国大会出場6回、優勝1度、準優勝2回―――文句のつけようのない成績を残してきたもの)


 綾野五十鈴が入学して以降の成績だ。

 期間を長くすれば、その分栄光の数は増えていく。そういうチームを、私は指揮してきた。


 ―――その、自分の勘が告げている


(今の久我さんの様子は、少しおかしい)


「1-1」


 審判のコールと共に、また大きな歓声が沸く。


貴女(シノ)はいつもそうだった。自分は間違っていないと信じて疑わない。貴女の指導方法はきっと人望も集める。大衆が喜ぶ興行だったのなら、『正しい』のは貴女の方でしょう)


 だが、中学テニスは興行ではない。

 語られるのは、評価をされるのは『結果』を残した者のみ。

 勝者が『正しい』。勝てば官軍、勝者のやった行いが評価さる。


(だから、『正しい』のは黒永よ。黒永であり、私であり、綾野五十鈴である―――)


「2-1」


 綾野さんが自らのサービスを2点、取って逆転する。

 形式上の逆転だ。次の久我さんのサービス2つで、また数字は入れ替わる。


("数字の入れ替わり"がこのタイブレーク、何度繰り返されるでしょうね)


 早期の決着は望めないだろう。

 ―――そう、久我まりかが"万全の状態"だったのなら。


(この異変、綾野さん(あのこ)が感じ取っていないわけがない)


 特に敏感だもの、彼女の感性は。

 天然、天才・・・言葉じゃ言い表せない何かを感じ取る力。

 あの子の"試合を読む力"というのが半端なものではないことはこの3年間、それを最も多く間近で見てきた私が1番よく知っている。そしてその嗅覚で―――試合の流れを手繰り寄せ、敵プレイヤーの弱点や急所を的確についてきた。


(それが、綾野五十鈴のテニス!)


 天才にしか出来ないテニス。

 選ばれたもの以外がやろうとしても、何にもならず形にもならないであろう戦い方。

 でも、彼女のテニスはそれでいい。

 型にはめようとすれば、逆に彼女のプレースタイル(かたち)は崩れてしまう。


 ―――あの子には、あの子だけが出来るテニスを


 それを表現できる実力は持っている。

 他の誰のテニスでもない・・・綾野五十鈴型のテニスをやればいい。


「3-2」


 また、数字が入れ替わる。

 この間―――2人のプレーに特筆して"変化"は見られない。


 綾野さんが気づいているのなら・・・何らかの行動を執るのは恐らくこの後―――自分のサービスで、だろう。

 万全に万全を期す。絶対に勝てる、安全な道のど真ん中を堂々と歩く。


(そうやって、彼女はここまで全国の強者と戦ってきた)


 ならばこの試合も、その1試合に過ぎない。

 きっと彼女にとってはここも世界一の頂を目指すための山道―――その途中地点なのだから。

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