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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
228/385

VS 黒永 シングルス1 久我まりか 対 綾野五十鈴 5 "終焉の刻"

 なんだろう。


(何か、嫌な予感がするッス)


 あと1ゲーム、1ゲームさえ取れば試合は終わる。

 なのに、何故だろう。


(どこか、追い詰められた感すらある―――)


 勝っているのは久我部長なのに。

 敵を追い詰めているのは、こちらのはずなのに。


 綾野選手の強力なサーブに対し部長も鋭いレシーブを打ち込み、見事に決める―――だが。


「15-0」


「「「わあああああ」」」


 コート隅を狙った強烈なショットに、部長は一歩も動けなかった。


「まりか・・・っ」


 咲来先輩は祈るように両手を組んで握り、顔を伏せてしまっている。

 隣では河内先輩が咲来先輩の肩を抱き寄せるように掴んでいるけれど、それでも震えているのがしっかりと確認できた。


(祈るような気持ちになるのも分かりますッスよ)


 一度はマッチポイントを獲ったのだ。

 この3年間、一度も勝てなかった敵に。そして今もなお、状況の有利さは変わらない。

 だけど、有利だからこそ。


(祈る気持ちになるんだ・・・)


 有利な展開。状況。なのに―――


「30-0」


「あーやーの!」「あーやーの!」「あーやーのー!!」


 押されている。

 今のポイントで確信した。部長は今、防戦一方になってしまっているのだ。

 攻め続けてきたこの試合。そして一番攻めなきゃいけないこの状況で、攻め切れていない。


 理由は明白だ。


「部長、動きが鈍ってきてる・・・」

「パフォーマンスの低下は明らかッスね」


 そう、疲れ。疲労。

 1ゲーム目から全力を投じて攻め続けてきた、そのツケが回ってきたのだ。

 リミッターを外して全てのパワーを1球のボールに注ぎ込み、全速力で走り回り、前に出て綾野選手の強力なボールを受け続けた、その疲れが今になって―――


(それを覚悟で攻め続けたはず)


 そう。

 こんなこと、誰だって分かっていたはずだ。

 ペース配分を無視した攻めは紙一重の行為だってことくらい、部長にも監督にも分かっていた。


 だからあの綾野選手相手に3ゲームを先取できたし、早期に試合を終わらせる目途もついていた。だけど―――


(しの)がれてしまった)


 試合を終わらせる決定的なタイミングを、今、逸しようとしている。

 このゲームを落とせば―――


「40-0」


 有利不利の状況は、逆転する。


「まりか、何やってんですか! あと一息で綾野に勝てんですよ!!」

「アンタそんな簡単に点取られるような選手じゃないだろ!」


 菊池先輩、野木先輩も大きな声で部長を鼓舞する。

 しかし、今の部長にどれだけその声が届いているだろうか。


 部長のレシーブが、クロスの隅で跳ねた。

 これなら・・・!


「ノロいノロいッ!!」


 綾野選手の叫びと共に―――

 ボールがライン際の厳しいコースで跳ね、なすすべもなく。


「止まって見えるよ、こんなの」


 彼女の余裕に満ちた笑みだけが、私たちにどうしようもない現実を押し付けてくる。


「ゲーム綾野。5-5」


 ―――同点に、追いつかれた


「同点・・・」

「・・・ッ!」


 白桜側の、誰もが思っただろう。


 あと、1点。


「あと1点で―――」


 優勝、だったのに―――


 その言葉は、口に出来なかった。

 誰もハッキリとそれを言おうとしなかったのだ。

 口にしたらその途端、"本当の本当に夢想に終わってしまいそうだ"と、そう認めてしまいそうな気がしたから。


 まだ負けてない。同点に追いつかれただけだ。

 そう思って前を向かなきゃ、どうしようもならなかった。


(マジッスか・・・!)


 これが・・・。


(これが、都大会優勝の"壁"なんスか・・・!!)


 高く厚く、硬い。

 先輩たちが3年間挑み続けて、一度も攻略できなかった―――

 その理由の一端が、ようやく理解できた気がした。





 なんだ。

 やっぱりこんなもんなんじゃないか。


 ―――まりちゃんのサービスゲーム


 まりちゃんのサーブは、やはり少しだけ威力が死んでいた。さっきまでのパワーも、スピードも無くなっていたのだ。


(足りない)


 こんなサーブじゃ、全然足りないんだよ。


「ッ!!」


 それを、走りながら返し、敵コートのライン辺りに打ち込んでやった。


「0-15」


 見送るまりちゃんの表情は少しだけ"陰"があって、歯を食いしばって耐えたものの。


(辛いよねえ。しんどいよねえ)


 全力のテニスって、本気を出すってそういうことだよ。

 後先考えずに最初からスロットル全開でまわしたのは、まりちゃんだ。

 持久戦になればこうなることを織り込み済みの作戦だったはず。


 ―――残念だったね


(それは、失敗だったよ!!)


 2発目のレシーブをぶち込みながら、心の中で絶叫する。


 そう、失敗だ。

 実際この試合は持久戦になったし、こうなるんなら最初から互いのサービスゲームだけを確実にキープして、ここまで体力と手の内を温存しておくべきだった。

 私はこの試合、そういうプランを組んで戦ってきた。それが正解だったんだ。


 まりちゃんは短距離走で終わらせたかったんだろうけど―――残念、これマラソンだったんだよね。


(マラソンで最初から全力疾走してるような奴が、どうなるか!)


 ボールに力が乗る。ラケットを私の思う通りの軌道を描いて振ることが出来る。

 今日は調子が良い。

 ううん、調子が上がってきたよ。ようやくね。


 ―――また、渾身のボレーショットを敵コート真正面へと落とす


「0-30」


 ふう、と息を吐き出して、ふふんと口角を上げた。


(さあ、どうするまりちゃん)


 まだ君には隠している奥の手があるの?

 それとも、ここから逆転するだけの体力がまだ残ってる?

 最終手段的なギャンブル作戦を実行する?


 なんでもいい。


 さあ、私を止めてみなよ―――


(まりちゃんなら出来るよねえ!?)


 だって君の中には、『永遠』がある。

 幼稚園の時からの付き合いだよ。このまますんなり勝てるなんて思ってない。


(早く、最後のあがきを見せてよ!)


 私はそれすらも凌駕して、勝って見せる。

 そうすれば私はまた1つ、強くなれる。成長できるんだ。


 世界一に、また一歩近づく―――


 それを感じた瞬間、ぶるっと全身が震えた。

 レシーブを打つその右腕にも、それは伝わったようだった。


 ―――まりちゃんのショットは、私のレシーブに力負けし、ネットに刺さってこちらには返ってこない


「0-40」


 黒永の応援団に、完全に活気が戻ったのを感じた。


「黒永!黒永!黒永!」

「綾野!綾野!綾野!」

「五十鈴、イケるよ!! やっちゃえー♪」


 そう。

 この乗った応援を聞くと、ますますやる気が上がる。私も乗ってくるんだ。


(私を倒すんでしょ? 全部を懸けてこの試合、挑みに来たんでしょ?)


 じゃあ、それを証明して見せてよまりちゃん―――


 今度は、比較的ちゃんとしたサーブを打って来た。

 それをクロスの良いところに決めても、それもまりちゃんは拾って、長いストロークで打ってくる。


(良いね、これだよこれ!)


 ラケットを切るように振るう。

 出来るだけ打球の威力を殺して―――前陣に、弱い打球を落とした。

 当然、まりちゃんはそれを拾うために前進して、掬い上げるようになんとか追いつくけれど―――


「残念☆」


 掬い上げられたその打球を、ダッシュして前陣に駆け上がり、ジャンプしてそのままスマッシュにして落としてやる。

 まりちゃんのすぐ横を経過したボールは大きくバウンドして。


「ゲーム、綾野。6-5!」


 何の苦も無く、敵サービスゲームをブレイクする―――


「なに今の!?」

「飛んでるみたいだった!」

「とうとう逆転だー!!」

「五十鈴先輩、4ゲーム連取ー!」


『うわあああああ』


 観衆が圧倒的な味方になる。

 こうなればもう、こちらのものだ。

 まりちゃんの勝利を信じてるのなんて、白桜側だけだろう。黒永の応援団と、その他のみんなは完全に私の勝利を確信している。試合会場を支配するっていうのはね、こういうことなんだよ。


("流れ"は掴んだ―――)


 あとはこの流れに乗ってゴールテープを切れば良い。

 さあ、ラスト1ゲームだ。

 完全にこちら側有利の、私のサービスゲーム。


「これで終わらせようよ」


 私たちの因縁も、全部。


 まりちゃんの完全敗北って形で、この物語は終了だ―――

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