『永遠』
◆
8月。
両親と一緒に、日本へ一時帰国する。
この1ヵ月の一時帰国の間、私は大きな目標の為に奔走した。
大きな目標・・・それは『日本で最強の軍団を作る』ことだ。
日本一になるという最終目的達成の為には、弱い中学に入学したらその目的からかけ離れた位置からスタートすることになってしまう。
初期ステータスを、"より高い数値"でスタートさせる―――
他者より一歩でも上から、頂上を目指す。
それを為すには私が自分で動くしかない。
その方法として考え付いたのが、『最強の同年代と名門に入学する』というものだった。
練習施設、環境、それは勿論のこと、才能のある子たちと強いチームに入って、一緒に"最強の軍団"を作っていく。
予め動画サイトでチェックしておいた"東京都内の天才たち"に、会いに行って直接交渉で口説き落とす。
私と一緒に日本一を目指さないか、と。
各スクール、小学校、時には試合会場にも赴いた。日本に帰ってきたからと言って、懐かしいだなんて感傷に浸って呆けている時間なんて一秒も無い。
私はそんな事の為にここへ帰ってきたんじゃないんだ。
日本一のチームを作る―――その土台を築くために。
「ダブルス2、穂高・吉岡ペア。ダブルス1、那木・微風ペア。シングルス3、三ノ宮さん。シングルス2、久我まりか。そしてシングルス1―――綾野五十鈴」
いける。
このチームなら、全国を獲れる。
完全無敵の常勝軍団の完成だ。
その最終段階で、まりちゃんに声をかけた。
他の子たちには事前に接触しておいて回答期限を設けたが、まりちゃんだけにはその場で返答するように、要件を伏せたまま呼び出したのだ。
何故?
自分でも分からない。
確たる理由は無かった。ぼやっとした理由だ。まりちゃんなら突然言っても一緒に来てくれるだろう、という淡い期待。それとは真逆の理由―――この手をはたいて、私の敵になってくれるかも―――それも、恐らく頭のどこかにはあっただろう。ただ、それをハッキリと考えてしまうのが怖くて考えないようにしていたのかもしれない。
返事はノーだった。
まりちゃんは『私を倒したい』という理由で、それを断ったのだ。
「そっか」
何故だか後悔も、まりちゃんに対する怒りも、悲しさもなかった。
「じゃあ、まりちゃんとはここでお別れだね」
ただ、僅かばかりの寂しさと。
心をぞわぞわと逆立てていく、"何か"―――その感情だけが、私の頭を支配していた。
◆
翌年、3月。
空港で私は、見送りに来てくれた友達数人と別れの挨拶をしていた。
特に―――
「アヤ。きっとまた会えるよね?」
「メアリー」
彼女との別れは、心をぎゅっと何かに掴まれて、思い切り潰されているように苦しく、悲しいものとなった。
「うん・・・。次に会う時には、私は日本一の女だって胸を張って言いたい。そう言えるように、思いっきり暴れてくるから」
逆に、日本一だと確実に言えるまで、私は日本から出る気は無かった。
でも、ここでそれを口にするのは、あまりに難しくて―――
「アヤッ!」
メアリーが、私の胸に抱き着いてくる。
―――難しくて、憚られた
今、私の腕の中で泣いているメアリーに、そんな事が言えるだろうか。
普段はいつも前向きで、笑顔が絶えないような娘だ。
その彼女が、こんな風に泣いている。私だって、同じように泣きたい気分だった。
(結局、どれだけ仲良くなっても、最後はこんな別れが待ってるんだ・・・)
まりちゃん、メアリー。
私はまた、失った。
大切な人と、一緒に居る時間を―――
―――自分がただ、強くなりたいという『エゴ』のために
(そうだ、"一瞬"なんだ。彼女たちと過ごす時間なんて。人生全体から考えたら、ほんの一時に過ぎない)
メアリーに手を振り、出国ゲートを抜けていく。
彼女は最後まで私の方を見て手を振ってくれていた。
そんな姿を見て、私が抱いたのは、"とある決意"だった。
「私は・・・『永遠』が欲しい」
正確にいうのなら、少し違う。
『永遠』を共有できる子・・・私に必要なのは、そういう存在だという事だった。
(どうせそうだ。ほとんどの子は『永遠』に一緒に居ることなんて出来やしない)
特に私は、自分が強くなるためには手段を選ばない人間だ。
そのことを、ようやく理解できた。
私は強くなることを最優先する。そしてその舞台は地球規模―――『世界』。
この先何十年も、そう言うところで世界一を懸けて戦うようになるだろう。それが私の人生だ。
その途中途中で、何度も出逢いと別れを繰り返してきた。これからもそれは変わらない。
だったら、中途半端な"友達"なんて、もういらない。こんな辛い思いをするくらいなら、最初から何もない孤独の方が私は耐えられる。
私に必要なのは―――『永遠』に、私と同じ舞台に立てるくらい・・・秀でた才能と実力を持ったテニスプレイヤー。パートナーだ。
それはつまり、やがて世界へと進出していく私と同レベルの実力を持つ者。本当の"強者"。
世界四大大会を一緒に勝ち上がっていけるくらいの選手。それ以外、私は要らない。興味も無い。
それが『永遠』だ。
『永遠』に―――私の人生が終わるその瞬間まで、一緒に居てくれる選手。もしくは、その可能性のある子。
そんな存在を探し、見つけることこそが、私のすべきこと。
―――ようやく気付いた
自分が強くなることを最優先事項としつつ、『永遠』こそが、私には必要なんだと。
もう二度と、こんな悲しい別れを繰り返さない為に。
◆
日本一になるという目的の過程で、私は"特別な選手"を何人か見つけた。
まりちゃんもその1人だった。
日本に帰ってきて1番楽しみだったのは、やはり彼女を潰すことだった。
1年の夏からその願いは叶い―――私は彼女に勝った。
(案外、物足りなかったな)
それが当時の率直な感想だった。
足りない。
全然、こんなんじゃ足りない。
まりちゃんだって、そう思っていたはずだ。だから、私は試合後、彼女に言い放った。
『肩透かし』
だと。
その後、全国まで行き、何人か候補を見つけた。
しかし、彼女たちの中にも明確な『永遠』を見出すことは出来なかったのだ。
確かに強く、才能に溢れた選手が多かった。
だが、それまで。特別に秀でたものを、私は感じることが無かった。
チームメイトの1人、三ノ宮未希ちゃんもそうだ。
彼女の才能は凄い。その溢れんばかりのものを、本人が自覚しきれてないくらいの"天才"。
しかし、そこまでだ。
未希ちゃんの中には『世界一を獲るためなら手段を選ばない』という燃えたぎるほどの情熱、テニスに命を懸ける覚悟が見受けられないように見えた。
それさえ持っていれば、『永遠』を見いだせたかもしれなかったのに・・・。
そんな中、私は1人の選手に出会う。
黒永学院、同じチームの同級生・・・穂高美憂ちゃん。私が勧誘して連れてきたメンバーの1人だ。
彼女は"違った"。
他の選手と、明らかに違ったのだ。
最初、練習終わりにフルで試合を申し込まれた時には、どうせ3日で飽きると思っていた。し、その程度の実力しか彼女は持ち合わせていなかったのだ。
私は試合を申し込まれるたび―――ほぼ毎日だけど―――完膚なきまでに叩きのめしてみせた。
「勝負だ、綾野五十鈴!」
(しつこいなあ、またか)
いい加減、うんざいりしていた、ある日。
雰囲気が変わり始めたのだ。
(うそ・・・)
ボールの威力、スピード。
(この子・・・!?)
それが、劇的に上がり始める。
信じられなかった。
こんなに腕がメキメキと上がっていくテニスプレイヤーを、私は初めて見た。
(これも『才能』の1つなの・・・!?)
生まれ持ったものが才能ならば、やればやるほど成長していく"事象"を才能と呼ぶことも出来るだろう。
正直、見抜けなかった。
この子がここまで成長するのを見越して、あのとき勧誘したわけではない。
―――私の予想、推測、それを全速力で突っ切った
この日の美憂ちゃんは違った。
私から初めて5ゲーム目を取り、マッチポイントを獲っても更に粘ってくる。
―――すごい
すごいすごいすごいすごい!
彼女のボールに押されて、ラケットが上手く振れない。
(こんなの、)
初めて・・・!!
もう少し、彼女が全力で押す以外の戦術を身に着けていたなら、この試合、本気で負けていたかもしれない。
試合後、私は興奮が抑えられず、美憂ちゃんにグイグイと迫って行った。
この子なら、持っているかと思っていたからだ。
「『永遠』を・・・!!」




