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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
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私より強い奴に会いに行く



 気づいたら私は、有名人だった。


 自分がいつ自分であることに気づくか、なんてそんな哲学的な話がしたいのではない。

 つまりは私が有名人ではない時間など存在しなかったということだ。


 両親が言うには、正確には3歳ごろから―――まあ、3歳以前の赤ん坊の時の記憶なんてありはしないのだから、ほとんど生まれてからずっとということになるのだろう。

 その頃から、私はテレビに映っていた。

 恐らく最初は、愛嬌のある、ちょっとテニスラケットを振るさまが画になる程度の女の子・・・それくらいの認識だったのだろう。

 子役のような、小さいのにテレビで頑張ってる子。


 そんなこんなで多少は有名人だった私も、幼稚園に入ることになる。

 周りからは当然好奇の目で見られた。それも、私としてはいつものことで慣れっこだったのだけれど。


 そんな中、いつものように幼稚園の敷地内運動場でラケットをぶんぶん振っていると。


「私もテニスできるよ」


 ある女の子が、私にそんな話をしてきたのだ。


「きみよりつよいかも」


 その言葉を、私は無視できなかった。


「うそだよ」

「うそじゃないよ。私、じしんある」

「しょーこないじゃん」

「じゃあ、"しあい"しようよ」


 彼女は独特の雰囲気を持っていた。

 こちらが強い口調で言っても、彼女の心には届かない。

 飄々とした雰囲気・・・ううん、もっと柔らかく、まるっこい感じ―――どこを突いても、弾力ですぐに元に戻ってしまうような感覚。


「"いすずちゃん"にかったらお母さんにじまんできるかなあ」


 どこか遠くを見ながらそう言って笑う彼女の表情が、何故か頭に強く残って。


(このこ、かわってるな・・・)


 私の心の中に、そんな疑問のような感情が芽生えたのを今でも鮮明に覚えている。


 ―――それがまりちゃんとの出逢いだった


 まりちゃんとは幼稚園、そして別々の小学校に進学した後も無二の親友。

 一緒に通うテニスのスクールでは真剣勝負できる最大のライバルになった。


 彼女とテニスをする瞬間だけ、私は有名人の自分を忘れられるような気がした。

 理由は分からないし、今となっては確認のしようもない。

 だけど、その時の私は確かにそう思っていたんだ。その事だけは間違いない―――


 スクール内での大会や、ちょっと大きな街の大会にも出場して、優勝できるようにもなった。

 結局、最後はまりちゃんとの試合になるから、普段練習してる時と大して変わらないなあとは思っていたんだけれど、それはそれでよかった。


 小学校3年生の時―――私はジュニアの全国大会を観客席で初めて観戦する。

 全国の小学生で1番強い人たちが集う場所。

 ここが日本の最高峰・・・それがどんなものなのか、ドキドキしながらそこを訪れたのだ。


 だが。


 そこで見たのは、期待したほどの景色ではなかった。


 確かに、今の私では勝てないような人ばかりだ。

 何故なら、私は小学校3年生で、彼女たちは5年生6年生。身体の大きさも強さも全然違う。でも―――


(私が5,6年生になったら、あの人たち・・・簡単に勝てる)


 客観性も何もない。傲慢だと言われれば反論なんて出来ない暴言だ。

 だけど、私はこのときの自分の気持ちを間違っているとは微塵も思わなかったし、今も思っていない。


 それを感じた瞬間、何故だかとても怖くなった。


 大会後数日間・・・体調を崩して伏せってしまうくらいには。

 そのくらい、ショッキングな出来事だったのだろう。


 その日も、前数日と同じようにぼうっとしていた。自分の部屋の中で、ベッドにもたれかかりながら。

 だから。


「五十鈴。アメリカに、行ってみない?」


 母のその言葉も、最初は黙って聞いているだけだった。


(イヤだよ、アメリカなんて)


 そして私が抱いた感想は、それだった。


(―――まりちゃんと、離れ離れになるなんて)


 まりちゃんだけじゃない。

 小学校の友達、スクールのチームメイト・・・。

 みんなと別れるのはイヤだ。辛い。悲しい。

 私は、みんなと"ずっと"一緒に居たい。私が好きな子たちと、これかも"ずっと"。


 ―――だけど、なのに

 この胸にぽっかりと空いた穴のようなものは何なのだろう。

 私は何に、こんなに傷ついているの?

 それすらも、見えない。


「前から考えてたことなの。貴女にとって、早いうちから世界を見ておくことは将来のために良いんじゃないかって。でもね」


 ―――その日も

 食事の途中、箸をおいたままじっと机を見ている私に対して。


「・・・今は、そんなことどうでもいいの」

「ママ・・・?」


 そこで、ママの語気が急に弱くなった気がした。


「世界で1番テニスが上手な選手たちが集う大会・・・それを見たら、また五十鈴が笑ってくれるんじゃないかって、今はそれだけ・・・」

(あ・・・)


 そこで、私は気づく。

 ママは何日も―――1週間以上、ううん、もっとだ。


 毎日、私に語り掛けてくれた。

 問いかけてくれたのだ。


「どうしたら五十鈴が1番楽しいか―――ママが大切にしたいのは、そこだけだから」


 "貴女はどうしたいの"と。


(まりちゃんやみんなと別れるのは、イヤだ)


 その気持ちは変わらない。

 でも―――

 それに拘っていたら、この胸にぽっかりと空いた穴は、一生埋まらない気がする。


(なんでだろう)


 この考えには絶対の自信があった。

 変な自信だ。そうであると言う証拠なんてどこにもないのに、頭の中の私は完全にそれを理解していた。


 そこから私の考えは、次の段階へ移行することになる。

 選べ。

 みんなと楽しく過ごす道か―――この胸の穴を埋める道か。


 この二択になった瞬間。


「・・・アメリカ、行きたい」


 もう、迷いはなくなっていた。

 だから私はある日、ママにそう言ったのだ。


「私、私より強い選手と戦いたい」


 自分が受けたショックの根幹は、きっと"そこ"だ。


 ―――ママは顔を上げると、私の顔を見て笑ってくれた


「世界へ―――私より、強い選手(やつ)に会いに行く・・・!!」


 この広い世界には、きっともっと強い選手が居る。居るに違いない。

 私がジュニアの全国大会を見て受けたショックをかき消すほどの"何か"を持った選手が、世界のどこかには居るはずなんだ。だから、自分(こっち)から彼女たちに会いに行く。

 そこがアメリカだろうがどこだろうが、関係ない。自分からアクションを起こさなきゃ、何も変わらないことを、私は知った。


 だから―――友達と別れることも、しょうがない。

 それまでの友人関係を断ち切って・・・私は小学校4年生になると同時に、渡米した。

 苦しかった。寂しかった。決して、希望に満ち足りた旅立ちじゃなかった。


 それでも私は、『強くなる道』を選んだ―――


 アメリカへの留学。

 もしくは"そのまま日本には戻ってこない"くらいの腹づもりだった。

 両親にだって私のためとはいえ、一緒にアメリカへ行くには相当いろいろな壁があっただろう。それを私のためなら、と言ってくれたのだ。手ぶらじゃ帰れない。帰れるわけがない。


 渡米初日。

 学校には行った。現地日本人向けの学校だったので、言葉で苦労することはそれほどなかった。

 だが、放課後―――テニススクールに通うとなると、話はまったく違ってくる。


(外国人だ・・・)


 率直に、そう思った。

 日本人ではない・・・もっと言えば、アジア人ではない人々。

 勿論、日本語なんて通じるわけがない。そして私は、英語をそんなに喋れるわけじゃない。

 日本で少しくらい勉強したとはいえ、それで通じるとは思ってなかった。


(脅えるな)


 ここで、そんなことで萎縮してる場合じゃないんだ。

 私は―――


「アイムジャパニーズナンバーワンテニスガール!!」


 テニスをやるために、アメリカ(ここ)に来たんだ!


『え、なに?』

『アジア人だ、珍しいね』

『ちっちゃーい』


 すぐに人は寄ってきたけど、何言ってるかなんて全然分からない。


「レッツプレイ! プレイテニス! ゲーム!」


 だから、こっちから詰め寄っていくしかないんだ。


『試合? 出来るの?』

「イエスイエス! ワタシ、ベリーストロング!」

「really?」


 ぶんぶんと顔を大きく縦に振る。

 自信はある、とラケットを振って見せたりして。


 なんとか―――試合に持っていくことが出来た。


「1セットマッチ!」


 言うと、サーブ権はそっちからというような事を言われた。

 新顔だから・・・って言うことだと思う。


(ちょうどいいや)


 私の実力をわかってもらうには―――


 大きくトスを上げて、思い切り腕を振りきる。

 芯で捉えたサーブが、敵コートの隅にずどんと決まった。


 ―――このサーブを見てもらうのが、1番早い!


 パチパチパチパチ!


 歓声と共に大きな拍手。

 分かり易くていいや。歓迎ありがとうね。


 試合が始まれば、審判のコールは私でも分かる。

 ルールは一緒なんだ。


(テニスをやるのに、言葉は必要ない!)


 だから私はこの試合で―――アメリカに来てから、初めてのテニスで―――舐めてかかってきた現地の年上のプレイヤーを、圧倒した。

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