VS 黒永 シングルス1 久我まりか 対 綾野五十鈴 2 "頂上決闘"
綾野相手に3ゲーム先取―――
出来過ぎなくらいに上手くいった立ち上がりだ。
「久我、」
だからこそ。
「今のままのペースではもたんぞ。体力の管理くらい、お前なら言わなくても分かっていると思っていたが」
押さえつける必要がある。
尻を叩いておく必要が。
「これくらいしないと、五十鈴には勝てませんよ」
しかし、私の目を見てハッキリと話す久我は何も見失っていない。彼女の目には、しっかりと目標が焼き付いていて、照準を定めている。
「・・・やれるのか?」
「やります」
力強く頷く―――
その姿に、私は久我が歩んできた3年間を見た。
マイペースで、ぼやっといていたあの天然少女が、こんな立ち振る舞いをするようになった。その過程が、今の彼女からは透けて見えている。
「だったら完遂してみせろ。1つ1つのショットで敵にプレッシャーをかけ続けることを忘れるな」
「はい」
「いいか。やると決めたからにはこの試合、絶対に守りに入るな。守りに入った瞬間を、綾野は見逃さんぞ」
「はい!」
部を背負う覚悟。
全ての部員の気持ちを受け止める姿勢。
それらを重荷に感じない精神―――
(今のお前になら、安心してこの指令を出せる)
私は、目の前に立つ少女の目をまっすぐに見て。
「自分に従え。久我まりかの思うように、やってこい!」
そう指示を出した。
この試合、お前に任せる・・・と。
◆
(序盤の主導権は握った。ここからだ。五十鈴、君の反撃を受け切れるかどうか)
さっきの笑い声、言葉。
こけおどしなんかじゃない。
恐らく五十鈴のギアのうち、2つは確実に入った。問題は3つ目がかかったかどうかだ。
―――五十鈴のサービス
(来るなら来い・・・!)
五十鈴の腕が上がる。
短いトスから、繰り出されたサーブは―――
(きた!!)
バウンドした瞬間にボールが加速する、順回転のスピンサーブ。
"2段階目"以上の五十鈴が基本戦術とするサーブだ。
それを、私は片手ではじき返す。
「ッ!」
と、同時に。
五十鈴が前陣に上がってきていたのを、見逃していた。
上がってきたダッシュ力と、飛びかかるように跳ねた身体から放たれるジャンピングボレー。
「15-0」
―――速い!
出た。
この常識離れした瞬発力と、身体のバネ。誰にも真似できないような突出した攻撃力・・・!
「まず、1点・・・!」
小さく呟く五十鈴は、顎を押し上げ、こちらを上から見下すように瞳を下方へと移動させ。
「攻めてくるんなら受けて立つよ。私の"本来の戦い方"で、ね」
そう宣言して、すっとサーブ位置へと戻っていった。
(どうやら、完全に本気にさせちゃったみたいだな)
覚悟していたとはいえ、やっぱり少し早かったかなという考えが頭を過ぎる。
いやいや、弱気になってどうする。
彼女を倒すのなら、避けては通れない道だろう。それも覚悟で私は攻撃に出たはずだ。
(受けて立つよ。こっちだって、攻撃を弱めるつもりはない―――)
勝負だ。
どっちが先に臆するのか、守りに入るのか。
私と君のテニスは似ている―――最初にテニスを2人でやったあの時から、ずっとそうだった。
似ているし、どちらも生粋の負けず嫌いだ。
だから私は、君とは違う道を選んだ―――
(君を倒すために!!)
サーブを今度は山なりの軌道を描くロブ気味に、遠い位置へ返す。
鋭いレシーブだけが良いレシーブじゃない。
(君の体力が切れるまで走ってもらう)
"過去の敗戦"で何も学んでこなかったわけじゃない。
五十鈴の『超攻撃的テニス』への対策は、私なりに十分やってきたつもりだ。
(互いを知り尽くしているからこそ・・・!)
この戦い方が出来る。
そして多分、君も私が搦め手を使ってくることは想定しているはずだ。
後ろに下がって、それでもジャンプして強打を打ってくる。
「強いッ!」
負けるか―――
私はもう、負けるわけにはいかないんだ。
「15-15」
自分の放ったショットが、五十鈴の脇を抜けていく。
「部長のショットも速い!」
「綾野に全然負けてないよ!」
(ふう・・・)
一息、息を吐き出した。
この緊張感、プレッシャー。堪らないね。
(こんなもんか、五十鈴)
本気出してなかったって言い訳は、私も聞きたくないよ。
全部吐き出せ。全部、ここに落として行け。
私は君の最高のパフォーマンスを想定して、練習を重ねてきたんだ。
(3つ目のギア・・・!)
それを―――ぶつけてこい!!
次のサーブを見た瞬間。
「!」
それを、返せずコート外に上げてしまった時。
("本物"だ・・・ッ!)
確かに実感した。
今の彼女は誰がどう見ても最大限に自分の力を発揮できている状態・・・3つ目のギアがかかった状態であると。
「嬉しいよ、まりちゃん。本気で攻めてきてくれて・・・」
綾野五十鈴はネット前で不敵に笑う。
私の方を見下ろすように見つめて、まるで冷笑でもするかのように―――
「だったらこっちも本気で潰してあげるよ。それがお望みなら、"本当の実力差"を見せてあげる」
なるほど、確かに。
「今日こそは逃がさないよ」
この五十鈴はやっぱり、ちょっとだけ怖いな。
◆
まりちゃん、やっぱり私の目に狂いは無かったよ。
どんなに否定しても、頭の中で切り替えようとしても、君を倒す瞬間が最高だって事実からは、逃げられなかった。
(全国の強者たちを倒すことと、君を潰すことはやっぱり違うんだ―――)
それは君が初めて出逢った親友だったから。
それは君があの時、私を拒絶したから。
別々の道を歩んできたから、この都大会決勝戦の最後の試合でぶつかることが出来た。
私とまりちゃんは今、"すべて"を懸けて戦ってる―――この状況。
(堪らないね・・・!)
ゾクゾクするよ。
本当に強い選手と、本当に負けちゃいけない状況で、お互いの全力を以って戦う。
こんなに楽しいことが、こんなに興奮することが他にあるかい?
―――無い!
これは言い切れる。
(この状態で、"綾野には勝てない"って思われる事こそが、最強の証!)
全てを背負った相手を、実力で完膚なきまでに叩き潰す!
それこそが私をもっと高いレベルに引き上げてくれる、最良の手段なんだ。
自分が強くなりたきゃ、強い相手と戦わなきゃ。
「だからさぁ、」
私はあの時、まりちゃんが私の手を取らなかった時―――ちょっとだけ嬉しかったんだよ。
(あの瞬間、私の中で貴女は"特別"になった!)
"特別"な選手、"特別"な幼馴染に!
この子を倒し続けることが、他のどんな相手を退けることより、私の成長に繋がる。もっともっと、私は上へいけるんだって。
―――思考と共に、精神が昂ぶっていくのと連動するように、身体が上手く動くようになる
―――完璧に近い状態で、プレーが出来るようになっていく
まりちゃんが攻めてくるのなら、その攻めを真正面から跳ね返してあげるよ。
「ッ!」
言葉にならない言葉を吐き出しながら、渾身のフラットショットを放つ。
まりちゃんは、それに反応できない。
そりゃそうだ。あれだけネットに近づいたら、今のボールは拾えないだろうね。
―――攻めの姿勢の、デメリット
「ゲーム、綾野。3-1」
それが少しずつ、少しずつ出始めてきた。
まりちゃんの身体を蝕むように絡みついた棘が、時間の経過と共にじんわりとダメージを与えてく。
「さぁ、もっと続けようよ」
私はすっとラケットをまりちゃんに向け、宣言する。
「最高の時間を・・・」
溶けるほど甘美なこの瞬間を、『永遠』に―――




