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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
22/385

名門の実力

(文香姐さんの試合は大勢が決したっぽいッスね)


 0-4になったところでそこのコートからゆっくり遠ざかっていく。

 気配を消して遠ざかるのはウチの得意技の一つ。テニスとは別の、普段の生活で割かし役に立つスキルだ。


「隣のコートは・・・ダブルス1ッスか」


 人だかりもそこそこ。

 文香姐さんの試合と比べてギャラリーが少ないのは、おそらく。


「ゲームアンドマッチ、河内・山雲ペア。 6-1」


 見るまでもなく、勝利が揺るがないからだ。


「瑞稀、ナイスプレー」

「先輩のおかげですっ。ま、あたし達が負けるなんて絶対にありえませんけど!」


 山雲先輩と河内先輩が、同時に両手を上に挙げ、ぱちんと良い音を鳴らしてハイタッチをする。


(息、ぴったりッスねー)


 試合内容を見られなかったのが残念。

 こんなに早く試合が終わるなんて、よほどの圧勝だったのだろう。


 あの2人は普段の生活から練習まで、ずっと一緒に過ごしている。

 一緒に共有した時間がそのままペアの信頼度に直結している、理想的なペアだ。

 普通、あそこまで徹底的に息を合わせることは難しい。


「先輩方ナイスッスー! 瑞稀先輩かっけーッス!」

「うるさい糸目! あたしを褒めて良いのは咲来先輩だけなんだから!」


 おー、怖。

 あのガチ惚れっぷり、半端無い。


 河内先輩をからかったし、次のコートへ行こう。ダブルスの方へ来てしまったのでダブルス2も見ていこうかな。


「ん~」


 唇をとんとんと人差し指で叩きながら、思案する。


(今のゲームカウントが2-3のビハインドか・・・)


 ダブルス1はもう試合が終わっているのに、2はまだ試合半ば。

 苦戦している・・・と言うより、押されまくっている。


(こりゃ厳しいかな)


 ギャラリーも少ないみたいだし、ウチもシングルスの方を見に行こう。

 最初に差し掛かったのは文香姐さんが試合をしているコート。


「ゲームアンドマッチ、水鳥。6-2」

「お~」


 最後粘られたみたいだけれど、鷹野浦の3年生相手にこれは上出来。

 文香姐さんはすました顔をして、コートから出てくる。ウチはそこを逃さない。


「いやあ姐さん、良い試合でしたね~」

「見てたの?」

「ええ、そりゃあ勿論。同じ1年生のよしみじゃないッスか」

「アンタに言われるとなんか不快よ」


 ひい、辛辣なお言葉・・・。


「あのバカは来てないの?」

「あのバカ?」

「バカと言えば有紀でしょ」


 うーむ。なかなか否定も肯定もしづらい言い方をする人だ。

 間違ったことは言ってないんだけど、いかんせん口が悪い。


「姉御は学校に残って練習してるッス」

「なにそれ」

「一応、この応援は自由参加ッスから。それとも、姉御に応援されたかったッスかぁ?」

「なっ・・・!」


 姐さんは意表を突かれたように言葉に詰まる。

 おっと、これは意外な反応。


「ふざけないで。あいつのアホ面を見なくて済んで清々するわ」

「そうッスか」


 まあ、ここに当人が居ない事だし、そういうことにしておこう。


「おや。シングルス2の試合はもう終わってるッスね」


 無人のがらんとしたコートがそこにはあった。


「新倉先輩でしょ。当然、もう終わってるでしょうね」

「姉さんの目から見てどうッスか? 新倉先輩は」

「・・・2年生の先輩の中では圧倒的よ」

「ほう」


 プライド高い姐さんがそう認めざるを得ないとは。


「練習態度からして全然違うもの。クールな外見からは想像できないくらいどん欲な人よ」

「ほう。そういえば姉御は先輩のこと、天使って言ってたッスね」

「・・・天使?」


 そこで姐さんは少し声のトーンを落とす。


「あのバカに比喩表現が出来るとは思わなかったわ。逆にどうして天使に喩えたのか・・・気になるわね」

「そりゃあ、外見でしょ。絶世の美女じゃないッスか。あ、もしかして綺麗なバラにはなんとやらパターンッスかあ?」

「・・・アンタね」


 姐さんはため息を吐くように、肩を落として。


「うるさい」


 と、小さく呟いた。





 ―――シングルス1、久我VS真壁


「まりか、今日はちょっと本気モードだね」


 私は小さく呟く。

 1年生の時から一緒に戦ってきた仲間だ。そして部長、副部長の仲でもある。

 彼女がどれくらいの力配分で戦っているか、ある程度のことは分かっているつもり。


(相手が真壁さんだからかな)


 何度も何度も東京都大会で戦ってきた好敵手の1人。

 まりかが本気になれる数少ない選手だった。少なくとも、去年まではそうだったのだ。


「ええいっ!」


 まりかの叫び声と共に、ボールが真壁さんの横を抜けていく。


「おー、部長吠えた!」

「あんな姿、練習じゃ絶対に見られないよねー」

「かっこいいー」


 1年生、2年生の応援も声が出ている。

 今の部の雰囲気は悪くない。この雰囲気を作っているのは、やっぱりキャプテンであるまりかだと思う。


(上手く出来過ぎだよ)


 まりかはいつもそうだ。結局、なんでもやってしまう。

 そんな貴女が部長だから、みんなその後ろに着いてきてるんだよ。


「・・・すごいね、まりかは」

「ゲームアンドマッチ、久我。6-0!」


 歓声で湧く白桜学園の選手たちと、悲鳴に近い声が聞こえてくる鷹野浦の子たち。

 無理もない。キャプテンがストレート負け・・・、これじゃあ部の士気にも関わってくるだろう。


「真壁ちゃん、良い試合だったよ」

「・・・」


 試合後は握手をして終わる・・・、というのがテニスの試合におけるマナー。

 まりかは相変らずひょうひょうとしているけれど、真壁さんの方は相当ショックを受けているようだった。


「まりか」


 コートから出てくる彼女を捕まえる。


「ああ、咲来」

「ちょっとやりすぎたんじゃない?」

「そうかな。私は向かってきた相手に全力プレーで応えただけだけど」


 相変わらず、表情を崩さずに言うと、足早に立ち去って行ってしまった。


「・・・なによ、咲来先輩が心配してあげてるのに」

「瑞稀」


 隣で悪態をつく瑞稀をやんわりと叱る。


「私が心配するまでも無かったって事だよ。本人があそこまで激しいプレーを出来てるんだから」

「うう」

「瑞稀?」


 何か急にうめき声が聞こえたような・・・。


「咲来先輩、部長のこと心配し過ぎですよっ」

「瑞稀、もしかして妬いてるの・・・?」


 視線を泳がせながら、言いにくそうに言葉を紡いでいた瑞稀は。


「はい・・・」


 恐ろしくあっけなく、それを肯定した。


「先輩はあたしだけを見てればいいんですっ」


 暗い表情をしている瑞稀を見ていて思う。

 ・・・この子を悲しませるような事はしたくない、と。


「そっか。ごめんね。でも大丈夫だよ。私の1番は何があっても瑞稀だから」

「ホントですか?」

「本当に決まってるよ。私はいつも、瑞稀のこと考えてる」

「先輩っ」


 瑞稀がぼふっと長い髪ごと、肩を寄せてもたれかかってくる。


「・・・少しの間、こうしてようか」


 彼女は無言でうなずく。


 瑞稀の期限が悪い時はこうして2人になることが大切。

 この子は寂しがりやだし、欲しがりやさんだから。


(―――それに、何より) 


 私もこうして、瑞稀と一緒に居られる時間が何よりも愛おしく感じるから。

 たったそれだけの理由だった。

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