名門の実力
(文香姐さんの試合は大勢が決したっぽいッスね)
0-4になったところでそこのコートからゆっくり遠ざかっていく。
気配を消して遠ざかるのはウチの得意技の一つ。テニスとは別の、普段の生活で割かし役に立つスキルだ。
「隣のコートは・・・ダブルス1ッスか」
人だかりもそこそこ。
文香姐さんの試合と比べてギャラリーが少ないのは、おそらく。
「ゲームアンドマッチ、河内・山雲ペア。 6-1」
見るまでもなく、勝利が揺るがないからだ。
「瑞稀、ナイスプレー」
「先輩のおかげですっ。ま、あたし達が負けるなんて絶対にありえませんけど!」
山雲先輩と河内先輩が、同時に両手を上に挙げ、ぱちんと良い音を鳴らしてハイタッチをする。
(息、ぴったりッスねー)
試合内容を見られなかったのが残念。
こんなに早く試合が終わるなんて、よほどの圧勝だったのだろう。
あの2人は普段の生活から練習まで、ずっと一緒に過ごしている。
一緒に共有した時間がそのままペアの信頼度に直結している、理想的なペアだ。
普通、あそこまで徹底的に息を合わせることは難しい。
「先輩方ナイスッスー! 瑞稀先輩かっけーッス!」
「うるさい糸目! あたしを褒めて良いのは咲来先輩だけなんだから!」
おー、怖。
あのガチ惚れっぷり、半端無い。
河内先輩をからかったし、次のコートへ行こう。ダブルスの方へ来てしまったのでダブルス2も見ていこうかな。
「ん~」
唇をとんとんと人差し指で叩きながら、思案する。
(今のゲームカウントが2-3のビハインドか・・・)
ダブルス1はもう試合が終わっているのに、2はまだ試合半ば。
苦戦している・・・と言うより、押されまくっている。
(こりゃ厳しいかな)
ギャラリーも少ないみたいだし、ウチもシングルスの方を見に行こう。
最初に差し掛かったのは文香姐さんが試合をしているコート。
「ゲームアンドマッチ、水鳥。6-2」
「お~」
最後粘られたみたいだけれど、鷹野浦の3年生相手にこれは上出来。
文香姐さんはすました顔をして、コートから出てくる。ウチはそこを逃さない。
「いやあ姐さん、良い試合でしたね~」
「見てたの?」
「ええ、そりゃあ勿論。同じ1年生のよしみじゃないッスか」
「アンタに言われるとなんか不快よ」
ひい、辛辣なお言葉・・・。
「あのバカは来てないの?」
「あのバカ?」
「バカと言えば有紀でしょ」
うーむ。なかなか否定も肯定もしづらい言い方をする人だ。
間違ったことは言ってないんだけど、いかんせん口が悪い。
「姉御は学校に残って練習してるッス」
「なにそれ」
「一応、この応援は自由参加ッスから。それとも、姉御に応援されたかったッスかぁ?」
「なっ・・・!」
姐さんは意表を突かれたように言葉に詰まる。
おっと、これは意外な反応。
「ふざけないで。あいつのアホ面を見なくて済んで清々するわ」
「そうッスか」
まあ、ここに当人が居ない事だし、そういうことにしておこう。
「おや。シングルス2の試合はもう終わってるッスね」
無人のがらんとしたコートがそこにはあった。
「新倉先輩でしょ。当然、もう終わってるでしょうね」
「姉さんの目から見てどうッスか? 新倉先輩は」
「・・・2年生の先輩の中では圧倒的よ」
「ほう」
プライド高い姐さんがそう認めざるを得ないとは。
「練習態度からして全然違うもの。クールな外見からは想像できないくらいどん欲な人よ」
「ほう。そういえば姉御は先輩のこと、天使って言ってたッスね」
「・・・天使?」
そこで姐さんは少し声のトーンを落とす。
「あのバカに比喩表現が出来るとは思わなかったわ。逆にどうして天使に喩えたのか・・・気になるわね」
「そりゃあ、外見でしょ。絶世の美女じゃないッスか。あ、もしかして綺麗なバラにはなんとやらパターンッスかあ?」
「・・・アンタね」
姐さんはため息を吐くように、肩を落として。
「うるさい」
と、小さく呟いた。
◆
―――シングルス1、久我VS真壁
「まりか、今日はちょっと本気モードだね」
私は小さく呟く。
1年生の時から一緒に戦ってきた仲間だ。そして部長、副部長の仲でもある。
彼女がどれくらいの力配分で戦っているか、ある程度のことは分かっているつもり。
(相手が真壁さんだからかな)
何度も何度も東京都大会で戦ってきた好敵手の1人。
まりかが本気になれる数少ない選手だった。少なくとも、去年まではそうだったのだ。
「ええいっ!」
まりかの叫び声と共に、ボールが真壁さんの横を抜けていく。
「おー、部長吠えた!」
「あんな姿、練習じゃ絶対に見られないよねー」
「かっこいいー」
1年生、2年生の応援も声が出ている。
今の部の雰囲気は悪くない。この雰囲気を作っているのは、やっぱりキャプテンであるまりかだと思う。
(上手く出来過ぎだよ)
まりかはいつもそうだ。結局、なんでもやってしまう。
そんな貴女が部長だから、みんなその後ろに着いてきてるんだよ。
「・・・すごいね、まりかは」
「ゲームアンドマッチ、久我。6-0!」
歓声で湧く白桜学園の選手たちと、悲鳴に近い声が聞こえてくる鷹野浦の子たち。
無理もない。キャプテンがストレート負け・・・、これじゃあ部の士気にも関わってくるだろう。
「真壁ちゃん、良い試合だったよ」
「・・・」
試合後は握手をして終わる・・・、というのがテニスの試合におけるマナー。
まりかは相変らずひょうひょうとしているけれど、真壁さんの方は相当ショックを受けているようだった。
「まりか」
コートから出てくる彼女を捕まえる。
「ああ、咲来」
「ちょっとやりすぎたんじゃない?」
「そうかな。私は向かってきた相手に全力プレーで応えただけだけど」
相変わらず、表情を崩さずに言うと、足早に立ち去って行ってしまった。
「・・・なによ、咲来先輩が心配してあげてるのに」
「瑞稀」
隣で悪態をつく瑞稀をやんわりと叱る。
「私が心配するまでも無かったって事だよ。本人があそこまで激しいプレーを出来てるんだから」
「うう」
「瑞稀?」
何か急にうめき声が聞こえたような・・・。
「咲来先輩、部長のこと心配し過ぎですよっ」
「瑞稀、もしかして妬いてるの・・・?」
視線を泳がせながら、言いにくそうに言葉を紡いでいた瑞稀は。
「はい・・・」
恐ろしくあっけなく、それを肯定した。
「先輩はあたしだけを見てればいいんですっ」
暗い表情をしている瑞稀を見ていて思う。
・・・この子を悲しませるような事はしたくない、と。
「そっか。ごめんね。でも大丈夫だよ。私の1番は何があっても瑞稀だから」
「ホントですか?」
「本当に決まってるよ。私はいつも、瑞稀のこと考えてる」
「先輩っ」
瑞稀がぼふっと長い髪ごと、肩を寄せてもたれかかってくる。
「・・・少しの間、こうしてようか」
彼女は無言でうなずく。
瑞稀の期限が悪い時はこうして2人になることが大切。
この子は寂しがりやだし、欲しがりやさんだから。
(―――それに、何より)
私もこうして、瑞稀と一緒に居られる時間が何よりも愛おしく感じるから。
たったそれだけの理由だった。




