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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
217/385

VS 黒永 シングルス2 新倉燐 対 穂高美憂 3 "孤高"

「ゲーム新倉。4-2」


「「燐先輩、盛り返してきた!」」


 分かりやすく白桜側の応援が湧いた。

 シングルスに入ってから、やられっぱなしだったのが初めて主導権を握りつつあるのだ。無理もない。


「それにしても、熱の入った応援ねえ」


 白桜もそうだし、黒永も部員を総動員して応援に力を入れている学校だ。

 熱が入るのは分かるのだけれど、もっとこう・・・。


「私は静かに落ち着いて見たいわ」


 愚痴のようなことを、思わず言葉にしてしまう。


「いやー、良いね良いねこの熱気! 若いってこーゆーことなの! これが若さ!!」


 ・・・特に、隣でカメラのシャッターを切っている後輩が、こんなんだと余計に。


「アンタ、楽しそうね」

「何言ってるんですか、こんな試合見せられて楽しくないわけないっしょ!」

「はあ。何でも良いから画になる写真撮ってよ」

「撮りまくりですよ! 見てくださいこの応援! この盛り上がり! この雰囲気をパッケージして写真にするのが私の仕事ですからねえ!」


 この異様な雰囲気に乗せられて、自分のテンションまで上がってる。


(そういうとこ、素直に羨ましいと思うわ)


 私はどうしても、仕事のことが頭を過ぎってしまうから。

 既に、心の底からテニスを楽しめてないのだろう。


「新倉さんが盛り返してきたこのゲーム・・・穂高さんとしては是が非でもここをキープして5ゲーム目が欲しいでしょうね」

「逆に燐ちゃんはここをブレイクして3-4にしたいと思いますよ。そーすりゃ、サーブ権の並びで考えりゃほぼイーブンに戻したも同然ですからっ」


 しきりにシャッターを押しながら、彼女は興奮した様子で状況を言葉にまとめる。


「このゲームが勝負の分水嶺になるはず!」


 視線を、新倉さんの方へと戻す。

 彼女にしては珍しい攻撃的なテニス―――


(いえ、あの子は準決勝の緑ヶ原戦でも同じような攻撃的なテニスをしていた)


 新倉さんの中で、何かが変わりつつあるのかもしれない。

 そんな予感の中、"分水嶺のゲーム"は幕を開けた。





 強力なサーブが飛んでくる。

 お前にこのゲームは取らせん。意地でもキープしてこの試合を終わらせる。

 そんな意志が伝わってくるような、強いサーブ。


(させないッ!)


 思い通りにさせてなるものか。

 両腕でしっかり握ったラケットでレシーブしながら、私は心にそう誓っていた。


 穂高さんのショットは1本1本が必殺のショットと言えるほど、重い。

 そこが彼女を"東京四天王"とまで言わしめた所以(ゆえん)だ。

 つまり、無闇に前陣に上がって距離を詰めるのは愚作。わざわざ強いショットを近い位置で受ける必要(メリット)はない。


 ―――私の戦術の、ハイブリットだ


 ラインギリギリまで下がって相手の攻撃を受け続ける防御の"氷"と。

 鋭く尖った、細い槍のような攻撃の"氷"を合わせる。この位置から、槍を放ち続けるのだ。


(これなら、攻撃力はほぼ並ぶ!)


 あとは相手のライン間際に落とすコントロール勝負になってくる。

 この根競べに負けた方が、このゲームの敗者―――何とか、その状況を作り出す。


 そのためには、穂高選手を前に上がらせないことが絶対の条件になってくる。


(ネット際にいかれたらこの作戦は破たんする・・・!)


 威力の高いショットを、球足の速いショットを放ち続ければ前に上がられる時間も無くなる。


 ―――穂高選手のショットを、右手一本で跳ね返す


 如何に重いショットでも、(スイートスポット)で捉え続ければその威力に負けず跳ね返し続けることは可能だ。

 逆に、あの重さ―――芯を外したら、ショットの威力が急激に弱まることは必須。


 だが!


「0-15」


 私は―――間違えない!


(ふう)


 ぐっとガッツポーズをしたくなる衝動を抑えて、リストバンドで汗を拭う。

 ここに来て、過去の対戦経験が活きてきた。

 穂高選手はショットの威力に大きな自信と比重を置いている。だから、スピンショットのような搦め手はほとんど使ってこないのだ。

 ショットの威力を殺さない為に、あえて使わないようにしていると言っても良い。


 だから、淡泊と言えば淡泊な攻撃になる。

 あの重さのショットを返し続けられればの話だが―――私には、それが出来る!


「くっ!」


 このゲームに入ってから、穂高選手が明らかに表情を曇らせることが多くなっているのは私の気のせいではないのだろう。


「0-30」


 何事も無かったかのように、くるりと後ろを向いてレシーブ位置へと戻っていく。

 淡々と、それでも冷静に。何事も無いように点を取っていく―――

 それが、相手にとって最も大きなプレッシャーになることも、私は知っている。


 『氷姫』。

 誰が名付けたかその異名を、自らが体現する。順序が逆のような気もするが、それでも良い。


(冷静に、客観的に試合を捉えられるようになってきた)


 いい傾向だ。

 私にとっては、調子のバロメーターの1つでもある。

 逆に目の前のことにしか集中できない時は、得てして調子が悪い時が多い。


 ―――そこ!!


 来たサーブに対して、目をかっぴらいて思い切りレシーブを振り抜いた。


「「リターンエース!」」


 湧くギャラリーの声も、気に留めず。

 また身体を反転させ、ほとんど移動していないレシーブ位置へと戻っていく。


「新倉さん、完全に覚醒したね」

「ああなったあの子は止められないよ!」


 そうなのか。

 自分でもよく分からない。

 だって、自分のことだから。正確な写し鏡でもない限り、そうは分からない。

 私を私たらしめているのは、周りの人・・・そして、その評価だと思う。


 他人にどう思われても良いとか、自分の道をいけばいいとか、私は思わない。


(みんなが望むことを・・・それを叶えられたら、こんなに嬉しいことは無い!)


 天使。

 悪魔。

 氷姫。

 理想の先輩。

 理想の"姉"。

 最強のシングルス2。


 そうであれたら、それ以上に幸せなことは無いと思うから。


 ―――私が、私であるためには


 周りの人の協力は不可欠だし、それに応えるために、自分を律することだって必要だろう。


(自己満足じゃ、意味がないの!)


 だって私は―――


「ゲーム、新倉燐。4-3!」


 誰にも文句を言われないくらいの"結果"が、欲しいから。


 幼い頃から色んな人に色んなことを言われてきた。

 その結果が今の私を形作っているというのなら、私は周囲の人たちに感謝しなければいけないのだろう。


(でも、これで満足してない―――)


 他の誰でもない、新倉燐として、今の結果じゃ全然足りないと思っている。

 だから、もっと上へ行く。もっと高いところを目指す。

 誰かを目標にするのではなく、私は私の求めるところを"頂点"としたい。


「ようやく、エンジンがかかってきたな」


 ベンチへ戻ると監督が、先ほどとは随分と違う様子で話しかけてきてくれた。


「ご迷惑をおかけしました」


 だから、謝罪の言葉を口にした。

 確かにさっきまでの私は、あまりに固執出来ていなかったから。


「もう大丈夫です」


 目の前の試合で結果を出すことに。

 敵を倒して、このチームを勝利へ導くことに―――


「そうか」


 監督は一度、大きく頷いて。


「だったらこの試合、絶対に取ってこい」

「もとよりそのつもりです」


 短く、簡単で、それでも強い"指示"。

 私を評価する人が私の価値を決めてくれるのなら、この人ほどそれに適した人は居ないだろう。


 監督が言葉少なだということが、その信頼の証だ。

 今の私には、それが分かる。

 最初は調子が悪いかと思っていたけど・・・とんでもない。


 さっきのゲームは、自分でも驚くほど理想のテニスに近いプレーをすることが出来た。

 今日の調子は、間違いなく最高に近い―――胸を張って、そう言える。

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