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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
216/385

VS 黒永 シングルス2 新倉燐 対 穂高美憂 2 "本気(りそう)のテニス"

 燐先輩の顔が、苦痛に歪む。


「防戦一方ですの・・・」


 窮屈そうなショットが、それでも何とか敵コートに返っていくが、それをまた強力なショットで返されてしまう。


「"最強黒永"の部長、並大抵の相手じゃないと思ってましたけど、これほどなんて」


 あの燐先輩が反撃の糸口すら掴めず押され続けている。

 普段なら信じられない光景だ。


「穂高の調子が良すぎるんだ。あいつ、準決勝の時より確実にキレも動きもよくなってる。この決勝戦に万全のコンディションを合わせてきやがった」


 野木先輩の頬から汗が一滴、落ちる。

 生唾を呑みこむように喉が動いたのも分かった。


「燐先輩の"悪魔モード"が出れば、形勢逆転も出来るはずなのに・・・」


 逆に、あの本気のギアが入った燐先輩じゃなきゃ、この人には勝てない。

 穂高選手の気迫は私にそう思わせるには十分なものだった。


「難しいですわね。ことスポーツにおいて、本気を出してプレーすることの難しさ・・・"本気"を引き出す方法の曖昧さは如何ともしがたいですもの」

「・・・」


 仁科先輩の言葉で、私はさっきまでの自分の試合を思い出していた。

 確かに、本気でプレーできたとは言いづらい試合だった。

 葵と戦った時のような、視界が拓けて頭がクリアになっていく感覚なんてなかったし、そこに入るための突破口も、結局見つけることは出来なかった。

 それは相手プレイヤーとのレベルの差というのも勿論あったのだろうけど―――


(葵と戦った時は、因縁もあったしこの子だけには絶対に負けたくないっていう強い思いもあったから)


 そして燐先輩にとって、準決勝の神宮寺選手戦はそれと同じようなものだったように思える。


 だが、この試合―――"それ"は無い。

 過去2度戦っているという繋がりはあるだろうけど、恐らくそれだけだ。

 燐先輩が特別、穂高選手を敵視しているとか、特別視しているようなことは見受けられなかった。


 ―――だから、


(本気のギアがかからないんだ・・・)


 一言で言ってしまえば単純なこと。

 ただ力を込めてやっても全力や本気は出ない。空回って、下手したら現状より悪くなってしまうかもしれない。燐先輩はそれを恐れて、今は我慢の時間だと割り切って防戦に徹しているのかもしれない。


(私は、あそこまで大人になれなかった)


 三ノ宮選手のライジングにどうにか対抗しようと試行錯誤をしていたら、負けてしまった。

 燐先輩はその1つ上の事をしようとしている。ひたすらに耐えて、"その時"を待つ―――


 だから、お願いします。その瞬間が、1秒でも早く訪れますように。





 小さく息を吐いて、コートから出ていく。

 雨上がりのテニス場は午前ということもありまだ涼しい方で、日光もそれほどきつくないので体力の消費が大分少なく済んでいる。

 いや、済んでしまっている・・・と言った方が、正しいだろうか。


(この気温じゃ、大幅に体力は削れない・・・!)


 これならまだ雫で(ウェア)が重くなる雨天の方が良かった。

 コート上はまだ若干湿っているものの転倒を気にするほどではなく、そっちに気が取られることも無い。

 真夏にしては、快適すぎるくらいの条件が揃ってしまっているのだ。


 ベンチに戻り、タオルで顔を拭いてから、ペットボトルに手を伸ばす。


「ゲームカウント0-3・・・。新倉。お前らしくないな」


 隣で座ったままの監督が、まるで呟くような小さいトーンで。


「持久戦に持ち込めば有利に動くかと思ったが、それもどうやら可能性が低くなってきた。そろそろ反転攻勢に出なければ、このまま試合終了になる(おそれ)すらある」

「・・・」

「敵は都内で久我と同レベルの"四天王"と呼ばれているプレイヤーだ。過去の対戦成績で実力を見誤ったか?」

「違います」


 そんなつもりは、全く無い。

 これには一切の嘘偽りはなく―――


「だったらしっかりしろッ!!」

「っ」


 大きな声に、ビクンと思わず身体が震える。

 その瞬間、ほんの一瞬だけ、この会場を覆い尽くす応援・声援がかき消された感覚すらあった。


『え・・・』

『何?』


 近くに居た観衆の目が、こちらに集まる。


「お前が勝たなければチーム全体に迷惑がかかる! そういう立場に居ることを自覚しろ!」


 久しぶりだった。

 監督に、こんなにもハッキリと―――


「自分に甘えるな!!」


 怒られたのは。


「・・・」


 私はしばらく放心状態だった。

 何も考えられない。考えようとしても、頭が上手く回らない。

 頭が真っ白になったその時、少しだけ思い出したことがあった。


 それは私がまだ1年生、新入部員だった頃。

 こんな風に、監督に怒鳴られたのだ。


 "甘ったれるな"、と―――


(物心ついてから、家では怒鳴られたことなんて一度も無かった。ジュニア時代も、ほとんど怒られることなんて無かった。だから、あの時)


 私は思ったんだ。

 "怖い"。

 だから。


「・・・!」


 恐怖に、打ち勝つ―――


「・・・・・・ッ!」


 "強い心が欲しい"と。


「監督、」


 試合中、感情を表に出さないのは強がるためじゃない。


「このゲーム、絶対に取ってきます」


 この内に秘めた"強い心"が、外に()れだしてしまわないためだ。


 コクリ。

 私の目の前に居る彼女は、力強く頷き、無言で私を送り出してくれた。

 怒鳴らないって事は、これで正しいってことですよね。

 貴女はいつもそうだった。間違っている子、間違っている事は絶対に無視なんてしない。自分の目に入る間違いは全てただそうとする―――そんな人だった。


 だから、無言で送り出してくれるのは私が間違っていないっていう証拠なんだ。


(取る、絶対に取る!)


 防御のための氷はもう無い。

 私に残された手段は攻撃のみ。でも、それでいい。

 決勝戦まで来て、防戦一方で終わるなんてそんなみっともない真似、出来るはずがなかった。


「すう」


 息を、一息吸い込む。


 そして、敵プレイヤーの方をキッと睨みつけた。

 立場や年齢は、ここに入ってしまえば関係ない。私はそのことを、まだ分かっていないのかもしれない。

 でも、現在(いま)はそう思っているつもりだ。


 ただ目の前の敵を倒す―――

 それ以上に必要なことなんて、ありはしないのだから。


 左手でゆっくりとトスを上げ。


「ッ!」


 それを思い切り敵コートに打ち込む。


 ―――ああ、これは


「15-0」


 ―――決まったな

 ―――打った瞬間、それが分かった


 穂高選手の反応が、明らかに遅れた。

 それほどまでに良いサーブが打てたのだ。


(もう1球・・・)


 まだいける。

 まだ打てる。

 もっと良いサーブを。速いサーブを。良いコースへのサーブを。


「ッ!」


 インパクトの瞬間、思わず息が漏れた。


「30-0」


 今度は返されたものの、コートから大きく逸れた。

 全く、反応できてない。タイミングも合っていない。それが明らかに分かる一打だった。


 ―――うるさかった応援が、ここでようやく一つ、勢いを落とす


(静かになってきた)


 これで、プレーに集中できる。

 私は一つ胸を撫で下ろし、ボールをコートに二度バウンドさせると、トスを上げ。


(もう1球!)


 さすがに3連続でサービスエースは奪えなかったが、返ってきたリターンショットが明らかに弱い。


(これなら・・・!)


 もう、あえて敵を走らせる必要もない。

 戦い方の切り替え。それを明らかにさせるには、ここでの攻め方が大切になってくる。


 それは。


「―――ッ!」


 どのような攻撃を受けても傷一つつかない氷壁ではなく、どのような防御も貫く氷の槍。

 今の私をたとえるのならば、確実に後者である。


 そのことを象徴するような一打。


「速いっ!」

「あの遠い位置からラインギリギリに、精確な攻撃・・・!」

「新倉さん、乗ってきましたの!」


 細く鋭い氷の槍・・・それはレイピアのように細く、敵の"急所だけ"を確実に狙い撃って、仕留める。


 たとえ業火の中だろうとその氷は解けることが無い。

 無駄な部分を一切そぎ落とした、一撃必殺のショット・・・それこそが、私の求めるテニス。

 持久力(スタミナ)を武器にしたテニスはあくまでその保険に過ぎない。


 自分の理想とするプレーが、いつも出来るとは限らないから。


(でも、今はそれが出来る・・・!)


 もどかしく、我慢しか出来なかった時間は終わりを告げた。

 ここからは攻める―――"鬼"退治の時間だ。

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