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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
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黒永の鬼軍曹

 そこからの五十鈴のラブコールは凄まじかった。

 寮の部屋割を同部屋にしてもらい、文字通り1日中引っ付いているようになったのだ。ほとんど片時も離れず・・・。

 最初は戸惑ったが、他人から向けられる好意というのは決して悪いものではない。

 特に、私みたいな日々部長から罵倒の嵐を浴びせられ続けている人間にとって、いつしか五十鈴の好意は"癒し"になり、やがて私からも彼女を知りたくなっていった。


「みーちゃん☆」

「な、なんだよ・・・」

「うーん、みーちゃんはちょっと他人行儀じゃないかなぁ」

「十分愛称として良いと思うけど」

「未希未希とごっちゃになるんだよねえ」


 私の左腕を挟んで身体を寄せる彼女は、空いている左手でうーん、と何かを考えるように指先を空中でくるくるまわした後。


「ああ、ハニーだね!」

「ハ、ハニー・・・?」


 甘い・・・?


「英語で『愛しい人』って意味もあるんだよ☆」

アメリカ(むこう)では、よく使う言葉なのか?」

「んー、テレビとかで聞いたことはあるけど実際に使ってるところは見たことないってトコかなぁ」


 五十鈴は小学校時代、3年間ほどアメリカに留学経験がある。

 これも仲良くなってから聞かされた話だ。

 どういうわけだか、五十鈴はあまり、私以外の人間に留学中の出来事を話したがらない。


「よし、ハニーでけってー!」

「むむ。じゃあ、私も何か特別な呼び方をした方が・・・」


 言って、考えてみて。


「・・・やめとこう」

「えー! なんでー!?」

「普通に恥ずかしい」


 一方的に言われているだけならともかく、2人で呼び合ってる・・・は、いくらなんでもちょっと恥ずかしすぎる。

 まるで、


(バカップルみたいじゃないか・・・)


 五十鈴の突飛なキャラには合うかもしれないが、私は絶対にイヤだ。

 彼女と親密なことがイヤなわけではなく、あまりに自分のイメージとかけ離れているから。

 それに、引き換えに何かを失うような気もしてくる。


「良いと思うけどなー」


 ちぇー、と唇を尖らせる、その仕草も可愛らしい。

 天性の愛されキャラ・・・自分をどう見せれば良いのか分かっている子。


 だから、たまに。

 私以外にもこんな姿を見せてるんじゃないかって、少しだけ不安になる。


(・・・、!? 不安になるって何だ!?)


 自分が考えた何かに、もんどりを打ちそうになる。

 転げなかったのは左手を五十鈴が掴んでいるからだ。誰も居なかったら危なかった。


「ハニー、今、えっちなコト考えたでしょ?」

「は、はあ!?」

「顔真っ赤にして、口元抑えちゃって・・・鼻血出る? ティッシュ要る?」

「そんな事考えてないッ!」


 自分でもおかしいと思うくらいのテンションで否定する。

 なんだろう。この感じ・・・。

 別に今まで友達が居なかった覚えもないし、小学校の頃はテニス以外もやる普通の女の子だった。


 でも、五十鈴とこういう風になってからは・・・今まで決して抱かなかった色々な感情を味わうようになった。そのことについて、真剣に考えるようにもなった。


(でも、悪くない)


 こんな風に2人で居ること。

 くっついてふざけ合う(?)こと。


 悪くないんだ。

 私は五十鈴に勝ちたかったけど、決して彼女を恨んでいるわけでも嫉妬しているわけでもなかった。

 今考えると、あの頃の私に五十鈴は『純粋で明確な目標』として映っていたのかもしれない。

 それに勝ちたい、超えたい・・・その想いがあったのは、勿論にしろ。


 五十鈴は、ずっと・・・私にとって"特別"で。今は、"1番"なのかも、しれない。

 今はそのことを、素直に認めることが出来るのだ。





 月日は流れ、私たちの2年生の夏が終わった。

 結果は全国大会準優勝―――史上稀にみる激闘の末、表彰台の1番高いところを逃した。


 決勝戦のシングルス1、全国優勝決定戦で敗れた五十鈴は人目をはばからず崩れ落ち号泣し、逆に引退が決まった星野部長は私と一緒に五十鈴の肩を担ぎ。


「泣くな、綾野。ここまで来られたのはお前のお陰・・・一緒にテニスが出来て、楽しかったよ」


 一貫してずっと、笑顔を浮かべていたのだ。


「今のワタシに悔しさや後悔はない。達成できなかった全国優勝の夢は、ここにおる皆に託したえ」


 3年生最後の挨拶。

 そこで星野部長は部員全員に向かい、語り掛けるようにそう言うと。


「まったく、良い3年間だった!」


 高らかに笑い上げて、部を引退していった。


 その顔は憑き物が落ちたかのように穏やかで―――今まで一度も見たことが無いくらい、満ち足りた表情をしていたのが、私の見た最後の星野"部長"の姿だ。


「星野先輩、2年間お世話になりました」


 そしてここからは、星野"先輩"の話になる。


「先輩に教わったこと、絶対に忘れません。全国優勝の夢、託されました」

「良い表情をするようになったの、穂高」


 先輩はにかっと笑い、私の頭にぽんと手を乗せ。


「さすがワタシの一番弟子」


 静かなその言葉に、私は一瞬だけ目を瞑ると。


「・・・はい!」


 私はもう、泣かない。

 そんな事は星野先輩も望んでいないだろう。それが、分かるんだ。

 ずっと、この人のことを近くで見上げてきたから。


「"泣き虫みーちゃん"の名は返上かえ?」

「その名前は先輩と一緒に引退させて(つれていって)ください」

「それはこれからのお前の行動次第」


 先輩は、最後に私の目をじっと見つめて。


「穂高、すべてはお前が決めるのではない。お前を見た周りの人間が決めること。努々(ゆめゆめ)、忘れるでないぞ」


 それが正真正銘、私が星野美弥に貰った最後の言葉だった。


 不思議な人―――そして、心から尊敬できる最高の先輩。

 あの人は私の中にそんな印象を残し、テニス部から去って行ったのだ。



 決勝戦の数日後、黒永学院の寮に戻った私と五十鈴に監督室へ来いと言う報せが来る。

 寮の最上階にある監督室―――普段、ほとんどの部員が立ち入ることのないその空間に、私は恐らく初めて訪れた。それくらい、距離が遠く敷居の高い場所なのだ。

 そこに新チームの発足に伴い、来いと言われた。大体、何を言われるかは想像がつく。


 ―――だから


「穂高さん。貴女には新チームの部長をやってもらいます」


 その言葉には、思わず膝の力が抜けそうになるほど驚いた。


「私が、部長ですか・・・!?」


 てっきり、五十鈴が部長をやるから、貴女には副部長として支えて欲しいというようなことを言われるとばかり思い込んでいたからだ。


「ええ。綾野さんにはシングルス1(エース)としてプレーに集中するために副部長を。部内をまとめ、先頭を歩く役割は、貴女がやるのですよ」

「・・・」


 気持ちの整理をする時間・・・いや、そこまで贅沢は言わない。

 少なくとも、今ごちゃごちゃになっている頭の中を一旦もとに戻すくらいの時間が欲しい。


「何より、これは星野さん直々の指名です」

「星野先輩の・・・?」


 そこで監督はちらりと机の上にある資料に目を遣り、再び私の方を直視する。


「私は部長になる者には代々、どの子にも2つのことを遵守するよう言っています。1つは"テニス部の宰相(さいしょう)"になること。私は練習に直接顔を出せる機会が少ない・・・だから、代わりにヘッドコーチのような役割を部長に課しています。我が部において部長の権限が強いのはそういう理由なのですよ」


 言われれば、思い出す。

 いくら星野先輩が部長だからと言って、1人の選手の1軍行きを監督に進言するなんて、普通の部だったら越権行為だろう。

 それが通ったのは、こういう理由があったのか・・・。


「そしてもう1つ。自分の任期中に、次期部長を育成すること―――」


 ここで、私は指先が糸で引っ張られたような緊張感を覚えた。


「もう分かりますね。貴女が部長になることは、規定事項だということが」

「―――!」


 そうか。

 星野先輩が、私を"一番弟子"だと言ってくれたこと。

 非常識とも思える練習量を、一緒にこなしてくれたこと。


 勿論、星野先輩自身の意志や厚意であったことに変わりはない。

 だけど、そこには1つ、こういう"理由"が乗っていたんだ。

 無数にある理由の、そのたった1つ。


 ここ1年のことが、まるでパズルを組むように繋がって、出来上がっていく―――


「では、返事を聞かせていただきましょうか」


 黒中監督は組んだ手の甲に顎を乗せ、にっこりと微笑む。


 外堀は完全に埋められている。

 ここでYes以外の答えなんて、許されない。そんな事は分かっている。でも。


 それでも。


(私に、出来るのか・・・?)


 この黒永の大所帯を引っ張ることが・・・もっと言えば、この個性しかない集団をまとめ上げて、チームとして機能させることが、私なんかに。

 今までは星野部長に着いて、あの人の歩いてきた道を歩いてこればよかった。

 でも、ここからは。私を先導してくれる人など誰も居ない。私たちは私たち自身の道を、歩いていかなければならないのだ。


 不安。漠然とした恐怖。

 そんなものが、私の目の前には広がっていた。


「みーちゃん」


 でも。


「やろうよ」

「五十鈴・・・」


 隣で屈託なく笑う、五十鈴を見ていると。


「大丈夫。私たち2人なら、出来ないことなんて何もないよ☆」


 彼女が握る、左手の指先の温もりを感じていると。


「ああ」


 不思議と、さっきまで見えていた不安や恐怖が、消えていくのだ。


「穂高美憂、新部長の任、拝命します!!」


 この子が隣に居てくれれば、怖いものなんて何もない。

 出来ないことなどあるはずがない。だって、彼女は綾野五十鈴だ。私がずっと追いかけてきた―――そして、追い抜けなかった―――その彼女がエースとして君臨する黒永。


 その"最強の軍団"を、自らの手で率いてみたい―――そんな強い意欲や野心が無いかと言われれば、嘘になる。


 私は、この日から『黒永の鬼軍曹』となった。

 監督が求める"宰相"に、最強の黒永を率いる最高の"前線指揮官"に。


 やがては私が率いたこのチームが、全国の頂点を獲ることになる。黒永は黄金期を迎えた。


 だから―――

 最後の夏、都大会決勝(こんなところ)で躓くわけには、絶対にいかないのだ。

 私たちの目標は、再び全国のてっぺんを獲ること。それ以外のことに、興味は無い。

 関東大会、全国大会へと続くこの道の・・・たかだか5合目で負けることなど、許されるはずがなかった。


 私は、勝つ。

 自分が『勝てない』と見込んだ五十鈴(ひとり)以外の全員に―――



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