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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
213/385

"先代部長"

「綾野五十鈴ー!」


 腹を括った私は止まらない。

 私は好き勝手にやることに決めたんだ。


 だから、練習後の綾野五十鈴に声をかけることくらい、なんてことない。


「私と"勝負"しろ!」


 周りに居た三ノ宮、那木、微風や先輩たちは何事かと歩みを止めてこちらを振り返った。

 当然、綾野五十鈴本人も。


「勝負って?」

「1セットマッチだ!」


 宣言した瞬間、辺りがざわつき始める。


「ドアホぉ。こっちは1軍の練習でこってり絞られて疲れとんじゃ」

「疲れてるのは私も同じ・・・! それに、私は綾野五十鈴に聞いてる」


 突き返してくる那木の言葉も意に介さず、私は綾野五十鈴をじっと見つめ続けた。


「君は、どうなんだ」


 綾野五十鈴本人は、今まで呆けた表情をしていたが、にやりと口元を緩めると。


「へえ、面白いじゃん。やろうよ、"勝負"」

「はあ!?」

「五十鈴、マジで!? 明日も明後日も練習あるんだよ!?」


 そう宣言した本人より、周りの方が驚いていた。

 彼女たちの反応も当然だ。まだ慣れていない1年生にとって、この黒永の練習は過酷そのもの。その練習後に、1試合、フルでやろうと言うのは正気の沙汰ではない。


 だが―――


「私、逃げるの大嫌いなんだよねぇ」


 彼女の言葉には一縷の躊躇も無かった。


「それに、私は"綾野(わたし)を倒せる"って言ってる子をぶっ倒すのが大大大好きなんだ。みーちゃんが出来るって言うなら・・・やってみれば良いじゃん☆」


 この疲れ切った中で、酔狂とも言える勝負に乗る―――こいつ。


(相当な負けず嫌いだな)


 そうでなければ。

 ここで断るような相手なら、私の見込み違いだったことになる。


 彼女に着いてきた、私の―――


(―――ッ!!)


 信じられないほど、鋭いショットがラケットの向こう側を通り過ぎていく。


「ゲームアンドマッチ、6-0で私の勝ち・・・だね」


 息が苦しく、ロクに呼吸も出来ずその場に倒れ込む私を尻目に、五十鈴は大量の汗をリストバンドで拭い、一度、大きく息を吸って。


「まあ、この疲れの中でどう立ち回るか、"良い練習"になったよ・・・。ふう。でもさぁ」


 それを吐き出すと同時に。


「この程度の実力で私を倒そうって・・・、ちょっと見当違いなんじゃないの?」


 彼女の放ったその言葉が、疲れ切った私の精神を抉る。


「っ・・・!!」


 仰向けになった地面からの景色が、少しだけ滲んで見えた。


「そういうことだから」

「また、明日ッ・・・」


 私は・・・忘れない。


「必ず君に挑みに来るッ・・・。その時、勝負を受けて・・・くれるかッ・・・」


 この悔しさを。

 この惨めさを。

 この辛さを。


「・・・」


 そこから一拍、沈黙が流れて。


「言ったでしょ。私は逃げるのが大嫌いなの。みーちゃんが挑んでくるなら、いつでも受けてあげるよ」


 淡々と、静かに。

 そう零す綾野五十鈴の声は、どこか冷たく―――


「うぅ゛・・・!」


 誰がどう聞いても、見下されていることが明白だった。


 これほどの実力差―――絶望するには十分な条件が揃っている。

 正直、心が折れかけた。

 だが、気づいたのだ。綾野五十鈴が、"意図して"圧倒的な実力差を見せつけてきた事を。


 練習後にフルの練習試合なんて、いくら彼女でもキツいに決まっている。

 だから、一発目で絶望的な実力差を見せつけて、もう二度と私が彼女に食ってかからないよう、心を折ろうとしたのだ。


 ―――そんな手に、引っかかってたまるものか


 私は、これくらいでは絶対に折れない。絶対にだ。

 いくら絶望的な差を見せつけられようが、何度でも挑んでやる。

 綾野五十鈴に勝つ、その時まで―――何百回、何千回だろうが、食らいついてやろう。


 彼女の心の内を読めたことが、逆に私の闘争心に火を点けた。

 ただ、それだけのことだった。





 チームが全国大会出場を決めても、関係ない。

 私はひたすら2軍で練習漬けの日々を送っていた。朝、明るくなってからすぐに自主練。夜、暗くなっても消灯時間目いっぱいまでラケットを振り続ける毎日。


 そんなある日、私は1人の先輩に声をかけられた。


「精が出るよな、1年」


 その人は2年生の星野先輩―――バリバリの1軍レギュラー、私にとっては雲の上の人。


「お、お疲れ様ですっ」

「よいよい。そのまま練習続けぇ」


 特徴的な喋り方と所作から、特殊な家(恐らくお金持ちの名家)で生まれ育ったのが分かる・・・そんな人だった。

 いつもどこか余裕のある人で、試合中、どんなに追い詰められてもそれを表情に出さない、そんな人。


 先輩が良いと言うので、そのまま素振りを続ける。


「のう、お前、毎日のように綾野と練習試合をしとるそうじゃないか」

「は、はい!」


 しながら答えるので、少し声が大きくなってしまう。


「どうだ。勝てそうかえ?」

「・・・今は、まだその道筋も見えませんっ」


 ラケットを振りながら、私はぼやっと綾野五十鈴の事を頭に思い浮かべて。


「でも、見えないなら見つけるまでやるだけですっ!」


 強く、ラケットを振るった。

 一度一度、フォームを確かめるように。


「・・・そうか」


 星野先輩は小さく呟き、そこからしばらく沈黙が流れ。


「お前、名前は?」

「穂高美憂、ですっ!」


 素振りの音だけが聞こえていた、2軍練習場に。


「穂高。ワタシはもうじき、この部の(おさ)になる」


 部の最高機密が、ぽつりと零れ落ちた。


「・・・!? せんぱっ」

「そしたら、お前を1軍に呼ぶことを監督に提言しようと思うておる」

「えっ・・・」


 有り得ない言葉の連射に、頭が追いつかない。


「1軍と2軍、離れたままでは色々とやりづらかろうて。綾野との勝負も」

「・・・!」

「お前がここまでして綾野に勝ちたいのなら、ワタシも協力しよう。今日ここに来たのはその確認のため・・・穂高、お前の覚悟が生半可なものなら、無視して帰ろうと思うておった」


 ただ、暗がりに消えそうな彼女の顔は、至って真面目なものだった。

 その闇の中で。


「ただし、もう後戻りは出来んと思え。お前はワタシの一番弟子、拒否することは許さん」


 星野先輩の金色の瞳が、キラリと光ったのを―――私は確かに、見てしまったのだ。


「・・・返事はどうした?」


 静かだが、まるでナイフのような鋭さを持った言葉が飛んでくる。

 それを喉元に突き立てられた気分に。


「はいっ!!」


 恐怖し、私は腹の底から声を出した。


 怒鳴り声以外の声でここまで背筋が冷たくなったのは生まれて初めての事だ。

 本気で、くびり殺されるじゃないかという気さえ、今でもしている。


「よい返事よの。まあ楽しみにしておれ」


 星野先輩のこの宣言から、一カ月弱―――

 全国大会ベスト4まで進出したチームは3年生の引退により新チームに生まれ変わり。

 新チームの部長に、星野美弥(ほしのみや)が選ばれた。


 それから数日と経たないうちのことだったのだ。

 私の1軍昇格が決まったのは。


 そして―――


「穂高ぁ! また2軍に戻りたいかえ!?」

「すみません! もう1本お願いします!」

「それじゃあ綾野には一生勝てんというのがまだ分からんか!」

「いえ! 私は・・・勝ちますっ!!」


 その日から、ぴったり文字通りの『地獄』が始まった。

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